【その7】
Highlanders 〜 やぎさんとひつじさん 〜
Highlanders 〜 やぎさんとひつじさん 〜
今回は、 公園内の野生動物を代表する2種の動物、 Bighorn Sheep と Mountain Goat についてのウンチクをお届けします。 なお、 このウンチク話は、 夏に Many Glacier で参加したイヴニングプログラムの内容をベースに、 8割方パークレンジャーさん達に聞いた話の受け売りです。
急峻な岩山に棲む者たち
やぎさん (Mountain Goat) と ひつじさん (Bighorn Sheep)、 低山部の深い森林地帯から、 地衣類しか生えない岩がちな高山帯まで幅広い植生を持つこの Waterton-Glacier 園内でも、 最も標高の高い場所に棲息する2種の大型動物として、 訪問客の関心を誘っている彼ら。 両者比較的わかりやすい身体的特徴を持つので、 素人でも識別は容易だろう。
〜 Mountain Goat 〜
- 白髪の髭を生やした、古時計でも持っていそうなおじいさん風。
- 頭に小さくとがった角(オスメス共)。
- モコモコした白(から若干黄色)い体毛に包まれている。
- 温和な顔立ちとは裏腹に、 背中に隆々と盛り上がった筋肉と太く安定した足。
彼らの棲息場所は平均斜度45度かそれ以上という驚くべき急峻な高山部。 よくあんな所に、 というほとんど垂直に見えるような断崖を、 草を食みつつ悠々と移動する彼らは、 体を安定に保つため、 太く短い脚を持ち、 各脚をあまり開かず重心分散を防いでいる。 特に前脚をサポートする肩の筋肉はものすごく、 例えば目の前に自分の目の高さより高い段差があっても、 そこにひょいと前脚を乗り上げ(強靭な後脚の筋肉)、 体全体を勢いなしでぐいと引き上げてしまう(強靭な肩と前脚の筋肉)。
また、 我々人間もそうだが、 哺乳動物の足首は普通前後方向しか自由に動かないのに、 彼ら足首はユニバーサルジョイントのように全方位に回転させられるため、 斜面でもしっかり地に足の平をつけていられるのでだ。 ただし、動きは比較的のろいらしい (といってもあの図体でチャッチャカ急斜面を駆け上がる姿はやっぱりすごいけど)。
〜 Bighorn Sheep 〜
- 雄はその名の通り大きくカールした立派な角を持ち、 雌もまた Goat に近い小さな角を持っている。
- モコモコした褐色の体毛に包まれている。
(真っ白な毛の Goat との区別は容易な反面、 地肌岩肌と区別がつきにくく、 遠くから見たら Goat より発見しにくい) - 脚はGoatに比べ細く長く各脚間も開いているため、 重心は(Goatに比べると)高く分散気味。
彼らは主に森林限界から高山部にかけて行動するが、 Mountain Goat ほど急峻な場所は好まないそうだ (平均斜度約25〜40度...いや我々にしてみれば十分急峻だけど)。 Goatほどバランスは良さそうではない(むしろ鹿に近い感じ)が、 彼らの脚は高原を走るのに適したつくりになっているとか。
Horn と Antler の違い
さて、 もう少し低山部に目をやってみれば、 森林や草原地帯を何種類かの鹿が闊歩しているのを見ることもあるだろう。 彼ら(オス)の角は毎年発情期を過ぎると抜け落ち、 また次の年には立派に生え変わる。 対してGoatとSheep。 大小差はあるものの、 両者とも頭にやはり角を持っているが、 これらは鹿の角と違い、 爪と似た材質である角質(ケラチン質)でできており、 一生抜け落ちることはない。 日本語ではどちらも「角」の一言で済まされてしまうが、 英語では鹿類の"antler"に対し、 これらを"horn"と呼び、 ちゃんと区別されている。 あなたがどこかのトレイルをハイキング中、 鹿の角を見つけても、 その鹿はどこか近くでまだまだ元気に暮らしているかも知れない。 が、 もしその角がSheepやGoat のものだったら、 その角の持ち主はもうこの世にはいないということなのだ。
角は、 雄が自分の子孫をより多く残すための優位性を互いに競い合う武器であることはよく知られているところだ。
〜Bighorn Sheep の角〜
秋頃、 Bighorn Sheep は発情期を迎える。 この頃になると、 谷には「カーン」という乾いた音が響き渡るそうで、 それはまるで銃を放った音のように鋭いという。 雄同士が優位性を競い合うために、 あの鎧兜のような大きな角を互いにぶつけ合う音。 2頭の雄が角を前にして若干の距離を空けて向き合い、 互いに時速20mph(30km/h)近くもの速度で突進し、 角をガツーンとぶつけ合うのだそうだ。 何度かそれを繰り返すうち、 一方が疲れ果て敗れ、 もう一方の勝った方が雌を獲得できる。 んん、男はつらいよ。 (♪女もつらいのよ〜。by 矢野顕子)
面白いことに、 強いヤツが弱いものいじめとか、 小兵が柔よく剛を制すというような取り組みはほとんどなく、 ほぼ同じ角のサイズの者同士が争うらしい。
もちろんこんな激しい決闘に耐え得るべく、 彼らの角は重くがっしりしていることは言うまでもないのだが、 それにしても人間同士があんなに激しく頭突きし合ったら、 あっという間にひどい頭痛に悩まされそうな... が、 何と彼らは角の付け根に非常に頑丈な構造の頭蓋骨を持ち、 決闘の衝撃に耐えている。 つまり強固な内蔵ヘルメット。 そして、 そのヘルメットの覆う頭部から、 やっぱりぶつかり合って鼻血でも出してしまいそうな鼻部にかけて、 厚い厚〜い皮膚がしっかり守っている。 普段はおとなしそうにのほほ〜んと草を食んでいるのを見ると、 まさにツラの皮が厚いとはこのこと? ま、 内蔵ヘルメットに頭の容積を取られた彼らの脳ミソは小さく、 頭はそんなに良くないらしいけど。
〜Mountain Goat の角〜
Bighorn Sheepに比べると、 随分とやわそうに見えるMountain Goatの角。 もちろん彼らもまた、 強い者がより多くの子孫を残せるという大自然の掟に従うべく、 雄は優劣を競い合っているハズだが、 あの小さな角が本当に雄同士の決闘に役立つのだろうか? 確かにあんな角をぶつけ合ってもなんとなく迫力がいま一つという気が。
Bighorn Sheep は争いのダメージに耐えるため、 頭から鼻筋にかけて厚い皮膚がしっかり守っている「面の皮の厚いヤツ」 と書きました。 さて、 それではこんな風に争うGoatはどこの皮が厚いのでしょう?
...こんな質問をレンジャーさんがした時、 会場の子供達がそれはそれは嬉しそうに「お尻〜」 と答えていたのがとても印象的でした。 どこの国でも、 こういうネタって好きよね、 子供達。
そんなわけで彼ら Goat は、尻の皮の厚いヤツらです。
実は彼らの決闘法とは、 もちろん角はしっかり使うものの、 Sheepのように角同士をぶつけ合うのではないのです。 2頭の雄は互いに向き合うのではなく、 相手のお尻めがけて突進。 互いに相手の尻を角で突き合い優劣を決めるのだそうだ (別に彼らに「その筋」の趣味があるわけではないよ)。 よって、 彼らが争っている時は、 2頭のGoatがひとところをくるくるくるくる回っているらしい (ヨットのマッチレースで見られるスタート前のマニューバリングのようだ!?)。 もちろん本人達は自らの遺伝子存続にかかわる真剣事なのだろうけど、 なんとなくハタから見るとコミカルな気もしますな。
一生抜け落ちない彼らの角は、 一生伸び続ける。 季節によって成長速度が違うため、 角は年輪のような段差となり、 その段差を数えることでその個体が大体何歳かを知ることができる。 例えばSheepなら、段差の数に2を足した数 (幼少期の2年分は角が小さすぎて段差ができない...だったっけな?) がその個体の大まかな年齢とのこと。 Goatも然りだが、 角自体が小さいので、 生きている個体の年齢を角の段差から知るのはより難しそう。 Bighorn Sheep の角も近くでまじまじと見ないといまいちきちんと数えられないのは一緒だけど。 試しに自分も手持ちのひつじさん近影写真でトライしてみたが、 うまく数えられなかった。
参考までに、Bighorn Sheep の寿命は約8〜12年、 Mountain Goatの寿命は約8〜10年とのこと。
狙う者たち、狙われる者たち
ところでこの話をしてくれたレンジャーさんがその昔、 崖に沿ったあるトレイルを歩いていたところ、 はるか上空で軽い「パシッ」という音がし、 その数秒後、 トレイルそばの森林で「ドサッ」と大きくイヤな音がしたそうな。 何事かと思い空を見上げると、 崖の方から今音がした森林めがけて急降下してくるイーグル。 何と、 イーグルがMountain Goatの子供を餌食にした瞬間であったらしい。
Many Glacier の Grinnell Point を例にとると、 彼らの主な行動分布はこんな感じになる。
Mountain Goat が何故あんなに急峻な崖っ淵に好んで生活しているかと言えば、 それはつまり天敵対策。 普通、 彼らが行動するような所まで登ってこられる肉食動物はほぼ皆無に等しく、 よって彼らに天敵らしい天敵はほとんどいない筈なのだが、 全くいないわけではない。 そう、 それが空からの侵略者、 イーグル。 下を見ながら断崖を歩くGoat、 油断しているとイーグルは彼らの死角となり得る空から、 彼らの子供に狙いを定め、 急降下で一気に襲いかかるそうだ。 しかしよくテレビやマンガにあるように、 怪鳥が空から急降下し、 地上をかすめる瞬間に Goatの子供を空にさらっていけるほど、 天敵にとっても現実は甘くはない。 子供とは言えGoatもそこまで小さくはないから。 そこで、 イーグルも頭を使い、 このように空からGoatの子供を引っかけて崖下に落とす方法に出るわけだ。 もちろんあんな崖から落ちたら Goatの子供もその衝撃に耐えられるわけはなく、 イーグルは獲物をあとからゆっくり賞味できるというわけ。 苛酷ですねぇ。 しかしGoatの方もただみすみすやられるのを待っているほどバカではないようで、 母親はそういう危険に備えて、 数頭で群れている時など、 常に子供を崖の山側、 そして親が子供達を囲うようにして行動するのだそう。 まさに、 大自然の知恵比べ。
ちなみに、 断崖のGoatをこんな風にアクティヴに襲う天敵はおそらくイーグルだけだが、 例えばWalton近くのGoat Lickという場所(Hwy US-2沿い)。 そこに析出する塩分をなめに低山帯にやって来たGoat達をMountain Lion やCoyoteなどが襲うという事例は目撃例があるらしい。 また、 雪崩や崖崩れなどの事故によって落ちて死んだGoatの肉は、 GrizzlyやBlack Bearの食料にもなっているとのこと。
ではBighorn Sheepはどうだろう? 実際、 Mountain Goatほど急峻な高地に棲むわけではないSheepの天敵は、 Goatと比べると一気に増るはず。 特に森林地帯近くなどで彼らを狙っているのが何といってもMountain Lion、 そしてWolf(オオカミ)。 どちらも数は多くないけれど。 Grizzlyなどもごくまれに襲う場合があるらしいが、 多くの場合はたまたま見つけた死肉を食べるにとどまるとのこと。
Bighorn Sheepは天敵を遠くから見定める動体視力にも優れ、 その体はGoatと比べると絶壁を駆け上がれるほどの安定性はない反面、 亜高山帯の斜面を速く逃げるのに適した体つきになっている。 また、 彼らの鋭いひづめもMountain LionやWolfが襲ってきた際の強力な武器となる。 生態系という名の、 大いなる環(リング)。 悠々と平和そうに高原で草を食む彼らも、 決して楽ではない。
また、 時に人間も彼らの天敵となり得る。 公園外では、 ハンター達や密猟者たちが虎視眈々と彼らを狙っているとか (密猟者は園内にもたまに侵入してくるそうです)。
こたつでみかんを食べながら
長く厳しいGlacierの冬。 より厳しい高山帯に生活する彼らは冬をどう過ごしているのだろう?
Bighorn Sheepは冬場、 食物を求めて亜高山帯から谷間にその生活場所を移し、 通常群れで過ごす。 群れてた方があったかいからね。 そのため秋から春にかけて、 園内の道路脇などでもよく見かける。 雄は普段はバラバラもしくは2〜3頭で行動するが、 繁殖期と冬期は大きな群れを形成する。 雌は普段は子供を伴った小グループで行動するが、 やはり冬は大きな群れを形成する。 雄の場合、 群れを先導するのはその中で一番大きく強い者が、 しかし雌の群れは、 その中で一番の年長者に沿うらしい。 冬〜春頃、 雄雌混同の大きな群れも見られるようだ。
Bighorn Sheepはこのように厳しい冬を低山帯に移り棲むことで乗り切るが、 Mountain Goatは何と冬場もあの夏場と同じ急峻な高山帯で過ごすのだ。 冬の寒さを乗り切るため、 彼らの体毛は暖かい空気を逃がさないよう2層構造となっている。 内毛はカシミヤのようにふわふわで柔らかなもの(4インチ前後)、 外毛はファイバー繊維のようなストレートで長いもの(6〜7インチ)。 しかしそんな超高山帯で冬場の食物はどうしているのだろうか? 彼らの舌はまるで鋼鉄のスプーンのように硬くザラザラしており、 岩肌に根強く生える地衣類をやすり取るようにして食べているとのこと。 しかし残念ながら雪を掘るのに適したつくりにはなっていないため、 何の因果かわざわざ風の強い斜面に移動し(むっちゃくちゃ寒そうです)、 雪が飛ばされて岩肌があらわれている場所で過ごすとか。 すさまじい。
どこで彼らに出会えるか?
園内のBighorn Sheepの数は約300〜500頭といわれており、 主にContinental Divide周辺(東側に多いらしい)に棲息している。 サブアルパイン〜アルパイントレイルを歩けば、 トレイル脇で悠々と草を食む彼らに出会えるかも知れない。 秋から初夏にかけては園内の道路脇でも出会えることがある。 特にMany Glacierに出掛けた際、 「Bighorn Sheep にエサを与えないように」 という道路脇の看板に気付いた方もいらっしゃるのではないだろうか。
Mountain Goatの数は比較的多く、 園内に1400〜2000頭といわれます。 しかし彼らはひたすら高い場所を好むため、 軽いハイキングルートを歩くくらいではなかなか間近で見ることはできないようだ。 でも、 そんなあなたに朗報。 Goatを間近に見たい人はぜひ Logan Pass から Hidden Lake TrailをOverlookまで歩いてみよう。 おそらくこのTrail沿いとLogan Pass付近が園内屈指の観察ポイント。 またはWalton近くのGoat Lick。 塩をなめに高山帯からここまで降りてくる彼らを時に何十頭と見ることができるとか。
Logan Passに出現するGoatに関して面白い話を最後にひとつ。
彼らはLogan Passの駐車場に撒かれた不凍剤を食べにくるそうだが、
もちろん不凍剤なんか体に良いわけがなく、
また車に轢かれる危険性も増える。
それに対してレンジャーさん達が考えた対策は、
人間に近寄るのは良くないと教え込むために、
駐車場まで出てきたGoatに対しPepper Spray(熊除けスプレー)を浴びせること。
しかし彼らはその後、 観光客を見ても全くいつもと変わらず、
怯えるそぶりもせず、 相変わらず駐車場に出てきていたそうだ。
全く効果なしか、 と思いきや...
何とレンジャーさんの制服の色であるダークグリーン(オリーヴドラブ)
の服を着た人にだけ反応し逃げるようになったとか。
意外と頭がいいんだね、 キミタチ。
んなわけで、 園内で彼らを見付けても、 彼らを驚かさないように適当な距離を持って楽しみましょう。