目を開けると、そこは懐かしい場所だった。
美しい緑の森。静かな湖面。
愛しいあの子が生まれ育った、澄んだ空気に包まれた美しく静かな土地。
(よかった……)
きっとあれは悪い夢だったのだ。
そう思ったのに、どことなく足許がふわふわする。見おろして、——愕然とする。
足許には血溜まりがある。
やっぱり自分は死ぬのか。魂だけがこのやさしく懐かしい思い出の詰まった土地に帰ってきたのか。彼女のいるはずの家ではなく、此処に。
(きみに会いたいよ……エリス……)
ため息をついてうなだれていると、誰かに呼ばれたような気がして、ふと振り返る。
そこには、あの子が立っていた。びっくりしたような、そのくせ泣きそうな顔をして。
「エリス」
切ない気持ちでいっぱいになりながら愛しい名を呼ぶと彼女はぽろぽろと涙を零しながら駆け寄ってくる。
『ヘルムートさまぁ……っ』
誰よりも愛しい妻を抱きしめたはずなのに、抱きしめたいのに、彼女は霞のように捕まえられない。いや、自分が霞と化しているのか。
『ヘルムートさま……?』
この子をたった一人で残してしまうのか。自分をこれほどまでに慕い愛してくれる、この心優しく泣き虫で病弱な愛しい妻を。
『どうしたの……?』
不安げな表情と声で見上げてくるエリスをどうやって慰めたらいいのか、ヘルムートにはわからなかった。
「エリス……ごめんよ」
見る見るうちに蒼白になるエリスを、霧のような自分の腕で包み込む。
「ごめん……僕は……」
あの遠い国で死んでしまうのか。この子を残して。自分はまたこの子を取り返しのつかないほどに傷つけてしまうのか。
胸の奥底から自分と自分の状況に怒りと憤りが湧いてくる。
『やだ……ヘルムートさま、いや』
エリスが必死に手を伸ばしてくるが、ヘルムートはそこでグイと引っ張られるのを感じた。
『……や……っ、ヘルムートさま……っ』
もっと抱きしめていたいのに、エリスから引き離される。踏みとどまろうと抵抗するが引っ張られる力のほうが強い。
「エリス、きみを愛している……! きみの幸せを僕が絶対に守るから……!」
湖の岸辺に置き去りにするエリスに叫ぶ。世界で一番に愛している彼女に。
霧が自分を包み込む。彼女が見えなくなってしまう。
『待って、ヘルムートさま、や……っ』
ああ、彼女が泣いている。泣かせたくないのに。
『いやっ、……ヘルムートさま……、……いかないで……いっちゃいやぁ……っ』
「戻るよ、きみのそばに。絶対に戻る。だから待っていておくれ……!」
誰よりもきみを愛しているから。絶対に生きてきみの元に戻るから。
泣かないでエリス。
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