春香のものがたり・四季の詩
 別章〜草原の波涛〜 Kamp:1

 あらすじ
 〜春香のものがたり:四季の詩、及び、桜の季節より〜

 時計坂にある一刻館。
 五号室に住む浪人生だった五代裕作が新たな管理人となった音無響子と出会い、
月日は流れ大学を卒業し保父となる頃に二人は結婚し、一人娘の春香が生まれた。
 春香が小学新一年生となる春に一刻館に若い少年と少女が引っ越してきた。
 春香は二人と仲良くなるが、クリスマスのある事件を境に二人は春香の許から
永遠に去ってしまった。

 季節は巡り、高校三年生になる春香。

 桜が満開となった或る日の午後、春香は思い出の中、お兄ちゃん、お姉ちゃんと
呼んだ故人の墓を訪れていた。
 それは春香にとって辛さと向かい合う不思議な出来事に遭遇するきっかけだった。
 短く、儚く通り過ぎていった思いと願いが春香の心を苛む…

 春香を訪れる不可思議な物語の幾つかをここに話そう……




「また来ちゃった〜」

 やれやれと肩をがっくし落としながら春香は溜め息を吐いた。
 春香自身の不思議な力が戻ってしまって以来、精神的につい不安定な状態になると
落とし穴にうっかり嵌まるように現実世界とは異なる世界に迷い込んでしまうのだ。
何度か異世界への転落を繰り返すうちに世界の状況を知るコツを身に付けていたので
不安に駆られる時間は随分短くなったものだ。
「学校の帰りはこれで4度目ね、割合でいけば金曜日が要注意なのね」
 この世界はどんな様子なのだろう――、そう思いながら見渡す限りなだらかな丘陵
地をゆっくりと上っていく春香。
 雑木林のような低木の林が点在しているが、殆どは牧草地のような踝までの雑草が
一面に生い茂り、ふかふかの緑の絨毯そのものだった。緩やかな風が流れるとまるで
海原のように草原が波打っていく。
「テレビで見た中央アジアの高原に似た風景があったわね」
 今回は遊牧民との出会いなのだろうか、そう淡い期待を胸に抱き、稜線までのぼり
きる手前まで来ると、ギュリリリィィーンッ、と奇妙な機械音が唸ってくる。
「ひぇっ?」
 その機械音が2つ3つと次第に重なりだし、キュララッラッ〜と重いものが転がる
ような風切り音が頭上を越えていった。
 ドンッ、ドンッ、と爆発音が轟き、草原に幾つもの爆炎が立ち上った。
「ええっ?ええっ?」
 今迄こんな世界には来なかった。
 ――もしかして、戦争?
 頭が混乱する中、目の前にギュアアアアゥアンとキャタピラの音を響かせて戦車が
踊り出てきた。
「ここで何をしているのかッ?」
 春香を叱り付けるように威圧的な声がその戦車の砲塔上から発せられた。
「ここは戦場だぞ」
 指揮官らしき声の主は春香の予想を裏切り、女性だった。


 戦車中隊の指揮車に座上させられて春香が連れて行かれたのは戦車中隊の野営地だった。
 体育祭のテントと似たようなテントの下でディレクターズチェアに似た椅子に座らせられ
興味津々の眼差しで野営地の様子を伺う春香。
『ほんと全員が女性ばっかりね、それも半分以上が私と同い年くらいの女の子ばかりね』
 きびきびと整備に勤しむ横顔にはあどけなさが残り、とても戦場の兵士には見えない。
 その中で概して兵士達の、勿論、春香に兵員の区別など付かないからどのような格好を
していようが階級章が違っていようが全員共同じ兵隊にしか見えない。兵士達の背格好が
低いことだ。背が高い方ではない春香よりも4〜5センチは低い。
「女ばかりの軍隊がそんなにめずらしいのか」
 びくっ、として居ずまいを正すと先程の指揮車に乗車していた女性が向い合うの椅子に
座った。
「我が戦車中隊指揮官のラシュリ・クリーネン中尉だ。
 貴殿の姓名、目的を明かして貰いたい、何故あそこでうろうろしていたのだ?」
 薄い菫色の瞳と銀色の長い髪を後ろで結っているのが指揮官らしく、凛々しい雰囲気を
漂わせている。
「あの、その、実はちょっと迷い込んでしまいまして……」
 取敢えず当り障りの無い範囲で自分が異世界から迷い込んでしまったことを簡略に説明
する春香。勿論、所持品は真っ先に調べられているのでこの国の人間ではない事ぐらいは
承知の上である。
「怒ったり、笑ったりしないのですか?」
 表情を変えずに春香の話を聞いていたラシュリに問う春香。
「この戦域は元々我々の国ではないしな、古代人の遺跡とかも数多く埋まっているらしい
 から頭から否定する気になれないだけさ」
 その返事に意外な顔をする春香。
『ふ〜ん、実際はドラマとかと違う場合もあるのね、大体こういう場合、
“本官を愚弄するのか〜”とか言って頭ごなしに否定するものだと思っていたけど』
「それに――」
 ラシュリが言葉を飲み込んだ事で我に返る春香。
「どう見てもその服は軍服には見えぬからな」
「軍服?!」
 制服のことを指しているのだと気付くまで数秒、怪訝そうな表情の春香と愛想笑いを
浮かべたラシュリとに気まずい沈黙が訪れた。
「こ、これは学校の制服でして」

「学校の? 王圏の学士院も堅苦しそうな服だがそのようなものか」
「あはははぁ〜、よく判りませんが、私の国では大体こういった服装です」
 顔を引き攣らせながら説明する内心は「価値観の相違ね」と苦笑する。
 前回の転落では民族衣装だったからまだましか――とも思いながら。

◆◆◆◆◆◆◆

 簡単な尋問が済むと春香は暫定として市民扱いをされることになった。
 もっとも、近くの町まで徒歩で2時間以上かかる距離らしく、ラシュリ達戦車中隊と
行動を共にする以外に選択の余地などなかったのだが。
 所持品検査を終えた手荷物を返して貰うために丘から見て谷側になる林に囲まれてい
る野営地の一角のテントに向かった。
 この野営地に来るまでよく観察してみるとなだらかな丘陵地だと思った一帯も所々が
起伏に富んでおり、作戦活動を行う軍隊がすぐに見えなかった理由が判った。
 テントに近付いていくと7、8人の兵士が何かを楽しそうに話し合っていた。
 何の話をしているのだろうと様子を伺えば、春香の鞄の中にあったファッション誌の
頁を捲りながらあれやこれやと嬌声を上げていたのだった。
『やっぱり女の子ね』と思いながら「ハンシュタット伍長は居ますか?」と尋ねる。
 一斉に声が静まり、耳目の集中砲火を浴びながら返事を待っていると、その輪の外れ、
亜麻色の髪をした軍人というより看護婦のような感じをした女性が明るく返事をした。
「規則とはいえ、返すのが遅れて済みません」
「いえ、そんな、とりたてて大事なものではありませんし、宜しかったら差し上げます」

◆◆◆◆◆◆◆

「どう、伍長、君の感想は?」
 ラシュリの前で敬礼をしたハンシュタット伍長が不動の姿勢を崩し、脚を休めた。
「連合の間諜ではないと考えます」
「根拠は?」
「戦車砲の飛び交う平原を徒歩で仕立ての訪問販売セールスを少女に偽装させるなど
 冗談にしては下らなさ過ぎますし、本気であればもっと下らないからです」
「あはっはっはぁ、そうだな、しかし伍長、戦争には正気な人間からすれば冗談としか
 思われない事を滑稽なまで真剣にするものだからな」
 件の指すものが先月遭遇した連合の「火車」(水車に似た大きさの車輪のスポークに
ロケットを幾つか斜めに取り付け、噴射で自走するようにしたものでハブに爆弾が取り
付けられていた)の惨憺たる使えなさを思い出して苦笑するハンシュタット。
「通信機と符牒器らしき計算機は返却しましたが宜しかったでしょうか?」
 携帯電話とパームPCの事を指すハンシュタット。
「連合が本気で間諜を送り込むなら主力の第八軍大隊にだろう、それに――」
 立ち上がり、うら若い新兵の戦車兵達に囲まれている春香をみやるラシュリ。
「それに?」

「隊の士気が上がるものなら私は歓迎だ」

◆◆◆◆◆◆◆

『こうして今度の転落の1日目が終りました。
 明日はどうなるのか、それはお楽しみだね――!!』


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