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砂田喜昭 2008年12月15日更新  
平和を守る母親行動
“赤紙”配り

 12月8日は、67年前、日本がハワイの真珠湾を奇襲攻撃し、太平洋戦争を始めた日です。
 富山県母親大会連絡会では、太平洋戦争の悲劇を教訓に、再び戦争の加害者にも被害者にもならないと決意し、毎年各地で“赤紙”配布を行っています。小矢部市では、朝は石動駅前で通勤、通学客に、昼前にはAコープ前で買い物に来られた方たちに配りました。

 田母神前航空幕僚長の論文問題から、自衛隊の中では日本の侵略戦争を美化し、憲法と全く違う内容の教育がされていたことが明らかになりました。重大な問題です。
 いっぽう、憲法9条を守れの声が大きくなり、この4年間に7200を超える9条の会が各地に誕生し、平和を願う運動が発展しています。
 愛する家族や恋人を再び戦場に送らない、子供たちに平和な日本と世界を手渡したいという思いを、より多くの人と共有していこうと赤紙を手渡しました。

 
「これが“赤紙”なの?」

 30分余りの時間でしたが、実物のコピーを見て「今日はそんな日でしたね。」「これが“赤紙”なの。初めて見た。」と言って受け取ってくださいました。訴えを読んでから買い物に入っていかれる人もおられました。

 
「軍隊で
  いやとはいえなかった」


 軍隊経験のあるという方は、「いやとは絶対に言えない時代だった。徴兵拒否をして自殺した人は、その遺体を入隊させられた。何が何でも従わせたわけですよ。家族は国賊として村八分にされたものだよ。入隊しても服さえろくになかったもんですよ。」と体験した人でなければ分からない大変な話をしてくださいました。

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