シルフィス恋物語
 
 広場
 
 
嫉妬
その7
 
  「私たち……とは、当時の野球部員のほとんどが、
レオニス目当てで入部したということかい?」
セイリオスは、シルフィスにそうだと答えてもらいたかった。
だが、彼の望みどおりにはいかなかった。
「いえ、それもありますけど、私が言っているのは……。
あっ、噂をすれば。ほら、彼女のことです」
シルフィスは突然に表情を変え、嬉しそうに店の入り口を指さした。
状況がのみこめないまま、後ろを振り返ったセイリオスは、
その姿勢のまま、ぎょっとして固まった。
シルフィスがもう一人、店に入ってきたのだ。
 
「……アンヘル?」
髪と瞳の色が、シルフィスの持つアンヘル特有のそれとまったく同じだった。
さらに、背丈や体型、年頃もよく似ていて、シルフィスと見間違えたが、
彼女が近づくにしたがって、
シルフィスよりもやや大人びた、落ち着いた雰囲気を持っていることに気づいた。
シルフィス以外のアンヘルを見るのは初めてではないが、
それにしても、シルフィスとそっくりだ。
「きみの親戚かい?」
「いとこなんです。
留学するとき、一緒に村を出てきたんですよ」
「ほぉ」
セイリオスは納得したが、落ち着くのはまだ早かった。
シルフィスそっくりの彼女は、シルフィスそっくりの声で、意外な言葉を口にした。
「ただいま帰りました」
「……!」
セイリオスは飲みかけの紅茶でむせそうになりながら、彼女の方に振り返った。
彼女も驚いたような顔をしていた。
「シルツー!」
一瞬、知らない外国語でも聞いたのかと思ったが、
それがシルフィスの愛称であることが、すぐにわかった。
呼びかけられたシルフィスが、椅子から立ち上がったからだ。
「はい。来てしまいました」
「どうしたの? 今まで誘っても、店にはこなかったのに」
セイリオスはそれを聞いて、シルフィスがレオニスとそれほど親しくないことに
ほっと胸をなで下ろした。
一方、シルフィスはちょっと困ったような顔をしていた。
「え、ええと……この方を紹介したくて」
また、友人の兄と紹介されるのか、とセイリオスはうんざりしたが、そうはならなかった。
「ひょっとして……彼氏?」
「え、ええ」
シルフィスはセイリオスの顔色をうかがいつつ、首を縦に振った。
「まあ……そうです」
その返事に、シルフィスそっくりの彼女も驚いたが、それ以上にセイリオスも驚いた。
手にしていた紅茶をこぼさないよう、あわててカップをテーブルに置く。
その場をごまかすかように、シルフィスはあわてて二人を紹介しはじめた。
「こちら、セイリオスさん。ディアーナのお兄さんなんですよ」
セイリオスはすぐに平静を取り戻し、真顔で挨拶をした。
「はじめまして。セイリオス=アル=サークリッドだ」
「よろしく」
シルフィスそっくりの彼女は、軽く会釈をしたが、
両手に荷物を持っているため、握手はしなかった。
「セイル、彼女は私と同じシルフィスという名前なんです」
姿が似ているばかりか、名前までも同じだとは。
しかし、これだけならば、セイリオスはさほど驚かなかった。
シルフィスは慎重に、ゆっくりと言葉を続けた。
「私は彼女のことを……クレベール夫人と呼んでいます」
「クレベール夫人?」
「ええ。レオニスコーチの奥さんなんです」

 
 
 
  
 
嫉妬
その8
 
  シルフィスと同じ年のこの少女が、レオニスの妻?
シルフィスの真面目な人柄を知らなければ、セイリオスも、
同郷の二人が組んでイタズラを仕掛けているのだと、笑い飛ばしていただろう。
だが、シルフィスは人を笑い者にするようなことはしない。
どんなに冗談にしか思えなくとも、彼女が言うのなら、真実であるに違いなかった。
「レオニスが結婚していたとは知らなかったな。
野球部のコーチをしていたことと言い、今日は驚くことばかりだ」
セイリオスは動じていないふりをして、紅茶に手を伸ばした。
彼のシルフィスは、レオニスの幼妻と、楽しげに会話を続けている。
かなり親しそうに見える二人だが、
シルフィスがレオニスの妻に、自分を彼氏だと紹介したのには、
何か事情があるに違いない。
セイリオスは決して頭の鈍い男ではないが、事態を把握するには材料不足だった。
 
「戻ったのか」
レオニスが洗い終えたばかりのコーヒーポッドをもって近づいてきた。
セイリオスは、レオニスに、ボーイフレンドにしては年が離れすぎている、
と言われたことを思い出した。
自分のことを棚に上げて、よく人のことを言えたものだ。
皮肉の一つでも言ってやろう、と思ったが、顔を上げたとたん、
口が開いたまま、動けなくなってしまった。
信じられないものを見たのだ。

あの堅物で通っていたレオニスが、満面の笑みを浮かべていた。
顔中の筋肉という筋肉をゆるめ、柔和ににっこりとほほえんでいた。
セイリオスはぎょっとして、そのまま固まってしまった。
何か得体のしれないものを見たような気分だった。
「すみません。いま、仕事に戻ります」
「いや、店は大丈夫だから、少し休んでからにしなさい」
昔の教え子であるシルフィスに見せた教師の顔よりも、さらに百倍くらい優しい顔だった。
鼻の下を伸ばしている、と言ってもいいくらいだ。
「ありがとうございます。でも、手伝いたいんです」
「そうか。無理をしないようにな」
「はい」
これ以上、レオニスの顔を凝視すると、夢に出てきそうで、
セイリオスはうつむいて、額を手で覆った。
 
【小牧】
複数のシルフィスが登場して、驚かれた方もいるでしょう。
保護区の日常は、まさにこういう感じです。
同じシルフィスでも、それぞれに個性があり、好きな人も違うのです。
不思議に思われるかもしれませんね。
私も不思議です(苦笑)。
でも、シルフィスがたくさんいないと、保護区じゅう恋敵だらけとなり、治安が悪くなりますので、
シルフィスの身の安全を考慮して、シルフィスを積極的に増やそうとしているわけです。
 
ところで、レオニスについて。
こちらも違和感を覚えた方がいるでしょうけど、
レオニスに嫌がらせしてるつもりはなく、
かっこいいレオニスよりも……親父なレオニスが良いと思うのです。
考えただけ、とか言っておきながら、書いてしまいました。すみません。
でも、これ以上、深く書くつもりはありませんので、許してくださいね。

 
 
 
 
嫉妬
その9
 
 
「シルツー、ゆっくりしていってね」
レオニスの幼妻はそう言い残すと、きびきびとカウンターの中に入っていき、
上着を脱いで、真っ白なエプロンを身につけた。
「いいなぁ」
セイリオスが、ふと、隣をみると、シルフィスはぼんやりと彼女を見つめていた。
「シルフィス?」
「助けあって、いたわりあって……ああいう関係っていいですよね」
「そうだね」
セイリオスはうなづいた。
「本当にそう思うよ」
それは決意を秘めたつぶやきだった。
 
【小牧】
セイリオスは何を決意したのでしょう?
想像はつきますよね〜。
ろくでもないことなのは、間違いない。
ところで、
今日はSCC(Super Comic City)です。
セイシルアンソロジー本が発売されているはずです。
この本に私もゲストで参加しました。
8ページの漫画で、この二人のなれの果てを描いています。
うう、ネタバレな内容です。
本が売り出される前までに、本の内容に追いつこうと思っていたのにな〜。

 
 
 
 
 
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