「Funny World じょたの冒険」
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第5話「じょたとシェリル、出会うの事」(中)
 やっぱり、さっきの分かれ道を右に曲がるんだったのかしら?山の斜面に沿って続く、人が二人並んで通れる程度の細く薄暗い街道に、細身の体には不釣合いなほど大きな旅 行カバンを引きずるようにして歩いている少女がいた。白い金属の胸当てで補強された皮鎧の背中には、漆黒の髪が彼女の歩くたびに左右に揺れていた。白っぽいグレーの丈の 短いスカート、腰には細身の剣、黒いブーツを履いた少女は、竜族に占領されたチェロンの姫シェリル・フル・フレイムであった。夕暮れ近づく薄暗い森の中の街道に、光り輝 くような美しい少女がひとりで旅をしているというのも珍しい光景ではあるが、大きな旅行カバンを引きずって旅しているという事のほうが、もっと奇妙な光景であった。通常 、長距離の旅に出る際には、必要最低限の荷物以外は持ち歩かないから、装備はこじんまりとしたものとなる。リュックに詰め込める程度の荷物が普通であり、大体次に挙げら れる程度の内容だ。まず、僻地を歩く際には、頻繁にワンダリングモンスターとの遭遇があるため、戦闘用の装備は勿論、傷薬や魔道具の回復系アイテム、包帯やガーゼなどの 救急用具は必須である。ま、カッパのマークのハラ痛の薬、なんてものもあったほうがよいであろう。武器の手入れ用油なども忘れずに。次に、保存食料と水、簡単な調理器具 、ロープ、マッチ等の火をおこす道具とトーチなどの灯具。使い慣れたダガーが2本。これは作業用と調理用で使い分ける。それから、地図や筆記具、お金。お金は、なるべく 硬貨よりも宝石などで持っていたほうが効率がよい。重い硬貨をたくさん持ち歩くのは不便だし、冒険者会館で換金してもらえば、それほど損することも無く取引きできるから だ。あとは、あまりしたくないけれど、野宿の際に使用する、寝袋と魔物よけぐらいを用意しておけばよいだろう。彼女の場合、コテージタイプの魔道具(魔道フィールドとも 言う)があり、ミニチュアのテントを地面に置いて合言葉を唱えると、人が2,3人は寝泊りできるテントが出来上がる。内側から鍵をかけるとカモフラージュが働いて、周囲 に溶け込んでしまうため、殆ど外敵に発見される恐れは無い。アンチ魔道もかかっているため、魔道感知にも引っかからないという優れものであった。これに、緊急回避のテレ ポートアイテムがあれば、大体旅の道具としては充分だ。
 ちょっと腕が疲れたな。旅の荷物って結構あるのよね。シェリルは、細い腕をぎりぎりとしならせている旅行カバンを恨めしく眺めた。彼女が旅をしたことがあるのは、チェ ロンからブリューニェに留学した時だけであった。大陸横断鉄道の王族専用列車を借り切って旅した記憶があるのみだ。あのときほど荷物を持ってこれないのは確かだけど、レ ディたるもの替えのお洋服の10着くらい持っていないと恥ずかしいわ。でも、しわになってしまわないかしら?洗顔用のソープもとりあえず1ヶ月分くらいは必要だし、イメ ルダの乳液も外せないわ。ラベンダーとセージ、レモングラスの香水も欠かせないし、口紅だって、マニキュアだって、うーん・・・、やっぱりいろいろいるものだわ。どう考 えても冒険に必要なさそうな品物ばかりであるが、出発に際して彼女が色々悩んだ末、選び抜かれたアイテムであった。これでも、大半は選抜もれしているのだ。また、彼女は テレポートアイテムを持っていたけれど、旅行の行程を縮めるのには役に立ちそうになかった。テレポートアイテムには2種類あり、跳躍先が選択できるものとそうでないもの があるのだ。彼女が所持しているのは後者のほうであり、跳躍先はチェロンに固定されていた。そもそも、魔道具というものはそう簡単に作れるものではない。付与系魔道の使 い手をエンチャンターというが、ブリューニェにも何人もいないくらい限られた能力なのだ。もちろん、一時的に付与させる魔道剣であれば彼女にもできたが、永続的に魔道を 発動できるようにするには技術を要するのである。古魔道には、そのような魔道もあるらしいのだが、古魔道を使いこなせる者を探すほうが骨が折れるというものだ。また、戦 闘から脱出するアイテムもあるけれど、これは旅の行程を縮めるものではない。
 それにしても、徒歩で旅をするのがこれほど大変だとは知りませんでしたわ。彼女は、カール帝国の婚約者の元へ向かって旅をしていた。通常の場合ならブリューニェからカ ールへは、大陸横断鉄道を利用すれば3日もあれば到着するはずである。しかし、大陸横断鉄道は戦争によってロウレイ−マイヤー間が不通になっていた。カールはマイヤーよ りもさらに先にある国である。したがって、陸路は鉄馬車か徒歩による移動という事になる。しかし、戦争地帯を通り抜ける勇気のある鉄馬車も無いようであった。攻撃の的に なりに行くようなものだからだ。特に、彼女は占領されたチェロンの姫である。敵に見つかればどうなるかは火を見るより明らかだ。残された道は、旧道伝いにブリューニェの 港町に出て海路を使うしかない。大いなる海からカールへ向かう場合、カナル運河を通過するコースと、東の大陸南端まで回りこんでカール帝国首都へ向かうコースがある。運 河を使えば最短コースとなるが、戦争状態にあるドリムランド沿岸には近づきたくなかったし、運河自体が使用不可能である可能性があった。そうなると東の大陸を回りこむし かないが、非常に遠回りなので到着まで2ヶ月はかかってしまう。これからどんな行動を起こすにしても、すばやさが重要であろう。こうして、消去法によって浮かび上がった 最後の道が、ブリューニェの西海岸側に回って海路を北上する案であり、恐らく最も安全で確実なコースのはずだった。
 真っ赤な夕日が照らす道を、子供連れの女性が向かってくるのが見えた。道端には、座り込んでタバコをくゆらせているおじいさんもいる。この道で多分間違いないと思うけ れど、一応確認しておいたほうがいいわね。シェリルは、細い目を閉じて座り込んで休んでいるおじいさんに道を尋ねた。「あの、ちょっとお伺いしますが、西海岸地方へ向か う街道は、こちらで宜しいんでしょうか?」じいさんは、黙って何も答えようとはしない。何この人?私のこと無視しているのかしら?それとも、年寄りなので耳が遠いのかし ら?私の声が小さかったのかもしれないわ。彼女は、しゃがみこんでじいさんの耳に口を近づけると、大きな声で単語を一つ一つ区切るようにしながら話しかけた。「西海岸地 方へ、向かう、道は、こちらで、宜しいのですか?」彼女の後ろを、子供連れの女性が早足で通り過ぎた。じいさんはやっぱり何も語らなかったが、彼女はじいさんの首がこく りと縦に揺れたのを見逃さなかった。「ありがとうございます。」頑固じじい。彼女は、内心ぺろっと舌を出してあかんべーをしていた。彼女はすっくと立ち上がると、またカ バンを引きずりながら歩き始めた。彼女が大分離れた頃、母親に連れられた子供が言った。「ねぇ、さっきのおねぇちゃん変だよ。お地蔵さんに話し掛けてた。」母親は、子供 を睨むと「そんなこと言うもんじゃありません!」と言って怒った。「それに、西海岸地方だったらあっちじゃないのにねぇ。」母親に手を引っ張られた子供は後ろを振り返り 、重たそうなカバンを引きずるシェリルと道端のお地蔵さんを、不思議そうに眺めていた。
 「分かれ道ですか。」眼鏡をかけた学者風の男が、あごに手を当てて考え事をしている。ぼさぼさの髪、銀ぶち眼鏡、無精ひげがイガイガと生えたあごにはトマトケチャップ が付いている。一見するとただの浮浪者だが、眼光だけは鋭く只者ではない雰囲気を漂わせている。ぼろきれのようなローブを身にまとったその男は、シェリルの元付き人、現 在ストーカー?のミスティック、ホウメイであった。右へ向かえば目指す西海岸方面、左へ向かえばブリューニェの南の地方へ向かうはずである。「さて、姫の体質からいって 、多分左の道を選んでいるとは思いますが・・・。」彼女には恐ろしい体質が二つあった。本人も気付かない恐ろしい体質である。一つ目は生来の方向音痴、そしてもう一つは ・・・。向こうから子供連れの女性がやってくるのが見えた。念のため姫様のことを聞いてみよう。
 これから行く道の先に、ぼろきれをまとったような男がいるのが見えたとき、子供連れの女性は思った。今日は厄日だと。変な少女の次は、変なおじさんだ。こんなのは無視 するに限る。彼女は子供の手を強くつかむと、うつむいて足早に通り過ぎようとした。「あ、あの、ちょっと宜しいですか。」彼女は全く目を合わせようともせずに通り過ぎる 。「あの、この先の道で15,6歳くらいの少女に出会いませんでしたか?」そうか、やっぱりこいつもあの娘の仲間か。「変なおねぇちゃんなら向こうに行ったよ。」子供が そう言った。「変なおねぇちゃん?」「お地蔵さんと話をするおねぇちゃん。」ホウメイはすぐにピンときた。どうやらもう一つの体質が出たようである。子連れの母親は、無 言で子供の手を引っ張ると逃げるように立ち去った。「なんとか日が暮れるまでに峠の町に到着してほしいものです。夜の峠道なんて、いかにも出そうですからねぇ。」ホウメ イは、ごみ袋を背負った浮浪者のように、よろよろと歩き出した。「しかし、徒歩の旅とは本当に疲れるものですねぇ。」
 太陽が山の向こうに隠れる頃、シェリルはようやく峠の宿場町に到着した。「だいぶ国境に近づいた気がするわ。この山の向こうがドリムランドということは、そろそろ国境 を通過する手段を考えなくてはならないわ。どこかで偽造パスカードでも売ってないかしら?」ブリューニェとドリムランドの国境は、スカイ河によって区切られている。スカ イ河は、川幅1km以上もある巨大な河川である。その河川にかかる橋に国境の検問が設置されているのだ。検問は川の両側に設置されていて、ドリムランド側の町ゴールデン クロウでは竜族の兵士が守りを固めている。「なんとか検問を抜ける手段を考えなくてはならないわ。」しかし、彼女のこの心配は全くの取りこし苦労であり、この先どれだけ 旅してもドリムランドとの国境にはたどり着くことはない。彼女には恐ろしい体質があって、なぜか目的の方向と逆に進んでしまうのであった。何より恐ろしいのは、彼女が地 図を見ずに旅をしているわけでもないのにこうなってしまうことである。本当に恐ろしい特異体質である。辺りには夕餉のしたくのいい匂いが漂っている。ぐぐぐぅ。彼女は一 瞬顔を赤らめながら自分のお腹に手を当てると、きょろきょろと周囲を見回した。そして、自分の周囲半径5m以内に人がいない事を確認すると、「とにかく、休める場所を探 さなければなりませんわ。」と言って提灯の灯された宿場町の街道を歩き始めた。
 焼き魚の骨が1ダース皿の上で整列している。隣の皿では鳥の骨が山盛りになっている。大きな土鍋の中に入っていた味噌煮込みうどんは、つゆ一滴も残っていないし、きの この雑炊はもう5杯目だ。一体あの細い体の中にどうやって食べ物がおさまっているのか不思議だ。月夜のウサギ亭の主人は、今までに見たどの大男の食べっぷりよりも凄まじ い、この少女が只者でないという事を見抜いていた。少女は5杯目の雑炊をあらかた食い終わると、また店の中に貼ってあるメニューを物色していた。まだ、いけるんですかい ?主人の目玉は、今にもとびださんがばかりに見開かれている。給仕の女性もお茶が湯飲みからあふれているのに気がつかない。結局、彼女が食事を終えたのは、かぼちゃの煮 物と川えびの天ぷら3皿、豚肉の野菜巻き5本をたいらげ、デザートにクリームぜんざいを食べてからだった。テーブルの上には食器が、食い荒らされた食器が、文字通り山の ように積み上げられており、戦いの凄まじさをまざまざと物語っていた。
 「ありゃぁきっと、どこぞの名のあるお方にちげぇねぇ!」月夜のウサギ亭の主人ラビットは、丸椅子に腰掛けて腕組みしながらしきりにうなづいていた。「そうかねぇ、私 にはただの世間知らずの小娘にしか見えないけどねぇ。」おかみの意見に従業員一同首を縦に振る。「いや、高貴なお顔をなさっていなすった。」「確かに顔はどこかの姫様み たいだったけど、・・・そういえばあの顔どこかで見たような。」従業員一同顔を見合わせ首をかしげる。「あれは、きっとどこかの王族につながりがあるお人にちげぇあるめ ぇ。」「そうかい、あたしゃあの娘の胃袋があの世にでも繋がっちまっているんじゃないかと思うけどねぇ。」
 「ふー、お腹一杯頂きましたわ。」月夜のウサギ亭の2階にある宿屋のベッドに横になった少女が言った。1階の定食屋で見事な食べっぷりを見せた少女、シェリルである。 それにしても、お夕食で2万ゲルドというのは高いのかしら?それとも安いのかしら?ブリューニェでは、専属のシェフに作っていただいていたので良く分からないけど。ベッ ドに仰向けに横になった彼女は、昼の疲れが出たのかうとうとし始めた。寝る前にシャワーを浴びたかったが、ここには風呂は無いようなのであった。何かの物音に気がついて 目覚めた彼女は、寝返りをうつと今度はうつぶせになって枕に顔をうずめた。花の香りがする。私、眠っていたんだわ。ところで、何か物音がしたみたい・・・!?彼女は、物 音のした理由を考えてすばやく飛び起きた。泥棒!?彼女は薄暗い部屋の中を目を凝らして眺めた。雨戸から漏れる月の光でぼんやりと青白く浮かび上がった室内の様子は、先 ほどと何も変わり無いようであった。彼女が、右手をベッドの横のレイピアに這わせ、油断無く室内を見回していると、またすぐ近くで音がした。野太い男の声だ。その声は壁 の向こう側から聞こえてくる。ふぅ。壁が薄いから隣のお客さんの声が聞こえてしまうのね。彼女はため息をつくと、苦情を店の者に言いに行くべきか迷った。「そういうもの なのかもしれないわ。」がはははという下品な笑いが聞こえてくる。彼女は毛布を頭から被って横になってみたが、やっぱり人の話し声が気になって眠れなかった。彼らは、こ の町のカジノがどうだと言っている。この町にもそんな場所があるのね。私は賭け事はからっきしだけど。そういえば、身近にそういう事にだけは強い人がおりましたわ。ブリ ューニェに残してきましたけれど、今ごろどうしていることやら。
 「来た!来た!来た!」スリーセブンの揃ったスロットマシーンの前に座っているのは、上品なダークグレーのスーツに身をかためた紳士である。「んー、今日はついてます ねぇ。」さっきから3連続で大当たりを出しているラッキーなこの男、頭は油でオールバックに固められ、細長い黒ぶちの眼鏡に変わってはいるが、シェリルの元付き人、現在 ストーカー?のミスティック、ホウメイである。「確率論から言って、次に出るのはあの台でしょう。」彼は、店の用心棒がホウメイを胡散臭そうに見ているのに気がついた。 軍資金も貯まったことですし、そろそろおいとましたほうが良さそうですね。「もうかりまっか?」でぶ、いや、がたいの大きな男、ガマガエルのような男がホウメイの背後に 立っていた。「ぼ、ぼちぼちでんねん。」これがこのあたりの商人の合言葉のようであった。「別室にルーレットをご用意しとります。そこで心ゆくまで楽しんで逝ってもらい たいんや。」今、なんとなく楽しんでいくのアクセントが違ったような。「お客様をご案内せい!」でぶ、いや、でっかいガマガエルが指示すると、ごろつきどもが現れてホウ メイの両腕をひっつかんで別室へご案内した。適当に負けて帰るとするか。実は、ホウメイの眼鏡は高速回転するスロットの絵柄をコマ送りで見れるという優れもの魔道アイテ ムなのであった。ばれたら、ばらされそうですねぇ。ばらすとは殺すという意味である。念のため。
 地下の別室には、ルーレットの他にも特別製のギャンブル機がいくつかあるようだった。スロットは絵柄が5×5マスも揃うようになっているし、掛け金の基本単位もゼロが 3つくらい違う。1プレイ1×1000=1千ゲルド!倍率も2乗!これは魅力的ですね。あ、違う。ここで大もうけしたら命が危ないのでした。いつの間にか、ガマガエルと ホウメイの周りにスーツの男たちが並んでいた。身のこなしから屈強の戦士であるようだった。さて、さっさと大負けして切り上げないと大変なことになりそうですね。
 ルーレットが始まった。ホウメイは予定通り、当たりそうも無いところに賭けてチップをどんどん失っていった。「お客人、調子が出ないようですな。」ガマガエルはほくほ くとした顔でホウメイに言った。「えぇ、どうもツキが逃げてしまったようです。」ホウメイは、最後の10枚のチップを赤の1に賭けた。さぁ、これでこの賭場ともおさらば です。眼鏡のことがばれる前に逃げられて幸運でしたよ。どうせルーレットを回している男もグルに違いない。最初から儲けられないシステムになっているのでしょう。上得意 の客には、逆に勝たせてあげたりするのでしょうね。ホウメイはにこやかに微笑みながらガマガエルを見ていた。しかし、どこのミスティックの技ですかねぇ。人をカエルにす る魔道ってのはホント古典的でいいですねぇ。ホウメイは、なんだか笑いがこみ上げてきた。「クックック」ガマガエル達は、きょとんとした顔をして彼を見ていた。そのとき 、ルーレットを回していた男が、一瞬小声で「あっ」という声を立てたのに気がついたのはホウメイだけではなかっただろう。どうやら、ホウメイの不敵な笑みに気を取られた ものらしい。「あ、赤の1」山のようなチップがホウメイの前に積まれる。ホウメイは頭の後ろのほうで血の気が引く音を聞いた。眼鏡も鼻の上にずり落ちる。「総取りですか い。」ガマガエルが歯の隙間から声を絞り出した。「兄さん、なかなかやりやすね。」片目のギャング風の男がホウメイに言った。「酒ぇ、持ってこい!」ガマガエルが部下に 言った。あぁ、今夜は長くなりそうです。願わくば、どうかこの眼鏡のことだけはばれませんように。
 昨日は結局朝方まで眠れなかったシェリルであった。隣室の男たちががやがやとうるさかったのだ。やはり店の者に苦情を言えばよかった。でも一つ有力な情報をつかんだ。 抜け荷をする話である。抜け荷というくらいだから国境を越えるに違いない。そして、荷物だけでなく人間も抜け荷する方法があるに違いなかった。彼女は店の仲居に隣室の男 たちの素性を訪ねた。仲居の話によると、その男たちはこの宿場町の有力者の客人が連れてきた下っ端らしかった。なるほど、有力者なら国境を越える方法も知っているかもし れない。心配そうな表情の仲居にチップを渡すと、シェリルは街の冒険者会館へ向かった。
 「この町の有力者に会いたいのよ。」「何?」冒険者会館の窓口にやってきたのは15,6歳の少女であった。このくらいの年齢で冒険者デビューするのは珍しくないが、こ の後のセリフを聞いて驚いた。「抜け荷の件でお話したいことがあるとお伝え願えないかしら。」抜け荷?この娘、抜け荷というものの中身を知って言っているのか?いや、知 らんからやってきたのだろう。「お嬢ちゃん、やめときなさい。どこでその話を聞いたのか知らないが、そんなことをあちこちでべらべらしゃべっちゃダメだ。今の話はワシの 心の中にしまっておくから、悪いことは言わない。あんなのとかかわりあいになっちゃいかん。」娘は声のトーンを落として言った。「どうしても向こうの国へ渡らなくてはな らないの。」向こうの国、渡る?なんのことだ?「なんの事か良く分からないが、とにかくやめたほうがいい」
 シェリルが冒険者会館を後にしたとき、彼女を呼び止める声がするのに気がついた。「姉さん、姉さん。あ、いや、お嬢さん。」シルクハットを被った小男が彼女に近づいて きた。「お話聞かせていただきやした。抜け荷の件でしたらボスに、いやその、町長さんにお話すれば、なんとかなるかもしれやせんぜ。」「本当ですか?」「えぇ、ウソは言 いやせん。ちょっとそこまでご足労願えれば、きっとお役に立てるってもんでさぁ。」シェリルはこの男のしゃべり方が気に入らなかったし、胡散臭いイメージがするので嫌な 感じがしていたが、今は手段を選んでいるときではないと思い、町長さんに会ってみることにした。
 町外れにある町長の屋敷はお城のように大きくて、シェリルはさすがこの町の有力者というだけのことはあると思った。応接室に通されるとソファーの上にでぶ、いや、ガマ ガエルのような大男がふんぞり返っていた。どうも体の調子が悪いのか、濡れタオルを額に当てて、テーブルの上には水の入ったグラスとせんじ薬のような物が置かれていた。 「いや、見苦しいところをお目にかけて申し訳ない。ちょっと年甲斐も無く飲みすぎたのですわ。」ガマガエルは、はははと乾いた笑いを漏らした。顔面蒼白でいまにも死にそ うだ。「ボス、いや町長。このお嬢さんが、抜け荷のことで折り入って頼みてぇ事があるとかで。」ガマガエルはシルクハットをじろりと睨んだ。そして、シェリルをにこやか な目で見た。「その話をどこで?」「町の宿屋で、隣室の男たちが話しているのをお聞きしました。」口の軽いやつらだ。きついお仕置きをしてもらわねばならんな。「頼みと は?」「はい、私はシェリル・フル・フレイムと申します。訳あってカール帝国へ渡らなければなりません。しかし、隣国ドリムランドは竜族に占領され、いまだ国境は閉鎖さ れたままと聞きます。そこで、抜け荷を扱っている町長様ならば、この山を越えた向こう側の国境を越えてスカイ河を渡り、なんとか人間も隣国へ送っていただけるのではない かと思ったのです。」こいつは相当の大物か、単なるバカだ。この宿場町を抜けたら西の大陸の最南端まで行っちまうじゃぁねぇか。スカイ河は全く正反対だよ。それに抜け荷 がなんだか分かっているのか?あんたみたいな娘も荷物のうちにはいるんだぜ。そしてカール帝国と来たか。あそこは魔物の巣窟だぞ。なんであんたみたいなお上品な姫様が、 あんなところへ行こうってんだ。姫?そういえばこの娘、どこかで見たような。「お願いします。」シェリルは頭を下げて頼み込んだ。隣ではシルクハットが薄ら笑いを浮かべ ている。「分かった何とかしよう。お嬢さんの言うとおり、あの山を越えた先にご案内いたしましょう。早速部下に準備をさせますので、お茶でも飲んでお待ちください。」「 ありがとうございます。」
 シェリルが部屋を出て行ったあと、シルクハットは町長?に言った。「上玉でしょう?ボス!」「あぁ、そうだな。」ガマガエルは考え事をしていて、シルクハットの言う事 など上の空であった。「大陸最南端の歓楽街に売り飛ばしゃぁ、100万は下らねぇとおもいやすがね、へへへ。」「あぁ、そうだな。」ガマガエルはあの娘の顔をどこで見た のか必死に思い出そうとしていたが、二日酔いの頭ではなかなか考えがまとまらなかった。あの若造め。ガマガエルは、昨日の晩に出会ったギャンブラーの事を思い出すと余計 胸がむかついた。「ところでボス、報酬は何パーセントくらいもらえるんでしょうかねぇ。」「あぁ、そうだな。」「ボス?」「ええい、うるさいやつめ!お前もさっさと部屋 から出て行け!ぼさっとするな。何かやることがあるだろう!」シルクハットはすごすごと部屋を出て行った。田舎マフィアのボスであるガマガエルは、濡れタオルを取り替え ると額を冷やしてまたソファーにもたれかかった。
 早朝の宿場町を真っ青な顔をした男が歩いている。時々、道の端のほうで食べた物をリバースしたり、5mmも無いような道の出っ張りにつまづいて転び悪態をついたりして いた。オールバックに鼻眼鏡のこの男、シェリルの元付き人、現在ストーカー?のホウメイであった。「ふぅ、昨日はさんざんでした。なんとか眼鏡の秘密がばれなかったから いいようなものの。ルーレット勝負の後、片目のギャングに度胸を買われて酒宴に招かれて・・・うぐ」ホウメイは体をくの字に曲げると、体を痙攣させた。「ふぅ、姫はもう 出発したでしょうかねぇ。」彼は懐から方位磁石の親分のような物を取り出すと、針の向きを確認した。くるくると回っている。あぁ、酔いが覚めなければだめです。宿屋をし らみつぶしに聞いてみましょう。
 「お嬢さん、馬車に乗ってくだせぇ。荷物はもう積んでおきやした。」ごろつきみたいな男が言った。なんだか待遇が悪いようだけれど、シェリルは無理を言ってお願いした のだから仕方が無いと思うことにした。とにかく、カール帝国へ到着すればよいのだ。そうすれば、婚約者のファンネルがいるし、竜族の事だってなんとかしてくれるかもしれ ない。町長さんにも、この方たちにも充分なお礼ができるはず。
 シェリル・フル・フレイム、・・・フル・フレイムだって?ガマガエルはソファーから飛び起きた。そうだ、例の竜族に占領されたとかいう国のまぬけな王様が確かそんな名 前だったような。そうだ、隣国のコネクションから送られてきた手配書だ!確か留学中の姫がいなくなったとかいう・・・。ガマガエルは手配書を見るとニヤリと笑った。「俺 にも運が向いてきたみてぇだぜ。」
 馬車でブリューニェを南下するシェリル達一行は、野越え山越え大陸の最南端を目指していた。田舎マフィアの手下どもは、シェリルに国境を越えるまでは馬車の荷台から出 てはいけないといっていた。もちろん国境を越えるというのはウソで、大陸最南端の歓楽街へ向かっているのであった。宿場町を出てから1週間が過ぎた。さすがにシェリルも おかしいと思い始めていたので、夜中こっそりと町長の部下達の話を盗み聞きすることにした。
 「エド、あの姫さん本当の姫様だったって知ってるか?」「本当かよ、ミグ!」「あぁ、それで昼間伝令がやってきて、この馬車の行き先を変えるように指示されたんだ。竜 族と取引するらしいぜ。護衛も相当増やすらしいって話さ。」「確かに、本物の姫様じゃぁ歓楽街に住まわせるわけにもいかないものな!」なんですって!?ショックを受ける シェリル。「それにしてもよ、エド。ボスが町長ってのも笑えるよな。ククク。」「あぁ、何回聞いてもおかしいよ。マフィアの幹部が町長さんだもんな。ハハハ。」ダブルシ ョック!町の有力者って、マフィアの事だったのね。シェリルは、いっぺんに頭に血が上ってヒステリーを起こしそうになっていた。それで、馬車が向かっている方向が、ブリ ューニェの南の方向であることなど完全に忘れてしまった。とりあえず、ここから逃げるしかないわ。あぁ、あの重い荷物どうしましょう?彼女はこっそりと荷物の整理を始め た。「んー、なにやってんだぁ?」少し頭のとろいエドが荷馬車を覗いてきた。「な、んでもありませんわ。」シェリルはちょうどリュックに下着を詰めているところだったの で、「着替え、着替えを探していたのです。覗くのはやめていただけないかしら。」と言った。「すすす、すまんです。」エドは頭を引っ込めた。ふぅ、危なかった。
 結局、シェリルは最低限の装備だけで逃げることに決めた。お化粧品よ、さようなら。あぁもったいない。でも、仕方がありませんわ。彼女は御者の二人が寝込むのを待って 、こっそりと馬車から外へ抜け出した。真っ黒な森が彼女の前に立ちはだかっていたが、今はマフィアの追っ手が現れることのほうが恐ろしかった。
 「エド!起きろ!」ミグはエドを蹴飛ばして起こした。「エド!あのあま、逃げやがったぜ!」「えぇ!ボスに怒られるぅ。」「まだ、そう遠くへは逃げていねえはずだ!急 いで探し出すんだ。」
 月明かりも殆ど届かない森の中をひとりの少女が走っている。時々くもの巣が顔にかかったり、つまづいて転んだりしながら走っているこの少女は、竜族によって滅ぼされた 国チェロンの姫シェリルだ。彼女が深夜の森の中を走り回って、夜行性の化け物に出会わなかったのは奇跡的というよりない。森の中にぽっかりとあいたポケットのような空間 に、月明かりが差していた。のそり、その空間に突然現れたのはエドだった。嘘!こんなに早く追いつくなんて!?エドは無表情で彼女の前にゆっくりと倒れた。彼の背中には 、真っ黒な塊が無数にへばりついていた。「いや!」彼の背中に付いている物が何であるか理解したとき、彼女は追われる身であることも忘れて叫び声を上げてしまった。それ は小さな昆虫であった。そして、その昆虫を操っていた存在が、月明かりの差さない暗がりから踊り出た。妖魔ゼオナイトだ。小動物や昆虫を操って人を襲い、金品を強奪する スケールの小さい魔物である。シェリルはレイピアを引き抜くと鋭い突きを食らわせた。しかし、夜は彼らの時間である。昼間の2倍以上の速さで移動するゼオナイトを一撃で 倒すのは、彼女の戦闘LVでは不可能だ。シェリルは、レイピアをめちゃくちゃに振って敵をけん制すると、呪文の詠唱を始めた。「ブランチアロー!」無数の枝が矢のように 降り注ぎ、ゼオナイトはハリネズミのようになって絶命した。
 背後の人の気配に気付いたときは、すでにミグの先制攻撃を許していた。しまった!シェリルの右肩に強烈な熱感が走った。それはミグの放った毒の塗られたダガーによるダ メージだった。「このくそあまが!エドを殺しやがって!」「誤解だわ!」「エドは幼なじみの親友だったんだ。こん畜生!ぶっ殺してやる!」目を血走らせて突進してくるミ グを見たとき、シェリルは説明しても無駄であると理解した。彼女は左手をすばやく動かして呪文を完成させた。無数の枝がミグの周囲に飛んできては弾き飛ばされていった。 「え?」立ち止まったミグが言った。「さっき呪文は見せてもらったのでね。アンチ魔道のアイテムを装備させてもらったのさ。」彼の腕には、魔道抵抗値を上げる金色のブレ スレットがはめられていた。「エドの敵だ。あんたには死んでもらう!」ミグはダガーを構えるとじりじりとシェリルとの間合いを詰めていった。
 「薬の力に頼ってはいけません。」昔、ホウメイがシェリルに言った言葉である。魔道の薬の中には、一時的に使用者のスキルを上昇させるものがあるのだが、そのようなア イテムには大抵副作用があった。上昇の効果が高ければそれだけ副作用も大きい。しかし、時と場合によるだろう。絶体絶命のピンチに使わないで、いつ使うと言うのか。シェ リルは、すばやく魔道の薬を飲み込んだ。彼女の飲んだ薬は、リスクというドーピングアイテムである。これは、はっきり言って麻薬といってよい。一時的に精神力及び集中力 を高め(減少しなくなる)、肉体的ダメージを無効にするのだ。しかし、実際にはダメージが蓄積されていて、薬の効果が切れたときに一気にダメージを受けることになる。そ のとき体力値がゼロ以下になれば死んでしまう。非常に危険な薬だ。リスクの効果はすぐに現れた。まず、全く痛みを感じなくなった。肩から血を噴き出しながらうつろな目で ミグを睨むシェリル。「こいつ!」ミグは、ダガーではなく握りこぶしでシェリルを数発ぶん殴った。しかし、頭から血を流した彼女は、倒れることなくそこに立っていた。彼 女は朦朧とした意識をつなぎとめると、一時的に上昇した魔道LVにより、火炎系の上級呪文を詠唱した。ちなみに、リスクを使用するとMP上限が一時的に無くなり、無尽蔵 のエネルギーを召喚することができるようになる。巨大な火球がミグを捕らえた。「うわ、うわあぁぁー!」そして、紅蓮の炎でミグはあっという間に炭と化した。アンチ魔道 のブレスレットの効果も無いほど強烈な火炎魔道だったのだ。しんと静まり返った森の中、シェリルはふらふらと歩き始めた。目的地があるわけではないが、本能がこの場所に いてはいけないと告げていた。逃げないと。早く、逃げないと。
 翌日、シェリルは全身に冷水をぶちまけられたかのような悪寒で目覚めた。視界がぐるぐると回っている。頭が痛い。体中がきしむ。玉のような汗が噴き出してくる。「あ、 ぁ、苦し、い・・・。」リスクの副作用である。今回は、相手の攻撃が手加減であったため、死に至るほどのダメージを受けていなかったのが不幸中の幸いであった。しかし毒 の影響もあり、体力値がほとんどゼロになるほどのダメージを一度に受けるのは避けられなかった。また、詠唱した上級呪文の必要メンタルポイント分のダメージを精神力に、 これまた一度に食らった。自分のMPもある程度残っていた状態で、上級呪文を唱えたため、こちらもゼロにはならずにすんだ。猛烈な吐き気。「う、う、うぅ・・・」彼女は 体を折り曲げてびくびくと背中を痙攣させた。野営していた魔道フィールド内部で戻してしまったのだ。吐いても吐いても気分は楽にならなかった。とりあえずフィールドの外 に出て、新鮮な空気を吸おう。胸が焼けるように熱い。火性の魔道を無理して使用したため、体内にその影響が残っているのであった。体内の魔道バランスが狂ったのだ。体か ら湯気が出るくらい発熱していた。シェリルは四つんばいになりながら、のそのそとフィールド内部に戻り、自分の戻した物体に一瞥を加えると、バックパックから薬ビンを取 り出して飲んだ。しかし、それは気休めにもならなかった。彼女は、その後一週間にわたってリスクの副作用に苦しんだのであった。
 海の見える遺跡に憔悴しきった少女が立っていた。「ここがカナル運河なのね。噂に違わず広い運河だわ。対岸が全く見えないもの。まるで海のよう。」地理的に全くとんち んかんな事を言っているのはシェリルであった。彼女は、この遺跡で発見した地下トンネルを通って、東の大陸に渡るつもりなのであるが、それが全く別の場所に行き着くこと は、言うまでも無いことなのである。
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