夜魅様_リク小説

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バカンス


空はあくまで青く、水平線の彼方には真っ白な入道雲が広がっている。大きく湾曲した半島の向こう、ぽつりと霞んだ小島に時折雨が降るのが見えたが、それも今が盛りを枝を伸ばす濃い緑にとっては、ちょうど良い湿り気だろう。太陽が眩く輝き、海は穏やかに凪いでいる。ふん、悪くない気分だ。
「………っ………」
今は夏の盛り、背の高い南国の植物が差し掛かる木陰で白い砂浜の上にごろりと横になれば、甘い潮風が鼻先をかすめ髪を揺らす。オレの昼寝を妨げるものは何一つ無い。…最高の気分だ。うるさい女子供から離れて、一人で味わう静寂はオレにとって何よりのぜいたくだった。潮風に髪を遊ばせながら、オレはそのまま、うとうととまぶたを閉じようとした。


「おーいベジータァ!」
…しかしそんな贅沢は長くは続かない。身に付いた教え、経験則というやつだ。
「見ろよベジータ、すげえだろ!オラまたこんなにでけえの取っちまったぞ!」
「………………」
大音量で呼ばわる声に、オレは不本意ながら目を開いた。眠りを妨げられて渋面になるオレの目線の先で、カカロットがバカみたいに笑っていた。日焼けした太い両腕には、今しがた海から引き揚げたばかりの魚が一匹ずつ小脇に抱えられて、尾っぽをバタつかせている。体長がヤツの腰までもありそうな大物だ。
「これだけあればオラたちの腹でも足りるだろ、な?」
あけっぴろげで無邪気で、真夏の太陽そのものような笑顔。反対にオレの表情は夕立前さながらに険しくなるのが自分でも分かった。
「キサマ、何回言ったら分かるんだ!!海パンくらいはきやがれ!!」
オレの言葉に、両脇に魚を抱えたカカロットが怪訝そうに首を傾げた。…素っ裸のまま。
「へ?何でだよ、おめえオラの裸くれえ何べんも見てるだろ?」
「そういう問題じゃねえっ!いいからさっさとパンツを履け!!」
「いいじゃねえか、ここは暑っちいしな、全部脱いじまったほうが気持ちいいぞ。そうだベジータ、おめえも脱いだらいいじゃねえか。それなら文句ねえだろ?」
「文句大アリだくそったれ、早くはきやがれ!!」
「おっと」
水着に加えてパーカまできっちり着込んだオレが、砂浜に打ち捨てられていたカカロットの海パンを渾身の力で投げつけると、カカロットはそれを易々とかわしてみせた。
―――最高の気分『だった』。コイツさえいなければ。なんでせっかくうるさい奴らを撒いたのに、コイツがここにいるんだ!!


そもそも夏のバカンスだと称するブルマの言葉に、オレは始めからイヤな予感がしていたのだ。このクソ暑いのに海だなんて冗談じゃねえ!オレがキレると、ブルマに『たまには家族サービスをしろ、いっしょに来なけりゃ一週間飯抜きだ』と詰め寄られた。食いものを引きあいに出されては分が悪い、オレは不承不精、西の都からこの南の島まで引きずり出された。しかもその時点でオレは知らされていなかったんだ、まさかカカロットの奴がまでが家族ともども同じ島に来てるとはな!!
うるさい女どもの目を盗み、ようやくオレが島の反対側、無人の海岸線に降り立ったのと、瞬間移動で荷物を満載したカカロットが目の前に現れたのは、ほぼ同時だった。砂浜に腰を下ろしてのんびりするどころの騒ぎじゃない、オレは鉢合わせした奴の顔を見ながら飛び上がるほど驚いた。


「か、カカロット!キサマなぜこんな場所に現れやがった?!」
「うひゃあ、誰だか分かりやすい気があると思って来てみたんだけどな、ベジータ、やっぱりおめえだったのか!」
相変わらず人の良さそうな顔を笑ませながら、カカロットが背中の荷物をドカリと下ろす。身につけているのはいつもの道着ではなく、青いTシャツに生成りの短パン。足元にはサンダルを引っかけただけの、随分寛いだ姿だ。
「おめえこんな場所に何で一人でいるんだ?―――あ、そっか分かったぞ、おめえブルマ達に付き合わされるのがイヤでここまで逃げてきたんだろ」
「そういうキサマだってそうだろうが!」
「へへっバレたか」
そう言って照れ笑いを浮かべて頭をかくカカロットの足元には、子供たちの菓子やスイカ、浮き輪から女たちの化粧道具にいたるまで、奴が背負っていた山のような荷物がころがっていた。こいつが買い出しと称してここまで逃げ出してきた事は明白だった。
「へえ、なかなか気持ち良さそうな場所だな、ちょうど良かった、オラもここで休んでくとすっか」
「おいキサマ何勝手な事言ってやがる!ここはオレが見つけた場所だぞ?!」
満足げな顔で辺りを見回すカカロットの言葉に、オレはまた仰天した。自分の運の無さを嘆かずにはいられない。せっかくうるさい奴らから解放されたばかりだってのに、今度はコイツと『二人っきり』かよ!当のカカロットと言えば、オレの嘆きなど知らぬげに荷物を解きながら鼻歌なんか歌ってやがる。こうなったら殴ろうが蹴りだそうが、コイツがここから退くことはないだろう。オレは半ばやけくそ気味になりながら、砂浜にドカリと腰を下ろした。


海岸に『二人っきり』(何て不愉快な言葉だ!)になったところで、特に何かする事がある訳でも無い。一人の時間をジャマされたオレは日陰で不貞寝をしていた。幸い、海岸線ぎりぎりまで森林の迫る地形だったので、日陰には不自由しない。カカロットはどうしているかと薄眼を開けて確認すると、奴は高々と波しぶきを上げながら、一人で海に飛び込んではザブザブ泳いで大はしゃぎをしていた。塩水に入って何がそんなに楽しいんだ、勝手にやってろ、バカめ。
やがて満ち潮の頃に、一頻り泳いで満足したのかカカロットが戻ってきた。薄眼でずっと奴を盗み見ていたオレが慌てて目を閉じた事に気づいているのかいないのか、オレの傍らにカカロットが立つ気配がした。
「なあ、おめえそろそろ腹へってんじゃねえ?」
目を開くと、奴の肩から滑り落ちた水滴がオレの頬にぽたりと垂れる。片手に海魚を掴んだヤツが、得意げに白い歯を見せて笑っていた。


カカロットが熾した焚き火で、あぶった貝や、枝に刺して遠火で焼いた魚を食べる。オレが魚にかぶりついている間、奴は山のように仕留めた魚のわたを素手で器用に抜いていた(ちゃんと海パンは穿かせた)。
「おめえなあ、オラちゃんと焚き火の番してろって言っただろ?昼寝なんかしてたら危ねえじゃねえか」
「火の不始末で火事にでもなるってのか。オレがそんなまぬけに見えるか。第一心配しなくても周りは水だらけだ」
カカロットが非難めいた視線を向ける。オレはイライラと落ちつかない気分で、棒で焚き火を掻く奴の姿からぷいと顔を反らす。
「そういう問題じゃねえっての」「フン」
魚のさばき方に火の扱い、どんな事でも奴は手なれた手つきで、それが何だか面白くない。
「……ったく、可愛くねえヤツだなあ、おめえは」
呆れ顔のカカロットは、枝に刺して火にかざしてあった魚の中から特に大きなものを選んで、ほんの二、三口でムシャムシャと平らげた。
「……!おい、キサマ!何勝手にオレの飯を食ってやがる!!」
「へ?何言ってんだおめえ、これ全部オラが取ってきた魚だろ?」
「うるさいっ!!オレが焼いたんだからこれはオレのものだ!!」
「焼いたって、おめえ焚き火の横で昼寝してただけじゃねえか。むちゃくちゃな理屈だなあ」
カカロットにまた呆れた顔を向けられる。イラつきながらオレは感じていた。なぜだか今日のオレは、妙にイライラして、そわそわして、落ちつかない。


そこからは魚の争奪戦だ。少しでも奪われまいとお互い口に詰め込めるだけ焼き魚を詰め込んでは次々飲み込んでいく。終いには殆ど生の状態の魚にかじりついていたが知った事か。負けるもんかと互いに食い合った結果、山ほどあった魚や貝は半時もしないうちに無くなってしまった。
「ふ~う、やれやれ。食った食った」
全てのものを腹に収めて胃がくちくなった頃、カカロットが満足げな息を吐きながら、オレの横に腰を下ろした(魚の骨から焚き火の燃えがらまで、奴は全て灰にして海に撒いていた)。
「あんまりくっつくなクソッタレ」
「何でだよ?別にいいじゃねえか」
密着するほど奴の気配がそばにくると、オレのそわそわは一層ひどくなった。所載無さげに視線をさまよわせた後、ちらりと横目でカカロットの姿を盗み見る。真っ黒に日焼けしたカカロットの腕は、ほんの少し後ろ手を付いただけで肩の筋肉がよったように盛り上がる。長い脚をのんびりと投げ出し、満足し切った様子でしょっぱい風に髪を泳がせている。
……『二人っきり』、なんだな。そう改めて思い返した途端、オレの胸がどきりと高鳴った。
「………………!!」
かああっと頬に血の気が差すのを感じて、慌ててオレは目をつぶり、両膝を抱えて顔を伏せた。
「なあベジータ、おめえせっかく海に来たのに入らねえのか?」
「………………」
「一応水着は着てんだろ、ちょっとくらい泳げばいいじゃねえか」
「………………」
カカロットの話しかける声がしても、オレは伏せた顔を上げられなかった。無言のまま答えられないでいると、オレの方に向き直ったカカロットが驚いたような声を上げる。
「……!ベジータ、おめえ、肌真っ赤じゃねえか!大丈夫か?」
「うっうるさい!!」
カカロットが身を乗り出すと、二人の距離は一層縮まり、どきどきと刻まれる鼓動がいっそう激しくなる。自分ではっきり分かるほどに肌が赤く、体中が熱くなる。
「日陰に居て、そんなに暑苦しい服までいっぱい着込んで、おめえ何で『日焼け』なんかするんだ。、いっつも重力室ばっかに閉じこもってるからだぞ」
奴はオレの肌色の変化を勝手に勘違いしたが、返って都合が良い。



「…ったく、しょうがねえなあ、おめえは」
カカロットが背負ってきた荷物をごそごそと掻きまわす音がした後、続いてこちらに向き直る気配がした。
「ほらベジータ、背中出せよ。オラが日焼け止め塗ってやるからさ」
奴の言葉を聞いた途端、オレは顔を両膝に伏せたまま仰天する。こんな状態でヤツに触られるなんてとんでもねえ!
「いらん!必要ない!!」
「無い事ねえだろ、そんなに真っ赤な肌してさ。そのままにすると今夜肌がヒリヒリになって風呂にも入れなくなっちまうぞ?ほらさっさと脱げよ」
奴の手を払おうとするオレの腕はあっさりと掴み取られ、パーカを無理やり脱がされてしまう。
「必要ねえっつってんだろ、離しやがれ!」
「別に注射じゃねえんだ、すぐ済むんだからそんなに嫌がるなよ」
腰に太い腕が回されて、奴の胸に強引に引き寄せられてしまう。荷物の中から「サンスクリーン」と書かれた白いボトルを掴みだしたカカロットは、片手で器用に蓋を開けた後、中身をたっぷり手のひらに絞り出した。
「必要ねえったらねえんだ!!離せ離せ離せ離しやがれえええっ!!」
ばたばたとオレがもがこうが暴れようが、まったくお構い無しだ。カカロットは片手でオレの体を引き寄せたまま、その大きな手のひらに絞り出した日焼け止めを、丹念にオレの背に塗りつけ始めた。背中だけじゃない、両腕にも、足にも。
「……………っ!」
思わず声を上げそうになるのを必死で耐える。手のひらが肌の上を丁寧に滑る感触。手足だけじゃない、わき腹にも。更には、胸にも。奴の固い手のひらが、オレの胸の先を掠めた。


「…………っぁ、ん………!」
とうとう耐えきれなくなった声を漏らしてしまい、慌てて口を両手で塞いだが遅かった。カカロットが驚いた顔でオレを凝視する。片腕はオレの腰周りを捉え、もう一方の手はオレの胸の上で広げられていた。忙しなく刻む早鐘のようなオレの心臓の鼓動は、とっくにばれてしまっているに違いない。体中かカッカと燃えるように熱い。ああ、くそっ!もうどうにでもしやがれ!!
カカロットが目をぱちぱちと瞬き、オレの赤くなった肌と、中でもとりわけ真っ赤になったオレの頬とを見比べた。……それから与えられ続けた緩やかな刺激に、すっかり兆してしまった、オレの水着の『前』も、まじまじと見比べられた。



「……なあ、ベジータ」
次にくるのは軽蔑か、それとも嘲笑か。いたたまれない沈黙がしばらく続いた後、カカロットはゆっくりと口を開いた。
「おめえ・・…もしかして、『えっち』な気分になっちまった?」
「うっうるさい!うるさいうるさい!!」
無粋な言葉にオレが必死でかぶりを振ると、背後からカカロットの声がした。
「そっか、ちょうど良かったぞ」
その声は、いつもよりも低くて、かすかにしゃがれている。
「実はさ、おめえの事触ってたらオラも、さ。おまけにおめえが『えっち』な声出すし」
奴の方腕にオレの体がいっそう強く引き寄せられる。尻の狭間に何かが押しあてられる。湿った布を押し上げる、熱くて固い、身に覚えのある感触。
「ほら、な?分かるだろ」「…………っ」
『下品な奴』だとは今日ばかりは言えなかった。何しろ、オレの体がすっかり反応してしまっているのだから。



それからというもの、オレはばたつく事を止めた。カカロットの手が肌を滑り、体中にくまなく白い液体が丹念に塗りつけられていくのに身をまかせた。
真上から照りつけていた強烈な太陽が、少しずつ赤みを帯びながら斜めに傾きつつあった。それと共に、真っ黒だったオレ達二人のいる木陰の色が、ゆっくりと淡くなっていく。波のざわめきが聞こえ、波打ち際に打ち寄せる潮は少しずつ引いていきながら時折高い飛沫を上げる。しばらくすれば素晴らしい夕焼けの空と海を見る事も出来るに違いない。
『南の島に二人っきり』。オレ達二人には到底に会いそうもない、陳腐でそして抒情的な光景にオレの頭はすっかり毒されてしまったに違いない。そうで無ければ説明がつかない。
抱き寄せられた目線の先、カカロットの顔が近付いてきても、オレはもう騒ぎも暴れもせず、大人しく目を閉じてその口付けを受け入れてしまったのだから。


「…なあベジータ」
しばらく身を寄せ合い幾度となく唇をふれ合わせた後、低く擦れた、ゆっくりとした口調でカカロットがオレの耳元で囁きかける。その声色に、不安と僅かばかりの期待に身が震えるのを止められない。
「…やっぱり海、入らねえ?」
「…まあ、少しくらいなら入ってやってもいいがな…」
耳に息を吹き入れられる感触に肌がざわめくのを感じながら、オレは奴の言葉に素直に頷いていた。





その後、オレ達二人がどうなったか、だと?説明するのも面倒だ、てめえで勝手に想像しやがれ!……翌日の陽が高く昇った頃、二人そろって女どもにどやされまくった、とだけは言っておく。