【その5】
とある Black Bear 親子の運命
とある Black Bear 親子の運命
Many Glacier のイヴニングプログラムを傍聴した時に、 レンジャーさんが教えてくれた話。 いつの話だったかは忘れたが、 確かここ最近の出来事と言っていた気がする(のでここでは 最近の出来事と仮定して話を進めることにする)。
Watertonの奥地で...
カナダの Waterton Lakes National Park の中心を成す Upper Waterton Lake は、 その一番奥の部分は国境線を越え Glacier National Park にせり出しており、 その南限部分には Goat Haunt という名の場所がある。 車でアクセスすることは出来ないが Waterton タウンサイトから夏場は水上シャトルが往復しているその地には、 キャンプ場やレンジャーステーションが敷設されており、 WatertonとGlacierを跨ぐバックカントリーハイキング・トレッキングの拠点となっている。
そんな奥地で、 その周辺に棲む Black Bear の絡んだ二つの出来事が起こった。 一つは、とある Black Bear が、 ホースライディングツアー中の客がキャンプサイトに残した食料を発見したこと (...だったっけな? ちょっとこの話、 ディティールに自信がないが大体そんなようなこと)。 そしてもう一つは、 とあるBlack Bearがハイキング中のハイカーに遭遇、 ハイカーは驚いて自分の食料(他の荷物も?)をその場に投げ出して逃げたという出来事。 この二つの出来事、 どちらが先かは聞かなかったが、 少なくともほぼ立て続けに報告された出来事であったらしい。
Black Bear (Grizzly ももちろん)は、 僕ら一般の観光客が考えているよりも遥かに頭の良い動物であることが調査研究の結果わかっている。 この事実は、 今回の話の重要なキーの一つである。 ...というのも、 実は上記の二つの出来事に絡んだのは、幸か不幸か、 同一のBearであった。 しかも二頭の子グマを持つ、 母グマであった。
驚くべき学習能力。そして...
さて、 我々の考えるより遥かに頭の良いこの動物は、 今回のこの二件の体験により、 あることを完璧に学習してしまった。 そう、自分達で食料を探すより、 人間から食料を奪う方が遥かに楽であるということを。 こうなってしまった以上、 もはや彼らは正常な野生の状態とは言えない。 厳しい大自然の中で、 自分で食料を獲得することを捨て、 人間に関係しないと生きてゆけなくなってしまった彼らのようなクマのことを "Dead Bear"と言う。
そして事件は発生した。 この母グマが次にターゲットに定めたもの、 それはレンジャーステーションであった。 上記二つの出来事が報告されてから間もなく、 彼女は、 レンジャーステーションのとある窓の上部が少し開けたままになっているのを発見、 人のいない時間に彼女の子供二頭と共にその窓によじ登り、 ステーション侵入に成功。 食料を求めてステーション内をしっちゃかめっちゃかに荒らしたのち、 おそらくお目当ての食料を奪取し、 またその窓から出ていったそうだ。 幸い、 ケガ人は出なかったとのこと。
―― そしてその数日後、 彼女と、そして彼女の愛らしい子グマ二頭は、 レンジャーの手によってその決して長くなかった一生を閉じることになる。
今回の一連の事件で、 実はこのBearによってケガを負わされたり殺されたりといった犠牲者は一人も出ていない。 しかし下された結論はこの通り、 「射殺」。 理由は明解。 このクマ達がこれから先、 ハイカーやキャンパーにまた危害を加えることは明白、 このままにしておけばいづれ近いうちに犠牲者が出るのはほぼ確実だったから。 しかもこの母グマは、子供を既に教育してしまった。 つまりこの子グマ達(がメスなら?)がいづれ自分の子供を持つに至った時、 また同じく自分達の子供に人から食料を奪うことを教育してしまうことは確実だったから、 ということだそうだ。
クマは、 あの大きな体と、 そして凶暴な猛獣という一般のイメージとは裏腹に、 おそらく園内の他のどの哺乳動物よりも臆病な動物、 とも言われる。 正常な状態のクマが正常な状況でクマから好んで人を襲うことはまずないし、 普通は人の気配を感じると、 ボクらが彼らに気付くより前にその場から逃げ去る。 たまに出会い頭に人が襲われるような事件が発生するが、 それらも普通ほとんどの場合、 臆病が故に自分の身を守りたい一心で人を襲うのであって、 最初から人に危害を及ぼそうとしたり、 獲物とみなして襲うことは *普通は*まずあり得ないと思っていいだろう。
しかし、 彼らの頭の良さ、 驚くべき学習能力の高さは、 彼ら自身をちょっとしたキッカケで「正常な野生の状態」から 「そうでない状態」へ、 いとも簡単に転がしてしまう。 そんな彼らの頭の良さが皮肉にも今回の事件を引き起こし、 そしてレンジャーの最終判断を下させたのだ。
悪いのは...?
これを聞いて、 皆さんはどう思われただろうか。 ただ「かわいそう」と思うのは簡単(いやもちろんかわいそうな話なのでそう思って構わないが)、 「こうなった以上もう仕方ない」と無責任に言ってみるのもおそらく簡単。 「いくら何でもクマを殺してしまうなんて許せない」 というのもちょっと論点が違う気がする。
「悪いのは全て人間なのに...」 全くもって正論だと思うけど、 国立公園が観光客やハイカー達に開放されている限り、 そんな一言じゃ簡単には片付けられないのでないか。 第一、 今回このクマと出逢ってしまって驚いて食料を放り出して逃げてしまったというハイカーを、 ボクらの誰が責められよう(これがレンジャーとかなら問題大アリでしょうが)。
この話を聞いた時、 僕が思ったのは、 「パークレンジャーも楽じゃない」 ということだった(勿論楽な仕事なんてひとかけらも思ってないけど、 ただ憧れてるだけで、 もしくはただ自然が好きなだけできる仕事なんかではない、 と思ったということ)。 今回の処置が本当に最善策だったかは僕にはわからないが、 アウトドア(ウー)マンとして、 研究者として、 そしてナチュラリストとしてプロフェッショナルであり、 また他の誰よりもこの国立公園のことを日々考えている彼らが今回、 このクマ達に対して下したこの結論に反対する道理なんか、 僕にはないことはおそらく間違いない。
この結論を下すにあたって、 普段から自然保護に従事している彼らレンジャーさん達の心に去来した感情とはいかばかりのものか。
彼らのプロとしての仕事の厳しさ・辛さを垣間見る思いと、 人間もクマも両者望んだわけでもなく、 不幸にも人間の手によって運命を変えさせられてしまったクマ達への同情と、 そして、「アウトドア」 という名の趣味が永遠に抱えるだろうジレンマを感じさせられた話であった。
【誤記訂正(9/12/1999)】
Swiftcurrent Pass Ranger Led Hiking に参加した際、 偶然にも前にこの話をしてくれたレンジャーさんと同じ人だったので確認したところ、 本文記載の内容にいくつか間違いを発見。
- Grizzly Bear ではなく、Black Bear であった。 (表題と文中は全て修正してあります)
- 最近の話ではなく、一年前(1998夏)の話だった。
さて、 誤記訂正とは話がそれるけど、 Press Release (編注(9/2005):記事が古すぎもう参照できず)によると、 今年の夏も West Glacier にて、 残念ながら同じ運命を辿った Black Bear が出てしまった(8/13/1999)。 このクマもまた、 まだ人間自体を襲ったわけではなかった。 また、 South Sector の Scalplock Lookout Trail で3人のハイカーが 子連れの Grizzly Bear に襲われた事件(8/13/1999)も載っているが、 この場合は、 Grizzly Bear の行動は本能的にナチュラルなものと判断され、 トレイルを閉鎖しただけにとどまった。 人に危害を加えたからといってむやみやたらに射殺するどこかの国と違い、 このへんの判断が一本筋が通っている。 なお、 ハイカー達は大怪我は負ったものの、 幸いにも命に別条はなかったようだ。