呆冗記 人生に有益なことは何一つ書かず、どーでもいいことばかり書いてあるぺえじ。
ひとつの物語の終わり
もう、付き合いを絶ってから随分になるある男から電話がかかってきた。
中学時代の私は、彼を刎頸の交わりとも思い、絶対に人にはいえない秘密すらも明かしていた。が、彼にとって私は竹馬の友だったらしく、その秘密をこともあろうに、数年後、最悪のタイミングで私と私の友人たちの前で得意げに公表したのだ。以後、私は彼との交渉を絶った。そんな男だと思ってつきあうには中学、高校時代の想い出は輝きすぎ、その想い出に免じてもその裏切りはあまりにも重すぎた。
「Mが逝ったよ」
それは予想された言葉だった。先月の末、私の留守中に彼はわざわざ集中治療室に入って意識不明と電話をよこしていたのだ。
「見舞いにきてくれなかったんだな」
「ああ、もしも、本当にMが会いたければ、意識のあるうちに連絡をくれたろうさ」
彼と私が決別したとき、Mとも疎遠になった。以来、どれほどの月日が流れたのか。
「ま、俺とMとFと4人で連んでいたときの想い出に免じて通夜には出てくれ」
「わかった」
もとよりそのつもりだった。
通夜と葬儀は普通のものだった。
「死んだときには・・・」
死が私たちにとってあまりにも遠い現象だったある日、Mは言ったものだ。
「出棺は『銀河鉄道999』の『光と影のオブジェ』をガンガンかけるんだ。いいぞお」
私も負けずに言った。
「俺の香典返しは海苔やお茶じゃなく、巨大中華饅頭にするんだ。食い甲斐があるだろうなあ」
「莫迦か、おまえは。おまえは死んでおろうが!」
「おお、そうだった。うーむどうすればよかろう」
しかし、現実にはよくあるクラッシックの中、しめやかに式はとりおこなわれた。思った通り、Mが会いたいと思った連中は、今年の春に呼ばれていたらしいこともよくわかった。
男は、まるで親族のように前の方であたりを睥睨しており、私は声もかけずに帰った。
ひとつの物語が終わったのだ。
「作者、お久!」
「おや、承じゃないか、随分と久しぶりだねえ」
たいてい、私の夢は夢とは思わぬ悪夢が多いが、時には夢だとわかって見る夢もある。そんな私の目の前に現れたのは中学時代さんざん書き散らした学園エスパー小説の主人公だった。
「そうですねえ。すっかり筆折っちゃってからどのくらいになります? あ、そうそう亜香織が怒ってましたよ。ま、わたしの名前は東さんからきてるのは知ってましたが、『あたしの名前はあんな理由で付けられてたのか!』ってね。今度会ったら金蹴りに注意してくださいよ」
先だって名前の出た亜香織嬢はこの小説の勝ち気なヒロインである。
「みんなは息災かい」
「ええ、時間は止まってますけどね。わたしのVer.2(高校時代設定版)も、Ver.3(浪人時代設定版)ものんびりやってるみたいです。宇宙戦記のほうもみんな息災みたいですよ」
そう言って承はどこから出したのかわからないお茶をすすった。
「でね、作者。先だって竜二さんと、蛍さんに会ったんですがね」
それは、Mの書いていたスペースオペラの主人公たちの名だった。
「遠くへ行くそうです」
承の声が小さくなる。
「遠くへね・・・」
気がつくと目覚ましが鳴っていた。
Mの作り出した世界はどこへ消えたのだろう。それもまた、ひとつの物語の終わりなのだろうか。そして、私の物語は再び始まることはあるのだろうか。(99,10,3)