「Funny World じょたの冒険」
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第3話「冬が訪れるの事」(その3)
 薄暗くてかび臭い地下通路を、3人の子供とひとりのヒトネコが石油ランプのカンテラを手にして、足音を殺してひたひたと歩いていた。もうかなりの時間を歩きまわってい るが、宝の箱など一つも見つからなかった。ずっと闇の中を歩いているため、方向感覚が無くなっているが、マルコニャンコの書いているマップのおかげで、道に迷う事は無か った。「通路の先が、ぼんやりと明るくなってる。」先頭を歩いていたじょたは、通路の先を指差すと立ち止まり、後ろを歩いていたマルコのマップを確認した。歩いている方 向をマップと照らし合わせると、この通路はオマチ城の方向へ向かって伸びているようだった。
 「なむぅー、急に道が広くなったのね。というより、ここは広いホールになっている予感。」まわりを見渡すと、そこは高さ4,5m程度の壁にぐるりと周囲を囲まれた、3 0m四方くらいのホールで、入ってきた通路の正面には、台座の上に女神像が奉られていた。壁の上には金色に輝く柵が設けられていて、その背後には階段式の座席があった。 天井までは、10mくらいの高さがあり、夜光性の光苔が張り付いてクリームがかった薄緑色の光を発していた。
 「ここは、多分お城の地下だと思う。女神像があったり、たくさんの人が座れるようになっているから、恐らく礼拝堂のようなものだったんじゃないかな。身分の違いで上の 席に座れる人と、この地下道を通ってくる人がいたんだと僕は思う。」じょたは、女神像の前へ進み出るとそう言った。「ふーん、俺は競技場かと思ったんだけどな。」シュウ は、腕組みすると天井で光っている光苔を見上げ、ひとつかみ分くらい取れないものかと思い、床に落ちている小石を拾って天井に向かって投げた。ずいぶん軽い石だなと思っ た。周囲を見回すと、白い小石がまばらに散らばっていた。「なむぅー、これは多分ブリューニェの女神像の予感。でも、ブリューニェの人は身分差別を嫌うから、こんな構造 にはしないと思うし、礼拝堂にしては座ったままで儀式するのも変なのね。それから、さっきから気になっているのは・・・」マルコは床に落ちている白い石を拾い上げると、 自分の目の前に持っていき、しげしげと眺めた。「なむぅー、やっぱりこれは石じゃなくて骨だと思うの予感。」
 4人がホールの中央であれこれ話をしていると、入り口の石扉が重い音を立てて閉まった。扉は、入り口の上にセットされていたらしく、どんな仕掛けになっていたのかは分 からないが、皆の見ている前でゆっくりと床に下りていった。あわてて扉を持ち上げようとしたが、子供達の力ではびくともしない。「やれやれ、壁をよじ登って他の脱出口を 探すしかないね。階段状に座席がセットされている層と、この層は行き来する通路が無いから、きっと上の層にも出入りする通路があるはずだよ。」じょたはそう言うと、マル コが持っている冒険キットの中から、金属製フックのついたロープを取り出した。そして、右手にフックのついたロープを垂らすと、くるくると回転させて金色に光る柵の上め がけて投げつけた。しかし、フックは柵の上空で何かにあたって、激しくスパークすると弾き返された。どうやら魔道による障壁が設けられているようなのだ。「まいったな、 閉じ込められてしまったみたいだぞ。女神像か壁に何か仕掛けがあるかもしれない。皆で手分けして調べてみようよ。」じょたが侵入してきた通路のほうに歩きだすと、後ろか ら誰かが話し掛けてきた。「・・・・・・」「え?」じょたは驚いて振り向いた。皆も驚いて正面を向いている。女神像が何かを語りかけているのだ。「・・・・・・」それは 、じょたが今まで聞いたことも無いような異国の言葉であった。「なむぅー、どうやらブリューニェの言葉みたいなのね。発音からすると何かを尋ねている予感。」物知りのマ ルコであったが、ブリューニェの言葉までは分からない。「・・・・・・」女神像の方向からの、3度目の呼びかけになすすべもなく呆然としていると、像がゆっくりと回転し 始めた。女神像が180度回転して裏側から現れたのは、巨大な魔道の杖に巻きついた大蛇の像であった。「あ、俺なんだか凄く嫌な予感がする!」シュウが言うまでもなく、 皆その予感を感じ取り背筋が寒くなっていた。思い過ごしであってほしいと思った。しかし、その願いも空しく事態は最悪の方向へ動き出したのだ。
 まず、節くれだった魔道の杖に巻きついた大蛇の目玉が赤くぼうっと光った。次に、石像の表面に波紋が広がるかのような光が連続して発生した。波紋が頭から尾へ移動する たびに、石化していた体の表面が薄緑色に染まり、黒い網の目のような紋様と、オレンジのまだらが現れてきた。鱗は、光苔の薄明かりを受けて、てかてかとした輝きを取り戻 していた。そして、しゅーっという音が聞こえたかと思うと、全身が一瞬震えてその太い胴体が脈動を開始し、するすると滑るように魔道の杖からの移動を開始した。
 「くるぞ!」じょた達は、めいめい部屋の隅4方向に散った。どうかこちらには来ませんように。確率は4分の1。体長10m、胴回りも50cm近くはあろうかという大蛇 のロシアンルーレットだ。「なむぅー、分かったのね。これはブリューニェの宗教じゃないのね。ここは、邪教を崇拝するカール帝国の神殿だったのね。あのヘビは、異教徒を 処刑するために準備されているのね。それを上のフロアの観客席から見て楽しむという、本当に悪趣味な連中の予感!」大蛇は、マルコの声を聞きつけるとその方向に鎌首をも たげた。そして、最初の標的を決めると、その図体からは想像もできないほどすばやくマルコに近づいていった。「なむぅー、僕はおいしくない予感!」
 マルコのピンチに気付いたじょたは、ダッシュするとダガーの一撃を大蛇の胴体に食らわせた。しかし、大蛇の鱗は意外なほど固く刃がそれてしまった。「じょた!気をつけ ろ!巻きつかれるぞ!」じょたは、すばやく横にステップすると床を転がった。一瞬の間を置いて、今しがたじょたのいた場所に、丸太のような尻尾が空を切っていた。大蛇は 、獲物を床に転がる活きの良い小さな動物に変更すると、体を蛇行させながら近づいていった。じょたは円を描くように移動しながら呪文を詠唱し始めた。マルコは、バックパ ックの中から小さな油壷を幾つか取り出した。そして、扉の近くに置いてあるランタンの火を、油壷に突っ込んだ布の切れ端に移して、即席の火炎瓶を作り上げた。トムは、新 しいスリングショットにとげとげの付いた鉛球をつがえて、動物の腱でできたヒモを引き絞り狙いを定めている。シュウは、じょたと大蛇を間にした反対側に回り込み、片手剣 を構えていつでも攻撃できる態勢を整えている。
 じょたの呪文の完成よりも早く、大蛇は鎌首をもたげ、牙による一撃を加えんと襲い掛かってきた。じょたは、ヘビの頭をすばやく左にかわし、片手に持つダガーで叩きつけ た。予想通り全く効果が無いようだが、その反動を利用してさらに遠くへ離れる事ができた。大蛇はすぐに体勢を立て直し、次の一撃をじょたに叩き込むべく胴体をくねらせて 鎌首をもたげた。そのとき、大蛇の頭に火のついた油壷が炸裂した。油は、大蛇の頭と胴体にかかったようだが、鱗が油をはじくのか、直接火は点かなかった。床に広がった油 が燃え上がり、大蛇は一瞬たじろいだ。炎の合間をぬって、数発のスリングの弾丸が大蛇の頭部にヒットするも、ダメージは与えられない。シュウは、白兵戦用の武器しか持っ ていないため、大蛇の死角に回り込んで攻撃を仕掛けようとしている。じょたは、中断された呪文の詠唱を再開すると、ダガーの先端に意識を集中した。いちばん簡単な意識の 集中方法は、半眼で集中したい場所を見つめ、自分自身がその場所にいることをイメージすればよい。今の場合ならば、ダガーの刃の先端を見つめて、自分自身がダガーの刃の 中に入り込んだところをイメージすればよいのだ。熟練した術者ならば、特別に意識せずともその状態に持っていくことが可能だが、じょたはどうか。呪文の詠唱は、ほぼ完了 している。指先に伝わる熱感と微振動、体の表面で感じる圧力感で、魔道のエネルギーが発動体であるダガーに満ちているのも分かる。あとは、それに指向性を与えて放てばよ いのだ。発動の鍵となるキーワードを発音して。「キュール!」ダガーの先端から薄青色の稲妻がほとばしり、大蛇の体の表面をなめるように移動した。稲妻が触れた場所は、 表面が凍りつき霜が降りたような状態になっている。以前大蜘蛛に対して使用した水性の冷凍呪文だ。集中の度合いが低かったのか、メンタルパワーが低かったせいか、全身を 凍らせることは出来なかったが、動きを止めることは出来た。だが大蛇は、胴体を膨らませたりくねらせることによって、ばきばきという音を立てながら表面の氷を剥ぎ取り始 めた。中までは冷気が貫通していなかったのだ。魔道に対する抵抗力が高いのかもしれない。「なむぅー、ひょっとしてこのヘビは魔道によって作られたものだとしたら、ゴー レム並の耐久力を持っているかも知れないのね。」それはまずい。この戦力と装備では、まともに戦っても勝ち目は薄い。
 じょたはホールの中を見回した。何か無いか?ホールの中には、自分たち4人と凍りついた体を元通りにしようともがいている大蛇が一匹。それから、じょた達が侵入してき た石の扉と、女神像があったはずの場所に節くれだった魔道の杖がある。「よし、一か八かだ!シュウ、後ろにある女神像があった場所の魔道の杖、動かせないか?」シュウは 、突然話し掛けられてびくっとしたが、すぐさまじょたの言葉を理解して行動を開始した。「うーん、・・・だめだ!びくともしない!マルコ、トム、手を貸してくれ!」じょ た達は、巨大な魔道の杖にしがみつくと、渾身の力をこめて回転させた。ごと、ご、ご、ご、ごごごご・・・杖のセットされている台座はゆっくりと回転を始め、後ろ側の女神 像が少しずつ見えてきた。それとともに、閉まっていた石の扉がゆっくりと持ち上がり始めた。「なむぅー、早くするのね。大蛇が動き出してしまうの予感!」台座が一回転し て女神像が現れると、入り口の石扉は完全に開いた。4人は、もがいている大蛇の横を走り抜けると、石の通路に飛び込んだ。カンテラの火はまだ消えていなかったので、一目 散にもときた道を走り抜けて地下室のスイッチを作動させた。ゆっくりと地下室の床が上昇していく。遅い!もっと早く動け!こんなことではさっきの大蛇が追いついてきてし まう!じょたは、はぁはぁと荒い息をつきながら、ゆっくりと床の下に沈んでいく通路の奥を見張った。ゆらり、通路の奥で何かが動いた。ぼんやりと赤い光が二つ灯っている のが見える。来たぁ!入り口は、まだ半分くらいしか床の下に隠れていなかった。早く!早く!あ、いや、ゆっくり、ゆっくり、まだ来ちゃだめだ!赤い二つの光は、通路の入 り口が閉じてしまうことを察知したのか、それともじょたの匂いを確実に嗅ぎ取ったのか、急速に速度を増して近づいてきていた。あと30cmほどで完全に通路が隠れるとい うところで、通路の隙間から大蛇が顔をのぞかせた。じょたは、地下室にあった大型のハンマーで、大蛇の頭を思い切り叩いたが、石の壁を叩くような衝撃がありハンマーを落 としてしまった。大蛇は、なおも地下室に侵入してこようとしている。あぁ、あぁ、あああ、じょたは、また恐慌状態に陥りそうだったが、今回はメンタルパワーを殆ど使い切 っているので、魔道が発動することも無さそうであった。しかし、彼は悪運が強かった。いかに大蛇の力が強くても、地下室を押し上げている力はさらに強大だったのだ。首を 地下室の床に挟まれた大蛇は、人間の老人のような断末魔の叫びを上げると、首が胴体からちぎれてしまった。血は流れ出てこなかった。切断面からは、赤いゼリーのようなも のがウニウニと脈動しているのが見えた。大蛇は、せり上がっている地下室の床でしばらくびくびくと跳ね回っていたが、やがて動かなくなった。ごごん!強い衝撃で地下室は 停止した。ぱらぱらと天井から砂やほこりが落ちてくる。はっと我に返ったじょたが地下室の床で見たものは、石と化した大蛇の首であった。
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