「Funny World 番外編」
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第2話「スタジアムでデート?の巻」
 僕は朝もやの中、例によって彼女を膝枕しながら、これから起こるであろう事をぼんやりと考えていました。いっしょに観戦していたはずの女の子は、いつの間にかいなくな っていました。予想通りの展開です。きっと僕の膝枕ですやすやと眠る彼女が目を覚ましたら、こちらもまた予想通りの展開になるだろうなと思いながら、すり鉢型の石のスタ ジアムの席に座って、僕は周囲の景色をぼんやりと眺めていたのです。
 「じょた、こっちよ。急いで!早くしないと始まってしまうわ。」白いジャケットの背中でつやつやした黒髪が左右に揺れるのを見ながら、僕は彼女の後ろを走っていました 。スタジアムの外周を巡っている、街灯で照らされた道路には、僕たち以外の人の姿は無くて静まり返っていました。僕は、野球場という場所に来たことが無いので良く分から ないのですが、数万人の大観衆がひしめくスタジアムの外側が、こんなに寂しいものなのかと不思議に思いました。前方を走るシェリルは、ようやくスタジアムの入り口を発見 すると、僕を振り返り早く早くと手招きをしました。僕は、久しぶりに彼女と二人で出かけることが出来たのが嬉しかったので、異様な雰囲気がするのも忘れて、かび臭い廊下 を勢いよく走って行きました。
 「今度の休日に野球観戦に行こうよ。」「ん、野球観戦!?いいわね、行きましょう!」我ながらナイス・アイディアだと思いました。公務で忙しい彼女が、休みを取れるの はせいぜい2週間に一度くらい。僕は、プリンセスガードとして、常に彼女と行動を共にしていますが、身分が違うので普段は、人前では気安く話し掛けることも出来ません。 もちろん、お城に戻れば別です。僕は、何かにつけ彼女に呼び出されたし、彼女の話を、それこそ一日中聞いていることもあるくらいです。「お客様の身分でいるのも疲れるの よねぇ。」彼女は亡国の姫君で、今はカール帝国で丁重なおもてなしを受けているのですが、そこはそれ、いろいろな権謀術数とかで、相当気疲れするものらしいんです。だか ら、安い賃金でようやく手に入れた、このジャイガンツ対ティゲール戦チケットで彼女が喜んでくれれば、これほど嬉しいことは無かったんです。いろいろな意味で。
 僕たちは、スタジアムの外野席に出ると、空いた席を発見してすばやく着席しました。目の前に目を怒らせた男が二人いて、僕たちを睨んでいましたが、平和主義の僕は黙っ て無視していました。ゲームはちょうどプレイボールしたばかりの様子、出かけに彼女が着ていくものを選んでいて予定外の時間を食ってしまいましたが、なんとか間に合った ようなのです。彼女はプレイが始まると、真剣な表情でバッターボックスの方を見つめはじめました。実は彼女、結構野球オタクなのです。だから、どのチームのどんな選手が 、今何割の打率で、どの投手が防御率いくら、ということは完璧に頭に入っています。外野席からバッターボックスを睨めば、彼女はもう誰が打席に立っているか分かるのです 。「誰かしら、あのバッター?」彼女が頭を傾げています。どうも、みたことの無い選手がバッターボックスに立っているようです。「2軍上がりの選手なのかもしれないわ。 」彼女は、自分でそう納得すると、ふんふんとうなづいていました。
 僕は、あまり野球というものが良く分からなかったし、ファンの球団も無いので、彼女が真剣な表情で見つめている横顔を眺めたり、周囲の観客の様子を伺ったりしていまし た。おかしい。何かが、おかしい。さっきの怒りの表情のおじさん達も変ですが、僕は先ほどスタジアムの外で感じた違和感を、ここでも感じずにはいられませんでした。以前 、彼女と冒険の旅をしていた頃、怪しげな古代遺跡、古墳群だったのですが、遺跡に足を踏み入れたことがありました。あのときは、グールに取り囲まれてえらい目にあいまし た。今度は、周囲の人たちは普通の人間のようですから、少なくとも普通に見えますから問題ないはずです。みんな、すました顔をしてプレイを観戦しています。何も問題ない はずです。でも、ここ、ちょっと、静か過ぎない?
 そのとき、球場の反対側でうおぉという歓声が上がりました。僕はビクリとして首をすくめると、声のした方向を見ました。「じょた!今のファインプレイ見た?」シェリル が目を輝かせています。僕は、自分が不審に思ったとたん、周囲の人たちががやがやと話し出したので、もっと不安になってきてしまいました。彼女は、僕の一張羅の袖をぎゅ っとつかむと、きらきらした目をまた選手の方向に向けました。僕は、ちょっと不思議な感覚のする球場だけど、彼女が楽しんでいればそれでいいか、と思って少しやさしい気 持ちになりました。
 攻撃がチェンジしたようです。スコアボードを見ると、ゼロのマークが1回の表の欄に書き込まれました。そのとき、ふと、妙なことに気付きました。チーム名が違うのです 。僕のチケットには、ジャイガンツ、ティゲールとかかれているのに、スコアボードには、ゴーストズ、ゾンビーズと書かれています。それと、さっきから気になっていたこと がもう一つあります。照明の暗さです。ナイターで野球をすれば、大きな照明が幾つも灯っているのが普通です。しかし、この球場では、提灯が等間隔にぶら下がっているだけ で、強力なライトはどこにもないのです。
 「ねぇ、シェリル。ここ、なんだか、ちょっとおかしいよ。」僕は、彼女の肩を揺り動かして言いました。「何?」彼女は不機嫌そうな表情でこちらを見ました。「ねぇ、シ ェリル。僕、スタジアムって初めてだから良く分からないんだけど、ここ少し変じゃない?」僕は、思い切って彼女に言ってみました。すると、彼女は言いました。「私も、見 たことの無い選手ばかり出てくるから、変だと思っていたわ。ここ、ひょっとして…」彼女は眉をひそめました。「ここ、噂の草場野球かもしれないわ。」何ですか?それ?と いう言葉を僕は飲み込んで彼女の言葉の続きを待ちました。「お城の中で聞いた事があるのよ。下々の者が集まって野球をすることを、草場野球って言うんですって。」それ、 絶対聞き間違えてます!僕が彼女にそう突っ込みを入れようとしたとき、パキーンという快音が轟いて、打球が僕のすぐ目の前に落ちてきました。そう、ホームランでした。た だ、そのホームランボール、お客さんに当たって…お客さんの頭が吹き飛んでるんですけど!
 「え?ホームラン!?」彼女は、すぐさま振り向きました。しかし、そのときにはもう、頭の炸裂したお客さんは、他のお客さんの影になって見えなくなってしまっていまし た。彼女は、むすっとした表情で僕を睨みました。「どうしてくれるのよ。一番見たかった、決定的な瞬間が見れなかったじゃないの!!」いや、決定的な瞬間は見なくて良か ったですよ。と、僕は言いたかったのですが、彼女の勢いに気おされて何も言えませんでした。彼女が僕のほうを見ている間、ホームランボールが落ちた辺りでは、ぼき、ばき 、ぐき、という怪音が続いていました。どうも、死体を食らっているようです。やっぱり、このパターンなんだと僕は思いました。彼女は、何を勘違いしたのか「あさましいわ ね、球を取り合うなんて。」と言っていました。あれは、球じゃなくて、命のほうのタマの獲り合いだと思うんですけど、と僕は思いました。彼女は僕の襟首をつかむと顔を近 づけて言いました。「いいこと、今度私の観戦の邪魔をしたら、首締めるわよ!」僕は、ある意味、死霊どもに殺されるくらいなら、彼女に首を締めてもらったほうが、昇天し そうだと思いました。できれば、太ももで締めてほしいんですけど。
 そのとき、僕の願いが天に通じたのか、目の前に2本の小麦色した柱が現れました。その柱を伝って上を見上げると、僕たちの後ろの席に、ひざ上10cmくらいのきわどい スカートをはいた女の子が、ポップコーンとロング缶のビールの入った袋を持って立っていました。「お久しぶりね、じょた。」と彼女は言いました。彼女はチャイムでした。 以前、シェリルと旅をしたときに、古墳の遺跡で出た、もとい出合ったヴァンパイア少女です。「元気だった?」彼女は、僕の隣、シェリルと反対側に腰掛けると、僕の腕にし がみついてきました。「会いたかったわ。」僕は、相手がヴァンパイアだと分かっていても、胸がどきどきしてしまいました。シェリルのほうを見ると、彼女は僕を無視して野 球観戦に夢中になっています。僕のことは完全に無視して、気にもとめていない風を装っている彼女でしたが、僕は彼女のこめかみの辺りに、びくびくと動く筋が立っているの を見逃しませんでした。怒ってる、怒ってるよ。
 「あなたたち、うまくいっているの?」唐突にチャイムがそう尋ねてきました。僕が、どう答えようかと思ってまごまごしていると、シェリルが答えました。「何か勘違いを なさっていらっしゃるようね。私たちは、お付き合いしているわけではないの。変な勘ぐりはやめてくださらないかしら。」僕はちょっとショックを受けましたが、怒っている ということはまだ望があるぞと自分に言い聞かせました。シェリルは、ふんと言ってまた野球観戦に集中しはじめました。「じゃぁ、今夜は心置きなく私と遊びましょうね。」 とチャイム。僕は、シェリルのこめかみの筋がいつ切れるか、はらはらしていました。
 そのとき、すり鉢の下のほうから、売り子が近づいてくるのが見えました。「お煎にキャラメル、冷たぁいビールはいかがスカ〜。」と言いながら兄さんが近づいてきます。 「すいません、お兄さん。ビールを1本ちょうだい。」シェリルが言いました。「あ、シェリル。僕たち未青年だからお酒はまずいよ。」「未成年?私はもう18歳です。君は 、まだ16歳だからダメだけどね。」「いや、だから、18だとまだダメなんだって。」「え?そうなの?私の国では、18を過ぎたらもう飲酒が認められていたわよ。それに 、お友達は皆もっと早くから飲んでいたもの。」本当ですか?っていうか、どんなご学友と付き合っていたんですか!?彼女はビールを買うと、そのビンをしげしげと眺めまし た。「これ、珍しいビールね。初めて見るわ。」そのビンには、どくろと、骨がばってんにクロスしたマークがラベルに描かれていました。そして、DANGERというネーミ ングが赤く表示されていました。「デンジャー、なんだか怪しい感じね。かっこよくない?」かっこいい?僕は、君のセンスを疑ってしまいますし、怪しいを通り越して、…そ れ絶対ビールじゃないでしょ!
 「シェリル、ビールなら私が持っているから、一緒に飲まない?そのビールは、あー、…普通の人には、…高貴なレディの飲むものじゃないわ。」と言って、チャイムはシェ リルにロング缶を一つ渡しました。「ありがとう。」あ、凄く素直?どうしてだろ?絶対に拒むと思ったのに。チャイムは、僕にもビールを一缶くれました。僕が、アルコール を飲んだことが無いので、どうしようかと迷っていると、チャイムは言いました。「大丈夫、それには変なものは入っていないわ。未来のハズに毒を飲ませたりすると思う?」 「ありがとう。ところで、ハズって何?」すると、彼女はニコリと笑って言いました。「ハ・ズ・バ・ン・ド、旦那様のことよ。ダーリン。」
 げほん、げほん。隣でシェリルが咳き込んでいます。「私は、まだあきらめていないのよ。」どきゅーん!僕のハートはぐらぐらです。たとえヴァンパイアだと言っても、姿 は16,7歳の女の子です。はっきり言って凄くかわいいですし。ちらりとシェリルの方を見ると、シェリルはまた僕のことを完全に無視して野球観戦しています。時々、手を 振り上げて応援しているみたいです。言葉遣いが荒っぽいのがちょっと気になりますが。「どう?私と一緒に永遠の生命を楽しまない?」チャイムの顔が、ゆっくりと僕の顔に 近づいてきました。僕は、文字通り魔に魅入られたようになって身動きも出来ず、チャイムのクチビルが近づいてくるのを、黙って見つめるしかなかったんです。
 もう少しで、チャイムのクチビルが僕のクチビルに重なる、というときでした。僕の隣で野球観戦していたシェリルが、何かを口走り始めました。「ウゼェ」うぜぇ!?ひょ っとして、と僕は思いました。くるりと振り向くと、彼女はすでに変身していました。彼女の足元には、いつの間にか空になったロング缶が3本転がっていました。「うざって ぇんだぁ、この色キチの小娘がぁ。いつも、じょたの周りをうろちょろ、うろちょろしやがってぇ!あんた、…私のなんなのさ!!」シェリル、最後のところ、ちょっとおかし いです。「何よ、この人。またおかしくなっちゃったワケ?私、暴力で物事を解決するつもりは無いの。でも、どうしても、とおっしゃるなら、この5万5千の観衆が全てあな たの敵になりますけど?」チャイムは勝ち誇っていました。そこに隙ができたようなのです。
 シェリルは、チャイムが言っている事を、殆ど理解していなかったのだと思います。シェリルは、すばやくチャイムにつかみかかると、石の床に彼女を叩きつけました。チャ イムは、一瞬息が出来なくなって、観衆に号令をかけようとしたけれど、出来なかったみたいなんです。「どぅぉりゃぁ!大外がり、小外がり、そしてぇ、いまそがり〜!!」 …いまそがりってなんですか?
 いつの間にか、スタジアムには僕とシェリルの二人しかいなくて、かわいそうだけど、チャイムはぼろ雑巾になって石の床に転がっていました。そして、くるり、と振り向い たシェリルが疾風のごとく僕の元に走りこんできました。「じょた、私…」うん、分かっているよ。「気持ちが悪いの」スタジアムの一角に、なぜかカエルの鳴き声がしばしし ていたようです。
 僕は朝もやの中、例によって彼女を膝枕しながら、これから起こるであろう事をぼんやりと考えていました。いっしょに観戦していたはずの女の子チャイムは、いつの間にか いなくなっていました。予想通りの展開です。きっと僕の膝枕ですやすやと眠る彼女が目を覚ましたら、こちらもまた予想通りの展開、鋭いびんたを食らう事になるだろうなと 思いながら、すり鉢型の石のスタジアム、それは例によって集合型の墓地だったみたいなんですが、罰当たりにもその墓石に座って、僕は周囲の景色をぼんやりと眺めていたの です。
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