| 嫉妬
その4 |
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「お前か。よく来たな」 レオニスは昔の教え子をあたたかく迎えた。 きりりと引き締まっていたその表情が、おだやかなものに変わる。 レオニスがシルフィスを見るまなざしは、教師が生徒に向ける以上のものは感じられなかったが、 それでも、セイリオスはムッとした。 レオニスは、シルフィスが一人で来たと思っているようで、彼女にカウンター席を勧めた。 「せっかく来たのだから、なにか飲んでいけ」 「じゃあ、ストロベリーソーダを」 シルフィスはメニューに載っていない飲み物を注文し、レオニスは軽くうなずいた。 二人の親しさを物語るようなやりとりに、セイリオスは拳をきつくにぎった。 「レオニス、その子の分は私が払う」 セイリオスはつかつかとカウンターまで歩いていき、当然のように、シルフィスの隣に腰かけた。 レオニスは少し驚いたように片眉を上げ、シルフィスに尋ねた。 「お前の連れか? ボーイフレンドにしては、年が離れているようだが……」 「友達のお兄さんです。 午前中は美術館に連れていってくださったんですよ」 シルフィスの返答に、セイリオスは少なからず傷ついた。 恩師に対して、同伴者が信頼に足る人物であることを強調しただけとはわかっていても、もう少し特別な紹介を期待していたのである。 |
| 嫉妬
その5 |
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嘘だ! 芝居だ! 幻だ! セイリオスは目の前で繰り広げられている光景が、どうしても信じられなかった。 恥ずかしがり屋で、どちらかというと受け身がちなシルフィスが、くったくなく話しかけ、 話を聞いているレオニスも、楽しげに目を細めている。 客に対しても愛想笑いひとつしない、あの仏頂面のレオニスが、である。 セイリオスは紅茶をすすりながらも、二人の会話にしっかりと耳をそばだてていた。 「また、わたしたちのコーチを引き受けてくださるって本当ですか?」 シルフィスが明るい声でレオニスに尋ねている。 「夏休みの間だけ、昼過ぎから夕方までだがな」 「嬉しいです。私のアンダースロー見てくださいね。 あれから練習して、うまくなったんですよ」 「ああ、楽しみにしていよう」 セイリオスは、シルフィスのアンダースローどころか、野球をしている姿さえ見たことがないし、見てくれと頼まれたこともない。 なにより、シルフィスが他の男に笑顔を向けることなど、想像すらしていなかった。 彼女が心を許すのは自分だけだ、と思えばこそ、学生相手にふさわしい交際を心がけていたセイリオスは急に不満を覚えはじめた。 レオニスがアイスクリームをたっぷりと浮かべたストロベリーソーダをカウンターに置くと、シルフィスは瞳をキラキラと輝かせた。 「わあっ。昔と同じ、きれいな色ですね。ありがとうございます」 「いや、足りなかったら言え。もっと作ってやろう」 「はい!」 いつもの遠慮がちなシルフィスからは考えられない発言に、 セイリオスの眉間のしわはいっそう深くなった。 レオニスは仕事に戻り、シルフィスはアイスクリームを食べ始めたが、セイリオスのイライラはおさまらなかった。 店に入ってからストロベリーソーダが出てくるまで、わずか数分間の出来事が、彼の心を大きく揺らしていた。 【小牧】 ああ、たのし……。 これだから、セイルシル創作をやめられません。 |
| 嫉妬
その6 |
「好きなのかい?」 レオニスが、と言いたいのをこらえて、 セイリオスはルビー色をしたストロベリーソーダを指さした。 「ええ」 3段重ねのアイスクリームに取り組んでいたシルフィスは、 恥ずかしそうに顔をあげた。 「といっても、飲むのは1年半ぶりなんです。 練習の後、レオニスコーチがよく作ってくださったものですから、懐かしくて……」 何かを思いだしたように、シルフィスは笑った。 「想像できないでしょう? レオニスコーチみたいな方が、こんな飲み物を作るだなんて。 私も最初は驚いたのです。 あの伝説のホームラン王に、アイスクリームソーダを作ってもらったときは……」 高校時代から天才球児と注目され、ドラフト1位でプロ球団に入団し、 以降、打率、ホームラン数などあらゆる記録をぬりかえ、5年連続でMVPを受賞し、 世界中に名を知らしめたホームラン王。 それがレオニス=クレベールである。 最盛期になぜか、突然に引退を表明し、サラリーマンとなった。 その勤務先が、セイリオスの父の会社だった。 セイリオスの知っている限り、レオニスはクライン一の営業マンだ。 そして、シルフィスの話とつじつまを合わせると、余暇には母校の野球部のコーチを ボランティアで引き受けていたらしい。 シルフィスはそのころの思い出を楽しそうに語った。 「私たちは、レオニスコーチに憧れて、野球部に入部したんです」 「私たち?」 新たなライバルの気配に、セイリオスの胸はざわついた。 【小牧】 レオニスの経歴……書きながら大笑いしました。 |