1st Session:Avenger

 ヴァンフリータ、北にコナル湖を望む景勝地。メタクロムの貨物輸送にとって水の補給と共に保線の拠点を兼ね、
コナル湖への夏場の観光客の到来もあり、ファルツェン周辺に集中した都市以外では代表的な街である。しかし
人口は10万程で、その半分は湖側の土地に住み、残り半数が線路を挟んだ反対側の中継駅側に住んでいる。
 春先は観光客が少なく、今日は週に一度の貨物列車定期停車の日であった。
 駅近くの酒場ではいつになく活気が溢れていた。
 新たな鉱脈が発見され、採掘労働者の拡大が行われ、その先遣第一派が宿営していたからである。
 酒場近くのレジデンシアのぬくぱら亭も旅往く者から賓客まで賑わっていた。
 酒場横の駐車場に留めたラウンドクルーザーから長身の女性が降り立つと、オープンテラスの酒場から男共の
好機の視線と嬌声が一斉に注がれた。
 オフシーズンに女の一人旅など珍しくもないが、茫莫と広がるステップ平原をラウンドクルーザーで踏破してくる
等訳有りでなければ堅気の者ならまず行わないからだ。ましてやそれが女なれば酔狂さも段違いである。
 酒場の前を横切り、ぬくぱら亭に向かう時には浴びせられる視線が肉欲的なものに変わっていた。
 肢体にフィットしたエレメンタルスーツが成熟した色香を強調していたからである。
 エレメンタルスーツは耐熱・耐寒・耐衝撃・耐磁・防水・防弾機能が集約され、一般人にはまず無縁のものだ。
 ぎらつく視線の海に溺れることなく、あるテーブル席に着くと男共の顔に落胆が表れた。
 相席したテーブルの先客が冴えない、というよりも長閑な田舎暮らしの青年風であったからだ。
 落胆は次第に怨嗟と悪意の視線に装いを替えて言葉にされない罵詈雑言の類が充満しそうな勢いだった。
「シエラ、どうもギャラリーが納得していないみたいだけれど…」
 相席の男が後々困るという表情で切り出すが
「マリン、気にしないことだわ」
 素っ気なく応え、パレオの下から厳つい大型拳銃をテーブル上に置いた。
 それを見るやいなや男共の殆どはばつの悪そうな表情でそそくさと立ち去った。
 銃の所持はアメリアの惑星法で認められているが大型拳銃は特例であり、非合法で持ち歩くにしても扱いきれ
ない代物だからだ。
 ラウンドクルーザーの紋章、剣と銃が交叉した上に下弦の月に腰掛ける天使(女神)に見覚えや聞き覚えがあ
る者なら、シエラにちょっかいを出そうとしないだろう。クイーン・オブ・テンペスト(暴風の女王)には。

 ベッドが僅かに傾いだ音でシエラは心地よい安眠から起こされて薄目を開けて部屋を見やった。
「朝だよ、食事にしようよ」
 マリンが身支度を整えているのを恨めしそうに
「もう少し二人で寝ていたいわ…」
「仕事は仕事、だよ」
 シエラの髪をくしゃくしゃにしながら早く起きろと促す。いやがる素振りをしながらもじゃれるようにマリンを引寄せ、
起きあがり濃厚なキスを交わした。
「王女さまには目覚めのキスが必要なのよ」

 駅前では週に二度の寝台旅客列車の到着で午前の一番の賑わいを見せていた。
「妨害活動があった割には定刻から一〇分も遅れていないね」
「そうでしょうね、ニュースで数行の程度だから様子を窺っているのじゃなくて」
「(来る途中で)何か見かけた?」
「爆破された下り線の状況はね、やけに警備が厳重だったわ、一〇日も経つというのにね」
 朝食を採りながら駅前を行き来する人物を観察しているマリンとシエラ。
「取り敢えず、あの中には居そうにもないね」

「お早う御座います、マリンさん」
「おはようございます」「おはよう」「おっはよう」
 マリンに朝の挨拶をしながら若い四人の女がマリン達の斜め向かいのテーブルに着いていく。
「あの人たちは?」
 精一杯の笑顔を作りながらシエラが問う。
 心の中では"愛称で呼ばせるなんて、なんかあったの?"と怒りながら。
「ああ、来る途中、同じ号車内のコンパートメントで一緒になってね、
 何よりこの季節だし、空いていたから、まあ、顔見知りになった訳だよ」
 ファルツェンの対岸都市であるロークニバルグからヴァンフリータまでは鉄道で三泊四日、途中の停車駅は初日の
夕方に小都市アルミンだけ。後は延々走り続ける。
 シエラの中で妄想が駆け巡る。週に2便しかない上、閑散期で号車数は僅か四輌、定員238人。
 マリンの部屋はツイン、朝食も昼食もディナーもあれもこれもそれも…。
「シエラ、散歩しようか?」
 やれやれ、また妬きもちだよ、と思いながら人差し指を立てて促す。

「へえぇえ、綺麗な人だね、スタイルもいいし」
 マリンを追い掛ける様に小走りで出ていったシエラを見ながら三女のユキが言葉を漏らす。
「ユミ姉、気になる?」
 四女のユナがワッフルを啄ばみながら皮肉そうにカマをかけるが、
「私は別に、どうも思わないわ」
「そうね、冴えない男が依存の対象を女の肉体に求めているだけよ」
 長女の歯切れの悪い言葉を遮るように次女のユーカが冷たく言い放つ。
 同じ双子でありながら面倒見の良さそうなユミに対してユーカの表情も態度も冷たく高慢である。
「ユーカ姉さんは男を見る眼が無さ過ぎるのよ、世界は広いのよ」
 ユキがそれじゃあ人生愉しくないよ、と云いたげな顔で突っ込む。
「いいの、男はバカばっかりだもの」
 紅茶を飲みながら一昨日の晩の出来事を思い出す。
 闇夜に燦然と銀色に煌くニ連の月灯りを人気の無いラウンジでラウンジでぼ〜っと眺めていると
「月夜には蜂蜜のたっぷり入った紅茶が美味しいですよ」
 とマリンが紙コップに芳香も美味な紅茶を目の前のテーブルに置いた。
「あ、あの…」
「ユーカさんですよね、夜の窓辺は冷えますよ」
 自分も紙コップに入った紅茶を飲みながら車窓を眺めた。
「どうして私に」
「あ、女性の名前を間違えるのは失礼ですからね、男して。
 あまり夜更かししないで下さいね、それじゃ、おやすみなさい」
 と口説くわけでもなく自分の部屋に戻ってしまった。
 呆気にとられながらも飲んだ紅茶はいつになく暖かく、そして美味しかった。
 その時の味覚を反芻するようにティーカップを見詰めていたことに気付き、慌てて飲み干す。
「バカばっかりよ、ほんとに」

 12日前。
 ステップ高原中部を覆った界雷により、轟雷と流れる滝の中を鉱山に向けて慎重に走る貨物列車。
 速度を落としてはいるが、500輌近い編成のためになかなか減速できずに惰性のまま雨中を突き抜くように強引に
走り続けている。
 機関室の警告板ランプが明滅し、警報が鳴り響く。
 前方警戒レーダーに反応があったのと、運転制御用信号線の一つが断線したからだ。
 機関士が緊急制動を掛けるが濡れきった線路と重すぎる編成重量故に虚しく車輪は空転して止まる気配を見せない。
 数分経ち、ようやく制動が効き始めたと思った頃に爆発音と地響きが立て続けに起きた。
 衝撃で席から投げ飛ばされた機関士がようやく目を覚ました時、四重連の機関車は無事であったが路盤は寸前で
落盤し、線路は飴細工のように曲がりくねっていた。そして貨物車輌の至る所で脱線しており、事実上これ以上の運
転は続けることは出来なくなっていた。
 その様子を数キロメートル離れた丘陵から眺める人影が4つあった。

 コナル湖畔側の別荘地域を走る2輪エレカに二人乗りしているマリンとシエラ。
 シーズンオフの為、閑静な避暑地はより一層静けさに包まれている。
「のんびりしているけれど、秋にも来てみたい所だね」
 ゆったりと走るエレカのハンドルを握りながら後部座席のシエラに話し掛ける。
「私は、、退屈だなあ、静か過ぎるもの、これじゃあ」
「そうかなぁ、全然気にならないけれどなあ」
 シエラの不満も別に気にならないといった具合に長閑に御満悦な表情のマリン。
「私が退屈なの!」
「じゃあ、僕がここで過ごすから、シエラは仕事すればいいよ」
 構ってはくれないことに拗ねてしまうシエラ。
「私もここに残る〜」
「あはははぁ、残念、仕事は本当。はい、これがシエラの担当分」
 手渡されたメールタブレットをぱらぱら覗いたシエラが
「またステップ荒原の調査? しかも鉱山側なの?」
 やりたくない、と抗議の姿勢を示すが、マリンの言葉はおやつの補充を断る親のようにあっさりした
「片付けてからでないとダメ。
 この前の弁償の赤字分を少しでも回収しないとね、困るから僕は街で依頼待ち」
 前回の補償問題の当事者であるので渋々承知するしかないシエラであった。

 メールタブレットに携帯端末を接続して星間通信網にアクセスをしているマリン。
「はい、こちら星間自治警察第4課、デルル警部補で…、なんだ、マリンか」
「お久しぶり、元気そうだね」
 やれやれといった顔のデルルを気にせず愛想良く受け流すマリン。
「また、どうせやっかいな調べ事だろう」
「いやいや、警察の公式情報を閲覧したいだけだよ。
 アメリアのメタクロム関係の情報が知りたいぐらいさ」
 デルル警部補の口髭が僅かに動いた。
「そういうのをやっかい事だって云うんだよ。
 で、何が知りたいんだ? また後始末が大変な仕事を引き受けたんだろう」

 ファルツェン市、ナルミス通りのクロムハート社。
 アメリアにおけるメタクロム鉱山の8割を保有する企業であり星間物流の一角を占める企業でもある。
 その33F、頭取室。
「その後の爆破事故の(自治警察側の)調査状況は?」
「はい。 各調査班の進捗状況は過日報告した点から進展は見られません。
 現在はテロ捜査班に操作の比重が遷移してきております」
「そうか、なら良い」
 電子決済を承認するとガルバルディ頭取は席を立ち、床から天井までのガラス窓の前で独り言のように言い放つ。
「うるさいハイエナ共にはいい餌だろう」
「頭取、ストームレイカーと思しき連中がヴァンフリータに赴いておりますが」
 主席秘書官のカイルがマリンとシエラのデータを表示させて判断を伺う。
「副社長側の横槍だな、心配はない、手筈は整えておるよ」


 ヴァンフリータ市役所の公文書館でここ数年の行政禄を閲覧し、パブリッシュセンターで市歴を確認し終わった後、
マリンはコナル湖側の市街地にあるオープンテラスのカフェで休憩をしていた。街路の梢は新緑の帯を連ね、煉瓦
畳の通りは人通りの少なさもあって小さな動物たちが盛んに走り回っていた。
「マリンさん、こんにちは」
 振り向いて見れば、買い物の紙袋を抱えたユナがリスのような笑顔で微笑んでいた。
「買い物かい? ユナちゃん」
「ええ、夕食の買出しよ。女四人といってもみんな大食らいだから材料が足りやしないわ」
「そんなに食べるのかい? みんな?」
「勿論、女盛りを維持する為にも、女盛りに突き進む為にも、ですよ」
「ははは、そうだね」
 話を聞けば四人は住まいを決めて、仮宿から移ったようだ。
 長女のユミは今季の講師として赴任して来たのであり、小間物のテナントを残り三人で営むとのことだ。
「ここのナコルのパイは美味しいよ」
「あ、ほんとだっ」
 傾く日差しも乾いた風も心地良く、この地の自然を話しこむマリンを憧れるような懐かしむような眼差しで見つめ
ながら聞き入るユナ。
「疲れているのかな、ユナちゃんは」
「どうして、ですか?!」
 困ったような笑い顔でマリンは答えた。
「このまま寝かせて欲しい顔をしていたから…かな」
 斜めに射し込む光りに照らされたマリンの横顔に追憶が描き出されて、思わず目を大きく開いてしまうユナ。
「コナル湖周辺は地殻運動の影響で温泉も出るからゆっくりつかるといいよ」
 心臓がドクン、と大きく鼓動を打ち迸る感情を抑え切れなくなってしまうユナ。
「だって、それは…」
「どこで道草食っているの! ユナ!!」
 冷や水を浴びせ掛けたようなユーカの叱責が思わず出掛かった言葉を喉の奥に仕舞い込ませた。
「ユーカ姉…・」

「ヴァンフリータか、事が大きくなり過ぎるがそれは了承済みなのか」
「はっ、裏面の工作は進行中なので問題無い、との事です」
「そうか」
 軌道エレベータ頂上部宇宙港に着接するチャーター便VIP席で報告を受ける痩身の男が書類に眼を通し終えた後、
思い出すように呟いた。
「スト−ムレイカーのマリン、か。だが、見覚えの有る顔だぞ、これは」

2nd Sessionへ続く。


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