別腹

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別腹





自分たちは宇宙で最強の種族だ。加えて大食の種族でもある。戦うためには食い続けなければいけないし、命じられなくても戦う事と同じくらい食う事が好きだ。その上、夜を徹して修行に明けくれた次の日などは、当然暴食になった。


「やっぱ、おめえんちの飯はうめえなあ」
「ふん、キサマに食い物の味が分かるのか」
ブルマ曰く『見ていると気分が悪くなる』程に盛んに食べ飲んでいた悟空はすっかり満腹し、満ち足りた表情で腰帯を緩めている。同じようにベジータも先程まで盛んに食べていたが、こちらはひどく不機嫌そうな表情だ(もっとも、ベジータの場合はいつもこんな表情をしている)。眉間にしわを寄せながら、デザートの葡萄を房からもいでは口に放り込んでいる。
「なんだおめえまだ食うんか?おらもう腹一杯だぞ」頼めばどんな料理も出してくれる家事代行ロボットを、悟空は珍しがって次々注文をした。肉や魚料理に珍しい野菜、麺類に氷菓子が次々にふるまわれ、たちまち大きなテーブルは料理を満載した皿でいっぱいになってしまった。しかしそこは大食いの二人の事、普通なら文字通り『見ているだけで気分が悪く』なりそうな量の食事は、きれいに二人の腹に収まってしまった。


「キサマのような下級戦士といっしょにするな。キサマとは出来が違うんだ」
「へえ、スゲエなおめえ」
憮然とした表情のまま、せっせと葡萄をもいでは口に放り込むベジータを、悟空は目を見開きながら汚れた皿の山越しに眺めた。
「おめえ体はオラよりちっせえのに良く食うよな。なあ、そんなにうめえのか?」
「こういうのを『別腹』というんだ、良く覚えておけ」
「べつばら?別腹って何だ?おめえ腹がもう一個あるんか?」
「バカめ、満腹でも好きなものは更に食える、という意味だ」
「……へえ、そうなんか?おめえ、葡萄は好きか?」
「ふん、まあな」
ベジータの言葉に悟空がうなずきかけるのと、ベジータがすっかり果汁に染まった指先をペロリと舐めたのは、ほぼ同時だった。


『満腹でも好きなものは更に食える、という意味だ』
無心に葡萄を口に入れるベジータを、しばらく無言で眺める。それから、今しがた聞いた言葉と、たった今目にした光景……指を舐めるベジータ……を頭の中で反芻する。満腹でも好きなものは食えるか、なるほどなあ。目の前ではベジータが、相変わらず葡萄をせっせと口に含んでは、時折、行儀悪く手に垂れた果汁を舐める事を繰り返している。悟空はもう一度頷きながら、なぜか無意識に唾をのみ込んでいた。


――散々食ったのになあ。
今しがた目にした光景の中に、昨夜の記憶が入り混じる。自分たちは夜通し力を出しつくすまで闘い合いもつれあって、挙句に二人そろって地面に落下した。地面に体を打ちつけても極度の興奮は収まらない。本能に突き動かされるまま二人で手足を絡め、そのまま朝日が射すまで互いの体を舐めつくし、むさぼり合っていた。気付いた時には既に指一本動かすのも面倒なほどにくたくたに疲れ果て、加えて空腹で、二人折り重なって地面に倒れ伏していた。あまりに空腹だったので、瞬間移動でも上手く集中できず、危うく行き先を間違えそうになったほどだ。
「…………」
ベジータの赤い舌が、戦士にしては随分細い指を丹念に舐める姿を目にしながら、もう一度唾を飲み込んだ。
昨夜散々あの体をむさぼり尽くし、もうこれ以上何もできない程に自分の欲望をあの体に注ぎ入れたはずだ。おまけに散々食って満ち足りたはずの自分の体の中を、しかし今一杯に満たしているのは、明らかに飢餓感だった。


「――なあベジータ」
葡萄を一粒摘まんでいたベジータの手を、悟空が掴み上げる。
「オラまた食いたくなっちまった。食ってもいいか?」
「なんだと?!」
悟空の言葉にベジータが険しい顔つきになる。
「キサマ、これはオレのだぞ?!キサマには一個たりともやらんからな!」
「いや、そっちじゃなくてさあ」
好物を取られまいと葡萄を抱え込もうとするベジータの手首を、悟空は一層強く掴んだ。
「――コレが食いてえなあ」
そう言って、悟空は掴んだ手に垂れる葡萄の果汁をぺろり、と舐めた。息を飲む音がする。掴まれた手を引く事も叶わず、白い喉がわななくのが感じられ、葡萄が一粒床に転がる音がすると、胸の中は一層、飢餓感とそれ以外の何かで一杯になった。


――腹一杯でも、旨そうなモノを見るとまた腹が減るのは何でだろうな?




- end -