「Funny World じょたの冒険」
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第3話「冬が訪れるの事」(その4)
 「あなたたち!一体何をやらかしたのですか!?」白猫がマルコの家のテーブルの上に乗っかってそう言った。細いしっぽをぴんと立て、体の毛を逆立てると金色の瞳でマル コをにらんでいる。低い唸り声まで出している。怖い。白猫は、マルコの友人のコンキラトッピだった。「オマチ城のお堀の水が、きれいさっぱりなくなりました。」やはり油 圧のシステムで、地下室のエレベータが作動していたのだ。トッピはまだ話しつづけている。「そのあと、お堀の底に排水口が現れて、そこからたくさんの魔道のエネルギーが 飛び出ていくのが見えました。恐らく、お堀の水によって封印されていた"何か"に違いありません。」トッピは、じょた達4人組が見守る中、テーブルの上をゆっくりと行った り来たりしながら話を続けている。「その飛び出ていった得体の知れない"何か"、それ自体は別にどうということは無いでしょう。彼らのあるべき世界に戻っていったようです から。では、どうやって、戻って、行ったのか。」トッピは、最後のほうは言葉を区切って強調して話していた。「扉が現れました。ゲートです。空に、現れたのです。・・・ 私たちの祖先は・・・、もとい、私たちネコ族の祖先は知っていました。この世界がたくさんの重なり合った世界の集合体であるということを。それぞれの世界は、お互いに干 渉しあうことも無く、ひとつひとつ閉じていました。しかし、遥か昔、このファニーワールドの天空に、光り輝く巨大な天体が現れたとき、重なり合った世界の一部分がくっつ いてしまったことがあるのです。」トッピは、そこまで話すと目を少し閉じ半眼にして、自分の額の前方を見つめた。すると、そこにもやもやとした銀色の煙のようなものが現 れて、何かの映像が映り始めた。「物理法則の異なる複数の世界が繋がることは、とても不安定で危険なことです。高度な魔道でもってコントロールすれば問題ないのですが、 大部分のネコ族は高度な魔道能力を持っていませんでした。魔道知覚力は高いのですが、コントロールする能力に欠けていたのです。」
 緩やかな地形に沿って小道が丘の下へ続いている。丘の下には草原が広がっていて、太さが数メートルはあろうかという巨木が、あちらこちらに生えている。巨木の中には、 直径が10メートルは超えようかという木もあった。その高さは天にも届かんばかり、広げた枝の下には大きな木陰が出来て、真夏の厳しい日差しを避ける旅人たちでにぎわっ ていた。人が集まる場所には、水や食べ物を売る売り子がやってきて商売を始め、そのうち商店が建ち始める。こうして巨木の下には次第に町が出来ていくのだ。人?彼らは人 ではない。ふっくらとした体の表面には、短いが柔らかな毛で覆われている。くりくりとした目玉の中にある瞳は縦に細いが、夜には丸く広がり暗闇を見通す不思議な力を持っ ている。彼らはヒトネコだった。
 じょたは、いつの間にかコンキラトッピが作り出したらしい世界の中に入り込んでいた。真夏のぴりぴりする日差しも、むっとするような青臭い植物の匂いも、やかましく鳴 いているセミの声も感じることが出来た。じょたがいるのは、眼下にネコの町となった巨木を見下ろすことのできる丘の上であった。背後を振り返ると、蒼い山々が遠くに見え 、その山の上には発達した積乱雲がもくもくと立ち上り、灰色の陰りと白く光る雲のコントラストが美しかった。丘の上には、2、30センチ程度の高さの下草がまばらに生え ていて、所々でこんもりとした草の集まった場所ができていた。そよそよと風が吹いてくると、下の方から柑橘系のいい匂いが漂ってきた。じょたは、眼下の巨木に目を凝らす と、木陰の中に人だかりのしている果物ジュース屋を見つけた。
 いつの間にか、じょたはジュース屋から少し離れた場所に立って、ヒトネコの子供が母親にジュースをせがんでいるのを見ていた。柑橘系の強烈な匂いがあたりに立ち込めて いた。じょたは、生唾が口の中に沸いて出てくるのを抑えることが出来なかった。店の主人のトラ縞は、ガラス容器のコックを操作して、容器の中で噴水を上げていたオレンジ 色の液体を、薄青色のガラス容器に注いだ。じょたがジューサーの噴水に見とれていると、店の主人がこちらに気付き、お客さんも一杯いかがですか、つぶつぶ入りみかんジュ ースよく冷えてますよと言った。じょたが一瞬どきりとして、買おうかな、どうしようかな、そういえばお金を持っていたかな、などと戸惑っていると、後ろからひとりのヒト ネコが現れた。どうも店の主人はこのヒトネコに話し掛けたらしい。じょたの姿は見えていないようなのだ。「ここが今から約2000年前のファニーワールドです。風景にど こか見覚えがありませんか?ここはオマチ高原なのですよ。この樹街(じゅまち)がある場所に将来お城が建つのです。この辺り一帯はオマチ城下町ということになるわ。」コ ンキラトッピの声が直接頭の中に響いてきた。頭の中でする独り言が、勝手に浮かんでくるような状態である。「ああ、ここはトッピの映像の中の世界・・・」
 じょたがトッピの言葉に気を取られていると、いつの間にか樹木の頂上、樹冠に移動していた。そこには、木のうろの中で昼間から天体観測をしている不思議なヒトネコがい た。灰と黒のぶちネコは、木のうろの中に固定された望遠鏡を斜め45度の角度で空に向け、90度に折れ曲がった接眼レンズをのぞいていた。じょたは望遠鏡の向いている方 向を見上げると驚いた。真昼間だというのに星が出ているのだ。あれは何だと思うまもなくトッピが話し掛けてきた。あの、昼でも明るく光る星が現れて、平行に存在していた 世界の一部が繋がってしまったのよ。樹冠の枝の上を白いシッポをゆらゆらとさせながらネコが現れた。トッピだ。どうやら自分の姿を投影しているらしい。この方が話しやす いでしょとトッピ。
 いつの間にか夜になっていた。星はその位置を変えて、地平線近くに移動していた。あの位置は確か・・・。そう、空の穴のある場所だわ。私たちの世界、いえ時代では、あ の位置に星の見えない真っ暗な空間が存在している。これが何を意味しているのか。あの光は星が一生を終えた証なのよ。超新星といって星が自分の重力で潰れて大爆発を起こ したものなの。そして、そのエネルギーがあまりにも巨大だったために、そこに重力の穴ができてしまった。ブラックホールになってしまったのよ。じょたは、学校の図書館で 見た宇宙の本を思い出した。確かそこには赤や黄色やオレンジ色の炎が、ウネウネとからみあった太陽の絵が描かれていた。超新星とは、その星が大きくなって、また縮小して 爆発することだと書かれていた。僕知ってるよ。トッピはにこりと微笑むと話を続けた。問題は、その重力の穴の先が別の世界へと繋がってしまったこと、そしてそれが無作為 に周辺空間に起きてしまった事なの。このファニーワールドにもです。
 また急に場所が変わった。今度は巨大なクレーターを見下ろす空中に浮かんでいた。ブラックホールといえども、永遠に存在することはないでしょう。流れの速い川の中に生 じた渦のように、時に大きくなることはあっても、消えることもあります。川の流れが永遠に続けば、渦はまた生じるかもしれませんが、ブラックホールを発生させるほどの大 きなエネルギーが、ファニーワールドの近くで、そう頻繁に発生するわけではありません。このクレーターは、暴走した空間の穴から生じた米粒大の物質で作られました。この 力に目をつけたのが人間の国、現在のカール帝国の前身、ガガンボー帝国でした。彼らは人工的に空間に穴をあけて、別の世界から巨大なエネルギーを取り出そうとしたのです 。召喚系魔道理論によればそれは可能だったといいます。魔道具、機動騎兵のエネルギー召喚理論かな?でも、あれはリーヨックスの定理で空間歪曲率を固定すれば、何も問題 は無いのでは。じょたは学校で習ったことを思い出していた。・・・学校で習う?何を?・・・くうかん、わいきょく、りつ?
 周囲がぐるぐると渦を巻き始めた。まるで竜巻の中にいるようだ。見知らぬ男が空中に浮かんでいた。前身黒尽くめの忍者のような男が、両腕で円を描くような動作をして、 周囲に結界を張り巡らせた。金色に輝く光のトンネルが、渦巻きの内側に沿って発生し、黒装束の表面も金粉をまぶしたかのように光りだした。じょたは何かの気配を感じて上 を見た。竜巻の中心から上を見たらこう見えるのか・・・いや、逆だ。見下ろしたらこう見えるはずである。トンネルの先は、色とりどりのシダ植物のようなものが繁茂した世 界が広がっていた。驚いて下を見た。すると、トンネルの口からどこかの町並みが見えた。煙突から出る煙、街道を走る馬車らしきもの、うっすらと雲にさえぎられるところを 見ると、相当高い場所から見下ろしているようである。じょたは、また頭上を見た。今度はさっきと違う場所が映っていた。真っ黒い空間、宇宙空間?また下を見たら、見える 場所は変わっているだろうか。じょたはなんだか頭がくらくらしてきた。トッピがそんなじょたを気遣って、足元に近寄ると体を摺り寄せてきた。「もう少しです。もう少しで あの忌まわしいものの正体を知ることができるのです。」え?何、何の正体だって?じょたは、自分が今何をしているのか、何をしたらよいのか、そもそも自分はなぜここにい るのかが、分からなくなってしまった。確かマルコの家に集まって・・・。それは私ではありません!強烈な思念がじょたの頭の中に割り込んできた。突如として周囲の空間が 歪み、足元の白いネコが白骨に変わった。じょたは背筋がぞおっと寒くなり、震えがはしった。金色のトンネルは幅を狭めじょたを圧迫してくる。渦巻きがヘビの群れに変わる と、ぎりぎりと体を締め付けてきた。トンネルの上を見ると銀色の三日月が怪しく輝き、晴れた空からちらちらと粉雪のようなものが舞っていた。雪?・・・オマチに降る雪と 何か関係あるのかな?そう思ったとたん彼の背後で子供の声がした。もう少しだったのに。じょたは、何かの存在が自分から離れていくのを感じた。
 それはリーディングです。トッピはじょたにそう言った。あなたには類まれなるリーディングの能力が備わっているのです。これは魔道のタイプ、木火土金水に無関係に生じ る能力なのです。あなたの見てきたことは、恐らく遠い過去の世界において実際に起こった出来事なのでしょう。私の魔道では、あなたをその時代にお連れすることはできませ ん。今はまだコントロール不能の能力かもしれませんが、いつかきっとその力が役に立つことでしょう。
 窓の外は、まだ相変わらず雪が降っていた。時折、強い風がマルコの家の立て付けの悪い窓をがたがたと震わせ、隙間風と一緒に粉雪が部屋の中に入り込んできた。もう少し で何の正体がつかめたのか、誰がその正体をつかみたかったのか。じょたは、そう遠くない未来にこの町を出て世界を旅し、何かを探しに出かけるであろう事を確信していた。 ただ、それは自分の意志なのか、何ものかの意志なのか、それは彼には分からないのであった。
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