「ゴキブリ軍団大進撃!」
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第6話「ポイズンキッス」
 ざわざわという風の音が聞こえる。風で植物が流れされる音だと思う。天井の低い、足音がかつこつと響く薄暗い通路も、もうすぐ一応のゴールを迎えようとしていた。じょ たは、なーこから借りたシルバーナイフを返さなくちゃいけないと思って、刃についた汚れを自分のシャツで拭いていた。ぱたぱた、ぱたぱた、風の音に混じって、乾いた羽の 音が聞こえた。「きゃ!」なーこが、空中をかきまわしている。「じょた、こうもりがいる。気をつけて。」じょたの周囲に無数の羽音が近づいてきた。洞窟の中にこうもりが いることは珍しくない。彼らは暗い場所を好むし、人間のめったに入ってこないこの場所は、絶好の隠れ家に違いないのだから。また、彼らは小さな虫くらいしか食べないので 、人間と敵対することはあまりない。それが普通のこうもりであれば、の話であるが。
 でかい!じょたが最初に感じたのは、彼らが通常のこうもりに比べてかなり大きいという事であった。なーこの持つランタンの光では、自分の手元までは照らし出すことが出 来ないが、おおよその大きさくらい分かる。体長30〜40センチくらいはあるだろうか。大こうもり?それなら特殊能力が無いからいいけど、体の色が紫色のヤバイやつだっ たら?じょたは、それを考えるとぞくりとした。じょたは、手にしたシルバーナイフで力任せに切りつけたが、すばやい動きのこうもりにはかすりもしなかった。
 「こんちくしょう!」なーこが、空中にすばやい突き蹴りの連打を浴びせた。ぼこっという鈍い音がする。さすがはなーこ、運動神経が違う。突きを食らったこうもりは一瞬 ふらりと体勢を崩したが、すぐにくるりと旋回して様子をうかがっていた。「じょた、こいつら打撃系の攻撃が効かないみたいだよ。」恐れていたことが起きてしまった。魔道 系生物の中には、通常の武器攻撃が通用しにくいタイプがいるのだ。(効果がゼロというわけではない。)そのような敵に対しては、こちらも魔道で対抗するか、銀製の武器で 戦うしかない。そして、今銀製の武器を持っているのはじょただけであった。じょたもなーこも魔道は使えないのだ。「こんなことなら、もう少し魔道の授業をちゃんと受けて おくんだったわ。」
 「なーこ、走り抜けよう!」じょたは、攻撃をあきらめて脱出する道を選んだ。彼の攻撃は、一向に当たる気配が無かったから。何かの本にも書いてあった。勝ち目の無い戦 はするな、勝ち目が無いと判断したら逃げろと。戦術的撤退だ。なーこは、むっとした表情をじょたに見せた。「じょた、私のシルバーナイフ返して。それなら効果があるでし ょ。」なーこは、じょたから武器を受け取ると、くるりと振り返って空中を旋回するこうもりの一匹に狙いを定めた。が、それより早く、彼女の喉もとめがけて飛び込んできた 一匹がいた。「きゃぁ!」なーこは、首筋にひっついたこうもりをナイフで突いて引き剥がすと、その場にうずくまってしまった。
 じょたは、上空で旋回するこうもりをけん制しながらなーこに近づいた。「なーこ、大丈夫か!?」彼女は、首の付け根をこうもりに噛まれたらしく、血をしたたらせていた 。「大丈夫よ。これくらいの傷、なんてことないわ。」しかし、そう言う彼女の声は震えていたし、暗がりの中でも分かるほど顔色が悪かった。噛まれたという事によるショッ クもあるのだろうが、最悪の場合毒に犯されている可能性があった。キキキというこうもりの声が憎たらしいが、ここはなーこをアルファリングの外に救出するのが先だ。しか し、じょたの戦闘能力ではこうもりを一掃して脱出することも、傷を負ったなーこを連れて敵前逃亡することも難しかった。そのとき、彼の頭に閃くものがあった。確か、通路 はこの先一本道で迷いようが無かったはずだ。だとすれば・・・
 じょたは、ランタン用の油を床に撒き散らすと、ランタンを叩きつけた。がしゃりという音の後、ランタンの炎は床の油に燃え移った。こうもりたちのフンが撒き散らかされ た床は思いのほか良く燃えた。そして、予想通りこうもりたちは慌てふためいている。よし、今のうちだ。じょたは、すでにぐったりとしたなーこの腕を自分の首に回すと、通 路の奥へ向かって歩き出した。
 「熱い」なーこがぼそりと呟いた。確かに、じょたの腕を通して伝わってくる彼女の体温の高さは異常だ。やはり毒にやられているのかもしれない。アルファリングの外に出 るまではまだ少し距離がありそうだし、街の中に入るのにはそこからまた少し時間がかかるのだ。もし、彼女が毒にやられているのなら、すばやい対処が必要である。じょたは なーこを床に寝かせると、傷の具合を見るためにシャツの襟を少しだけ開いた。出血はそれほどひどくないが、鎖骨の付け根についた2つの牙の痕の周囲が赤く腫れ上がってい る。やはり毒の可能性がある。じょたは、こんなときどうすればよいか考えて、そしてなーこの姿を見てどきりとして少し躊躇した。毒を吸い出さなくちゃいけない。じょたは 、かがんで床にひざをつき、自分の左腕を彼女の首の下に回すと、右手で襟をもう少し開いた。「うっ」なーこは、額から汗を滴らせ歯を食いしばって苦しんでいた。迷ってい る場合ではない。じょたは、なるべくなーこの顔を見ないようにして傷口に口をつけた。そして、血の塊を少し歯でかみ切ると、毒を吸い出し始めた。少ししょっぱいような血 液のあと、どろりとした苦い液体が出てきた。舌にその液体が付くと、ぴりぴりとする。やはり毒だ。牙が太い血管に入っていなかったのが不幸中の幸いだった。じょたは毒を 床に吐くと、またなーこの首筋に口をつけて毒を吸った。苦い液体が出なくなるまで、何度も何度も繰り返した。
 街に戻ると、噂を聞きつけたなーこの母親が駆けつけてきた。多分、どんじゅうろうがアルファリングの煙を見つけて知らせてくれたに違いなかった。凄いボリュームのなー このお母さんは、なーこを抱きかかえると、口移しに薬を飲ませていた。じょたは、絶対往復びんたか、頭が首にめり込むくらいの拳骨を覚悟していたが、意外にもなーこの母 はニコリと微笑むと、彼に「なーこを助けてくれてありがとうよ」と言った。そして、彼にも「怪我は無いかい」とたずねた。じょたは、拍子抜けしたような、ほっとしたよう な、不思議な気持ちになって涙が出てしまった。
 なーこの病状は、当初思っていた以上に深刻なようであった。闇こうもりの毒は毒性値が高く、毒消しの薬も効果が無いようなのであった。高LVミスティックの毒消しの魔 道を用いれば問題無いが、あいにく今オマチにはミスティックが不在なのであった。ヤマト全体でもミスティックは数えるほどしかいないし、高LVとなると全くいないという のが実情であった。テレポートアイテムで外国のミスティックに診察してもらうのが一番だが、海外への渡航許可がなかなか下りない。オマチは、昔隣国のブリューニェの支配 下にあったためだ。いっそのこと、秘密裏に海外へ出てしまおうという話もでるくらいだった。薄暗くなった街の中、じょたはなーこの家の外で、大人たちが家の中でがやがや と相談しているのを、壁に背中をあずけてうつむきながら聞いていた。そして、ある言葉に気がついてはっとした。「昔は闇こうもりの毒なんて、魔毒だみでいっぱつで良くな ったのに。戦争で、皆だめになっちまってよぅ。」魔毒だみ?ひょっとして、それは。じょたは、にわかに心の中が明るくなったような気がした。そうだ、きっとそうだ。あれ に違いない。なーことわんぱくの森で見つけた、あの植物のことだ。じょたは、ばねがはじけるように、暗くなった街の中へと走り出していった。
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