「ゴキブリ軍団大進撃!」
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第5話「トレジャー」
 通路の本線から外れると、そこかしこに蜘蛛の巣が張られた場所に出た。たいまつを持っていれば焼き払うところだが、ランタンではそうもいかない。なるべく本線を歩きた かったが、子供にしか入れない空気穴のような場所に宝物、レアカードが隠してあるので無視するわけにもいかなかった。
 「別の場所じゃないかなぁ。」じょたは、30センチ角くらいの薄茶色い蜘蛛の巣らしきものに覆われた横穴を前にして、首筋に鳥肌を立てながら言った。「いえ、このマッ プが正しいとするなら、一つ目はここに間違いないわ。」なーこは、じょたの言葉をきっぱりと否定した。じょたは、目の前にもそもそと広がっている蜘蛛の巣らしきものを、 どうやってよけたらいいのかしばらく考えてみた。素手で?ぶるぶると震えるじょた。シルバーナイフ?短すぎる。じょたは、なーこの方を振り向くとぎこちない笑みを浮かべ た。「だめだよ。蜘蛛がいるもの。」ぱきぽきという骨のなる音が聞こえた。「あたしと、蜘蛛と、どっちが怖い?」なーこは、なおも指の関節を鳴らすと、じょたの両肩をぎ ゅっとつかんで言った。「素手でいけ、素手で!」
 「わぁわぁ!」じょたは声を上げながら細い横穴に腕を突っ込んだ。わたあめみたいなくもの巣らしきものが腕にまとわりつく。「あ、固いぞ。なんだろ?宝の箱かな?」「 え?見つけたの?」なーこがじょたの肩にしがみつく。じょたは、指先を固いものの表面に沿って動かしてみた。ざらざらとした手触り。ぞくり。彼はすばやく手を引っこ抜い た。そして、ランタンの明かりで穴の奥を照らしてみた。穴の奥でぼんやりと光を反射するそれは、されこうべであった。じょたは、ほっと胸をなでおろした。「よかった、大 蜘蛛だったらどうしようかと思った。でも、なんでこんな所に人骨があるんだろう?」のそり。穴から何かが這い出てきた。人骨が這い出てきた。なんか、こう、毛むくじゃら の長いのと一緒に出てきた。「いや、ちょっと、何よそれ!」毛虫?いや、そんな生易しい生き物ではなさそうだ。茶色い細長い胴体には剛毛が生えていて、その毛には獲物の 食べかすらしきものがこびりついていた。先頭には、白いされこうべがくっついているのだが、このされこうべが、毛むくじゃらの頭でないことは確かであった。毛むくじゃら は横穴から体を1mくらい這い出させると、暗い通路の空間を上に下に、右に左にとお辞儀をして何かを探しているふうであった。恐らく餌を探しているのだとじょたは思った 。なーこは、じょたの背中にへばりついて震えていたが、あることに気付くと声を上げた。「じょた、あれ、見て!毛むくじゃらの背中。レアカードだよ、あれ!」
 しばらくくねくねと踊っていた毛むくじゃらは、餌が無いことを確認するとまたもとの穴に戻っていった。「じょた!今、あの変なのの背中にレアカードがあったよ!」なー こが、相変わらずじょたの背中にへばりついて言った。どうも、なーこはヘビのような体型の生物は苦手らしかった。なーこの弱点発見!じょたは、なーこにも苦手なものがあ ることを知り、ちょっと嬉しかった。でも、今はそれどころではなかった。あれを取るのは、間違いなく自分なのだから。「怖いの?」なーこは、じょたの顔を覗き込んだ。そ れは、なーこがじょたにあの怪物が怖いのかとたずねた言葉だったが、じょたにはなーこがあの化け物を怖いと言っているように聞こえた。じょたは、背中がぞくりとするよう な、耳の下がくすぐったいような、胸がきゅんとなるような気持ちがした。
 「じゃ、いくよ。」じょたは、横穴にランタンの光を照らすと、通路から拾ってきた石ころを穴の中に投げ込んだ。かつん!という乾いた音がしたあと、もさもさしたミミズ みたいな化け物が這い出てきた。今度はさっきよりもすばやかった。じょたは、お化けミミズの死角、それがあると仮定しての話だが、に回り込み、レアカードの張り付いた部 分が出てくるのを待っていた。「もう少し」じょたがシルバーナイフを身構えていると、お化けミミズはまたのそりと穴の中へ戻っていってしまった。「ありゃ、戻っちゃった よ。」じょたが、くだんの穴の中を覗いたとき、彼の背後で悲鳴が上がった。「ひゃぁ!」
 なーこは、充分離れた場所でじょたの動きを見守っていたが、横穴からにょろりと茶色の毛むくじゃら生物が現れると、全身に鳥肌が立つのを抑えることが出来なかった。「 うわ、いやだ。気持ち悪い!」なーこは、じょたがお化けミミズの横に回りこんで様子をうかがっているのを見ていらいらしていた。「なにやってんのよ。さっさとしとめちゃ いなさいよ!」ごそごそ。そのとき、彼女の背後で物音がした。「うそ。」ごそごそ。「うそよ。そんなのうそよ。」ごそごそ。しかし無常にも背後から物音が聞こえてくる。 なーこが、恐る恐る、ゆっくりと背後を振り向いたとき、彼女の目の前には無数のお化けミミズが現れてお辞儀をしているところだった。「ひゃぁ!」
 「なーこ!」じょたは、悲鳴のあがった方を見て、全身が粟立つのを感じた。今まで気付かなかった通路の隙間という隙間から、無数のお化けミミズが現れて、ぞわぞわとい う音を立てていたのだ。「じょ、じょた!助けて!」なーこは腰が抜けてへたり込んでいた。じょたは、ダッシュでなーこに駆け寄ると、腕を引っ張って引きずるようにしてそ の場を離れた。お化けミミズは隙間から1mくらい頭?を出すと、先ほどと同じようにのろのろと周囲の様子をうかがっていた。そして、またゆっくりと通路の隙間に戻ってい った。通路は、何事も無かったかのように静まり返っていた。
 なーこは、両腕をじょたの背中に回して抱きつくと、しばらくの間じょたの胸の中で目を閉じて小刻みに震えていた。じょたは、また胸が締め付けられるような、不思議な感 覚にとらわれていた。抱えていた腕に自然に力が入って、頬を寄せたくなるような気持ち。でも、その前になーこが目を開けたので出来なかったけれど。「もう帰ろうよ。」一 瞬どきりとしてじょたは言った。じょたは、レアカードを見つけることは出来なかったけど、もっと大切なものを見つけることが出来たような気がして、もう充分満足だったの だ。「う、ん。」涙目のなーこは、がたがたと震えながら返事をした。「でも、ちょっと待って。あたし、あの通路通りたくない。」「もと来た道を戻るのが一番安全だと思う けど。」じょたがそう答えると、なーこはだんだんと気力を取り戻してきたのか、握りしめていたマップを広げると言った。「この先にも出口があるんだよ。アルファリングの 外側に出ちゃうけどね。外にも怪物がいるかもしれないけど、・・・あのお化けミミズはもうたくさん!」
 じょたとなーこは、1列縦隊をなして細い通路を進んでいった。頬に当たるそよそよとした風が、この通路が地上へと繋がっていることを示していた。じょたは、外に出られ るのでほっとしたような、外に出てしまうとなーことの冒険が終わってしまうのが残念なような、複雑な心境だった。「まぁったく、校長のヤロォ。かわいい教え子をこんな目 に合わせるなんて。」なーこは、もういつもの調子を取り戻したのか、男の子のような口調になって、左の手のひらに右のこぶしをばしばしとぶち当てていた。じょたは、そん ななーこの姿を見ると、さっきのお化けミミズにもう一度現れてもらいたいような気がするのだった。そして、その願いは別の形ですぐにかなえられ、後悔する事になるのであ った。
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