また近いうちに 釜山にいるに想定外の大地震、しかし無事帰国できた。 3月13日(日) 晴れ・暖かい
釜山驛 **(リムジンバス)** 金海空港 ^^(大韓航空)^^ 中部国際空港 -(名鉄ミュースカイ)- 金山 - 大曽根
 
ゆっくり釜山、グルメ釜山にお別れ、また近いうちに
朝7時起床、血圧:H119,L73、正常!昨日のサラダ、DHAやEPAを豊富に含んだ鯨皮のためだろう。
 8時にチェックアウト、すでに予約した時点でカード支払いを済ませいている。追加料金は無。フロントの人は「OK」。「안녕히계세요.(アンニョギゲセヨ)」。「안녕히가세요.(アンニョギガセヨ)」。私は釜山駅前リムジンバスの赤い標識のあるバス停に行きバスを待つ。地下鉄釜山驛の・8番入口近くにある。最初のバス(첫차・チョッチャ)と最終のバス
・マッチャ)の発車時刻しか書かれていない。最初のバスは5時50分発で、40分毎に来るから今度は8時30分発という計算だ。ひっきりなしに市内バスが到着する。市内バスのバス停はリムジンの北隣及び更に北へ行き横断歩道を渡った所にある。8時20分頃を過ぎると他の日本人数人がやって来た。8時半にバスが来ることを知っているのだろう。間違いない。予想通り8時半にリムジンの姿が見えてきた。そして停車。キャリーケースを座席下の収納庫に入れてもらい、5千ウォンを支払う。着席。次に停車した西面のロッテホテ
帰路の搭乗券、金海空港より発する試運転中のモノレール
ルからは1人も乗車しない。バスはそのまま空港へと向かう。高層住宅群の前を通過。約1時間後に空港到着。早速大韓航空のカウンターで搭乗手続き及び荷物預け。5分ほど待ったが呼び出されなかったので預けた荷物はOKだ。上階のレストラン한식당 풍경마루・韓食堂 風景(プンギョン)マル}入る。尚もう一つ、DELIA(こちらの方が安い)があったが店の人は忙しそう、私の姿に全く気付いてないよう。このため풍경마루を利用し朝食として육개장ユッケジャン)を食す。8千ウォン(≒563、空港レストランにしてはヤッス)。後の再両替で知ったが1円が14.2ウォン位と、円高となっている。相変わらずテレビでは日本の大地震ニュースばかり。でも今朝も調べたアイモードによればセントレアのダイヤ乱れはないし、搭乗手続きも済ませた。欠航ではない。そのあと、土産物店で冬のソナタや天国の階段に登場した崔 志宇최지우チェジウの写真が印刷されたホワイトチョコレートを3箱購入。そして隣の釜山銀行で9万ウォンを再両替、56ウォンの手数料で6,330円が戻る。12時45分発の大韓航空KE753便搭乗にはまだ時間がある。約1時間待つ。その間、近日開通予定で試運転中の新交通システムのモノレールの写真を撮る。今度釜山に来た時は乗車できるだろう。空港から終着・沙上(사상・ササン)まで乗車し、地下鉄2号線に乗り換えて四面方面へ、更に1号線に乗車して釜山驛や南浦へ行くことが出来る。
 時間が来たので出国口へ行く。いつもと同じようにポケット内の物は全て出し、上着は脱ぐ。荷物チェックはOK。ボディーチェックもOK。出国も無事にパス。ロッテ免税店ではチャングムの誓いの主役李 英愛(이영애イヨンゲ)の写真が印刷されたチョコを購入。既に搭乗予定ボーイングの飛行機(B737-900)は停まっていた。搭乗口付近にはセブンイレブンもあり缶ビールを買い、日本のNHK・BS1の地震のニュースを見ながら飲む。また余震があったようだ。12時20分頃搭乗が始まり、機内に入る。アシアナと違って客室乗務員は全て韓国人のようだ。「안녕하세요?(アンニョンハセヨ)」。行きの時と同じ右側窓席で33F。異なる風景が見られることを期待する。それにしても出発時刻が近づいてきても空席が目立つ。地震の影響か。韓国人だろう、キャンセルしたと思われる。そして定刻通り出発、離陸。暫くすると釜山の街を見降ろせる所に来た。釜山驛、釜山港がはっきりとわかる。南浦のロッテ百貨店も大きいので目立つ。西面の街はきれいなビル街だ。「안녕히계세요부산또 가까운 시일내에 오기 때문에(アンニョンギゲセヨ、釜山、ットガカウン シイルレエ オギッテムネ=さよなら、釜山、また近々来ますんで)」。
 機内食はチーズ、ハム、レタスが挟まったサンドとオレンジジュース食べ終えて暫くすると日本の陸地が見えてきた。山陰地方だ。(関東~東海の海岸線の半島や都市は大体わかるが、中国地方~近畿地方の日本海側地理は生まれ育った所から遠く詳しくないので、以降帰国後YAHOO地図・航空写真等で調査したことと併せて書く。)宍道湖、中海、出雲、松江、米子、倉吉、鳥取、そして鳥取砂丘、豊岡、山では三瓶山だろう、伯耆大山、まだ陸地上空には入らない。そのまま東へと進む。丹後半島を横断すると天橋立だ。一応は日本三景すべて見たことになる。東西の舞鶴の街や舞鶴湾を過ぎ、天然の防波堤のような所の向こうに見える街はオバマ氏が米国大統領に就任した時に有名になった小浜(オバマ)。やっとのことで方向を南に変える。真下の街は敦賀だ。向こうは琵琶湖だ。竹生島(江にも登場したかな?)も見える。北濃地方の山々上空を通過、雪をかぶった伊吹山、川は揖斐川だ。長良川も見えてくる。両河川の間には新幹線の岐阜羽島駅。そして木曽川。伊勢湾に抜けると海苔の養殖場、遙か向こうに四日市の街。高度が下がり、セントレアの島にさしかかる。津波の被害はないようだ。そして着陸。あとは到着口に接続できれば無事に帰国ということだ。願いは叶え、「안녕히계세요.(アンニョンギゲセヨ)」と降りることができた。「よかったあ」。検疫は何も言わないでパス、入国もOK。預けたキャリーケースだってそう長く待つことなくやって来て受け取り、あとは申告。ひっかかるものはない。が、キャリーケースを開けてくださいと言われて、開け中を見せた。今までこんなことはなかった。汗をかいていたからか?機内は確かに暑かった。衣類、土産物……はよかったが、血圧降下薬や血栓予防薬等の処方薬をみつけ係員の顔色が変わった。が、説明書きを見て麻薬等ではないことが判明、事なきをえて、外に出ることが出来、名鉄線乗り場へと向かった。14時37分発のミュースカイで金山へ、JRにて大曽根へ。途中鶴舞付近からは国際マラソンルートが見えるのだが、コーンやたくさんの警察官の姿は見られない。地震のため中止か?後でわかったがやはり中止だった。大曽根到着後はいつもと同様に、駅下のそば屋で一杯、何度も思う、「セントレアが閉鎖されることなく、欠航することなく、無事帰国することができた。」と。帰宅後名古屋市議会議員選挙も投票を済ませた。
 今回の言葉はとにかくこれだけ、「無事帰国できてよかった~」。
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