眩しいもの

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かつて闇はベジータにとって揺籃だった。幼い頃に窓から星空を眺めた時、大気の無い宇宙で瞬く事の無い星を散りばめて、闇はどこまでも滑らかに広がり不安に駆られる彼を優しく包んでくれたものだ。また、闘いに身を置く時には、闇は彼にとって忠実な僕だった。身を潜める彼の偽装を守り助け、敵の目を欺いては攻撃において絶好の機会を与える。闇はいつも彼に味方してくれていたはずだった。
それなのに今はどうだ。今の彼にとって闇は冷淡な傍観者だ。
「そんなに怖がるなって」無様な敗者となった彼を、闇は見下ろし嘲笑っている。


割れ窓の外に稲妻が光り、やや遅れて雷鳴が轟いた。遠くにそびえる街のシルエットがちらっと見え、再度夜空に走った稲光がその姿をくっきり浮かび上がらせた。同様に、衣服をはぎ取られ身を隠すものを無くした哀れな彼の肢体も。
「…くそっ…いい加減……離し……やがれ…っ!」
自分を押さえつける男を、ベジータは出来得る限りの殺意をもって睨み上げる。せめてみっともなく泣き声をあげたりしないように。男の指によって傷つけられた左肩がじくじくと熱を持ちながら血を流し続けていたが、そんな痛みなど気にならない。むしろ粉々に砕かれたプライドの方が、ひどい痛みを持って彼を苛んでいた。
「そんな怖え顔すんなよ」
豊かな金色の前髪が、王者の衣服に縫われた房飾りのように男の額に落ちかかり、その隙間から緑に輝く瞳が覗いている。このような状況には相応しくなく、闇の中で彼を見据えて笑う緑の瞳は純粋な喜びに煌めいている。
「気持ち良くしてやってんだ、感謝してくれよ」
「……っ……誰、が…貴様…なんかに……っ…あ…っ!」
温かく湿った掌が這いまわる彼の体の力は抜け切り、もう殆ど残されてはいない。乳首の片方が紅く腫れ上がっている。唾液に光るそれが妙に艶かしく、きつく男を睨みあげてくる彼の瞳の鋭さとの落差が、ますます男を夢中にさせた。敏感な先端を舌先でくすぐってやれば、それだけで腕の中の小さな体は面白いほどにもがき、跳ねまわった。


なぜ、こんな事になってしまったのか。混乱する頭で懸命に思いだそうとする。いつも冷静で鳴らしていた自分がおかした取り返しのつかない失態に臍を噛む。訪れる者の無くなった、がらんと広いこの廃屋に呼びつけられた時点で、男の異変に気が付くべきだったのだ。いつも明るく快活で、ころころと表情を良く変えるはずの男が、その顔にひどく陰惨な薄ら笑いを張り付けている時点で。
『要件は何だ、さっさと言いやがれ』
『……ずっと、おめえに触りてえって思ってた……』
『…ああ?』
『おめえと喧嘩したり組み手したりすんのは楽しかったんだけどよ……けど、本当はもうそんな事だけじゃたりねえんだ。もっとちゃんと、おめえに触りたかった……』
背後に不穏な気配を感じた。危ない!と思って振り返った時、凄まじい勢いの手が襲いかかってきた。およそこの世界で避けられる者はベジータか悟飯くらいのものであるそれを、間一髪でかわすが僅かに反応が遅れたため左肩を掠めて大きく皮膚が裂けた。
『……ぐっ……う……っ!!』
咄嗟に肩を庇いながら微妙な気配の動きに身を避けようと目を動かした瞬間、巨大な光の塊が暗闇から飛び出してきた。男の体当たりをまともに受けたベジータの体は10メートルほど先に突き飛ばされ、廃屋の壁に激突して大きく跳ね返ると、建屋全体を軋ませながら床に倒れ伏した。ベジータを突き飛ばした勢いで一緒に柱に激突した男は、こちらはけろりとした表情で昏倒したベジータの上に圧し掛かってきた。その姿、その表情。
『…………!!』
豊かな頭髪は金色の炎。風も無いのに大きくうねり翻り、こちらに吹きつけてくるようだ。目は眦が裂けるように釣り上がり、その奥で燐光を放つ緑の瞳が燃え盛っている。心の弱い唯の人間がその姿を見れば、その淫靡さに血も凍っただろう。それは、興奮と殺戮の歓喜に酔いしれた、紛う事無い同族の姿だった。
『おめえの事、全部調べてやりてえって思ってた』にいっと赤い口の端が釣り上った。


墨を流したような夜空に稲妻が頻繁に走るようになった。天もまた男の思うがままだと思った。男は自分の力をコントロールできるように、天候にも命令を下しているかのようだ。何度か響く雷鳴の後やがて天の底が破れたかのような大雨が降りだした。
自分を押さえつける男の体のなんと重い事か。ベジータは押しのけられない自分の非力さに悔しさが募り、せめて一矢報いてやろうと身もがけば裂けた左肩の傷から鮮血が吹き出すが、それでかえって意識が鮮明になった。固い掌がその質感の粗さからは想像もできないほど繊細な手つきで、ベジータの体中を這いまわり、その感覚に肌が泡立つ。
「……っ……い……やだ……っ!」
思わず上げてしまった声の弱々しさに一層悔しさがつのり、また砕かれたプライドが血を流すのを感じる。その言葉を聞いて男は一旦その手を止め、ひどく優しく彼にに口づけてきた。
「何で嫌なんだ?お前、ずっと俺の事物欲しそうな顔して見てたじゃねえか、『早く抱いてくれ』って顔してたぞ?だからお望みどおりにしてやるんだ、もっと喜べよ」
優しく甘い声で囁き男が頬や髪を撫でてくる。しかしその黄金の髪は灯火のように燃え盛り、緑の眼は油断ならなく光ったままだ。違う、違う。彼はかぶりを振った。自分が触れてほしかったのはこの男じゃない。黒い髪、黒い瞳。子供っぽい顔立ちに甘い笑顔。無邪気で純粋な、あの男。
「…………っ!!」
今最も思い出したくないその姿を脳裏に描いてしまい、思わず目を固く閉じると、今度は男に激しい強さで口づけられた。歯ががきりとぶつかって口の中が傷つき血の味が広がる。ぬめる舌が口腔内を滅茶苦茶に荒らしまわったかと思うと、己の舌が引き抜かれるかと思うほどに強く吸い上げられる。
「…っぐ…ぅっ…!」
息が詰まり、苦しさに目の前に火花が散る。苦しいのと、背筋が寒くなるような奇妙な感覚に、彼は馬鹿の一つ覚えみたいに必死で頭を振った。意識が遠くなり、圧し掛かる男を必死で押し返していた腕の力が抜けていき、ぱた、と床に落ちた頃、ようやくその唇が解放される。


「おめえ、嫌だ嫌だなんて言うけどよ」
苦しげに眉を寄せ、はあはあと荒い息をつく彼の姿を、男が愛しげに見詰める。散々弄ばれて赤く腫れあがった彼の唇を舐めながら、さも愉快そうに笑った。
「さっきからおめえのココ、俺の腹に当たってるぞ?」
男の分厚い手が、彼の下腹部をぞろりとなでる。既にそこは固く張り詰め、本人の意思など関係無いかのように男の腹にその身を押し付けながら、甘い快楽の蜜をこぼし始めている。もっと、と行為の続きをねだるかのように。
「……あ……っ……!?」
かあっと彼の頬に血の気が注した。悔しさのあまりこらえようとしても涙があふれてくる。男の行為で追いつめられるのは、何にもまして悔しい事だ。そして自分の体が反応している事を男に知られた事がもっと悔しかった。


嵐は勢力を強めながら接近し、たたきつける雨が割れ窓の隙間から吹き込んでくる。窓の外にいくつもの閃光が走り、雷鳴が響いた。窓の外で眩い光が弾けたかと思うと、唐突に近隣一体が暗闇につつまれる。落雷で発電施設がやられたらしい。窓の外は真の闇だ。鼻をつままれても分からないような暗闇の中、雨音は飽きることを知らず鳴り続けている。
「も………やめ………」
息が完全に上がってしまって、大きな声を出すこともままならない。辺り一面真の闇に包まれる中、この廃屋の室内だけは男の体が持つ燐光でほの白く照らされている。
「あ…あァ…」
艶を帯びた声。もはや誰のものかも分からずベジータは他人事のように遠くそれを聞いていた。張りつめたものが柔らかく握られ、やわやわと揉みしだかれて、溜息のような声が洩れる。男が紅くなった乳首を唇で食み、舌先で転がせば彼は気が狂ったように頭を振った。その反応に気を良くして、男は迷うこと無く今度は彼の張りつめたものを口に含んだ。半ば意識を飛ばしかけていたベジータが、敏感な個所をぬめる咥内に包まれる感覚に、思わず目を見開いた。
「………いや!いやだァ…ッ!」
敏感な先端を舌先でくじられると、受け入れがたい快楽が背筋を走りぬける。少しずつ口内に広がっていく青臭い匂いが彼の興奮を示し、どんな美酒よりも男を酔わせた。泣きじゃくる声。まるで女のようによく鳴く。むしろその辺の女よりずっと清純でそのくせ妖艶に。男の腕の中で震え続ける小さな体は、まるで幼子のようにいたいけで頼りなく見えながら、もっと酷く鳴かせてやりたいと見る者の嗜虐心を煽らずに置かない。
「…あ…アァ…!…っ、…も、う…や…っ!」
白いつま先がぴんと伸ばされて震え続け、もう限界だと訴えても、男は決してそれを許す気は無い。


閃光と雷鳴の間隔が徐々に短くなっていく。激しくガラス戸を叩く雨の音も。時間の経過と共に雨脚は強くなり、やがて窓を伝い落ちる水音は滝のようになった。
「――――――ひ…ぃ……あああっ!!!」
望まない快楽に耐えかねて、遂に男の咥内で放ってしまう。
「あ、はぁ…あ……」
解放の余韻に荒い息を繰り返す。男がごくりと何かを嚥下する音に耳を塞ぎたかったが、もはや快楽の余韻に全身の力が抜けきり、指一本動かす事もできない。彼の小さな体が抱き上げられ男の腕に包まれても、もはやそれを振り払う事も出来ない。男の胸に身を持たせ掛けられる事も、くたくたに疲れた体にはむしろ心地よいとさえ感じ、その手が明らかな意図を持ってその身に這わされる事さえ他人事のように遠く感じていた。


双丘の狭間を巡っていた太い指が、やがて秘された最奥に辿り着く。慎ましやかに固く襞を揃えた蕾は、周囲をゆっくりと指でめぐると、ひくりと震えた後、まるで侵入者を拒むかのように一層固くその口を閉ざした。
「狭そうだな」
緑の瞳を細めて、男がにんまりと笑う。
「――――…っ?!」
乾いた指先が蕾の中にほんの少し潜り込まされる感触に、虚ろな色をしていたベジータの目に再び意識が戻る。
「怪我しないように、良くほぐしてやるからな、安心しろ」
あくまで優しく囁かれる男の言葉に、彼の眼が絶望に見開かれた。


「畜生、畜生!もう離せ、離しやがれ……っ!!」
膝頭が床につくほど大きく押し広げられ、秘された蕾にぬめる舌が這わされ、唾液を注ぎ込まれる。
「…いや、だ……もう、離せ……あ…っ…!」
始めは固くその口を閉ざしていた蕾は、舌先でつつかれる感触に少しずつその身をほころばせ、徐々にその侵入を許していく。ほんの少しでも体に力をいれれば、そこからくちゅり、と卑猥な水音がして、耳を塞ぎたくなる。
「貴様…俺を、どうする…つもり…だ…っ!」
「何、たいした事無えよ。ちょっと体を貸してもらうだけだ。」
「貸す……だと?」
荒い息をつき、今にも崩れ落ちそうになる意識の中、残されたプライドをかき集めてありったけの力を込めて男を睨み上げる。
「良い……だろう、ただしちゃんと返してもらえるんだろうな……?」
快楽に溶け切っているとばかり思っていたベジータの目に、再び強い光が灯るのを見て、男が意外そうな顔をする。
「へえ、まだ噛みつける元気があるんだな」
「……この体が無ければ、貴様を殺してやることもできんからな……」
しかし最強の名を持つ男は、あくまで王者の余裕を持ってその言葉を受け入れた。口の端を吊り上げてほくそ笑む。そうこなくては。あっさりと堕ちられては面白くない。これだから、ベジータからは目を離せないのだ。自分と肩を並べる強さを持つ、数少ないこの存在に。比類なき強い心を持つ、自分の最後の同族に。


「安心しろって、ちゃんと返してやるさ」
日頃の強さからは想像もできないほど、白くか細い足が男の肩に担がれ、すっかり潤み切った後孔に灼熱の質量が押し付けられる。
「俺無しではいられない体にしてやってから、な」
ずぶり、と灼熱が蕾をめり込ませ、その口を強引に開かせて押し入ってくる。
「―――…あ…っ?!」
想像を絶する衝撃に体が跳ね上がる。もう恥も外聞も無く、彼は喚いた。必死で腕を振り回し、男の顔といい、肩といい、あちこちを滅茶苦茶に殴ったが、圧し掛かってくる男の体はびくともしない。
「嫌だ!!嫌…!やめろっ、…!!」
全身を割かれるような痛み。いくら丹念にほぐされ潤まされていても、本来その機能を持たない狭い器官に、その圧倒的な質感はあまりにも苛烈すぎた。日ごろあらゆる痛みを制御する術を身につけているはずなのに、それすら忘れて半狂乱になって暴れ身もがいた。
「いやだ、痛い、痛っ…やめっ……助けて、カカロッ……」
悲鳴を上げた直後、涙の止まらない両目を思わず見開く。そして自分が口にした事に対する絶望に身を震わせる。
―――誇り高き王子である自分が、誰かに救いを求めるとは。
「呼んだか?俺を」
―――しかも今まさに自分を犯そうとしている男に、だ。
男は酷薄そうな笑みを貼りつかせたまま、白い足を更に大きく割り開いて一層深く無慈悲に彼の中に押し入ってくる。すぶすぶと何者かに体の中を侵食される感覚。
自分が口にした弱い言葉。自分が今犯されているという事。そして、自分を犯す者がこの男であるという事。無理やり押し入られる痛みに身を固くしながら、今自分の上に起こっている全ての事を否定したくて、彼は絶叫していた。
「…い…やだああぁっ…!!」








窓の外の漆闇を閃光が切り裂く。
その光は自分に圧し掛かる男の横顔を束の間照らし出し、直後に暗闇と沈黙が訪れた。


―――ああ。この感覚は覚えがあるぞ


稲妻が閃き、雷鳴が鳴り響くまでの、まばゆい虚無のような一瞬。


ああ眩しい
眩しすぎる
目もくらむような、まばゆい暗闇


その闇はあまりにも眩しすぎて、とても目を開けていられない。
まぶしい闇に飲まれ引き込まれ、どこまでも落ちていく。
彼は涙に曇ったその目を、ゆっくりと閉じていた。









-end-