呆冗記 人生に有益なことは何一つ書かず、どーでもいいことばかり書いてあるぺえじ。
スペオペに見るアメリカの民主主義
デイヴィッド・ウェーバーの『紅の勇者オナー・ハリントン』シリーズの最新作『航宙軍提督ハリントン』が発売された。主人公のオナー・ハリントンは女性・宇宙版ホーンブロワーとでもいうべき存在である。
私はホーンブロワーシリーズをあまり詳しく読んだことはない。いっぺんは読まねばならないと思っているのであるが。なかなか時間がないのである。それはともかく、同時期に我々の前に姿を現した宇宙版ホーンブロワー、『宇宙の荒鷲シーフォート』の主人公があまりにも情けないので作者に溺愛されているとしか思えないハリントンの颯爽さが際だつのだ。
(なんていったって、シーフォートは、常に自分の行動に自信が持てないくせに、逆ギレしてとんでもないことをする男なのである。これだったら、同じように士官候補生から始める『宇宙辺境』シリーズ。ジョン・グライムズのほうがよっぽどマトモだ。あれはあれで別の意味でとんでもないが。なんで、あんなにいいタイミングで女性から援助を受けることが出来るのだ? あの男は)
そんな悩める主人公。シーフォートを尻目に、第1作『新艦長着任!』、第2作『グレイソン攻防戦』、第3作『巡洋戦艦<ナイキ>出撃!』、第4巻『復讐の女艦長』と一歩後退三歩前進。着実にその地位を高めていたりするハリントン女史である。(途中、最愛の男性を殺されたりしているが、その結果1巻目からの仇敵を撃破してしまうのだから恐れ入る)
さて、最近は、祖国マンティコアよりも近隣星系グレイソンで戦うことが多い彼女だが、このグレイソンという星系国家はなかなか自然環境が厳しく、宗教色の強い「女は家庭に、男は外で」といった社会風土なのだ。
そんな中に女性であるハリントンが颯爽と現れ、ばったばったと敵をなぎ倒し、祖国防衛を行って下さるのである。他星系のように男女平等でと考える改革派はこの事実に意を強くし、保守派は彼女を悪魔のように忌み嫌う。
作者は当然、改革派、アメリカン・スタンダードである男女同権が唯一の正義かのように筆を進めていく。
しかしだ。この事象についてどうしても引っかかりがあるのである。
ハリントンはこのグレイソンを敵対する勢力圏から守りきり、非常に厳しい自然環境を『天蓋』なる新しい技術で改革する。この過程で女性の社会進出が可能となる。結果として他星系の男女同権を理想とする改革派は男女同権を主張する。
素晴らしい。素晴らしくアメリカ的な民主主義の発展と言うことになるのだろう。
しかしだ、そこで、完全に新しい考えにシフトしてしまっていいものなのだろうか?
この世界に正しい真理は一つしかないのだろうか。伝統などは正しい社会の前には吹っ飛んでしまっていいのだろうか。
アメリカ的な思考ならば答えはイエスであろう。アメリカの考え方がグローバル・スタンダードであり、それ以外の考え方はローカル・ルールでしかない。狩猟民族の人権主義。これがすべての根底に存在し、それ以外の農耕民族の全体主義などは否定されるわけだ。
アメリカ人にとっての世界とは?
「正しいアメリカ人の世界と、正しくないそれ以外の世界」
というジョークは。おそらくは笑いの中で彼らの真実を言い当てているのではないか。
私はそんなアメリカ人の考え方には絶対に賛同できない人間なのだが。
作者の寵愛を受けられなかった保守派としても長い歴史にはぐくまれてきた伝統を守るためにとるべき手段はいくらでもあったはずだ。民意を問うてもいいし、議会の場で政教ともに論争を起こすのも可だろう。
それなのに、物語はこの後、保守派が愚かにも最悪の選択を選び(選ばされ)、自己崩壊する。
ハリントンの名誉と地位と、改革の目玉である『天蓋』開発の頓挫を目指し、工場現場でのサボタージュによるテロを行ってしまうのだ。そのテロは工事見学中だった子供達さえも巻き込み大惨事となる。
作者はこのテロをあの昨年の貿易センタービルではなく、1993年の地下駐車場爆破事件を念頭において執筆されたようだが、この瞬間。保守派(最終的には保守派本流から切り離されてしまう一部狂信的グループ)は、テロリストとして物語の中で断末魔のあがきを見せることになる。
いかなる理由があろうともテロは許されるものではないこと、戦争状態にない無辜の民を殺傷するテロは絶対に許されるものではなく国際社会においては断固たる態度をとらなければならないことは昨年、ここで述べたとおりだ。この点において、保守派の狂信的グループはならず者と呼んでかまわない。
しかし、自分の常識を唯一無二かのように押しつける態度。アメリカン・スタンダード=グローバル・スタンダードという態度。それ以外の勢力は正しい民主主義の手法も知らないテロリストという表現。
そんな『悪の枢軸』呼ばわりしてしまう現在のアメリカの危うさが、本来笑い飛ばせるこんなスペオペにすら色濃く滲み出ているような気がしてならないのだ。
最大大国として、もう少し過去の大国、たとえばローマ、例えば中華、たとえば大英に学ぶところはないのだろうか。
あれから1年。アメリカのイラク攻撃が近づいているなどというニュースを聞くに連れ、何か変わったのか? 何も変わらないのか。そんなことが頭をよぎって仕方がないのである。
それは、最大大国の国民ではない人間の戯言かも知れないが。(02,9,12)