目が覚めたら、いつも抱きしめてくれているはずの人がいなかった。
(あれ……?)
目をぱちぱちさせる。
天蓋の霞のような布ではなく、目の上にあるのは見事な色彩で飾られた草花の装飾で、それはヘルムートの寝室の天井画で。
昨夜は……ヘルムートの腕の中で何度も心まで蕩けそうな甘い夜だったのだけれど。
そういえば、夜が明けたのか、ほのかにカーテンの隙間から日の光が差し込んできている。
「……ヘルムートさま……?」
そっと呼んでみるが、返事がない。
(も、もしかしてお寝坊さん……?!)
恥ずかしくなって慌てて起き上がりかけて自分が半裸なのに気がついた。慌ててはだけている寝間着を掻きあわせていると、ふらりと表の部屋から寝間着姿の旦那さまが戻ってきた。
「あれ、エリス、もしかして起こしちゃった?」
ちょっとびっくりしたような顔をされて、エリスは首を振る。
「あ、えっと、お、おはよう、ございます……」
「おはよう。まだいつもより早いよ? 寝てていいよ」
「え、で、でも……」
ベッドに戻るとヘルムートはエリスを優しく抱きしめてくれた。
「寝てなよ。昨夜は……疲れただろう?」
熱は出てないよね?といいながら額をコツンをあわせてくる。
ヘルムートは時々エリスと甘い夜を過ごしてくれるけれど、ふとした拍子にそのあとエリスは熱を出してしまう時がある。何日も寝込むほど重くはないが、食事のために食堂に行くのも出来ない程度なので、なんだかあられもなくはしたないような気がして侍女たちにも恥ずかしい。
けれど。
「ヘルムートさま……」
ふと思い出して、エリスは涙ぐむ。
「泣かないで、エリス。ひと月なんてあっという間だから」
ヘルムートの腕に力が篭もり、頬を支えられて唇が甘く塞がれる。求めにおずおずと応えると、やがてゆっくりと唇が離れる。アメジストの瞳がのぞき込んでやさしく囁いてくる。
「毎日、手紙を書くよ。きみのことをいつも思ってるからね」
「はい……」
明日からヘルムートはリカルドとジーナの外国訪問に随行して周りの国々にでかける。ほぼ一ケ月の予定で、その間は身体の弱いエリスはお留守番。
(わたしが元気だったら、一緒に行けたのに)
「素敵な場所を見つけたら、きみと新婚旅行に行けそうな場所か、調べてくるからね。リカルドたちの旅行なんて、旅程がきついからエリスには無理なんだよ」
他の随行員は王太子妃のジーナのお相伴として妻や姉妹を伴うのだと聞いて、エリスはがっかりした。レスターにも相談したが、「おまえの旦那が無理って言ってんだろ。俺から見ても無理だからやめとけ」と言われてしまった。
「ごめんなさい、ヘルムートさま……」
「ん? どうして?」
「だって、奥さんなのに……」
「いいんだよ。どうせあの二人が我が侭の限りを尽くして随行員はその尻拭いをして歩く役目だからね。きみを放りっぱなしにしちゃうの目に見えてるから。それなら家でのんびり留守番してて」
旅先で不自由させたくないよ、とやさしく言ってくれる旦那さまに申し訳なかった。
そして昨夜は「しばらくきみにキスも出来ないからね」とベッドの中で囁かれながら抱きしめられて、エリスは寂しさもあってたくさん甘えた。それがヘルムートには嬉しかったらしく、いつもより甘く愛してくれた。
幾度もキスを重ねて、深く求められて、ぼうっとしているエリスのうなじに、ヘルムートが唇を寄せた。
「きゃ……」
くすぐったくて、そのくせ心が切なくなって、小さな悲鳴をあげながらヘルムートの肩に手をかける。それに頓着せず、ヘルムートの唇はうなじを強く吸ってぴりっとした痛みをエリスに与えた。
「へ、ヘルムートさま……?」
いままでにない行為に戸惑うエリスに返事もせず、さらに鎖骨へ、胸の小さな膨らみへと唇はさがり、大きな両手はエリスの身体の線を愛撫し続ける。
「あ……、や……ぁ……」
甘い声と喘ぎが漏れると、エリスの名を何度も囁きながらヘルムートはやさしく求めてくる。
「……あ……っ」
「エリス……エリス、僕だけの……愛してる」
いつもより性急で、そのくせ囁く声は切ない色で、重ねた肌のままにエリスはヘルムートへ手を伸ばす。
「……だいすき……わたし、も……」
「ごめんよ……いっしょにいるって約束したのに……。ひとりにしてしまう、きみを……」
大きな掌が頬を包み込んでくれる。結ばれたまま、なんどもキスをする。
「わたし……待って……ます……、だから……あ……ん……」
蕩けるような悦びがエリスをぼうっとさせる。
「……だから……元気、で……」
「うん……きみのために、元気で……帰ってくるよ、エリス……」
甘い喘ぎと官能の中で交わした約束。寂しくて、泣きそうで、甘えるたびにやさしく愛される。
そうやって眠りに落ちるまで愛を交わして、最後の朝になってしまった。
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