雑記25:イメージ(1998.12.03)


今回はちょっと不調である。先に皆様にお詫びしておこう。ネタが無くて困っているのだ。皆さん、ごめんね


世の中には実に多くの人がいて、それぞれ異なった思考回路を持っている。十人十色というやつだ。

例えば、”白い画用紙に描かれたオレンジ色に塗りつぶされた円”を見て何に見えるかと聞けば
「太陽」
「みかん」
「オレンジ」
「チーズ」
「日の丸」(
「丸」(まんまやんけ)
「道路脇によく付いてる反射するやつ」
「私の車のウインカー」
「フェラーリのテールランプ」
と様々な答えが返ってくる(実際に聞き取り調査した結果)。オレンジ色の丸からそれぞれの人が好き勝手にイメージしているのだ。


上記の場合、私の質問に答えてくれた人達は実際に見たことのあるもの(現に見ているオレンジの丸)からこれまた自分が見たことのあるもの(上記のそれぞれのもの)をイメージしている。まあ、世の中一般的には自分の見たことのあるもの、知っているものからしかイメージできないのが普通だ。

ところが、私が子供のころ(と言っても中学か高校のころ)にこんなことがあった。


*****


それは中学1年か高校1年のことだった。入学式が終わりみんな初めての教室に初めてのクラスメイトとともに席に付いている。中には前の学校で知り合いだった者同士もいたりするが、大体の人が初対面である(ということはやっぱ高校1年かなぁ)。

一通りの説明などが終わり、進入学1日目が終わりを告げた。ここでみんなそれぞれ誰が音頭を取った訳でもないのだが、集まって自己紹介が始まった。

一通り形式ばった自己紹介も終わり、クラスに必ず一人いるようなお調子者が早速「お前は***に似てるなぁ、良く言われるだろ?」とか、「なんでお前はハゲなんだ?」(ハゲ=坊主頭、私は野球をやっていたので坊主頭にしていた)とか言い出した。

そんなこんなで、お調子者のおかげですっかりうちとけあってああだこうだ雑談をしている時だった。またまた例のお調子者が未だに場に馴染めないで隅の方でおとなしくしている一人の内気そうな奴を見つけてみんなの前に引っ張ってきた。
お調子者:調,内気な少年:,その他大勢:

調:「お前、なんて名前だったっけ
内:「.....○○。」
調:「俺、なんかお前見たことあるような気がするなぁ。」
内:「......」
調:「どこの学校
内:「.....××小(中)学校。」
調:「そうかぁ、やっぱ知らんわ。でも誰かに似てるよなあ。」
お調子者君は我々に向かって同意を求めた。みんな知らないはずなのになぜだか思い出そうとしている。お調子者パワー恐るべしである。

しばらく沈黙が続いた。皆何かを考えている。そしてなぜだか同時に同じ言葉を発した。
調:「あっ、分かったなっなっせーのっ
他:宇宙人
内:「......」
調:「だろっお前もそう思うだろ」(内気君に向かって言う)
内:「.....うん。でも僕宇宙人見たこと無いから....」
確かにそうだ。内気君に限らず誰も宇宙人なんて見たこと無いはずだ。
しかも宇宙人ってカテゴリーが広すぎるじゃないか。地球人って言ったって日本人と欧米人では全然見た目も雰囲気も違うし。火星人なのか木星人なのかヴェガ星人なのかできっと全然見た目から何から違うだろうに。


でも、その場にいた皆が共通のイメージをもったのだ。しかも見たことも無い、存在の確認すらされていないもの(=宇宙人)をイメージして、そのイメージと内気君とを重ね合わせたのだ。

そんな訳で私は今でも”宇宙人”と聞くと当時の内気君の顔をイメージしてしまう。きっと当時その場にいた奴等も同じだろう。

イメージというのは経験に大きく依存するものであることを改めて再認識させてくれるエピソードである。



しかし、白画用紙に描かれたオレンジ色の円を見て”丸”としかイメージできなかった奴ってどんな人生を送ってきたのだろうか
ちっとばかし気の毒になってしまうのであった。

おしまい。