「Funny World 番外編」
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第6話「月明かりの下で出会ったものの巻」
 「しょうがないなぁ。」そう言って腰に手を当てて膨れつらをしているのは、亡国の姫君シェリル・フル・フレイムです。「キミは、男の子でしょう。」彼女は、そう言って 上半身を前傾させると、自分の人差し指を、放心してへたりこんで地面に座っている僕に突きつけました。そう、僕は男の子ですとも。でも、怖いものは怖いし、いつも君の能 力には驚かされているけれど、今度ばかりは、本当に、怖かったんですよ。
 カール帝国の建国記念式典は、馬に乗った騎士がパレードをしたり、大魔道によるデモンストレーション、子供達によるマスゲームなど、軍国主義らしい催しが続けられまし た。僕たちドリムランドご一行様は、亡国の姫君シェリルを筆頭とする僕たちの混成パーティは、式典の来賓席に収まって、しゃちほこばっていました。
 「今日のパレード、先頭の透明っぽい騎士がかっこよかったよね。ファントム・ナイト、かな?」透明っぽいってなんですか?っていうか、それ、そのまんまです。と僕は彼 女に突っ込みを入れたかったのですが、知らないほうが幸せなこともあるので口には出しませんでした。そう、これくらいは彼女と一緒にいれば日常茶飯事、特に驚くことでも ないんです。「シェリル、あれの話はしないほうがいいわよ。」ヴァンパイア少女のチャイムが、シェリルをたしなめました。「ファントム・ナイトのこと?」くるりと振り向 いたシェリルに、チャイムは頭をぽりぽりとかきながら、苦笑して言いました。「呼ぶんだって。」
 その夜、僕とシェリルは、つらいつらい宴の帰り道、パレードのあった大通りを歩いてみることにしました。その通りは、差し渡し20mはあろうかというくらいの広さがあ って、昼間の騒がしい状況と打って変わって、人っ子ひとりいなくてとても静かでした。時折突風が吹くと、砂埃が舞い上がって僕たちの周りにまとわりついてきました。どこ かで犬の遠吠えがしました。空を見上げれば、月が雲間に見え隠れして、頼りない照明を地面に投げかけ、僕らの影を地面に映し出したり消したりしていました。通りに面した 商店はすでに店じまいしていて、所々窓から明かりが漏れていましたが、どの家も扉はしっかりと閉ざされていました。
 僕は、いかにも何かが出そうな雰囲気だなと思っていました。こんなときに限って、仲間はみんなどこかへ遊びにいっているんですよ。僕が、余計なものを見るまいと思って 、うつむいて歩いていると、突然前を歩くシェリルが言いました。「まぁ、どうなさったんですか?」??僕は、彼女の前に、座り込んでいる老婆を見つけてしまいました。怪 しい。「こんな夜更けにどうなさったんですか?」シェリルは、なおも老婆に尋ねています。怪しい、絶対怪しいよ。どうして、こんな夜更けに老人が一人で道の真中に座り込 んでいるのさ。「じょた、この人足が悪くて歩けないみたい。背負ってあげて。」それはいいけど、その人、どうやってここまで来たんですか。
 ツッコミどころ満載な状況でしたが、僕が彼女に逆らえるはずも無いので、僕は老婆の前にしゃがみこむと、老婆を背負いました。あ、結構この人重いなぁ。そして、凄い筋 力でいらっしゃる。僕の首には、老婆の腕ががっちりと食い込み、しがみつかれた肩はぎしぎしといっていました。僕は、ふと、今日のパレードのファントム・ナイトのことを 思い出しましたが、まぁナイトが老婆に化けることもあるまいと思って、最悪の場合でもナイトクラスの敵と戦闘になることはないのだと安心していたんです。
 僕は老婆を背負って、鼻歌を歌って歩いているシェリルの後に従って歩きました。老婆は、僕の首に毛むくじゃらの両腕で抱きつくと、両足を僕の腰に回していました。僕は 、その両足を抱え込んで、おんぶしていたわけです。そのせいか、お腹がぐっと抱え込まれて痛いなと思っていました。でも、我慢していたんです。胸も圧迫されて苦しかった んですよ。そして僕は、しばらく歩いているうちに気がつきました。はて?僕の首周りには、毛むくじゃらの両腕があります。ほんと、毛深いんですね。そして、両足は僕がか かえているぞ、と。では、この、お腹と胸を圧迫している物体は何ですか?
 そのとき、お空の雲がちょっぴり晴れて、月が雲間から姿を現しました。僕たちは月を背にして歩いていたので、細長い影が前方にできました。シェリルの影、ほっそりとし てシャープな影。ゆらゆら揺れているのは、彼女の長い黒髪猫じゃらしです。僕の影は、彼女より少し短い。背が少し低いからです。そして、横に広がっている。それは、老婆 を背負っているから。大体彼女の3倍くらい。…って、これはちょっと横幅ありすぎませんか?それに、なんだか形がいびつです。ぱっと見、どう見ても人間と言うよりは、こ れは、あの、暗闇で獲物を狙ったり、空中に罠を仕掛けて待つ、足が、八本ある、…アレ?
 また、お月様が隠れました。僕たちの前には、また闇が広がりました。僕は、何が苦手かと言われて、暗闇で獲物を狙う、空中にねばねばネットの罠をしかける、足の八本あ る、アレ以上苦手なものはありませんでした。僕は、首筋がぞぞぞーっと寒くなりました。そういえば、先ほどから僕の首筋に当たっている、つるつるした感触の物体、老婆の 着物にしてはちょっと表面材質がなめらかすぎます。老婆の柔肌がつるつるなのでしょうか。そうだ、きっとそうなのだ。僕は、そう思い込むことにしましたが、依然として僕 のお腹と胸を圧迫する物体の正体は判明していませんでした。
 そのうち、僕の耳元でぼそぼそとした声が聞こえてきました。「百回殺しても飽き足りぬぅ。百回殺しても飽き足りぬぅ。」一回でも殺されたら終わりです。僕は、故郷で冒 険者セミナーを受けた時のことを思い出していました。戦闘の隊形は、仲間のフォーメーションや接敵の状況によって変化します。背後から攻撃されることをバックアタックと いい、回避率に大きなペナルティを課されます。ふぅむ、背中に敵が張り付いた状況のことを何ていうんだっけ。多分、戦闘が始まったら、僕は一撃で胸と腹と首にクリティカ ルヒットを食らって致命傷です。しかし運が良いことに、この老婆は、僕の存在には気がついていないみたいなんです。だって、気がついていたら、もうすでに殺されてしまっ ているでしょう。
 「そうだ、じょた。その人に、どこまで送ってあげたらいいのか聞いてみてよ。」とシェリルが言いました。僕が聞くんですか?僕は、恐怖で声が出なくなっていたので、彼 女に上目遣いの視線だけを送りました。「どうしたの?」さすがは天才霊感少女!僕のただならぬ表情に気がついたみたいです。「百回殺しても飽き足りぬぅ。」うわぁ、まだ 言ってるよ。ほら、シェリル気がついて、なんとかしてよ。「百貨店の前でいいのね。」そういうと彼女はくるりと前方に向き直り、歩き始めました。この天然ボケの鈍感少女 め!
 ゆっくりと、月が雲間から姿を現すと、僕の影からは八本の腕がわらわらと伸びているのが見えました。うわぁ。やっぱりアレだよぅ。どうしよう。僕は、やっぱり首筋が粟 だって、ぞくぞく、ちくちくしてしまいました。ちくちく?なんだ?僕は、ゆっくりと、背後を振り向いてみました。まず、毛むくじゃらの腕が見えて、その先に老婆の頭?が あり、銀色の眼鏡が見えました。レンズの数が若干多いっぽいみたいなんですが。4つ?6つ?そして、僕の首で注射針みたいのが2本、刺そうか刺すまいかためらっていたん です。うわぁ、うわぁ、うわぁ!僕は、背負っているものを振り払いたい衝動に駆られましたが、胴体をがっちりと抱え込まれてしまって、どうにもなりませんでした。それに 、へたに振り落とそうとして攻撃を食らうのも怖かったんです。背中のアレは、まだ僕を敵と認識してはいないようでしたから。でも、えさと認識し始めているっぽいんですけ ど。
 まずい、まずい、まずい、まずい。どうする?オマチの天才児と呼ばれた僕は考えました。天災児っていう字を当ててたみたいなんですが、それは今はおいといて。僕は、す でに足に力が入らなくなっていて、恐怖のせいなんですが、ふらふらと千鳥足になり、ついにそのまますとんと地面に座り込んでしまいました。そのとき、ひときわ大きな声が 僕の背後から聞こえてきました。「百回殺しても飽き足りぬぅ!」ふわぁ!終わった。
 「どうしたの?」シェリルが僕の方を振り向いて言いました。僕は、放心状態でした。いつの間にか背中の老婆はいなくなっていて、その代わり僕の足元には、おっきなアレ がいました。潰れて死んでいましたけど。僕は、そのとき得心しました。あぁ、そういうこと。そうだったんだ。その蜘蛛は、今日のパレードによって踏み潰されたようでした 。そして、その背中には白い繭のような物がくっついていて、それは蜘蛛の卵だったのでした。
 「じょた、潰れた蜘蛛が怖いの?」シェリルは、両手を腰に当てて僕を見下ろしていました。僕が蜘蛛苦手なの知ってるくせに。「しょうがないなぁ。キミは、男の子でしょ う?」彼女は、そう言って上半身を前傾させると、自分の人差し指を、放心してへたりこんで地面に座っている僕に突きつけました。すでに、僕が背負っていた老婆のことは記 憶に無いようでした。そう、僕は男の子ですとも。でも、怖いものは怖いし、いつも君の能力には驚かされているけれど、今度ばかりは、本当に、怖かったんですよ。でも、本 当に怖いのは、ひょっとしてこれからかも。
 シェリルは、なおもへたりこんで座っている僕を無視して、回れ右をすると地面を見て言いました。「まぁ、どうなさったんですか?」もう、勘弁して!!
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