雑記23:それはこっちのセリフだ!(1998.11.24)


それはとある地方銀行での出来事だった。

その日、私は家賃を振り込むべく仕事をちょっと抜け出し銀行へと足を運んだ。
それまでは直接大家さんの家に届けていたのだが、いつも届けるのが夜遅くか休日だったので
「これからは銀行振込にして下さいね。」
と言われてしまったのだ。

えーっ!っと言われるかもしれないが、今まで私は銀行の窓口が開いている時間はもちろんのこと、キャッシュコーナーが開いている時間にすら帰ることが出来ないのが普通だったので銀行振込なんてことを自分でしたことが無かった

仕事上必要な時には事務の女の子にお願いしていたのだが、今回はさすがにプライベートな用事を頼むわけにもいかず、仕方なく銀行に向かったのだった。


それにしてもいくら田舎の小っちゃい地方銀行とはいえ、キャッシュコーナーにはかなりの人が並んでいるものである。
私は行列するのが大っ嫌いなのであと何十分かかるか分からないキャッシュコーナーの前を素通りして誰一人並んでいないカウンターへと向かった。

カウンターには幾つかの窓口が並んでいた。しかし誰一人として客がいないので担当者もまた誰一人席にはいなかった
「すいませ〜んっ
私は少し奥まった席で忙しそうにキーボードを叩いている女性行員に向かって呼びかけた。すると、どこに隠れていたのかカウンターの下から
「ス、スミマセン、お待たせしました。」
赤いスカーフを首に巻いた若いお姉さんがヒョッコリ顔を出した。この銀行は客が来るまでカウンターの下でいないフリをして待機するというマニュアルでも有るのだろうか
私は今度からはカウンターをコツコツ叩いて
「レッドスネーク、カモーンッ
と言うことにしようと思ったのだった。


と、冗談はさて置き、誰も並んでいない窓口=待ち時間ゼロということで結構気分良くなっている私は、早速レッドスネーク...じゃなくてお姉さんに家賃の支払いのためにこれこれこういう口座にこのお金を振り込んで欲しいんだけどどうすればいいのと、私としては珍しく笑顔で質問した。

もちろん「あちらの用紙に所定の事項を記入して下さい。」的な答えを期待していたのだが、私の期待に反して窓口嬢はにこやかに微笑みながら一言
「あちらの自動振込機をご利用ください。」
と言いながら大っ嫌いな行列のできたキャッシュコーナーを指差した。

私はすかさず「いや、あっちが混んでるからこちらに来たんですけど....」と言ったのだが、「皆さん並んでいますのであちらでお並び下さい。」と一蹴されてしまった。

ということで、”皆さん並んでいますので”攻撃には勝てず私は30分も行列する羽目になったのだった。しかもその先には初体験の自動振込機という怪物まで待っているのだ。

*****

30分間ボケーッと待ち、いよいよ順番が回ってきた。
自動振込機と言ってもいつも現金を引き出している機械と同じ物である。ただいつもは目もくれなかった”お振り込み”と書いてある表示部にタッチすれば良いだけだ。

触れてみる。”ピッ”っという音の後に次の画面が現れる。現金振り込みかカード振り込みかを尋ねる画面だ。
”カード振り込み”にタッチする。”ピッ”とまたまた次の画面へと進む。よし、順調だ。その後もしばらくは暗証番号だの当銀行か他銀行かだの他愛も無い質問が続き順調に進んでいく。へっ、楽勝だぜって感じで調子良く次の画面に進んだ。
”お振込先の銀行の先頭の文字を入力して下さい。”
ほっ入力キーボードはと思う間もなく平仮名(50音)が並んだキーボード風の画面になる。
「はは〜ん、これを押せってかよし、んなら押してやろうじゃないか。」ってな具合でキーボード画面のお目当ての銀行の先頭の文字に相当する部分に触れた。

”ピッ”またまた音と共に今度は銀行の名称一覧画面となる。先程入力した文字で始まる銀行名の一覧だ。ここからお目当ての銀行を選ぶ。で、選ぶと今度はその銀行のどこの支店かを選ぶ画面に変わる。ここでも銀行名を入力したのと全く同じ作業で支店名を選択できる。で、お目当ての支店名を選択した。すると今度は
”お振込先の名称を入力して下さい。”
と聞いてきた。これまでとは異なる画面だ。どうやら振込先の名称を先ほどのキーボード画面を使ってフルに入力しろと要求しているようだ。
ここらでちょっと”面倒くさいなぁ”という気になってきた。しかし入力しないと先に進めない。仕方なく一文字ずつチマチマと入力し始めた。


それはやっとの思いで10文字ぐらい入力した時だった。私がたまたま使用している機械はなぜか”シ”の文字の反応が悪い。ちなみに今この文章を入力しているPCは”U”のキーの反応が非常に悪い。打率は5割以下だ。イチローの打率を下回るのも時間の問題だ。その前に阪神の勝率を下回るのが先かな来年は野村監督だからきっと勝率もアップするだろうからこっちの方が早いだろう。

脱線した。で、”シ”の文字の反応が鈍かったため、”シキ”と続くところを”シシ”と入力してしまったのだ。1回触れただけで即座に反応していれば問題なかったのに、反応が悪く何回も触れてやっと”ピッ”と入力される状態だったので連打しているうちに思わず2文字続けて入力されてしまったのだ。

「あっちゃ〜っ、やっちまったな。」と思ったがそこは普段からPCのとは言えキーボードに慣れている私である。すぐに”BS”キーを探したのだ。しかし......無い。どこを探しても”BS”キーは無いのだ。
「いや、そんなハズはない。今周りにいるオバチャン達が一文字の入力ミスも無く操作できるはずが無いから必ず”BS”キーに相当するキーが有るはずだ。」
私は冷静にもう一度画面を眺めてみた。すると左の上の方に”取り消し”というキーが有るのに気付いた。
「おお、これだこれだ。」
なんの躊躇も無く私は”取り消し”ボタンを押した。

”ピッ”と例の音がした。とその瞬間、私は自動振込機の前で凍ってしまった。まるで瞬間冷却装置のボタンを自ら押してしまったかのごとく。そしてそんな私を尻目に画面には元気良く次の文字が点滅していた。
”いらっしゃいませ。ご希望のお取り引きをお選び下さい。”
そう、”取り消し”とは今までの操作全ての取り消しだったのだ。

設計計算書をワープロで書いていて、もうすぐ完成だっていう時にWindowsがフリーズ、「あ〜っ、データをセーブしとくんだった〜っというのと同じ状況である。いや、データセーブ前に自分で”Ctrl+Alt+Del”を押した気分だ。

しかし、ここでめげてはいけない。後ろには”まだ〜ってな顔したオバチャン軍団が待ち構えているのだ。失敗したからまた一からやり直しですなんて顔してたら何言われるか分かったもんじゃない

私は”なんでもないですよ〜”という顔をしてもう一度始めからトライした。

同じ失敗は2度繰り返さない。これが私のモットーである。2度目のトライは慎重にことを運んだことと、一度失敗とは言え経験していることもあってなんとか全ての要求に答えることができ、めでたく最終画面が表示されることとなった。

しかーし、その最終画面を見て思わず私は叫びそうになってしまった。そこにはこう書かれていた。
お振り込み金額:○○,○○○円
手数料    :   ○○○円
手数料なめとんのかーわれーっ窓口の姉ちゃんの代わりに使ったこと無い機械と悪戦苦闘して振り込んでやったのはこっちの方だろーがっ!手数料とりたいのは俺の方じゃーボケーッ!



窓口では冷たくあしらわれるは、せっかく入力した情報は途中で、しかも自ら葬り去ってしまうは、オバチャンに恐い目で睨まれるは、おまけに散々苦労したのに逆に手数料取られてアドレナリンが大量に放出されるはで、銀行振り込みは心と体に非常に悪いと感じる今日このごろである。