2nd Ｓｅｓｓｉｏｎ：Hell diver
メタクロム社鉱山地質調査班による試掘先遣隊。
「エコーの強い場所にもうすぐ出る、但し空洞も多い、十分注意しろ」
岩盤を刳り貫く轟音の中、掘削機を操作するオペレーターのインカムにレーダー捜査員の声が届く。
「もう少し掘り進めゃ、一次隊との合同区域に入る、焦るなってのが無理なもんだ」
ゆっくりだが、確実に掘り進むドリルの回転音が急に高まっていく。
「抜けるぞっお」
小さく穿かれた坑が一気に崩れ、空洞内部に掘削マシーンが躍り出た。
「広いぞ、気をつけろ」
「大気分析急げ、不用意に動けない」「レーダー、どうだ」「モニター撮せ、早く」
「連絡急げ」
狭い操作室で４人のクルーがそれぞれを操作を行いながら、暗視とレーダー合成されたモニター画像を見やる。
「おい、なんなんだ、こりゃあ」
「頭取、先遣隊がそろそろ該当区域に接触した頃です」
「そうだな」
先遣一次隊の調査レポートをモニタースクロールさせながら腕時計を見やる。
「ビジランティのメンバーからの連絡は」
バーロン星の珈琲を飲みながら、このままでは逐次投入の状態になることを懸念している。
カイルが纏められたレポートに目を通しながら、
「一昨日の低気圧の影響で到着がこのままでは１日遅れます。
機材の搬送が入管に手間取りましたので実質３日遅れになります」
「そうか、迅速な執行を願いたいものだ」
「もう今日もこの辺で止めようかしら」
事故の周囲約８００平方kmを綿密に調査していたシエラが最後の調査マッピングのデータを入力し終えて呟く。
「地質調査はともかく、気象観測まで入念に調べるだなんてマリンは何を考えているのかしら」
有線気象ゾンデの気球を回収するためにラウンドクルーザーの外に出る。
「薄暮にお客さんとは、一言連絡ぐらいして欲しいわ」
索敵センサーからの警戒通知が腕のコミュニケーションパッドを震わせる。
現時点での大気圧・気温・湿度・風向・風力・光量・地磁気の状態をエレメンタルスーツに設定し戦闘準備を行う。
「挨拶はこちらからしなくちゃね」
ホルスターのセイフティを外し、一気に加速状態に突入、該当目標に急速接近を試みる。
「何なの？ こいつら？！」
薄闇の中に閃光が幾つか瞬いていく。
ラウンドクルーザーのカーゴパック内で今迄に得られた情報とシエラから毎日転送されてきた調査内容を見ている
マリン。複数の透過レイヤースクリーンに地形情報や事件の発生状況、歴史情報を重ね合わせていく。
「なんか、引っ掛かるのだよねえ、変だよな」
定説や残されている史実の類も事件とは直接は関係ない筈である。
着信のメロディと共に通信モニタのレイヤスクリーンが手前に浮かび上がる。
「こちらデルルだ、マリン」
困った奴だな、と言いたげな表情で要点のみを切り出す。
「当局側で公開できる情報と”独り言”の内容をそちらに送る、後は知らんぞ、
それと随分あちこちに探りを入れて置いた分のまとまったものも一緒だ、これは謝礼の一つか？」
「まあ、それは解決してからの捉え方によるものさ、
済まないね、毎度ながら、デルルには、今度はケーキとおもちゃでも持っていくよ」
「女房と子供が喜ぶものより、たまには酒でも持ってこい、じゃあな」
デルルのレイヤスクリーンが消えると情報が転送されだし、少しずつ簡潔にまとめられたデータが表示されていく。
「やはり、テロじゃないな」
鉱山地帯での天候不順、軌道爆破によるその後の出荷価格の下落による生産調整と新鉱脈への労働者の一時
帰休ででヴァンフリータには荒くれ者達が溢れ返ることになってしまった。
閑静な保養地側は兎も角、旧市街の歓楽街では夜な夜な気勢を上げる者達が屯していた。
平穏な間はまだいいのだが、酔いが回ってちょっとしたきっかけで喧嘩騒ぎが始まるのが珍しいことではなくなって
いた。そして、それは夜毎に件数と場所と時間を増やしていった。
ぬくぱら亭でいつものように遅い夕食を摂っていたマリン。
両隣の酒場から酒宴で盛り上がる乱痴気騒ぎが響いてくる。
「日毎に騒がしくなってしまい、申し訳有りません」
恐縮する主人だが、
「再開の目処がつくのが不明だから、まあ仕方がないですね」
「ええ、ですが、このまま長引けば保養に来られる方々の足が遠退いてしまいます」
「そうですね、それは困りますね…」
若鶏のソテーを頬張りながら他人事のように受け流すマリン。
揉め事に立ち入りたくないのではなくて、騒ぎを大きくしかねないのを敬遠しているのである。
「地元の（警察の）仕事です、ちょっかいだすものじゃあ、ありませ──」
特産のヴァンフ・タロイモのチップスにたっぷりとバジルソースをまぶしてフォークを突き刺そうとしていると、
向かいの西部風の居酒屋前から口論が聞こえてきた。「場所と時間をわきまえて下さいませんか、と申し上げているのですが」
緊張感の無い口調でユーミが抗議を行うが、
「子供の時間はとっくに終わってらぁ、酒が飲めりゃあ、それは大人の柄だぜ、姉ちゃんよ」
仕事の再開がままならず、足止めを食らって鬱積した気分を酒で癒していた処で口論になったらしい。
「ふんっ、聞いたような口で酒を煽るしかないのはあんたらが甲斐性無しだからよ！」
火に油を注ぐような態度と口調でユーカが赤ら顔の男に反撃する。
「ユーカ姉、言い過ぎです…」
ユーナが天を仰ぎ、肩を落とす。
「うるせえ、こうなりゃ拳で勝負だ、手加減なんかしねえぞ、野郎共っ！！」
「望むところよ、この穀潰し！」
売り言葉に買い言葉で喧嘩が今、まさに始まろうとしたその時、
「食事の最中に喧嘩は消化に悪いですよ」
間の抜けた口調でマリンがユーミ達に食ってかかっている髭面と髪の薄い二人の男の肩を手で押さえた。
「喧しい、優男とは引っ込んでろっ！」
返す言葉で殴ろうとするが、二人とも腕を回すことが出来ない。
マリンが肩口を押さえ付けて腕を回らせなくしているのだ。
「気取るんじゃねえ」
強引に身体をねじり、マリンを振り払いパンチを見舞う。
「うわっち、ちょっといきなり」
紙一重で繰り出されるパンチをかわし、テーブルの間を縫う様にして巧みに避けていくが、次第に追いつめられ
るように名発かが掠りだしていく。
「れ、冷静になりませんかぁ？」
とぼけた調子で制止を試みるが興奮してしまった男達には聞こえないようだ。
「俺にも殴らせろっ」
傍らで見ていた同行の男が意気上がった気勢で握り拳を作る。
「４，５人で来るの？！」
力任せに殴りに来る男達から避けきれずに椅子の脚で躓いてしまう。
「ええ格好しいはぶちのめしてやる」
完全に切れた男共がマリンに襲い掛からんとした途端、何故か一斉に転んでしまった。
「舐めたマネしくさって、コンニャロウ、ミンチにしてやる！」
闘牛のように猛り狂い肩を震わせ、荒き息をまさに牛のように吐く髭面の男。
横のテーブルの上のビール瓶の底を割り、大きな振り被りで突き刺そうとし、誰もがそうなると思った。
しかし、次の瞬間にはビール瓶は壁に叩き付けられて割れただけであった。
「やっぱり酒場に喧嘩は付き物よね」
エレメンタルスーツを薄いオレンジ色に発光させながら回し蹴りをしたシエラが不敵に笑う。
「私に勝てた人には夜のお相手もして差し上げるわ」十数分後、乱闘騒ぎとなった結末はシエラの圧勝で終わった。
初めてストームレイカーの格闘とエレメンタルスーツの威力を見せつけられたユーキとユーナが嘆息を洩らす。
「洗濯機の中の洗い物のようになって終わったね」「うん、あの人たち、ボロボロ〜」
まるでダンスを終えたような表情のシエラがすれ違いざま、ユーミの耳元に囁く。
「さっきは有り難う」
「えっ？ 何のことですか？」
訳が分からないできょとんとした顔で言葉を返すが、
「ありがとう、ってさっきマリンに言ったのは正体を見せずに済んだからじゃなくて？」手を振りながら店を出て、外で涼んでいたマリンの腕に抱き付くシエラ。
「誉めて誉めて、今日は誰の骨も折らなかったわよ」
甘えて口調で褒美のキスをせがむが
「ダメ」
半壊した店を見やり、おやつを断る口調でにべもなく、軽くシエラの頭を小突き、
「店の修理代、誰が払うのかなあ〜？ またやりすぎて」
まだしきりにおやつをねだる子供のような仕草のシエラに対していなす様に手でシエラの髪をグシャグシャに
かき回して逃げ出していく。
「わぁ〜ん、やだぁ、ひどい〜」
喚きながら捕まえたマリンの頭を、力を抜いてポカスカ殴る、そんなシエラ達を見て
「ユーカ姉、羨ましいでしょう」
皮肉たっぷりにユーキが話す。
「誰がっ！」
言葉とは裏腹に、乱闘時に庇うように抱き締められた、胸と腕の感触、マリンの匂いを思い出し、紅くなってしまう。
「でも、食えない人ですね」
妹達のやりとりを楽しみながらユーミはマリンをそう評した。
「以上が昨日現在のヴァンフリータでの状況です」
株式市場、取引価格との関連図と見比べながら秘書の報告を聞いていたガルバルディ頭取が呆れたとでも言い
たげな表情で感想を洩らした。
「副社長の発表から４日、風当たりがこのままでは強くなるな」
「はい、午後にはネット配信のインタビュー要請が各社から届いております」
こめかみを抑えながら
「財務屋は石の匂いのことなど判らんのだ、目先の利益ばかりでは鉱山男（やまおとこ）の支持は得られんのにな」
「坑の中では自分に嘘はつけません」
秘書のカイルの言葉に思い出すように笑いながら
「そうだな、果敢な鉱山男だったな、君も」
茶を啜りながら、昔日を思い出す。
「ビジランティには収拾よりも調査を優先するようにしておくれ」
「はい、了解いたしました」
昨夜の氷雨の残りか朝靄の起ち込めるヴァンフリータ中央駅第三ヤード口に特別チャーター列車が到着した。
旅客ホームよりも貨物類の取り扱いの為にホームの高さはレールと面一である。
がっしりとした窓の少ない客車の中から長めの外套を着こんだ、統制の執られた数十人の影がホームに迅速に
整列していく。
「分隊３は先にヤーム鉱山域に先達、先遣調査隊と合流し調査を開始せよ、
分隊１，２はベースキャンプ設置後、追って合流する、以上だ」
「ヤー、ボール」
指揮官であるラムスに対して敬礼を一斉に行い、切り離された前方４輌に乗り込み、出立の準備を始めていく。
「カナエ、アーキ、サーエ、各分隊、小隊の軌範を計画」
「ヤー」「ヤー」「ヤー」
三人の女性が痩身のラムスに返答し、各分隊、小隊の構成員に伝令を手際良く伝え、貨物の搬出準備に執りか
かっていく。
「ミチ、ルーミ、マユー、セイカ、ミイア、エミル、ナツミ、ショウ、各位スーツ・ヘッドアップ！」
「ヤー・ボール」
「シャオリー、ユウ、リサ、シズ、カオル、シホー、ユーキナ、アーキ、ヒカリ、装備ラウンドオフ！」
「ヤー・ボール」
「メグ、ミサト、カーナ、ジューン、オト、ミホ、トモ、エリ、アーマーセッタップ！」
「ヤー・アイン！」
冷たい朝露がまだ這い続けるホームを歩いていくラムスを追うように
「コマンダー、本日の予定は午前で完了しますが」
副官のヴァルツフルドが一時駐留の企図を再確認する。
「ストームレイカーと会おう、ビジランティの役務に介入させないようにな」分隊三の列車の出発の汽笛が、張り詰めた靄を裂くように響き渡っていく。
3rｄ Ｓｅｓｓｉｏｎへ続く。
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