嫉妬 green-eyed monster

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嫉妬 green-eyed monster




「じゃあな、ベジータ。また明日」
「……ふん」
赤い岩と砂に覆われた大地が、夕日に照らされて一層鮮やかな色彩を増していた。同じく頬を斜陽に染めながら、カカロットがこちらに手を振って見せる。健康的に日焼けした顔立ちに明るい笑顔、ぷいとそっぽを向いたベジータはこっそりと視界の端で彼の姿を盗み見ていた。強く地面を蹴ったその姿がたちまち空高く舞い上がり、遠くかすんで夕日の彼方に見えなくなるまで、ずっと見送っていた。太陽そのもののような存在を見送りながら、ベジータは一つ深いため息をつく。自分がこの辺境の星・地球に根を下ろしてからいったいどれほど月日が経っただろう。
フリーザ軍の消滅、人造人間との戦い、セルゲーム、そして魔人ブウとの最終決戦。もはやこの世にサイヤ人の同胞は、お互いただ一人になった。カカロットとベジータは共に幾多の戦いを経て史上最強の存在となり、強い者と戦いたいという闘争本能を満たす事が出来る存在も、最早お互いただ一人となった。そのためこうして日々この荒野で落ち合ってはこの星を破壊しつくさないよう注意を払いながら、日の出と共に組み手に興じ、日没まで修行に明けくれる。戦いこそが全ての戦闘種族にとって、少しばかり穏やかすぎではあるものの、それなりに満たされた日々のはずだった。
けれど何かが足りない。先ほどまでの闘争の余韻で、心臓が外からも分かるほど激しく脈打っている。意識が高揚し、体の中を巡る血も吐きだす吐息もまだ熱い。この昂ぶりの正体は…



「どうした、物足りなさそうだな」
そこまで考えた時、不意に虚空から声が聞こえたと思うと、大地に凝った影がみるみるうちにめくれ上がって人の形を成し、ベジータそっくりになる。ただしベジータと違ってその髪は金色で、目は油断なく光る緑だった。
「よう」
影は美しい顔立ちに歪んだ笑顔を浮かべながら、気安い様子で挨拶をしてみせる。
「不満そうだな」
「消えろ。俺は忙しいんだ、キサマなんかの相手をしている暇は無い」
相手の言葉に反応しないまま、自分と同じ顔をした影をベジータがきつく睨みつけ忌々しそうに唾を吐いて見せるが、相手は少しも動じた様子はない。
「まあそうカッカするな。どうせまた欲求不満なんだろ?」
「なんだと?!」
かっとなったベジータが相手に振りかぶった拳は、しかし直後にむなしく空を切った。拳に打ちすえられる寸前、影はぺしゃりとつぶれて再び大地に落ちるベジータの黒い影になった。
舌打ちをしながら苛立った様子でベジータが拳を下ろすと、影は再び地面からめくれ上がって金の髪をしたベジータそのものになる。苛立つ彼をゆったりと眺めて笑うその姿は不遜で尊大で、生まれついての王者の威厳を持っていた。危険で残虐で奔放で、ベジータの本質そのものだった。


影はベジータと同じ顔をしながら、さも可笑しそうに笑う。
「なんだ、まだ新しい情夫に抱いてもらってないのか?お前ともあろう者が随分奥手な事だな」
「うるせえっつってんだろ。消えろ、このニセモノヤロウが」
揶揄するような影の言葉にベジータが苛立ちを一層募らせ、それを見て影がまた可笑しそうに笑う。反らした胸の前で腕を組みながら、体ごとベジータの方を向く。
「かなり苛立ってるな。……まあ、無理もないか。カカロットの野郎は相当にニブそうだからな。お前がどうして欲しいと思ってるかなんてまるで分かっちゃいねえ」
「………………」
「ああいう奴には、もっとストレートに言ってやらなきゃダメなんだよ。何ならこの俺がお前の代わりに言ってやろうか?」
それとも。影が赤い舌でぺろりと自分の唇を舐める。
「この俺がお前に代わって、カカロットの奴にまたがってきてやろうか?」
「!きっキサマ……いい加減にしねえと……!」
「おっと」
怒りに駆られて再び振り上げた拳は、今度は影にやすやすと受け止められた。
「へっ、情けねえ野郎だぜ、自分の事が思うようにいかないからって俺に八つ当たりか」
「勝手な事をぬかすなクソッタレ、第一カカロットの事なんか俺は何とも思っちゃいねえ」
「だからそうカッカすんなって。前から言ってるだろう?」
影がつかんだベジータの拳を引くと、その体はやすやすと影の腕の中に倒れ込んだ。ベジータが心底悔しそうな顔をする。最強の強さを誇るはずの自分が、この得体の知れない存在の前では何故かいつも無力だった。
「俺はお前の味方だって」
そう言って影は乱暴な手つきでベジータの顎を取り、その唇をむさぼるように口付ける。腕の中のベジータが嫌がって身もがき、腕を突っ張って身を離そうとしても許す事は無い。自分の歯が当たり、相手の口内と言わず、唇と言わず、あちこちが傷つき、滴る唾液に血の色が混じっても気にも留めない。飲み下す事が出来ない唾液が胸まで滴り、息つく間もなく唇を吸われたベジータが呼吸困難に陥って意識も霞む頃になって、ようやく影は彼を解放し、その胸を強く突き飛ばした。どっと埃を巻き上げながらベジータが地面に倒れ伏し、影はにやにやと笑いながら腕を組んでそれを眺める。先ほどまで地面に張り付いていたのは影の方だったのに、今はベジータ本体が地面に這いつくばらされていた。


「何度も言ってるだろ?…お前は俺のものだって…」
倒れ伏したベジータの上に、影が馬乗りになってその両手首を抑え付ける。
「…俺だけを見ていればいいんだ…」
命令に等しい言葉を口にしながら、影は先程は打って変わった丁寧さで再びベジータに口付け、それから片手をそっとベジータのシャツの裾から彼の胸へと滑り込ませる。
「……!やめろ!キサマいい加減にしねえと本当に…!」
「なんだ?どうするつもりだ?」
体を大地に縫いとめられながらも威勢の良い声を上げるベジータに、影は暗い声で低く笑う。
「お前は俺に逆らうことはできない」
影の言葉に唇を噛みしめながら悔しそうに顔をそむけるベジータの、白い首筋を舐め上げる。影の言うとおりだった。どれ程ベジータが強靭だろうと、どれ程の力を誇ろうと、影の前ではあまりにも無力だった。なぜなら影はベジータそのものだから。


「……っ……あっ、い、やだ、……っ!」
すっかり日の落ちた荒野に、行為を拒むベジータの声だけが響き渡る。しかしそれはどことなくあえやかで艶やかな色香をもはらんでいた。
「うるせえ奴だな、そう喚くなって。悪いようにはしねえよ」
力を失いつつも必死であがき続ける足が、脱がされた自分の衣服を蹴りつける。その太腿に這わされる手は、ベジータのそれとそっくり同じでありながら想像を絶する技巧を持って淫らに肌の上を這いまわり、追い立てる。仰け反る項に貼りつく黒髪に顔を埋め、背後から覆い被さった影がその白い首筋をねっとりと舐め上げる。その感触にベジータがまた息を飲む。
「楽しもうって言うんだ…」
「いやだ、嫌っ……やめ…チクショウ、離しやがれ…ぁ………!!」
淫らな刺激に喘がされながらも、唇を噛みしめ無様な姿を晒すまいとするベジータに、影が苛立ったように彼の顎を掴んで強引に自分の方を向かせる。
「まったくうるせえやろうだな。少しは可愛げのある言葉でも吐きやがれ」
「……っ誰、が、キサマなんかに……ん、ぁ……っ!」
 前に回されたもう片方の手指は、胸の尖りを執拗に弄り、跳ねる肢体を愛撫で封じ込める。紅く熟れた小さな胸の果実を爪先で摘み、同時に茂みの下の楔をやわやわと揉みしだく。
「まったく、そんなに俺と寝るのが嫌なのか?」
淫らな責めを休みなく続けながら、影が不満げに口を開く。ベジータの唇からああ、と殆ど泣いているような声が漏れ聞こえ、影の膝上に座らされた白い双丘が戸惑い震えた。にやりと笑い、影がその狭間に影が自分の熱を持って立ち上がったそれを押し当てる。その感触にベジータが涙に曇った目を大きく見開く。
「…ッあ…!」
「そんなに嫌なら、目を閉じてあいつの顔でも想像してるんだな」
「何だと、キサマ…」
「俺は一向に構わんぞ。何しろお前は俺自身だからな」
白い双丘を掌に包み、影の親指がつぷ、と狭間の小さな蕾に無遠慮に沈められる。その衝撃に、白い背が跳ね上がる。
「や、ああああっ!!」


未だほころび切らない蕾に指がこじ入れられる衝撃に、萎えかけた楔を再び淫らな手つきですき上げられ、先端を爪先でくじられる。涙を振り零しながらきつく目を閉じる脳裏に、今最も思い出したくない姿が思い出される。嫌だ、こんな姿、到底あいつには見せられない。
『ベジータ…』
カカロットの声が幻聴となって耳にこだまする。昼間明るい太陽の下で快活に笑っていた彼が月明かりの下で違う表情を見せる。低く自分の名を囁かれながら、強い腕に引き寄せられ、その胸に閉じ込められる。愚かしい、と頭の片隅で思いながら、体を這いまわる影の手の感触が空想の中で違う人物のものにすり替わった途端、もう抜け出せない惑乱に陥っていた。
「カカロット……カカ……ぁ……あっ…!」
あくまでも行為を拒み身を固くしていたベジータが、体を弛緩させてあえやかな声を漏らし始めたのを聞いて、影は満足そうに微笑んだ。
「そう、それで良いんだ」
びくびくと震えて限界が近い事を示す楔を梳く手を早め、先走りをきつく締まる蕾に丹念に塗りこめほころばせながら、影は満ち足りた表情でベジータの耳元で歌うように囁いた。
「お前の望みは俺の望み。お前の欲望は俺の欲望」
自分の腕の中で弛緩しきった写し身の足を、背後から大きく開かせ、その身を傷つけぬよう愛しげに抱き締める。
「挿れるぞ……」
影の囁きにうなだれていた相手が、素直にうなずくのを見計らって、蕾から慎重に指を引き抜く。ひくりと震える小さな背に口付けを一つ落とし、灼熱を孕んだ自分の立ち上がりを蕾に押し当てる。
「…ぁ、あ、アアァー…ッ…!」
貫かれた瞬間、切なげな声が暗い荒野に響き渡った。


真夜中を過ぎ、夜明けまでもそう遠くない頃合いだった。月明かりに照らされた荒野は、昼間の熱が嘘のように冷え切り、近くの湖から運ばれた水分が微細な霧となって、大地を覆っていた。
「……ん、ふぁ、………あ、あ………」
大地を銀色に輝かせる絨毯の上に、亡国の王子が独り横たわって淫らな声を上げ続ける。
「あ、…っあ、ぁ!」
己の下肢に手を這わせ前立てを寛がせ、手を忍び込ませる。掌でそれを包み込み切ない吐息を洩らす。力をこめ指を丸めてそれを包み、上下に扱けば、背筋に灼熱の悦びが走る。何度も愛しい男の名を叫び、無我夢中で手を動かした。
その手で時折自分の胸の飾りをこね回しては、反対の手は自分の先走りを絡め、自らの蕾にくちゅりと水音をさせながら抜き差しされる。電流が全身を駆け巡り、固く閉ざした瞼の裏に白い雷光が瞬く。
「……ッ!!」
日が暮れてから昇るまで、彼は独り荒野に横たわっていた。日ごろのプライドも、王子としての品位もかなぐり捨てて、淫らな声を洩らしながら、独り惑溺に耽っていた。月明かりに照らされて、彼の影が淡く大地に伸びている。周囲には冷え冷えとした夜風以外に動くものは何もない。荒野に這いつくばり自慰に耽る彼は、本当は始めから、ただ独りだった。