「Funny World じょたの冒険」
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第5話「じょたとシェリル、出会うの事」(上)
 ちりちりちりちりりん!2台の自転車が、石畳の坂道を猛スピードで駆け下りてきた。ひとりは蒼い髪の少年。くりくりとした黒い瞳、ふっくらとした頬、いかにも楽しそう な笑顔を見せ、夢中でペダルをこいでいた。もうひとりは、緑のさらさらヘアーを風になびかせて、ちょっと引きつったような表情をしてハンドルを握り締めている。細く鋭い 目をした少年だ。彼らは通行人の横をすり抜け、急な曲がり角も地面につけた足を軸にして曲がりきると、さらにスピードをつけて坂を降りていった。彼らの後ろからは、通行 人が大声を張り上げていたが、彼らの耳には全く入らないようだった。
 ここは港町ファーベル。お日様照らす丘の上には優しい風が吹いていて、植物がそよそよとお辞儀を繰り返していた。眼下を眺めると、濃いのや薄い緑色、茶色、黄色、黄土 色の耕作地帯、真っ赤な絨毯みたいなお花畑が、地面に切手を貼り付けたように広がっていた。切手のスクラップブックの向こうには、茶色のレンガ屋根に白い壁の、なんだか お菓子のようにも見える家が、肩を寄せ合って幾何学的な模様を織り成していた。幾何学模様の中心には、何本もの尖塔が空に向かって立ち上がり、三角の旗が風に揺れていた 。そこには、ヤマトを守る鋼の騎士、鷹の爪騎士団の詰め所があるはずである。街の向こうには、日の光を反射してきらきらと輝く海が広がっていて、沖の方で帆船が停泊して いるのや、遠くにうっすらと陸地らしきものを見ることが出来た。
 部屋の中だというのに柳の絵が描かれた傘を差して、朱色の地に金と銀の糸で龍の紋様が刺繍されたマントを羽織り、紫に黄色い花柄の入った着物を着て、橙色の帯を締めた 男がいる。隣には、燕尾服のせむしの男が、せわしなく揉み手をしてお愛想笑いを浮かべていた。「えーっほん!」教室の中には、下は10歳台から、上は30歳くらいまでの 生徒が席について、がやがやと話をしていた。「静粛に、静粛に!」柳の傘を差した男は、教壇の上をゆっくりと歩きまわりながら、教室内でなおもぼそぼそと話をしている男 たちを睨みつけた。「おーだまりっ!」びし!びし!びしゃり!かんしゃくを起こした柳の男は、どこから取り出したのか、皮のムチで生徒の机の上をひっぱたいた。シーンと 静まり返る教室。なぜか座席が二つ空いている。どかどかどかどか、廊下を走る足音が聞こえてきた。がららっ!「すいません!遅くなりました。」息せき切らして教室に入っ てきたのは、坂道をすっ飛んできた例の二人であった。最初に入ってきた蒼い髪の男の子は、アルファリングの小さな冒険者じょた、その後ろで恐る恐る教室の中を覗いている のは親友のシュウであった。「わぁお、ちょっと好み、かも・・・」柳の男は、腰をくねらせると、じょたの方を見てウインクした。この人知ってるぞ、ガンマリングで助けて もらった人だ。けど、前より大分病気が進んでいるみたい。「じゃ、早速1限目から始めるわよ。」柳男のリキュールは講義を始めた。
 じょた達が参加しているのは、ファーベルの町で開催された冒険者セミナーである。その噂を聞いたのは、オマチの冒険者会館に立ち寄った時のことであった。例によって、 ヒトネコのマルコニャンコのベータリング探索準備に付き合っていたのである。「なむぅ、なかなか人材が集まらないの予感。」白黒のぶち猫のマルコは、ゆらゆら揺れる椅子 に腰掛けて、つまらなそうに周囲を見回していた。冒険者会館は、新米冒険者に仕事を斡旋したり、宝物の鑑定をしたり、お金を預かってもらったり、情報やレアアイテムを販 売したりしている場所である。入ってすぐの場所にカウンターがあって、ここで店番をしているオヤジ、何人かいるらしいがじょたは鼻眼鏡のじいさんにしか会った事が無い、 そのオヤジに仕事の依頼をしたりする。そして、その隣の部屋でじょた達はだべっているのだが、ここはラウンジになっていて、冒険者たちが情報交換をする場所となっていた 。と言っても、今は、じょた、シュウ、マルコニャンコ、の3人しかいなかったのだが。じょたは、大きな掲示板に貼り付けられたメモを片端から読んでいた。そして、あるメ モを見たとき、うぐと息を飲んだ。そこには、こう書かれていた。大陸の有名冒険者によるセミナーが、港町ファーベルで開催されます。試験に合格された方には、冒険者会館 から認定証(ライセンス)を交付します。参加ご希望の方は、冒険者会館事務室までお申し込みください。「大陸の有名冒険者」じょたの瞳はきらきらと輝きだした。
 確かにこの人なら有名なのかもしれないな、とじょたは思った。でも、有名の内容が僕の想像と違っていそうだ。リキュールは、黒板に几帳面な字を書き始めた。勇者の闘い について、と書かれていた。「まず、戦闘隊形について講義しちゃう。」無精ひげのオヤジが女言葉で講義するのを聴くのは苦痛であった。リキュールは、さらさらと黒板上に チョークを滑らせていく。戦闘時の隊形、TOP、FRONT、BACKSと書かれている。「ハイ、みなさぁん、よろしいですかぁ。」だめだ。オカマに脳を犯されていく。 じょたは、器用に言葉を斜め聞きすると、要点だけをノートに記していった。
 主にField上で、ワンダリングモンスターと遭遇すると戦闘に突入する。時には、街中で盗賊などに襲われてエンカウントする場合もある。このとき、パーティの人数、 配置、警戒LVまたは警戒能力の有無によって、戦闘隊形は大きく変化するが、基本的には、TOP、FRONT、BACKSという3列のポジショニングで対応することとな る。正面から対峙する場合、最前列のキャラクターがパーティのTOPというポジション、役割になる。TOPのキャラは、攻撃力、主に直接打撃系の攻撃成功率が10%程度 高まる。ただし、回避率は10%程度低下する。このとき注意すべき点は、打撃力そのものは変化しないという事である。(ここは、試験に出そうだぞ、と。)2列目に配置さ れているキャラは、FRONT、そして3列目はBACKSというポジションになる。FRONTは特に能力値ボーナスはつかない。BACKSは、TOPとは逆に回避率に1 0%のボーナスが付き、攻撃力に−10%の修正がなされる。ただし、スリング、ショートボウ、クロスボウなど、投射系武器による攻撃には修正は無い。(ここも試験に出そ うだぞ、と。)鎧などによる防御点が変化しないのは、TOPの打撃力が変化しないのと同じだ。さて、パーティの人数、隊列によっては、2列しかキャラクターが配置されて いない場合があるが、このときはFRONTがいない事になり、TOPとBACKSのみのパーティという扱いとなる。1列の隊列だった場合は、修正値は無しである。
 次に気をつけねばならないのが、周囲への警戒である。高LVのキャラクターともなれば、ワンダリングモンスターの接近など、今夜のお隣の献立がカレーライスであると気 がつくくらいたやすいことなのであるが、新米冒険者のうちはそうもいかない。パーティメンバーのひとりが、常に周囲に気を配って、不意の来客に対して備えておく必要があ る。このような能力を文字通り警戒というが、シーフやレンジャーなどのスキルを持つキャラクターは、警戒に対して比較的高いボーナス値がつくため、パーティの警戒役は彼 らが受け持つことが多いだろう。しかし、悲しいかな、どんなに警戒をしていても気が付かないことはある。また、相手が高レベルのシーフである場合、彼らの忍び足に気付く のは容易な事ではない。警戒のかいもなく不意打ちを食らうこともある。敵に背後を取られるとバックアタックとなる。前後をはさまれれば挟撃だ。バックアタックの場合、通 常時のTOPとBACKSの役割が入れ替わる。一般的にパーティの最前列には、防御力の高いファイター系のキャラクターが配置されているはずである。最後尾には、防御力 の低い魔道師系のキャラクターが来ていることだろう。つまり、バックアタック時には、防御力の低い魔道師がTOPとなり、ファイターがBACKSとなる。実に効率の悪い 配置だ。挟撃の場合、TOPが2列出現することは理解できると思う。パーティが3列配置となっていれば、中間のキャラクターは常にFRONTポジションとなるため、冒険 慣れしたパーティなどには、魔道師系のキャラクターを3列配置のFRONTに持ってきている場合もある。(なるほど、なるほど。)
 2時限目は魔道理論についての講義だ。じょたは、魔道理論をオマチの中学校で習っていたが、今日は学校では聞けないような凄い呪文が覚えられるのではないかと思って期 待していた。しかし、期待とは裏腹に、講義は退屈な陰陽五行説についての説明中心であった。「さぁ、ぼくちゃんたちぃ、ここのところは重要だから、きっと試験にでるわよ ぉ。きっちりチェックしておいて、ね。」ウインク、ばちり!うわ、鳥肌立ってきたよ。
 魔動力は、基本的に木火土金水の五つの性質に分けられる。これを陰陽五行という。木は火を生じ、火は土を強める。土は金を生じ、金は水を生じる。そして水は木を生かす 。これが相生。逆に、木は土に剋ち、土は水に剋つ。水は火に剋ち、火は金に剋つ。そして金は木に剋つ。これを相剋と言う。敵が火の術を唱えた場合、または火の属性を持つ モンスターであった場合、こちらは水の術で対応するというのは、基本中の基本であるが、もっと高度な利用法が考えられる。味方同士で連携して術をかけるのである。これを 併せがけという。例えば、火の術を唱える術者と協力して、木の術、例えばブランチアローを同時に対象へかけてやれば、その効果は飛躍的に増大するのである。(ここんとこ 、重要だな。)勿論、同じ性質の呪文を併せがけすることによっても、効果が増大することは言うまでも無い。なお、呪文の効果と、戦闘時の隊形、及び併せがけする術者同志 の配置については、数々の研究がなされているが、秘伝とされて口外されないものが多い。それは君たち自身で確かめてもらいたい。
 「分かったかしら?」ふぅ、同時翻訳してノートをとるのは疲れるなぁ。じょたは、汗をふきふき隣のシュウの方を見た。だめだ、頭から煙が出ている。彼は、机に座ってお 勉強、というスタイルが嫌いなのだ。決して頭が悪いというわけではないのだが、このような講義が彼に向いていないことは確かだ。どうやって生徒に興味を持たせるか、そこ が講師の腕が問われるところなのだとじょたは思った。その後、ファニーワールドの歴史及び地理、賢い旅の宿の選び方過ごし方、モンスターの生物学とその対処法について、 正しい薬草の見分け方とクッキング、薬草の保存と薬の効果について、宝箱を開ける前に<正しいワナの見分け方>、など冒険に必要な知識を詰め込まれた。じょたのノートは 、講義メモでびっちりになっていた。「じょた、あとで写させて・・・」青い顔をしたシュウがもそもそと言った。この後、筆記試験が待ち受けているのだ。写している暇があ るだろうか?
 「制限時間は半時、始め。」本物と思われる女性の試験官がやってきて、試験の開始を宣言した。リキュールは、何かの準備があるとかで席を外したのだ。問1.バックアタ ックを受けた際のTOPは、次のどのキャラクターか。問2.5人パーティのツートップ隊形を全て記せ。問3.水性の魔道に剋つには、どの魔道を用いればよいか。相剋とい う観点から記せ。かりかり、かりかりという鉛筆を運ぶ音、ため息、時折もらすうーんという声、そして試験官がゆっくりと見回りをする足音だけが教室内を支配していた。シ ュウは、必死になって作ったカンニングペーパーを取り上げられて、絶望に打ちひしがれている。机に突っ伏したまま動かない。頑張れ、シュウ!3択問題に賭けるんだ!じょ たも、ひとのことばかりかまってはいられなかった。後半のモンスター生物学は、びっくりするほど難しかった。問21.ザリガニの生息域と泥沼におけるガス状魔道生物の発 生域の違いについて40字以内で簡単に述べよ。なんだこりゃぁ!こんな話、聞いたこと無いって!問34.狐憑きとライカンスロープの違いについて述べよ。むくくく、確か 血統に関係するのが・・・どっちだっけ?「ハイ、そこまで。」あっという間に筆記試験が終わってしまった。
 試験官は、用紙を集めると生徒を次の会場へと案内した。「次は実技試験です。パーティ編成を行って、実際に魔物と戦闘を行います。訓練とはいえ、相手は本物の魔物です から、気を抜いていると大怪我をします。くれぐれも気をつけてください。」「もえるー!!」突然シュウが元気になった。「じょた、頑張ろうぜ!」パーティ編成はどうする のだろう?じょたは、どちらかというと人見知りするタイプなので、知らない人とパーティを組むのは嫌だなぁと思っていた。「パーティ編成はこちらで決定してあります。」 試験官は、1枚のプリントを黒板に貼り付けた。
 「ありゃ、じょたと違うパーティになってるか。」じょたは、大人3人のパーティに配置された。合計4人のパーティである。戦士兼神聖魔道の使い手クー、魔道師のセイム 、シーフのレイン、女性ばかりのパーティである。「よろしくね。」胸を金属の板で防御するブレストプレートを着用したリーダー格の戦士クーが、じょたに右手を差し出した 。「こんにちは、僕はじょた。魔道戦士を目指しています。」「ほな、あんたらのツートップで決まりやな。」ぴったりとした黒のソフトレザーアーマー、腰に意匠を凝らした ダガーをくくりつけたシーフが言った。「ウチは、しんがりってことでヨロシク。」「わたくしは、フロントポジションで皆様をサポートいたしますわ。」ふわふわとした絹の 衣を着た魔道師セイムが言った。あの服装では、防御力がほとんどゼロではないかと思われるが、恐らく魔道の品物なのであろう。彼女は50cmくらいの銀の杖を装備してい た。
 実技試験の会場は、ファーベルの町から少し離れた山の中に立てられた洋館であった。入り口では、リキュールが首を長くして生徒たちが集まってくるのを待っていた。「え ーっほん。実技試験の内容について説明しちゃうわよん。」このしゃべり方だけはなんとかならないものだろうか。じょたはとっさに翻訳機能を働かせると、有害な毒素をろ過 して、有益な情報のみをインプットできる状態にシフトした。リキュールの話によると、この洋館の中には宝物が隠されていて、それは一つではないのだけれど、それを発見し て持ち帰るのがじょた達生徒に与えられた任務であるとの事であった。勿論それを阻止すべくモンスターが配置されていたり、ワナが仕掛けられたりしている。あらゆる障害を 乗り越えて、宝物を見つけて帰ってくれば合格というわけだ。生徒は5パーティ編成されていて、それぞれアタックする屋敷が異なっていた。じょた達は北館のアタックとなっ た。
 「よーし、それじゃ行くよ。」クーが扉に手をかけた。「ちょっと待ってぇな。まず、ウチがワナのチェックをするのが先やで。ま、屋敷の入り口にいきなりワナを仕掛ける 奴も、おらんやろうけどな。」レインは、いつの間にか皮の手袋をして、足音も無くじょたの横に立っていた。こりゃ、不意打ちも食らうわ。彼女はドアノブから外れた位置に 立つと、ノブをくるりと回転させた。かちゃり。ぎぎぃー。扉がきしみながら開いていく。ぽん!何かがはじける音がして、扉の向こうからびっくり箱のようにピエロが飛び出 した。ピエロは、あかんべーをしながらゆらゆらと揺れており、その舌にはワナのチェックを促す文章が書かれていた。
 これも何かのえにしかしら。曲線を帯びた窓枠から外を眺めている女性はそう思った。彼女は、薄暗い部屋の中からカーテンの陰に隠れて、訪問者を観察していた。魔道体質 の子供を捜してオマチ周辺を旅している彼女は、怪しげな宗教団体の女ミレーネであった。彼女は、じょたの魔道センスを高く評価していて、ぜひとも神の降臨儀式の生贄に使 いたいと思っていたのだった。
 1階は、ホールになっていて、正面に2階へ向かう階段があり、階段の裏側には扉があるようだった。「結構素敵な屋敷じゃない。」そう言ったのは、戦士クー。「ここは、 幽霊屋敷なんやて。」とレイン。「階段の上に飾られた2体の女神像、天井のレリーフ、そしてシャンデリアも皆素晴らしいですわ。」とはセイム。確かに、お金持ちの人が住 んでいそうな家だなぁとじょたも思った。「さて、とりあえずどっから手をつけるかやなぁ。」レインは、腕を組んで階段の上を睨んでいる。「ウチ、黙ってたけど、さっき2 階の窓に女の影を見てん。」「えー!?誰かいるの?」クーは驚いてレインの方を見た。「ここは幽霊屋敷やし、ひょっとすると・・・」「いやですわ。」セイムはぷいと横を 向いた。「腐れ魔道も幽霊も大した違いはないんちゃう?」レインがセイムにそう言うと、セイムはぎょっとした顔をして立っていた。「どうしたの?」じょたが、セイムに話 し掛ける。「今、そこの突き当たりで、何かの影が動きましたわ。」「よーし、それじゃまず景気付けに、邪魔者を退治してから宝捜しと行きますか!」クーは、ブロードソー ドを腰から引き抜くと、先頭に立って歩き出した。
 4人か。小娘3人と子供ひとりの戦闘力など、ミレーネの強大な魔道にかかればいちころであろう。隊列を組んでいるのが気持ち悪いが、彼女は2ターン以内にこのパーティ を全滅させる自信があった。得意の火炎をパーティ中央に炸裂させれば、グループ魔道なのでパーティ全員大ダメージだ。恐らくその1発で、二人は戦闘不能になるだろう。し かし、殺すわけにはいかない。特に、柄にも無く最前列でTOPポジションを守っている、か細い少年を傷つけるわけにはいかなかった。団結した敵は分断するべし。じょた君 と3人の娘を分断させる必要があるわね。
 「ひゃぁ!」じょたは、突然目の前に現れた妖魔を見て驚いた。オマチ城の図書館で見て姿かたちは知っていたが、本物を見るのは初めてだった。全体的に丸っこい体型をし ていて、灰色の肌、オレンジの瞳、豚のようなぺしゃんこの鼻に、とんがった耳まで裂けた口が特徴の小妖魔ペインだ。4匹でいっちょまえに隊列を組んでいる。こいつは大し た攻撃力を持っていないけれど、その名のとおり痛みをコントロールする特殊能力を持つ。ダメージは少なくとも、突然体に激痛が走ったらびっくりするでしょう?「おぉぉ! 」雄たけびを上げ、クーが敵のTOPに突撃をかけた。イニシアティブをとったのだ。先制攻撃。クーは、ブロードを上段に構え、敵最前列のペインに斬りかかった。がつ!鈍 い音がして、クーの剣は敵の金属鎧の隙間に見事にヒットした。そして、彼女は肩口に当たった剣をそのまま力任せに押し切った。あわれ、ペインAはクリティカルヒット。即 座に戦闘不能となり、空中に消えていった。「消えた?」じょたが驚いていると、レインが言った。「じょた!イリュージョンだからって気ぃ抜くんやないで。こいつら特殊能 力だけはびしびし来よるで!」「キキキッ!」ペインBが奇声を上げてじょたに突っ込んできた。じょたは、ショートソードで敵の攻撃を受け流すと、そのまま剣先を相手に向 けて踏み込んだ。カウンター攻撃である。じょたの剣先は、見事にペインBの喉笛に突き刺さる。これもクリティカルヒットだ。残る敵はあと2匹。じょたの背後で歌声のよう なものが聞こえる。「千の小枝に万の木の葉を持つ森の英霊樹よ、大いなる風吹かせ邪悪なる魂魄切り裂きたまえ。ブランチアロー!!」セイムの周囲でくるくるとつむじ風が 巻き起こったかと思うと、そのつむじ風の中から無数の針のような物が飛び出して、敵の方に飛んでいった。そして、たちまち床の上に針山が出来てしまった。2匹のペインに も、ざくざくと針が刺さった。針というよりも、それは細長い枝のようなのであった。ペインC,Dは、悲鳴を上げると空中に消えてしまった。何も活躍できなかったレインが 、ダガーをお手玉のように片手でくるくると投げながら言った。「ウチは、宝箱専門なんや。」
 アドレナリン全開のクーに率いられたパーティは、次々とモンスターたちを撃破、仕掛けられたわなもついでに撃破していたので、レインの出番は全く無かった。「ええんや で。ウチ、宝箱専門なんや。それに、パーティが取得した経験点は、全員に平等に振り分けられるんやから。」とうとう2階の一番奥の部屋にやってきた。ここまで宝物らしい ものは何一つ発見していなかったので、お宝はこの中にあるはずである。
 「ほな、いくで。」レインが慎重にワナのチェックをすると、ドアノブに手をかけた。ドアは音も無く開いた。すると、部屋の中からふわぁっと甘い香りのする風が吹いてき た。「なんのにおいかしら?」クーが鼻をひこひこさせて匂いをかいでいる。4人は何者かにいざなわれるように部屋の中へ入っていった。「お宝見―っけ!」レインがいち早 く宝箱に気がついた。気がついたといっても、部屋の中央に置いてあれば誰でも気がつくというものだ。「早速ワナのチェックをせな。」レインは、宝箱の置いてある周囲の床 を、セイムの杖を奪って突っついた。「ハイ、異状なしっと。」レインは杖をセイムに返すと、宝箱に急接近した。「かわいいお宝ちゃん。今、ウチが助けてあげるさかいなー 。」
 じょたは、目の前で何が起こっているのか理解できなかった。クーは、部屋に入るなり固まって動かないし、レインはテーブルの周囲を回りながらなにやらぶつぶつ言ってい る。セイムは、・・・ぬいぐるみを抱きながら床に倒れて寝てしまった。みんな、どうしたんだろう?ひょっとして、この甘い香りが原因?彼がそう思って3人に近づいたとき 、首筋に冷たいものを押し付けられた。左腕は背中に回されて関節を決められている。「お久しぶりね。お元気だったかしら。」じょたの首に、ヘビが巻きついたかのように右 腕をまわして、ダガーを首筋に押し付けているのはミレーネであった。体が、う、ご、か、ない。恐らく動けたとしても、この状況ではどうにもならなかったろう。「君が恋し くて会いにきたのよ。ふふふ。」彼女は、ダガーでゆっくりとじょたの首をなでた。左側の頚動脈付近がぴりぴりとする。「殺しはしないから安心して。今は、ね。」じょたは 、目の前に大きな鏡が出現するのを見た。レインは、まだテーブルの周囲で小躍りして喜んでいた。何かを見つけて喜んでいるようだ。「彼女たちには、もうしばらくいい夢を 見させてあげましょう。」ミレーネは、じょたを後ろから鏡の中に押し込んだ。鏡の表面に、水面に石を投げ込んだかのような波紋が広がると、じょたとミレーネは部屋の中か ら姿を消した。そして、銀色に輝く鏡も縮小して消えてしまった。
 「あいつ、絶対お宝を独り占めして逃げよったんや!」レインが凄い剣幕で怒っている。彼女の手には、銀の燭台が握りしめられていた。「いつまでそんなもの持ってるつも り?」とクーが腕組みして言った。「これがお宝の一部なんや!これしか残ってなかったんや!」セイムは、あくびをしながら伸びをしている。「ふぁっ、よく寝むれましたわ 。最近不眠症気味でしたの。」こいつはだめだ、話の論点がかなりずれている。レインは舌打ちすると、館の入り口で待っていた試験官に文句を言った。「ここは、あなた方以 外誰も通っていないわ。あなたたちの言うことが本当だとすると、これはとてもゆゆしき事態よ。」「そう!これは大変ゆゆしき事態なんや!お宝持ち逃げ事件!!」レインは 、顔を真っ赤にして試験官に顔をくっつけんばかり近づいた。「この館には、出入り口はここに一つしかありません。テレポートブロックがかかった館から、跳躍系アイテムで 脱出することは不可能ですが、しかし、もしそれが可能だとすれば、彼が失われた魔道を使いこなすことができるということです。」試験官は、目を閉じて首を左右に振った。 そんなはずは無い、筆記試験の時に全員確認したはず。確かに鋭い魔道センスを持つ子供ではあったけれど、魔道LVは低く、メンタルポイントもまだまだ少ない、普通の子供 だったはずである。「小妖魔達はイリュージョンですし、彼らに襲われて死んでしまったとも考えにくい。ショックで気絶している、ということは考えられなくもないけれど。 」試験官は、ひとまず冒険者会館の人を呼んで、この館を調査しなければならないと思った。「寝室で寝ているのかもしれませんわ。ほら、大きなベッドの置いてある部屋があ ったじゃありませんか。わたくしもベッドで眠りたかったですわ。」セイムは、また目に涙を浮かべてあくびをしていた。
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