私の「廃国置州論」


尾崎行雄翁が世界連邦の創設を訴えた「廃国置州論」(生活者通信第80号2002年4月号で紹介)は、ボーダレスの21世紀を迎え、巨額の累積債務を抱える日本国家の財政破綻を目前にすると、改めて検討する価値があるように思う。

尾崎翁の廃国置州という考えは、敵対していた各藩が一体となってしまった廃藩置県と「同じことを世界に行いたい」というもので、戦争を回避するための手段となることを期待するものであったが、廃藩置県を可能にしたのは各藩の財政破綻である。
企業破綻時の債務処理にみられるように、破綻を来した組織の再生には既存組織の枠を超えた新しい枠組みが必要となる。国家が破綻した場合は国家の枠を超えた新しい枠組みを創らねばならない。国家の巨額債務を返済するには、国家の経済規模を拡大し、担税能力を高める必要があるが、国境を撤廃(廃国)して日本を自立する連邦国家群(置州)に再編成し、アジア地域における広域経済圏の一員となれば、少子高齢化で低迷する日本経済を再び成長軌道に乗せ、国家の経済規模を飛躍的に拡大することができる。「廃国置州」は戦争回避の手段であると同時に、国家財政の破綻を救済する手段にもなるのだ。

大前研一氏の近著「中華連邦」(PHP研究所刊)」によれば米国、欧州につづき中国も連邦制に変身する可能性があるという。国家の仕組みが異なり敵対してきた中国と台湾が、国境を撤廃して一つの連邦国家に統合されれば、その意義は極めて大きい。しかし、わが国では「廃国」と主張するだけで「国賊」「売国奴」という声が聞こえてきそうだ。

ボーダレスを説く大前氏をユダヤの手先と見る者、日本の大不況を国際ユダヤの陰謀とする宇野正美氏らの根拠のあやしい主張に騙されてはならない。戦前は国粋右翼主義者だけではなく、新聞や雑誌までがユダヤによる日本封じ込めの陰謀説を煽って無知な大衆を騙してきた。有史以来、迫害を受けてきたユダヤ教徒の実態を知り、世界各地域の紛争の実態を見て判断すればユダヤを敵視する偏狭な頭脳の持ち主は大抵、ヒットラーのような狂信者であることが判る。
インターネットに代表される科学技術の飛躍的発展で、人、モノ、金、特にバーチャルな存在と化した通貨や情報の国境は事実上消滅しつつあり、ボーダレス社会の到来は誰も止められないのだ。

米国が州政府の権限を尊重しながら連邦国家をつくり、ヨーロッパ各国がEUをつくったのはピラミッド型支配の国家を廃し、対等な条件で「政権」を集中統合させた見本といえる。廃国(国家の枠を超えた権限の集中統合)と置州(地域への権限分散)を相互補完関係で結ぶことが重要なのだ。

現代に危機があるとすればアジア、中東の各国の政権が乱立分散し、孤立化、テロ集団化することにある。戦前の日本に酷似する儒教国家の北朝鮮、イスラム諸国のユダヤ敵視は問題だし、最近の中国経済の著しい台頭には、出る杭は打つイデオロギーを持つ米国が黙っていないだろう。わが国でも中国脅威論が台頭し、米国の政策に便乗して軍備増強に走り出す可能性は大いにある。そうすれば改革開放政策に転じた中国も再び門戸を閉ざして軍備増強に走り、戦前の愚かしい歴史を繰り返すことになる。

日本が長期に亙る大不況へ突入する契機になったのは1985年のフラザ合意による円高への政策転換にあることは間違いない。一時期日本は円高と土地神話によるバブル経済に酔い、経済合理性を見失ってしまった。バブル崩壊で土地価格と株価の下落で1300兆円も資産が目減りしては大不況になるのも当然だ。バブル発生は不合理税制を放置した日本の為政者の失政と企業経営者、国民の無知、幻想による災厄で、これをユダヤ資本の陰謀とする人がいるが、仮に事実でも陰謀に乗せられた愚行の結末と言わねばならない。

一方中国経済の著しい発展は中国指導者の賢明な政策が効果を発揮しているのだ。中国は通貨をドルとリンクさせ実質的に固定レートに据え置き、投機家の介入を拒否している。中国「元」の円換算価値は150円/元であったものが15円/元に下落した。元に対して円が10倍にも高騰しては日本の製造業がコスト競争に勝てる筈がない。日本の製造業が中国へ殺到し、産業が空洞化して不況を促進するのは当然だ。日本だけの通貨切り下げに成功すれば昨今のデフレ経済は一挙に解決し、日本経済が再び活性化することは間違いないだろう。

日本も負けずに為替レートを固定し、円の価値を激減させる手は残っているが、そのためには諸外国の了解または黙認を前提にしないと、通貨の切り下げ競争の泥仕合になる可能性がある。効果のある通貨の切り下げには高度の外交と通貨管理手法を駆使する必要があり、外交に長けた有能の士がいないと成功しないのだ。

もう一つの奥の手が日本と中国との間で「廃国」を実行することである。円の価値が元に対して10倍になったということは、中国での円資産が10倍に増えたことを意味する。逆に日本における元の価値は1/10に減ってしまったのだ。円高は製造業を除けば日本にとって素晴らしいことである。中国と日本の国境をなくし両国の相互補完関係が構築できれば、日本は中国からみてお金持ちが住む羨ましい地域になる。日本で生活に困る人も円を持って中国に逃げ出せば生活に困ることはない。日本で過疎化と不況に悩む地方自治体は、通貨に「元」を採用し、土地を公有化してコストの安いインフラ条件を整え、中国の自治体に倣って企業誘致に努めれば、企業の製造拠点として再生することだろう。高賃金を求める中国の高学歴の人材は日本に職場を求めるだろうから、日本の少子高齢化を心配する必要は無くなる。戦争の脅威は激減し、外交、国防予算の削減も可能となるので、日本の財政再建にも寄与することは間違いない。ゼロ金利に悩む日本の金融資産が中国のために有効活用され、国債として日本国内に留めておけばインフレで紙屑になる運命の通貨も、発展の著しい国家の通貨に変換しておけば、貴重な資産の目減りを阻止する効果も期待できる。

プラザ合意後、日本は規制により国内産業の保護に徹したため、円高のメリットを生かすことが出来ず、購入したドル債権の目減りで大損害を蒙ったが、西ドイツはマルク高を利用して国民の生活の質を大きく向上させたという。円高は日本に対する海外からの信用の賜物であり、この円高の効用を十分に享受するために「廃国=国境撤廃」が必要なのだ。

残念ながら現在は人為的な国境があるため「円」と「元」を簡単には交換出来ない。もろもろの規制を撤廃し、EUが通貨を統合したように、「円」と「元」を地域通貨とみなして、両国の通貨を統合することが「廃国」への第一歩となる。「元」以外のアジア通貨とも統合できれば「アジア連邦」創設への道を開くことになるかも知れない。健全な形で「廃国」を実行するためには、戦前日本が進出した東アジア地域に住む人民の相互信頼がなにより大切であり、そのためにも靖国参拝に固執したり、中国脅威論に躍らされるような視野狭窄の日本人に対しては再教育が必要だ。

これも日本の空洞化が完了した後、日本政府の累積債務が返済不能と判り、円の価値が一挙に下がり始めたら万事休すである。日本はみじめな形で文字通り「廃国」の運命を迎えることになる。

文京区 松井孝司(tmatsui@jca.apc.org


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