「Funny World じょたの冒険」
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第3話「冬が訪れるの事」(その2)
 うっすらとベージュがかった石を組み合わせて建設された、天にも届きそうな巨大な建物が、緑深き森に囲まれて幾つか建っている。建物は、上空から見下ろすと全体的に丸 みを帯びていて、下層から上層に行くに従い細くなっている。屋上は、テーブルのように平たくなっており、円形と奇妙な文字が組み合わされた印が描かれている。建物に近づ いてみれば、その表面に小さな穴が開いていて、それは窓なのだが、そこに人が住んでいるのを確認することができるだろう。まるでそれは、巨大なあり塚といってよかった。 そのあり塚の最上階の、明るい日差しが入る部屋の中で、グランドピアノを弾いている少女がいた。つややかな黒髪が、白いワンピースの腰あたりまで届いている。ほっそりと して色白な顔、琥珀色の瞳、細長く形の整った鼻、きりりと結ばれた唇にはほんのりと紅がつけられてる。シェリル・フル・フレイム、15歳。彼女は、西の大陸のドリムラン ドの小国チェロンのお姫様であるが、現在同盟国である隣国の魔道王国ブリューニェに、親善大使兼魔道の留学中の身であった。しかし、彼女の本心としては、魔道の勉強より も、進んだ文化をもつブリューニェで音楽を学びたいと思っていた。
 ファニーワールドの大陸が、大きく分けて南北に存在し、北の大陸はまた東西に分けられるということは以前に述べた。この北の大陸の西側、すなわち西の大陸に、魔道王国 ブリューニェは存在する。西の大陸の殆どを占めるこの大国は、ファニーワールドの中で最大の国土面積を有している。その殆どが暗き深き森に包まれた神秘の国というイメー ジからか、ファニーワールド中から魔道を学びに来る人間及び亜人種が後を絶たない。国土南端部の海峡を隔てた、南の大陸ヤマトとは、つい最近まで戦争を繰り返していたが 、オマチ高原をヤマトに奪取され、南の大陸から兵力を一掃されてからは、しばらく休戦状態が続いている。従って、ヤマトからブリューニェ周りで、ドリムランドへ向かう航 路は、現在使われていない。また、このドリムランドとは、ブリューニェの北に存在する小国群の名称で、幾つかの異なる種族から成る多民族国家である。ここでは、人間と亜 人種の衝突が頻繁に起きており、戦争の絶えない国家である。シェリルの故郷、ドリムランドの小国チェロンは、人間によって統治される国家で、現在北のドラゴラム族と国境 問題で紛争が起きていた。
 すっかりと紅葉した山々に囲まれた盆地に、外壁に守られた小さな町が見える。町の中央部では、警備隊の出城と教会の時計塔が、背比べをしている。町に続く道は、東西の 山を越える街道と、南の港町に続く道だけで、荷物を積んだ鉄馬車がまれに通過する事をのぞけば、行き来する旅人も少なかった。町の北側には、頂上に白い雪を頂いた3千メ ートル級の山々が連なり、人間の侵入を拒んでいる。ここは、ドリムランドの西の外れ、小国チェロンの街アウルである。従って街道を西に進めばブリューニェ、東に進むと王 城チェロンにたどり着く。ドラゴラム族との戦争が続いているチェロンではあるが、最前線から遠く離れたこの町はのんびりとしていて、家々の煙突からは白い煙がゆらゆらと 立ち昇り、ゆうげのしたくのいい匂いが町じゅうに漂っていた。
 薄暗くなった窓の外をながめている少年がいた。夕日が北の山々に映って朱色に染まりとてもきれいだ。少年は、いずれ大きくなったらあの山に登って、この町やもっと遠く の町を見下ろしてみたいと思っていた。山の上で鳥が飛んでいるのが見えた。黒い翼を持った鳥たちが、山々の峰を越えてこちらに向かって飛んできていた。「ままー、鳥さん が来るよ。」少年の母親は、夕飯の支度に忙しくて生返事をした。少年はまだ鳥たちを見ていた。その鳥は、羽毛の代わりに黒光りする胴体を持っていた。くちばしの代わりに きらきら光る歯を持っていた。歯?牙?太い尻尾にはぎざぎざのとげ、頭から生えた角、耳まで裂けた口。それは、鳥と言うよりもトカゲに近い形状であった。そして、皆が手 にしている長い棒の先には、鋭くとがった黒曜石がついていた。
 出城の見張り塔で、本を読みながら床に腰掛けている兵士がいた。ひびの入った丸い眼鏡をかけたその兵士は、槍を立てかけて、ひざを抱え込むようにして座っていた。そし て、町じゅうに漂うゆうげの匂いに鼻をひくつかせると、腹が減ったなぁとぶつぶつ文句をいいながらページをめくっていた。ばさばさ、鳥の羽音が聞こえる。なんだ鳩か、脅 かすなよ。兵士は、目の前に現れた鳩に一瞥を加えると、またページに視線を戻した。また、鳥の羽音が聞こえた。今度は少し数が多いようであるが、鳩もねぐらに帰るのだろ うと思った。通路から別の兵士が現れた。ようやく交代か、そう思って本を閉じると、現れた兵士の方を振り向いた。その兵士は、尻尾のついたうろこの鎧を身に付け、頭には 角のついた兜を被り、手には黒曜石の槍を持っていた。自分は革鎧と安物の槍一本だけなのに、ずいぶん重装備の兵士だな。よく見ると、腕や足、顔までも真っ黒な毛?で覆わ れている。いやに毛深い奴だね。あとよろしく頼むよ、見張りの兵士がそう言うと、毛?で覆われていると思っていた顔が、ぱっくりと二つに裂け、黄ばんだ牙が耳まで裂けた 口から現れた。「・・・で、でたー!」警備隊の出城から警報の鐘が鳴らされた頃には、もう町じゅうはトカゲのような生き物で満ちていた。ドラゴラム族の奇襲であった。
 アウルが奇襲されたという情報は、ミスティックの放った信号によって、首都のチェロンに伝えられた。いまや最前線は、首都の目前にまで迫っており、補給路の中継地点で あるアウルを失った事は、チェロンにとって戦略上かなりの痛手であった。チェロン軍は、頼みの綱の近衛騎士団にもかなりの損害が出ており、このまま戦闘を続ければ、全滅 の憂き目を見る事は明らかであった。「恐れながら申し上げます。ここはひとまず和睦の使いを立て、我が方の軍勢を立て直す時間をかせぐ必要がありましょう。」スキンヘッ ドがピカピカに光っている初老の男が言った。将軍のギデンである。「いや、ギデン殿、敵の狙いは我が君の命のみです。和睦には応じますまい。殿、いまや一刻の猶予もござ いません。この城下一帯が、跳躍の抑止(テレポート・ブロック)を受けぬうちにお逃げください。ブリューニェには私の愚弟、ホウメイがおりまする。微力ではありますが、 必ずや殿のお力になりまする。」一見すると女性のように見える男が言った。チェロンの軍師コウトウである。瞑目してそれを聞いていた、白いひげをたくわえ、鋼鉄の鎧に身 を固めた男、国王リュウ・フル・フレイム2世は、コウトウにこう答えた。「コウトウよ、おぬしの気持ちは嬉しい。だが、ワシがひとりで逃げてしまえば、ワシを慕ってつい てきてくれた兵士たち、国民に申し訳がたたんであろう。ここはギデンの策を採用し、一刻も早く戦争を終結させ、国民の不安を取り除くのが国王たるワシの務めであろう。ギ デンよ、直ちに和睦の使いを送るのじゃ。」「はっ!」スキンヘッドは、くるりと回れ右をすると、作戦会議の行われていた部屋を出て行った。そして、通路を歩きながら呟い た。「コウトウめ、余計なことを言いおって。新参者のくせに。ドラゴラム族のやつらとは話がついているのだ。殿の命など狙われてはおらぬわ。やつらの狙いは、銀だけよ。 銀山のあがりを何割か納めることにすればいいのだ。もっとも、その内のいくらかはワシの懐に入るわけだが。」ギデンは、いやらしい笑みを浮かべながら、通路の奥に消えて いった。
 黒いうろこの鎧に身を固めた兵士が、縦長の紙を折り曲げた書状を持って、ソウスウ将軍率いるドラゴラム族の陣地に現れたのは、それから間もなくの事であった。竜の牙で 作られたといわれている竜牙兵が、書状を将軍に手渡した。書状に目を通すと、将軍は側近に何事かを指示して、返書をしたためた。それには、和睦に応ずる用意があると書か れていた。ソウスウは、チェロンの正面に配置していた部隊の一部を撤退させると見せかけて、密かに城の側面へ回りこませ、伏兵として待機させた。国王の逃亡を防ぐためで ある。一方チェロン軍は、休戦の知らせを受け、城の正面に配置された兵を城内へ戻し武装解除、負傷者の手当てをした。そして、城から数キロほど離れたところに会見の場を 設けた。会見にはチェロン国王リュウ、将軍のギデン、軍師のコウトウ、ドラゴラム将軍ソウスウと竜牙兵の武将数名が出席した。
 「・・・ふむ、ではアイネイアスにある2つの銀山の権利は、これより我がドラゴラム族のものとなった。ところでリュウ殿、わが国と貴国との永続的な平和実現のため、わ が国に留学生を派遣するというのはどうですかな。確か国王には御世継ぎと姫様がいらっしゃると聞く。若いうちに世界を知っておくという事も、後々国を治める者として必要 なことであると思うが、どうであろうか?」ワニのような姿をしたソウスウ将軍は、貢物の目録を広げながら国王リュウに提案した。「あいにくですが、二人とも今は隣国に留 学中で、この地を離れておりまする。お申し出はありがたいが、ご意向にはそいかねまする。」「すぐに召還されるが良かろう。我が君は、貴国との永続的な平和をお望みだ。 」ソウスウは、リュウの言葉を無視すると続けた。「残念なことだが、この条件にご同意いただけなければ、また無益な殺戮を繰り返すことになってしまうのですよ。」
 むぅ、話が違う。城へ戻る馬上でギデンはソウスウの話を反芻していた。御世継ぎと姫君を差し出せなどとは話が違う。だが、お二人とも国内にいらっしゃらなかったのは不 幸中の幸いだった。これは極秘事項だが、御世継ぎは出奔中でどこにいるのか分からない。姫君は、魔道王国ブリューニェに留学中。となれば、召還できるのは姫君か。御世継 ぎは影武者を立てる事になろう。いや、いっそのこと両方とも影武者を立ててしまえ。すぐさま偽の使いがブリューニェに送られ、世継ぎの影武者の手はずも整えられた。しか し、そのたくらみはすぐにソウスウの知るところとなった。「リュウ殿、両国の平和実現のためには偽りがあってはいけませんな。」「ソウスウ殿、恥をしのんで申し上げるが 、我が愚息はこの国を飛び出し、今はどこの国にいるかも分からぬのです。また、娘は同盟国である魔道王国におりまする。ただ、同盟とは申しても国同士の力関係から、実際 には人質となっているありさま、いまさら召還になど応じますまい。」「ご心配には及びませぬ。姫は我がドラゴラム族が、いや私の本当の仲間たちが、きっと救い出してみせ ましょう。」そう言うとソウスウは、自分自身にかけられた変化の術を解き、ドラゴラム族の姿から人間の姿へと戻っていった。「お、おまえは!?」国王リュウは、人間の姿 へと戻ったソウスウの姿を見て愕然とした。「やはり、ドラゴラム族の姿よりも人間の方がしっくりくる。美しさと気品があるからな。姫をドラゴラム族のもとへなど送りはし ませんからご安心を。私とともにカール帝国へ渡ることになるのです。ドラゴラム族に人間の美しさと信仰心が理解できるはずも無いのに、あの美しい姫を貢物にするなんて、 なんともったいない事でしょう。」男はわざとらしく両手を広げて肩をすくめた。「なぜ、お前が・・・目をかけてやったのに・・・」「お義父さん、お嬢さんは必ず幸せにし ますとも。ご心配なく。大きな変動の時を迎えたマテリアルプレーンには新しい指導者が必要。下々の人間はいずれ淘汰されるでしょうが、人々を導くべき存在が旧タイプの人 間では問題があるのです。禅譲なさい。これからは、このドラゴラム族ソウスウ将軍、いやカール帝国のファンネル・バウムが貴方に代わりこの国を統治する。カール帝国の属 国として。」「ソウスウ!」スキンヘッドを真っ赤にしたギデンが、長剣を抜きファンネルに斬りかかった。ファンネルは、バックステップとスウェーで一撃をかわすと、左腰 の剣のつかに手をかけるや否や、ギデンの懐に飛び込みすばやい一閃をあびせた。居合抜きである。ギデンは、右脇腹から左肩へ抜ける方向に、一瞬にして致命傷を負った。鎧 を着けていない体から鮮血がほとばしる。ゆっくりと崩れ落ちるギデンの背後から、ささやくような何か歌を歌うかのような声が聞こえてくる。呪文の詠唱である。ギデンの身 を呈した時間稼ぎの間に、コウトウが火球の呪文を唱えていたのだ。「あの世でギデンに懺悔せよ!」コウトウは、右手に掲げられた魔道の杖から、巨大な火球をファンネルに あびせかけた。轟音とともにファンネルの姿が炎の向こうに見えなくなる。「ふぅ、私の全能力をかけた火球の魔道。いかなる術者とて、これをまともに食らえばただではすま ぬであろう。」肩で荒い息をするコウトウ。ゆっくりと爆炎が晴れた中に、鎧を着た男の姿が見える。「なに!?そんなばかな!」「ふふ、ドラゴラム族の鎧も役に立つものだ な。竜の鱗は炎を寄せ付けぬ。ぬかったな、コウトウよ。」きらりと何かが光ったと思ったときには、コウトウは血しぶきを上げながら床に倒れていた。「ホウメイよ、姫様の 事・・・頼んだ・・・ぞ」
 大きな旅行カバンに、乱雑に荷物を詰めている黒髪の美少女がいる。一つのカバンに、身の回りの全ての荷物を詰め込もうという考えのようだが、どうしても入りきらずには み出している。少女は、はみ出した服を隙間に押し込むと、足でカバンを押さえ込み、取っ手の部分をつかんで思い切り引っ張った。もう少しでカバンが閉まりそう。「あぁー 、姫様、こちらにいらしたんですかぁー」間延びした声、手から力が抜けてしまう。ぱか、カバンが口を開けた。せっかく詰め込んだ荷物が床にこぼれ落ちる。こめかみの辺り がひくひくしている。「何の用ですか、ホウメイ。」少女は、開け放たれたドアの前に立つ、寝癖のついた頭をもそもそと掻いて、ぼろカーテンを被ったようなスタイルの男を にらみつけると、かみしめた奥歯の間から声を出した。「貴方はもうチェロンの人間ではありません。もう自由の身です。お好きなところへ旅にでも出ればよいのです。もっと も、私も自由の身となってしまったのですが。」少女は、ドラゴラムによって滅ぼされた国、チェロンの姫、シェリル・フル・フレイムであった。「姫、チェロンから召還の命 が届いていますよ。」ホウメイと呼ばれた男は、寝ぼけたような顔で頭をぽりぽりと掻いていた。「その手紙は、お父様がお書きになったものでないことは明白です。恐らく、 私をおびき出そうという醜いトカゲ人間の罠でしょう。従って、私には従う理由も必要もございません。」シェロンはそう言うと、カバンと最後の格闘の末、ぱちりという音と ともに勝利を得た。そして、自分よりも重いのではないかと思われるくらい大きなカバンの取っ手を両手でつかみ、寝ぼけた男の横を通り抜けようとした。「行くあてはあるん ですかぁ」「私には婚約者がいることはご存知ですわね。カール帝国の方。」「あー、あのかなりナルシストな方ですね。まぁ、ある意味面白い方ではありますが、私はどうも あの方は好きになれなくて・・・、あ・・・、失礼。」「ふー、あなたよりはマシです!わたくしの国、チェロンが滅んでいなければ、あなたを打ち首にしてやるところですわ !」少女は、長い髪をさっとかきあげると、ぷいっと横を向いてホウメイのそばを通り抜けた。ホウメイは、まだ頭をぽりぽりとやりながら、少女のつややかな髪がか細い背中 で左右に揺れるのを眺めていた。コウトクからの途絶えた魔道信、ひび割れた亀の甲羅にばらまかれた碁石の配置。白鳥の星座が地平線に向かって沈む夢見。姫の運命を暗示し ている?「放ってはおけませんね。こっそりついて行くしかないでしょう。あぁこういうの、今はやりのすとーかーって言うんでしょうかねぇ。」
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