テテス半島南東方向、ウンヴァルト海のユルヌバ湾海域を西北西に進むハリケーンの影響でファルツェン市方面は数日中に暴風雨圏内に入る見通しだと気象サービスが惑星上全ての都市に向けて発信していた。
「気流の影響を避けるためにシャフトの運行は明日午前3時から午後6時まで見合わせます
ご利用の皆様には大変ご迷惑をお掛けしますが何卒御了承下さいませ………」
地上部締結階層の到着ロビー前にも館内放送が繰り返し流されていた。
シャフト一帯は暴風雨圏内には入らないが、赤道直上に設置されていない物理的都合上、大気圧の変動で僅かだがシャフト自体が撓るのである。
「閉鎖ですかぁ、いかんですなぁ」
がっしりとした体格だが軽妙な喋りで派手なシャツを着た男が笑っていた。
野太い汽笛がヴァンフリータに朝を告げる。
破断された路線の復旧は資材搬入が迅速に行われたので急速に進むと当初は思われていたが、、地盤の強化が
必要なことと、鉱山の一時閉鎖により予定は繰り下げられ、機材は中央駅貨物ヤードに停留されることになった。
ヴィジランティの先遣調査隊が出立して数十分が経っていた。
旧市街、エルナス通りのメタ・クロム支社の3階。
「ベースキャンプ設置完了しました、ですが一つ問題があります」
「電離層か」ラムスが鉛色に変わっていく空を眺めながら相槌を打つ。
「はい、この時期ですと短波系の伝達距離が伸びません、衛星通信には支障がありませんが、ノイズ混入が事前の観測データよりも2割ほど多くなっています」
「これもあれの要因かもしれんな」
朝靄の晴れた空にはコナル湖からの低い雲が近付きつつあった。
季節の変わり目の雨期が本格化する兆しを見せていた。
「場所は判ったか?」情報ディスプレイのサングラスを外し、鋭利な刀身のような眼光で促すラムス。
「はい」
「二次覚醒の状態に入ってきたわね」
午後の日差しのような柔和な表情はそのままだが、ユミの瞳は妖しく揺らいでいる。
「全ての罪を贖わせるには未だ時間が必要よ」
湖の深い奥底に潜む光のようにユキの瞳も冷たく揺らいでいた。
「全ては星空を取り戻すために…」
ユカとユナが逡巡をうち消すように呟いたが、こころは未だ振り切れていなかった。
――これ以外に無いの? と。
メタクロムの主要産出鉱山であるオスティア連峰周辺には大小様々な急峰や岳が密集し、堅牢な地盤は造山期が旧い事を示している。メタクロムの分布域は周囲25万エーカーに及び、最深部では地下2500mに達する。急峻な沢が数多も流れ、厳冬期には深い雪渓に埋め尽くされる。
鉱山鉄道終着駅であるエルフェラルラントには集積場として6つの支線が枝分かれ、それぞれのターミナルからは数十のリニアレールのトロッコが縦横無尽に張り巡らされ、産出と集積、輸送の効率化を図っている。
だが、操業一時停止中の現在は保安線のみが動いていた。
坑道での作業用採掘ローバー数百台も格納庫に引きこもり、岩盤を砕くドリルやカッター、ハンマーも静かに鈍い光沢を放ちながら休んでいる。
エルフェラルラントにある採掘統括管理センターでも保安要員を残して大部分が閉鎖されていた。
その監査システムが僅かな異常を検知した。
だが、短すぎる検知時間のために警報発令判定に条件が合わずにログを残しただけで終わってしまった。
その光景は奇妙なものであった。ぬくぱら亭のテラスででいつものようにマリンとシエラが昼食を摂る席にラムスが相席をしているのだ。相席自体は別段、マリンのここでの所作からめずらしくは無かったが、その内容がある意味で滑稽ともとれるものだからだ。鋭利な刃物のような緊張感を漂わせている相手が「同じ物を」とオーダーすると「じゃあ、デザートはチョコパフェ人数分」とマリンが追加を行い、デザートが出されると何一つ表情を変えずにマリン達と一緒にチョコパフェを食べだしたからだ。「あなた達も食べたら?」とマリンが勧めても、ビジランティの部下2人、シャオリーとユーキナは立哨の体勢を崩さない。ラムスが右手を少し浮かせ、サインを送ると大盛りのチョコパフェを隣の席に移し、交代で食べるよう促す。当惑の表情を浮かべ、お互いを見合わせていたが、食べ始めると表情が緩んだ。「じゃあ、私は女同士、こちらの席に移るわ」と隣に移動するシエラ。黙々とスプーンを運んでいた手が、運ぶ物がなくなったスプーンを下に置いた。「一つ――」ラムスがマリンに何かを訊こうとしたのと同時にマリンの腕時計のアラームが鳴り出した。大昔のパイロットクロノグラフような文字盤が明滅し、アラームがピリリリリリッ、と鳴り続けている。リューズの一つを押し込み、ベゼルをカチリカチリと回すと3次元フォログラムが映し出されていく。注意深くその様子を眺めていたラムスが椅子を退き、片膝を着いて右手を左胸に当てて傅いた。
頭を垂れたまま、恭しい口調で切り出した。
「お久しゅう御座います。
この度は再びお会いできまして光栄に存じ上げます」
その横で馬耳東風に聞き流しているマリン。
ラムスの部下が注視する中、場違いなくだけた調子で答えた。
「はて、何のことでしょう」
「相変わらずお人が悪う御座いますな」
苦笑を浮かべながら右手を下ろす所作で脇のホルスターから居合い抜きし、銃口をマリンにサイティングした。
ジャキ、という詰まる音が半拍遅れて緊張感を刻み込んだ。
だが、向けられた銃口が火を噴くことはなく、エジェクションポートにフォークの柄が差し込まれ、強制排出された薬莢が床を転がるだけだった。
シエラの左手は掴んだ拳銃を天井に向けて、右手の手刀がラムスの眉間に突きつけられていた。
「はい、そこまでです」
横で何があったのか分かっていないようなずれた口調で喋るマリン。
「ここは食事をするところですからね」
ホルスターに拳銃を収め、非礼を詫びるラムス。
気にもとめた様子もなく、デザートを食べ終えたマリンが落ち着き払った表情で深刻な内容を告げた。
「山に向かった部下達を呼び戻した方がいいと思いますよ」
シエラが空を見上げて確認するように呟く。
「もうすぐ、来るわ」
その頃、先遣された分隊三の隊員達はエルフェラルラントから地下坑道に入り込み、調査地点に達した後、更に奥に進めていた。薄暗いはずなのだが、妙にライトが照らし出す周囲の空間に艶が無い。「マズイわ、このままじゃぁ」生理的悪寒が先に進むことを躊躇させるが「ルーミ、マユー、セイカ、ミイア、こちらカナエ、奥の状況は?」「こちらムーバ3のミイア、各員異常なしですが、周辺空間の反応が坑道から逸脱していきます」モニターを注視しながら返事をするミイアの腕をいきなりルーミが掴み、正面を向けさせた。「ミイア、あれ見て、とにかく見て!」「えっ、何、なにあれっ、一体、いやぁぁぁぁっぁあああああ――――――」
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