幻肢

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トランクスが痛ましげな表情でこちらを見てくる。手には、半分ほどまで食料品が入った箱を抱えている。彼が苦労して方々から集めてきたであろう食糧は、決して満足な量とは言えなかった。それでも、なんとか皆の役に立ちたいと思う彼の気持ちがこもったそれは、物理的な量以上の意味を持つ。大切に食べなければ。
「――悟飯さん、また傷が痛むんですか?」
左肩を押えていた自分を見ながら掛けられた言葉に、できるだけ何でも無い事のように笑って見せた。


――僕を庇って倒れたあなたがそうしてくれたように。


トランクスを見ながらしみじみと思う。オレはなんて幸せな子供だったんだろう。
「いや、違うよ。傷の痛みは随分良くなっているよ」
『ただ、不思議な感覚があるんだよ』、最後までは言わない事にする。
「ブルマさんが病院に連れて行ってくれたおかげだな。こんな時代に感謝しなくちゃ」
「本当ですか?」「ああ、本当だよ」
真っ直ぐに自分を見る、トランクスの真摯な目。早く強くなって、皆の為に戦いたいのだと、強い思いが伝わってくる。痩せっぱちの子供だった彼が、随分逞しくなったものだと思う。そんな彼の成長を最後まで見届けたい、と心から願う。


――あの時、僕を見ていたあなたも同じ事を考えたんでしょうか?
――もしそうなら嬉しいなぁ


「じゃあボク、これを母さんに届けてきます」
大事そうに箱を抱えて元気に駆け去る彼を、右手を振って見送った後、その手で再び左肩に触れてみた。人造人間との戦いで肩の関節からすぐ下を失って以来、そこには何も存在せず、いくら触れても中身の虚しい袖の感触があるばかりだ。それなのにどうした訳か、時々ありもしない左腕の存在を感じるのだ。それは自分の意のままに動かす事ができて、かつて存在した時と同じような力強さを誇り、自分を支え、敵と戦う力を与えてくれるように感じるのだ。


焼け跡から見つけた書物で学んだ事を思い出す。
人の感覚というものは不思議なものだとつくづく思う。
病気や怪我で体の部位を失っても、脳はそれをなかなか理解できず、ありもしない手が依然そこに存在するように感じたり、失ったはずの足がかゆいと感じたり、時には激痛を感じる事もある、というのだ。その感覚を、自分は今身をもって体験している。存在しないはずの左手の存在を感じながら、肩に触れていた右手を滑らせ、今度は左胸を強く押さえ、それから目を閉じた。瞼の裏には、いつまでたっても消える事のない、あの人の姿がはっきりと浮かんだ。失ってしまった幻のあの人に、オレは語りかける。


――人の感覚というものは不思議なものなのです
――だからこの感覚も、きっとそのせいなのですよね


僕は、あなたを失って以来空っぽになったこの胸が、
なぜか今でもひどく痛むんですよ


――きっとそのせいなのですよね、ピッコロさん


僕は、失ってしまったあなたの事が、
もう存在しないあなたの事が、
今でも愛しくて愛しくてたまらないんですよ