「ゴキブリ軍団大進撃!」
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第4話「ラビリンス」
 ぴちょん、じょたの背中に冷たいものが垂れてきた。「うひゃぁ!」じょたは、びくりとして飛び上がると天井に頭をぶつけた。ごつ、という鈍い音。「いたた・・・」じょ たは、目の前に火花が飛ぶのが見えて、その後両目から暖かい液体がにじみ出てくるのを感じた。鼻がつーんとする。ランタンの明かりを持ったなーこが、じょたの方を振り返 り、むっとした顔をしている。下の方からユラユラとした明かりに照らされたなーこの顔は、ただでさえおっかないのに陰影のせいで本当に鬼のように見えた。「大丈夫?」な ーこはじょたの頭をなでてやると、彼の頬をぽろぽろと流れている涙を自分のシャツの袖で拭いてやった。ここはオマチ城のアルファリング内部。じょたとなーこは、レアカー ドを探すために城壁の秘密の抜け穴を通ってアルファリングの内部に侵入していたのだった。どんじゅうろうは秘密の抜け穴を通り抜けることができなかったので、おいてきぼ りにされていた。
 「本当に迷宮みたいな構造になっていたのね。」なーこは、ランタンをじょたに持たせると、彼を前面に押し立てて歩いていた。彼女はじょたに、「男の子は女の子を守らな ければならないのよ。」と言って前を歩かせているのだが、本当は自分が前を歩きたくてウズウズしていた。しかし、じょたが泣くのをやめて、彼らしくも無い事を言ったから 、今はそれを我慢していた。「この3人組探検隊の隊長は僕だから。」と彼が言ったから。なーこは、彼の言う「3人組」というところが凄く引っかかったのだが、まぁ、ここで それを否定して彼の戦意をそぐこともあるまい、とコンマ1秒で判断してニコリと微笑むと、ランタンとシルバーナイフをじょたに渡したのだった。この「3人組探検隊」唯一の 武器、シルバーナイフをじょたに渡したことが、後々重大な事件を引き起こすのだが、そんな事に彼らが気付くはずも無かった。
 「この、ヒク、地図が無かっヒク、たら、完全に道に、ヒク、迷っていたね。」じょたは、まだべそをかきながら言った。そうなのだ。アルファリングに侵入する前に、あの先 生に会っていなかったら相当難義したに違いない、となーこも思っていた。その先生は、彼らが秘密の抜け口にやってきたときに突然現れた。恐らくインビジビリティを使用して いたか、それに類する魔道具を使用していたのだろう。だとすれば、それは第1級の魔道具だ!
 「君たちに頼みがある。」「「うわっ!」」じょたとなーこは驚いて飛びのいた。グレーのスーツに樫の杖を持ち、鼻の下に白いヒゲを生やしたシルクハットの男が、目の前の 空間に急に姿を現したからだ。どんじゅうろうは、もごもごとスナック菓子を食っている。物事に動じない男だ。というか、恐らく状況を認識する能力に欠けるのだろう。ここは アルファリングの秘密の抜け口。時間はじょた達がアルファリングにアタックする半時ほど前に遡る。「なんだぁ?このおっさん。」じょたが素っ頓狂な声を上げた。「こぉちょ ぉ先生だよ!」なーこがじょたの腹に肘鉄を食らわす。「えっほん。君たちがここで何をしているのか、これからどこに行こうとしているのかについては、あえて聞かないことに しよう。」なーこは、この校長先生の話し方が嫌いだった。とにかく回りくどいのだ。いらいらしてくる。しかし、アルファリングに入るところを見られるわけにもいかない。「 じょた、あっちへ行こう。」「待ちたまえ、君たち。レアカードが欲しくないのかね。」「「え!?」」またしても、ハモるじょたとなーこ。そしてまたしても、もくもくと菓子 を食っているどんじゅうろう。「どうして知っているの?とでも聞きたそうじゃな。いかにも、あれはワシが隠したんじゃよ。」校長先生は、自慢の白いひげを右手でなでると、 目を閉じて話をしだした。なーこは、校長先生の話が長くなるのを覚悟した。じょたが貧血で倒れなければいいのだけれど。
 「あのカードはな、ワシがちょうど君たちくらいの年齢の時に隠したものなんじゃ。ワシも子供の頃はカード集めが大好きでな、特に昆虫カードには目が無かった。ワシのカー ドアルバムには、レアカードが唸るほど入っていたものじゃよ。実際、ほとんどコンプリートしておったからね。」そういうと、校長先生は子供のようにニコリと微笑んだ。じょ たは、まあるい目をきらきらと輝かせて彼の話に聞き入っていた。なーこは、サルマタがこの場所にやってくるのではないかと気が気でなかったが、話の方向性から推測するに、 自分たちの行動に正当性を持たせることができそうだと思い、じりじりとして話を聞いていた。「戦争というものは、なんと不毛なものであるか。」あぁ、先生の戦争体験談が始 まってしまった。「私たちが取りに行けばいいんですね。」なーこは、いらいらして結論を先に言ってしまった。「まぁ、慌てるんじゃない。これからがこの話の核心に迫る・・ ・」「要するに、先生が戦時中にアルファリングに隠したレアカード、大人の体では入り込めない場所に隠したレアカードを私たちが取ってくればいいんですね?」なーこは、校 長先生の話をさえぎると一気にまくし立てた。「ふぅむ、ま、そんなところかの。」校長先生は自慢のひげをなでるとふんぞり返って言った。「取ってきたレアカードの内、1枚 だけは君たちに進呈しよう。ただ、くれぐれも言っておくが、アルファリングに入った事を口外してはならんぞ。」校長先生はなーこを睨んで言った。「はい。」なーこは、思っ た。レアカードは全部もらえそうだな、と。先生が取って来いって言ったんだもんね。黙っているわけがないでしょう?なーこは、内心ほくそえんでいた。よし!これで大義名分 ができた。
 「じょた、分かれ道よ。どっちなの?」「えーと、今こっちを向いているから・・・こっちだ。」じょたは、シルバーナイフで右の方向を示すと、目を服の袖でごしごしとこす って最後の涙を拭いた。通路の先からは、湿った土の匂いのする生暖かい風がゆるゆると吹いてきていた。
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