遠い旅



 目が覚めたら、ベッドの上だった。
(あれ……?)
 いつお昼寝したんだっけと考えた。部屋の中はまだ日の光が差し込んでいて、でもなんとなく弱くて。
(えーと、……それとも……朝……?)
「お姫、いつまで寝てんだ。目玉がとろけるぞ」
 予期せぬ声に顔を向けると、レスターがベッド脇の椅子に腰掛けていた。
「レスター……?」
 不思議に思いながら見上げ、やがてほにゃりと笑った。
「いらっしゃい……あ、えと、遊びに来てくれたんだ。うれしい……」
「この鳥頭。馬鹿も休み休み言え」
 レスターはいつも通りの無表情で呆れたように言った。
「おまえん家の執事に呼ばれたんだ。寝ぼけてるだろ。お前、自分の旦那が刺されたっていうのにのんきに寝てるんじゃない」
 刺されたという言葉に心が引き裂かれそうになった。そうだ。ヘルムートさまが……
「だからそこで気絶するな、このわたあめ」
 ぱしっとレスターに額を叩かれて、瞬きをする。
「レ、レスター……い、痛い……」
「いい加減起きろ。起きて旅行の準備をしろ。おまえの準備が出来ないと、寝込んでる公爵んところに行けないだろうが」
 のろのろと起き上がると、ぽかんとしてレスターの顔を見た。
「寝込んでる……? 旅行……?」
 魔法使いは顔を背けると、苛立たしげにちっと舌打ちをした。
「お姫。おまえはなにか、あの殺しても死ななそうな旦那が刺されたぐらいで死んだと思って気絶してたのか。腹を刺されたそうだが寝込む程度で済んでるだと。だが外交どころじゃないからこっちから迎えを出すんだとさ。それで俺がおまえの親とこの家の執事に頼まれて公爵を迎えに行く羽目になった」
 なんで俺がアレの面倒まで見なけりゃならないんだとレスターは忌々しそうに毒づいた。
「え、えと、どうしてレスターが……?」
 不思議に思って訊くと、
「道中の護衛と治療のためだとさ。まぁこれでもガキの時分からの付き合いだから途中で寝返って殺したりしないだろうってことらしいが」
 琥珀色の視線がじろりとエリスを眺めた。
「しかも、俺だけだとあいつが俺の指示に従わないだろうからっておまえを連れて行けだと。おまえを連れてしかもクソ我が侭な怪我人を連れて帰ってこいとか、どんだけ面倒をかけさせるんだ」
 この仕事、報酬はたっぷり割増つけて請求するからな、ときっぱりと言うレスターを見ているうちに、エリスは嬉しくなった。
「レスター……ありがとう」
 本当はヘルムートさまと仲が悪いのに。なのに怪我をした彼を迎えに行ってくれるのだ。しかもエリスを連れて。
「礼を言うのは早いぜ、お姫。往復でなにが起きるかわからねぇんだからな」
 レスターは冷静な口調で言うと、「さっさと準備しろ。俺も準備があるから一度帰る」と立ち上がってさっさと部屋から出ていった。
 レスターが去ると、部屋に控えていた侍女たちがそろそろと近寄ってきた。
「奥さま、お加減は大丈夫ですか?」
「うん……」
 なんだか嬉しくてクスッと笑うと、侍女たちは顔を見合わせた。
「オルスコットさまは、いつもご機嫌が悪くて、怖いかたですわ。奥さま、よくあのかたとお話しできますね……」
「大丈夫。レスターはぶっきらぼうだけど、本当は親切でやさしいから」
 でなければ、いくら実家の両親が頼んでも、エリスが頼んでも、ヘルムートを迎えに行くなんて仕事を引き受けてくれないだろう。イヤなものはイヤだとはっきり言うのがレスターだから。
 と、そこでエリスはヘルムートが刺されたという事実を思い出した。
 顔から血の気が引いたエリスを見て、侍女たちも思い出したのだろう。執事のセドリックが奥さまのお目覚めをお待ちしておりますと告げてきた。



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