「Funny World 番外編」
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第5話「逃れられない運命の巻」
 「おぬし…、残念じゃが、おぬしは、この呪われた魔道具から逃れる術はないじゃろぅ。」スキンヘッドにちょび髭、南の大陸ヤマトの民族衣装っぽい服装をした怪しげな中 年男性は、そう言うとため息を一つついて、両手を合わせて拝むようなしぐさをして呪文?を唱えました。「なぁむぅー。」!?自称、南の大陸の大魔道師カリオカは、そんな 人の名前は聞いたことも無かったけれど、彼はそう唱えると僕の手の中で怪しげに光る宝石を無視して、にゅっと手を差し出し、料金を請求したんです。
 カール帝国国境付近に、連合軍の軍団が迫ってきているという情報を耳にしたのは、僕がシェリルに頼まれて魔道具を買いに行ったときのことでした。ギルドの情報によると 、南からは聖サモアン王国とスルーザー合衆国の連合軍が、東海岸側からは南の大陸ヤマトの軍団が、そして西の山岳地帯を越えてマイヤー帝国軍が接近しつつあるとのことで した。そして、カール帝国内部にも、その連合軍に呼応して立ち上がらんとする、レジスタンスの動きがあるとのことでした。確かに、この国は貴族以外は皆奴隷のような扱い を受けていたし、世話になっていてこんなことを言うのは悪いけれど、滅ぼされて当然の国かもしれないなと思うのでした。なんて、のんきに構えてはいられませんでした。僕 のお姫様、亡国の姫君シェリル・フル・フレイムだって、この国の住民にしてみれば目の上のたんこぶ、貴族の一員くらいにしか見えないでしょう。内乱が起きたら、真っ先に 捕まって処刑されてしまうかもしれません。僕は、急いで仮の住まいであるシュガー宮殿に戻ったのです。
 「じょた、遅かったじゃない。」彼女は、僕が戻ると階段の下のエントランスホールで、腰に手を当てて立っていました。そして、なんだかぷんぷんと怒っていました。帰る のが遅かったから、怒っているのかな?僕が遅くなったのは、ギルドで連合軍の話を聞いていたからなのですが、確かに姫のお使いの途中で寄り道したのは悪かったかもしれま せん。「じょた、大変なのよ。」どうやら彼女もこの国の不穏な空気、情報をつかんだに違いないと僕は思いました。「私たち、お引越ししなければならないの。」なるほど、 安全な場所に避難するのでしょう。「シェリル、急いだほうがいいよ。」「そう、急いで買い物を済ませておかないといけないわ。」いや、もう、買い物はいいでしょう。僕が せっかく魔道具を買ってきたんだから。ちなみに、僕が買った魔道具というのは、魔道使いには必需品の結晶化された魔道力です。人間のメンタルポイント、MPには限界があ りますが、巨大なエネルギーを必要とする魔道はたくさんあって、それらを使いこなすためには常にMP供給用の道具が必要なのです。これからあわただしくなる身の回りのこ とを考えると、そのような魔道具はいくつあっても多過ぎるということはないでしょう。
 「ほら、僕がたくさん結晶魔道を買い込んできたから、今は早くこの土地から逃げたほうがいいと思う。」僕は、バックパックから薄緑色に光る宝石の入った袋を取り出し、 彼女に渡しました。彼女は、袋から結晶を取り出すと、ひとつずつ光にかざして品定めをし、首をかしげて考え込むしぐさをして言いました。「んー、せっかく買ってきてもら って、こんなことを言うのは悪いんだけど。…じょたは、ちょっと、アクセサリーのセンスが無いな。」アクセサリーって言ったって…。まぁ、確かに結晶化された魔道は、そ のほとんどが宝石ですから、色々なカットが施されているものも多いのですが、そういうアクセサリーとしても使用できるようなタイプの魔道具は、お値段のほうもべらぼうに 高いんです。薄給の自称プリンセスガードである僕が買えるはずないんですよ。
 僕は、現在の国際情報、かくまわれているカール帝国の状況を、彼女に説明しました。僕が冒険者ギルドに入っていて本当によかった。「と、いうわけで、早くこの土地を出 た方がいいんだ。僕の故郷、南の大陸へ向かおう。廃墟の都市の方向へ向かうのは気が進まないし。」僕は、彼女の能力、幽霊に自然に近づいてしまうという、あの能力の発動 を恐れていたのでした。「あ、ほら、山越えなんて大変でしょ?」ちゃんとフォローもします。でも、結局、いずれ山越えをすることになるんですが。
 「分かったわ、じょた。あなたに任せるわ。でも、すぐに戦争が始まるわけではないんでしょ?ね、その前に、ほんのちょっとだけ、私につきあって。お願い。」そう言って 顔の前に手を合わせてウインクする彼女に、僕が逆らえるはずがないですし、それに、ギルドマスターの情報では、開戦は1ヶ月以上先だろうとのことですから、まぁいいかと 思って、いっしょに出かけることにしたんです。僕も、めったに彼女とお出かけすることがないので、内心すごく嬉しかったということもあるんですけど。でも、この僕の考え は、いや、僕達の目論見が甘かったということは、すぐに明らかにされて、僕はもうカール帝国の冒険者ギルドのおやじだけは信用するまい、と思い知らされることになるので した。
 僕たちが、王都バウムクーベンの城下町最大のデパート、トーフにやってきたのは、もう太陽が山の向こうに沈みかけた夕暮れ時でした。トーフデパートの前には、ライバル 会社のセーフというデパートがあって、そちらは野球の優勝記念セールでごったがえしていました。セーフ・リヨンズの優勝記念セールです。僕たちは、一応お忍びで城下町に やってきているわけでして、なんてったってシェリルはお姫様ですから、それで誰にも気付かれないように変装して、ごったがえすセーフを避けてトーフに向かったわけなんで す。
 サングラスをかけて帽子を目深に被った、いかにも怪しげなカップルに見える僕たちは、芸能人の密会現場みたいに見える僕たちは、トーフデパートの魔道エネルギーで動く 自動階段で、デパートの最上階へ向かっていました。えぇ、彼女が、たまには外で食事をしようよと言ったんです。僕は、両手に買い物の袋をぶら下げて、背中のバックパック からも荷物がはみ出るくらいの状況で、時々貧血を起こしたようにふらふらとしながら、青息吐息で彼女の後をついていきました。「わぁ、夕焼けが綺麗。」シェリルは、最上 階のフロアで、ガラス窓の向こうに見える景色を眺めていました。えぇ、僕は、そんな彼女の横顔を、こっそり眺めていたわけなんです。
 僕が、その不思議な少女に出会ったのは、シェリルがトーフの最上階レストランで食事をしているのを待っているときでした。よく考えたら、僕は買い物でほとんど全てのお 金を使い切ってしまっていたんですよ。新しい魔道装備品を上下で揃えて、刃こぼれした刀剣類も新品に取り替えたら、ほとんどお財布がからっぽだったんです。「仕方がない わね。私の食事が終わるまでちょっと待っててね。かわいそうだけど。…ほら、こう考えればよくない?もともと私はお姫様だし、あなたと食事を同席するなんていう事自体が 不自然なのよ。ね。」ねったって。それはないでしょう?無情にも彼女は、僕をおいてさっさとレストランの中へ入って行ったんです。
 「ねぇ、その腕輪かっこいいね。ちょっと見せてよ。」その僕と同じくらいの年齢の少女は、そう言って僕の腕にはめられた銀色の輪っかに触りました。その輪っかは、今さ っき買ったばかりの防御用魔道具で、物理攻撃の回避率が+10%される優れものの腕輪でした。僕は、ちょっとどきりとしてレストランの方を振り向くと、シェリルがこっち を見ていないことを確認して、少女にニコリと微笑みました。もちろん、ただのお愛想です。そして僕は、買ったばかりの腕輪を外して、少女に見せてあげることにしました。 が、しかし、どうしても腕輪が外れないのです。「あれ?おかしいな。どうして取れないのかなぁ。」僕が、腕に食い込んでいる腕輪を外そうとして悪戦苦闘していると、少女 が言いました。「あ、やっぱり取れないんだ。」え?どういうこと。「それ、呪われてるよ。」うそ!?僕は、大金を払って買った魔道具が不良品であったことでパニックに陥 り、彼女が触るまでは何度も取り外しが出来たということを、すっかり忘れてしまいました。実際それは、彼女が僕にかけた魔道のせいだったのかもしれません。
 「どうしよう。」僕は、初対面の少女に、いきなり泣き言を言い始めました。「かわいそうだけど、戦闘中に左腕が動かなくなって、防御が出来なくなるわ。きっと。」失敗 した!あのときセーブしておけば!僕は、意味不明なことを考え始めていました。ところで、セーブってなんだ?僕が恐慌状態に陥ってなおも腕輪を外そうともがいていると、 少女は言いました。「大丈夫!私に任せて。私は、こう見えても僧侶なのよ。呪いを解くことだってできるの。」ホント?僕は、地獄に仏を見るような気持ちになって、彼女を 疑う気持ちなんて少しも湧いてこなかったんです。それに、きっと、お腹が空いていたからかな。
 彼女は、不思議な呪文を唱えると、僕の腕輪に触れました。すると、パチっという音がして、腕輪はするりと外れました。「ふぅ、なんとか外すことができた。よかったね。 」「ありがとう!お礼を、あ、お金無いんだ。」僕は、彼女にお礼をしようと思ったのですが、買い物ですっからかんになっていたことを思い出して、頭をぽりぽりとかいてみ たんです。「お金なんていいのよ。」彼女は、ニコニコとして腕輪を自分のポケットの中にしまいました。「それより、あなたが、もうこんな呪いの魔道具を手にしないための 予防策が必要ね。魔道の種類を見分けるアイテムがあればいいと思わない?」彼女は、ぼんやりとしている僕を無視して話をどんどん進めていきました。僕は、なんだか、意識 がもうろうとしていて、お腹が空いているっていうこともあるんですが、まるで催眠術にかかってしまったかのように彼女の話を聞いていました。えぇ、彼女の術中に完全には まっていたみたいなんですよ。
 「それがこの宝石なのよ。」彼女は、反対のポケットから真っ赤な石を取り出しました。その石は、よく見ると彫刻が施されているようで、つめの先ほどの大きさの人形とい うか、平たく言えば小さな仏像のようなのでした。「それを持っていれば、怪しいアイテムにだまされることはないはずよ。呪いのアイテムには光って反応するから。」僕は、 さすがにこの少女が怪しい、と思うようになって、こんなものもらってはいけない、僕の買った腕輪を返してもらわないと、お店で取り替えてもらえないや…。と気付いたとき には、すでに眠りの階段を駆け下りていたんですよ。ヴァンパイア少女チャイムといい、今度の少女といい、某国のお姫様といい、どうも僕はとんでもない女性に縁があるみた いなんですよ。
 「で、君は、まんまと女シーフに腕輪を奪われたのね。」僕の目の前には、引きつった笑顔のシェリルが立っていました。僕も、多分、99%騙されたのだろうなぁと思いな がらも、あと1%の可能性のほうに賭けてみたんです。「でも、あの腕輪、本当に呪われていたかもしれないよ。取れなかったから。」びたーん!!僕は、彼女のスナップの利 いた鋭いびんたを左頬に受け、椅子の上から転げ落ちました。やっぱり、ゼロパーセントだったんだろうなぁ。「ねぇぼけてんじゃないわよ。」うわ、この声は、いつも荒れる ときの…、ひょっとして、アルコールが入ってる?と、僕が心配するより先に、彼女は、そのほっそりした手で、僕のむなぐらをつかんで引き起こしました。「あれがいくらし たか分かってるのかな?ぼく。」またしても引きつった笑顔で、僕に尋ねてきました。「じゅうまんげるど、10万ゲルドもしたのよ!しかも、ご丁寧に、こんな、得体の知れ ない仏像と交換してからに!」びたーん!!今度は右の頬にびんたです。一瞬意識が遠のいた僕は、左の頬をぶたれたら右の頬を出しなさいと言ったのは、仏像の人だったっけ ?と意味不明な思考がよぎったみたいでした。
 僕達の周りには、いつの間にかお客さんがいなくなっていました。半径5mには近づけない、そんな雰囲気だったかもしれません。しかし、その必殺の間合いに入り込んでき たつわものがいました。それは、一目見て南の大陸かぶれの人間であると分かる、まずまともなカタギの商売の人ではないと分かる、うさんくさそうな中年男性でした。スキン ヘッドにちょび髭、紋付はかまを着て数珠と水晶球を持った、小太り、というか、かなり太ったその怪しい男は、薄笑いを浮かべて僕たちに近づいてきました。そして、僕が、 この怪しい男に嫌悪の念を抱くよりも先に、すでに怒りメーターが上限を突き抜けていたシェリルが反応しました。「何者!」彼女は、左半身で右こぶしを腰だめにし、今にも 飛び掛らんという体勢でした。
 「いや、いや、いや、待たれよ。」ちょび髭スキンヘッドは、目玉を剥き出しにし両手を前に出して、バイバイするみたいに両手を振りました。僕もこのおやじからは嫌な雰 囲気を感じていましたが、こんな所で僕たちの正体がばれるのは望むところではないですし、無抵抗の人をノックアウトさせるわけにもいきません。だいいち暴力で物事は解決 しませんから。「いや、いや、見目麗しきお姫様と、騎士様、お怒りをお鎮めくだされい。」なんとも嫌味な、慇懃丁寧な挨拶でした。僕が、ちょび髭に何か言ってやろうと思 ったとき、シェリルが言いました。「どうして私がドリムランドの姫、シェリル・フル・フレイムであることと、じょたがその奴隷であることが分かったのかしら。」自分で、 言っちゃってるし。しかも、奴隷とは言ってなかったのに。「すごいわ。この人、きっとすごい大魔道師よ。見た目はさえない中年オヤジだけど。」僕は、見た目どおりだと思 います。
 僕たちは、というかシェリルは、そのちょび髭中年アブラはげオヤジにだまされて、カリオカという名前らしいのですが、僕が少女からもらったアイテムを鑑定してもらうこ とにしました。基本的にアイテムの鑑定は、道具屋かギルドでできます。ただ、魔道のかけられたアイテムについては、マイヤー帝国の王立魔道院や、ブリューニェ共和国連邦 の魔術師ギルド、または魔道の学会などに持っていく必要があります。ところが、残念ながらカール帝国には、高度な魔道を扱う団体がありません。まぁ、王宮に行けばあるの ですが、あそこは下々の者が近づける場所ではありません。この国では、基本的に民衆は魔道の使用を禁じられていますから。
 「ふぅむぅ、これは…」アブラはげオヤジが、もったいをつけて僕の手の中にある赤い石を見ています。自分の手に取らないところがミソです。呪いのアイテムだと分かって いるフシがあるんですよ。「おぬし…、残念じゃが、おぬしは、この呪われた魔道具から逃れる術はないじゃろぅ。」彼は、そう言うとため息を一つついて、両手を合わせて拝 むようなしぐさをして呪文?を唱えました。「なぁむぅー。」彼はそう唱えると、僕の手の中で怪しげに光る宝石を無視して、にゅっと手を差し出し、料金を請求したんです。 「い?お金を取るの?」僕は空っぽになったお財布を握り締めると、シェリルの方を振り向きました。彼女は、目を細めて僕を見ていました。そして、声を出さずに口を動かし て僕に何かを伝えようとしていました。ば、つ、く、れ、ろ。やっぱり、お金を払うつもりはないんですね。でも、僕はもう一つ気になることがありました。これが、本当にの ろいのアイテムだとしたら、どうやって処理したらよいのかということです。僕は、空っぽになったお財布を懐中から取り出すと、アブラはげオヤジに見せ付けながら言いまし た。「このアイテムの呪いを解く方法を知りたいんだ。」
 そのとき、どこかで鈍い爆発音がしたかと思うと、デパートの建物がぐらぐらと揺れました。そして、連続して5つの爆発があって、西の空に巨大な火柱が上がったのが見え ました。サイアクです。ギルドマスターが言っていた、カール帝国内部のレジスタンスが蜂起したようでした。1ヶ月は先って言ってたのに。そして、気がつくと、僕たちの背 後に完全武装した戦士2名と魔道使いらしきもの1名が近づいて来ていました。「ドリムランドの姫君、シェリル・フル・フレイム様とお見受けします。不本意ながら、あなた をカール帝国の人質として身柄を拘束させていただきます。」「なぜ、分かったのかしら!?」さっき、自分で言ってたじゃーん!
 僕は、自称プリンセスガードですから、いつかはこんな日が来ると思っていました。姫のためなら命を投げ出して戦うつもりでした。僕は、買ったばかりの装備品、銀の剣+ 2(攻撃成功率+20%補正)に、そっと手をかけました。「抵抗しなければ命は助けてやろう。」完全武装の戦士の一人が言いました。僕は、剣を帯びているものの、防具と 呼べるものはほとんど身に付けていませんでした。冒険中じゃあるまいし、デパートの中でブレストプレート(鉄の胸当て)もないもんですよ。たまに見かけますけどね。でも 、僕の剣の腕前から言って、剣よりも鎧を装備すべき状態だったんです。ま、もっとも、結果として鎧を身に着けていなかったことが、後々役に立ったのですが。
 とにかく僕は、シェリルの前でこんな言葉に屈するのは我慢なりませんでした。僕は、覚えたての飛燕剣を、目の前4,5m先の戦士に叩き込むべく、右半身の構えでじわりと 姿勢を低くしました。飛燕剣とは、いわゆる居合抜きです。この技のクリティカル率は、なんと+50%ですが、一度攻撃すると次の攻撃まで回避率が−50%される、という リスクを背負います。鎧を着けていれば反撃で即死することはまずありませんが、今の状態では致命傷を負うでしょう。そうなっても、二人くらいなら、なんとか片付けること ができるかもしれない。シェリルの援護があれば、2対3でも勝てるかもしれない。よぉーし。覚悟を決めた僕は、下腹に気合を貯めました。そのとき、僕の目の前にするりと 白い影がよぎりました。シェリルでした。彼女は、僕の前にゆらゆら揺れる猫じゃらしを下げて、猫じゃらしのような髪の毛を下げて、僕に背中を向けて立っていました。僕は 、その猫じゃらしを見ていたら、なんとなく気勢をそがれてしまい、気合が抜けてしまいました。そして、シェリルは言いました。「いいでしょう。あなた方と同行することに いたしますわ。」
 僕は、騒然とした町の中を、幽霊のようになって歩いていました。実際、僕はあそこで死んでいたほうが良かった、と思っていました。僕は、全ての武装を解除されると、建 物から開放されたのでした。シェリルの身柄と引き換えに。「私が決めたことなんだから、あなたはそれに従わなくてはならないわ。」そうです。「きっと、すぐに戻れるわ。 」そうでしょうか。「お買い物が無駄になっちゃったわねぇ。」また、そんなこと言って。「じょたの方が、きっと戦闘レベルは高かったと思うわ。」そうかな。でも、…悔し い。
 何度か、通り過ぎる人にぶつかってひっくり返っりました。気持ちがむしゃくしゃとしていたので、こん畜生と思って睨んでやると、どこかで見たことのある女の子でした。そ して、僕のポケットにあるはずの財布が、空っぽのお財布が無くなっていました。少女は、こちらを一度振り返ると、ぺろっと舌を出して逃げていきました。僕は、心の中にど す黒い何かが頭をもたげてきて、暴力的な破壊衝動がこみ上げてきて、彼女を追いかけました。さすがは盗賊の女の子です。風のような速度で、ぐにゃぐにゃと曲がる小路を走 り去って行きます。でも、僕だって、いつも着込んでいる鎧が無い分体が軽かったんです。飛ぶような速度で走ることが出来ました。
 「痛い!」とうとう僕は、カール帝国の王都バウムクーベンの町の片隅で、盗賊の少女を突き飛ばして捕まえることができました。僕は、息が上がってしまって、はぁはぁと 荒い息をつきながら、流れる汗もそのままに、少女のむなぐらをつかんで立たせました。「さっきは、よくも、はぁ、はぁ。」少女は、僕の腕を振り払おうとして、転んで血の にじんだ手で僕の腕をつかんで、もがきましたが、剣の稽古をしている僕の腕力にはかなうはずもありません。「やめてよ、怖いよ。」少女は、涙ぐんでいて、なんだか僕もち ょっとやりすぎたような気がしてきました。
 そのとき、僕は首筋がぞくりと粟立つような嫌な感覚を覚えて、あわてて振り向きました。そこには、いつの間にか数人の男女が立っていてこちらを眺めていました。ここは、 普段ほとんど人通りがあるような通りではありませんし、僕とこの盗賊少女がやってきたときには、人気は全く無かったのですから、突然これだけの人間が出現すると言うのは 不自然でした。人間?確かに前列の4人は、人間らしい格好をしていました。前列中央の紳士は、立派なスーツに身を固め、まるでこれから舞踏会にでも赴くような格好でした 。その横にいる背の高い女性は、仕立てのよい毛皮のコートを羽織っていました。銀色のふさふさした毛のついた、いかにも高そうなコートでした。その隣には、やはりスーツ 姿の男性が立っていて、僕をさも汚いものでも見るかのような、軽蔑した目で見ていました。僕、こうゆうタイプ、嫌いだ。そして、その反対側で腕を組んで立っているのは、 見間違うはずも無い、例の、あの少女でした。「そういうのって、あんまりかっこよくないゾ。」
 「チャイム!」彼女は、ヴァンパイア少女チャイムでした。と、いうことは、ここにいらっしゃる皆さんは。「私のファミリーなのよ。」やっぱり。皆さんヴァンパイアでい らっしゃる?僕は、思考回路が麻痺して、あたりまえのことを考えていました。いつも麻痺してる、っていう突っ込みは無しですよ。「パパ、この人が私のダーリンなの。じょ たっていうのよ。」お、オトーサン?「ふむ、なかなかしっかりした青年ではないか。しかし、そういうのって、あんまりかっこよくないゾ。」そう言うと、チャイムのパパは 、僕にウインクしました。ユニークな方でいらっしゃる。そして、僕は、むなぐらをつかんでいた少女を放しました。もう、この娘のことなんて、どうでもよくなっていたんで すよ。僕は、シェリルが捕まってしまったのは、この少女が悪いのだと思い込んでいたようなのでした。
 「私たち、これからパーティなのよ。」パーティ?この騒然とした町でですか?僕は、やっぱり亜人たちのすることは理解不能だと思いました。「ところで、じょたはどうし てこんなところにいるの?ここは、表の人間はあまり入ってこれない場所なのよ。」なるほど、確かにそうかもしれない。いつの間にか僕の周囲には、目つきの悪い男女が集ま ってきていました。ダガーをもてあそぶ男、ムチを持った女性、ちょっと露出度が高いですね。それから、ポケットに手を突っ込んだ男、その手に持っているのはなんでしょう ?「ニーサン、うちのモンに何か用かい?」こっちは、こっちで、別のファミリーみたいだったんです。
 と腕輪を騙し取られたことを説明しました。「そして、ドジを踏んで捕まったってワケかい。スズよう。」どうもそれが彼 女の名前のようでした。「チャイム、もう時間が無い。早く行くぞ。」チャイムのパパさんがそう言いました。「あ、パパ。私、少し遅れるから。あとで、じょたと一緒に行く わ。」え!?僕も行くんですか?「じょた、私に何か隠し事してるでしょう?」どき!?どうして分かるんですか?「スズ、落とし前はきっちりつけてもらうぜ。」さっきから
 「分かってるわよ!」スズと呼ばれた少女が言いました。「さぁ、煮るなり焼くなりしてちょうだい!」彼女は目を閉じると、胸を張って僕のほうに向き直りました。僕は、 なんだか彼らの迫力に気おされて、このまま何もしないほうが良さそうな気がしてきました。「さぁ、ニーサンよう、あんたの好きなようにしてくんな。その後で、今度はこっ ちのヤキ入れが待ってんだ。」あぁ、どうしよう。何もしないのも、手を抜いてひっぱたくのも、彼らにはお見通しだ。どうしよう。「そうか、シェリル、レジスタンスの捕虜 になっちゃったのね。」うわ!突然チャイムが確信をついた事を言ったので、僕はどきりとしてしまいました。「この魔道具、人の心が読めるのよ。接触した相手でないと効果 が無いところが使えないのよねぇ。さて、じょたはあたしのこと、どう思っているかな?」うわわ!何もやましいことは無いけれど、うわわ!なのです。僕は、すばやくチャイ ムから離れました。「え?あんたのツレが、レジスタンスの捕虜になっちまったのかい?」スズは、僕の顔を見上げて言いました。「あぁ、そうだよ。それを、なんとなく、君 のせいにしてた。ごめん。」僕は、素直に謝っときました。盗賊ギルドのプレッシャーが怖かったので。
 「よし!あたしに任しときな!」スズが言いました。「レジスタンスのアジトの場所なら知ってるんだ。きっと、あんたのいい人は、そこにいるさ。だから、その人を助ける ってことで、チャラだよ。いいよね。」「うん。」「じょた、あたしも行くよ。」チャイムが言いました。ダーリンを放っておけないの、だそうです。2人とも、背後を取られ ると怖いですが、今は心強い味方でした。「よし、行こう!」「うん!」「えぇ!」
 天井から、ぽたぽたと水滴が落ちてきて、床の上に水溜りができていました。石で出来た壁には孔がうがってあり、そこから時々ヘラに載って食べ物が出てきたり、メモ用紙 や筆記具が出し入れされていました。その部屋の隅に、髪の長い少女が、白いワンピースを着た少女が座って、どこを見るとも無く前方を眺めていました。彼女は、もちろん、 亡国の姫君シェリル・フル・フレイムで、ここはレジスタンスのアジトにある独房なのでした。
 ここは違うよ。ここは、私が想像してたのと大分違うよ。彼女は、そう考えていました。これは、軟禁じゃなくて、監禁だよ。こんなの王族の扱いじゃないよ。彼女は、ぶつ ぶつと頭の中で考えをめぐらしていました。こんなことなら、あの場所で力の限り戦ったほうが良かったかもしれない。でも、彼女はじょたが真っ二つにされるところを見たく は無かったし、たとえあの戦闘に勝利したとしても、あそこから脱出することは難しかったに違いないと思いました。まだ、何人も仲間がいたから。「ふぅ。」彼女は、ため息 をつくと、ひざの間にあごを乗せて、うとうととしはじめました。
 「ここだよ、じょた。」そう言うと、スズは建物の影からそっと頭を出して通りの様子をうかがいました。深夜になって、外出禁止令の出た町中は人っ子一人歩いていなくて 、とても静かでした。僕は、スズの後ろについて、通りの様子をうかがってみました。そこは、夕方出かけたトーフデパートの正面にあるセーフデパートの裏口でした。「この 地下にアジトがあるんだよ。」「どうやって侵入するの?」入り口では見張りの男が二人、酒を飲んでいました。「まず、あの二人をどうにかしなくちゃ。」「それなら私にま かせて。」チャイムでした。「私のインビジビリティで接近して、二人とも夜の住人にしてしまうわ。」「ちょっと待って、一度に二人は無理でしょう?」と言ったのはスズで す。「魔道感知システムがあるんじゃない?」と僕。「えぇ、もちろん。魔道だけでなくて、侵入防止用の罠がたくさんしかけられているわ。それを、全部解除してから近づく んでございますの。」とスズ。
 作戦は決まりました。まず、スズが魔道感知の罠を解除する。その後、チャイムがインビジビリティで接近し、酒の中に眠り薬を混入。そして、二人が眠ったのを確認したら 、僕とスズが建物に侵入。スズの手引きでシェリルを救出、という段取りでした。「そんなにうまくいくものかな?」僕は、ちょっぴり懐疑的でした。「うまくいくと思えばう まくいく。そんなもんよ。」そんなもんですかね。
 びくりっ!物音に驚いて飛び起きたのは、独房で居眠りしていたシェリルでした。「何?」見ると、壁の穴からビンが出てきました。何かしら?水?シェリルは、ビンを受け 取ると、また部屋の隅に、唯一床のぬれていない部屋の隅に行って座りました。そして、薄緑色のガラス容器の中に入っている液体が揺れるのを、黙って眺めていました。
 「きゅう…」見張りの二人は、うまく眠ってくれました。「よし、いくよ。」僕は、扉に罠が無い事をスズに確認してもらい、建物に侵入しました。すると、そこには、僕の 想像を絶する光景が広がっていたんです。「何、これ?」まず声を発したのはスズでした。「ひゅぅ、やるぅ。」チャイムは、予想はしていなかったけれど、この光景を何度か 見ています。変身していらっしゃる。シェリルは、なぜか、あのときアルコールは飲んでいなかったと思うのだけれど、完全に変身していて、レジスタンスの兵士を片っ端から 投げ飛ばしていて、その残骸が山のようになっていたんです。
 「シェリル。」僕が、彼女に声をかけると、彼女はくるりと振り返りました。完全に変身なさっておいでの姫は、お目々をかっと見開き、僕にすばやく接近してきました。そ して、しばし、リバースすると、かっくりと意識を失ってしまいました。当初の目的を達した僕たちは、そこでしばらくじっとしていましたが、急に入り口の辺りが騒がしくな ってきました。「じょた!やばいよ。帝国軍だ。帝国軍の騎士が襲ってきたよ!」どうやら、アジトの位置がカール帝国軍にばれていたみたいなんです。っていうか、みたいな んです、なんてのんびりしていていい状況でしょうか?「これより敵部隊の掃討作戦を行う!一人残らず殲滅せよ!続けぇ!!」という声が聞こえます。この状況を見たら、彼 らどう思うでしょうか?シェリルを救出した凄腕の剣士、って思われる、かな?そのとき、スズが言いました。「逃げよう。じょた。こっち、早く!!」スズは盗賊でした。ひ ょっとしたら、手配書の一つも回っているのかもしれません。そして、僕はある光景を見て、血圧ががくっと下がるのを感じたんです。「生きていられるように、あんたらの神 様にでも祈りなぁ!爆裂ぅ!!」チャイムでした。彼女は、その両手にはめられた指輪から、特大の爆裂呪文をつむぎだし、狭い通路に殺到してくる帝国軍の騎士に浴びせ掛け ていました。うわぁ。「スズ、…逃げよう!」
 僕たちは、どろどろとした流動物の流れる地下通路、下水道とも言うんですが、そこの一段高くなった通路を歩いていました。チャイムは念のためにインビジビリティをかけ 、飛行能力で空中を移動しながら、背後から何者かが接近してこないか気をつけていました。「う、ん。」僕の背中でシェリルが目覚めたようでした。
 「じょた、ここどこ?う、臭いわ。目がしみるし。ここ、ひょっとして、下水道?」シェリルは、僕の背中から降りて、ぬかるみに足を取られると、ちょっと後悔したみたい でした。「シェリル、大丈夫?」僕は、彼女の顔を覗き込むと、顔についた汚れをぬぐってあげました。「じょた。」彼女も僕の顔を見つめています。場所が場所でなかったら 、結構いい感じなんですけど。「じょた、ありがとう。助けてくれたんだね。」「あぁ、そうだよ。レジスタンスなんか、飛燕剣でばっさりとやっつけたよ。」ちょっとフィク ションが入っているのは見逃してください。っていうか、僕が行かなくても多分大丈夫でした。「そう、でも、あんまり無理をしてはだめ。」僕は、なんだか嬉しくなって、つ いつい言い過ぎてしまったんです。「無理?だなんて。嫌だなぁ。僕は、シェリルのプリンセスガードだからね。いつでも命を捨てる覚悟があるんです。姫に全てをささげます 。」言わなきゃよかったんです。
 びたーん!!あれ?僕は、一瞬何が起きたのか分かりませんでした。まっすぐ彼女の顔を見ていたはずの僕の顔は、右を向いていました。「ばか!」びたーん!!今度は左を 見ています。あれれ?「ばか!ばか!ばか!ばか!」びし!、びし!、びし!、びし!という音と共に、右、左、右、左と視界が移動します。僕を叩くしなやかな手は、だんだ んと力が無くなって、聞こえる音も小さくなっていきました。そして、視界が切り替わるときに一瞬だけ見える彼女の顔は、彼女の瞳には涙が浮かんでいました。「ばか…」む ぎゅ。僕たちの周りには、水の流れるさらさらと言う音、ほんとはどろどろだけど、そんな音だけが聞こえていました。とても、静かで、濃密な時間が流れていました。「あの ー、お取り込み中悪いんだけど、早くしないと帝国軍の追っ手が来ちゃうんですけど。」僕は、スズの言葉を聞いて思いました。あぁ、場所が場所でなかったらなぁ。
 「結局、パーティには出られなかったぁ。」ソファーに横になって、足を空中に向けてバタバタさせているのは、ヴァンパイア少女チャイムでした。「じょた、この埋め合わ せはきっとしてくれるよね。」彼女はニコリとして、ソファの端に腰掛けている、僕の首に抱きついてきていいました。僕は、なぜか機嫌の悪いシェリルの方を気にしながら、 そうだねと気の無い返事をチャイムにしました。僕たちは、あれからスズの所属する盗賊ギルドの手引きで、なんとか無事スズの家に帰還したのでした。スズは、ギルドにお金 をたくさん支払うことで、お仕事のミスの埋め合わせが出来るようになりました。しかし、あのどたばたの最中に金目のものを盗んでいたなんて、さすがとしか言いようがあり ません。
 「ねぇ、私にも言ってみてよ。いつでも命を捨てる覚悟があるって、姫に全てをささげますって。」そう言うとチャイムは、無言で荷物の整理をしているシェリルの方を見て、 意地悪く笑いました。シェリルは、そんなことは全く聞こえないふりをして、黙々と旅立ちの準備をしています。「あ、シェリル、あとは僕が準備するから、君は少し休んでい たほうがいいよ。」っていうか、そんなに荷物を持って国境は越えられないと思うし。シェリルは、手の動きをぴくりと止めるとこちらを向いて言いました。「チャイムさん、 あなたには色々とお世話になりました。私は、これから下僕を連れて旅に出ます。もうお会いすることもないでしょう。なんだか寂しゅうございますわね。ほほほほ。」チャイ ムも負けてはいません。「えぇ、寂しくなりますわね。下僕ならいくらでも連れて行ってちょうだい。私は、ダーリンとここでいっしょに暮らしますわ。ね、ダーリン!」うわ !シェリルのこめかみの辺りがびくびくといっています。怒ってる、怒ってるよ!息が詰まるような緊迫した空気が充満しています。そのとき、救世主が現れたのです。ばたん !という大きな音を立てて、部屋に駆け込んできたのはスズでした。「おはー!みんな元気?ちょっと聞いて、ビッグニュースよ!私、スズ・クリックは、今日からじょたとい っしょに、旅に出ることにしましたぁ。ね、いいでしょ、じょた。私、きっと役に立つと思うわ。」あぁ、火に油を注いだみたいです。
 えっ、呪いのアイテムはどうしたかって?「おぬしは、この呪われた魔道具から逃れる術はないじゃろぅ。」そう、確かに逃れられない運命みたいなんですよ。美女三人に囲 まれて絶体絶命の僕。たまには、こんなラストもいいでしょう?「「「どうなのよ!!じょた!!!」」」
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