「Funny World じょたの冒険」
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第1話「マルコニャンコを救出するの事」(上)
 白い雲がぽっかりと青空に浮かんでいる。樹木は青々とした葉をつけて、柔らかな風が流れてくるたび、ざわざわと枝をふるわせている。木漏れ日が小川の水面に反射してき らきらと輝いている。お椀を伏せたようなこんもりとした丘の上で、男の子が遠くの町を眺めていた。丸い顔、ふっくらとしてうす赤い頬、くりくりとした目玉、黒というより は濃紺がかった前髪は額に垂らし、風にまかせてなびかせている。赤い長袖シャツは両腕ともまくりあげられ、一番上のボタンははずされていて、紺色のジーンズの背中からは シャツがはみ出ていた。何かを発見したのか、少年は大きな目玉を一瞬きらりと輝かせて斜面を駆け下りた。ふかふかの草がこんもりと生えている場所へ転がりこむと、草のク ッションの上ででんぐり返しをしてころころと転がった。天地が逆さまになった世界で、空に張り付いた町の方から誰かが駆け下りてきた。背の高い緑がかった髪の子と、少し 遅れてよたよたした走り方の小さな子、彼らは少年の友人であった。今日はマルコニャンコの姿が見えないなと、草のソファの上に腰掛けながら考えていると、息を切らせて二 人がやってきた。
 今日はどこの森を探険しようか?待ちくたびれたじょたがそう言った。ここはファニーワールドの南の大陸ヤマト、赤道付近から流れ込む暖流と火の精霊力によって、一年に わたって暖かな気候が提供されている土地である。もっとも山脈を越えた大陸の南部は南極海に面しており、一年の半分は氷に閉ざされている。その大陸の西部に、オマチ高原 と呼ばれる地域がある。かつて魔道王国ブリューニェと戦争が勃発した折には、最前線の出城であったオマチ城のある場所だ。この地方は、南からの冷たい風が山脈を越えてや ってくることは殆ど無いし、過去の大戦の折に作られた魔道システムのおかげで、お日様のエネルギーを大地が充分に吸収するため、植物が繁茂して緑の楽園となっている。4 つの尖塔に、朱色地に黄色い星のマークのついた三角の旗が翻っているお城を中心として、茶色い瓦屋根に白い壁の家が、緑のツタに覆われた石の城壁に囲まれて建っている。 城壁の外側には、格子模様に区分けされた緑の耕作地帯が広がり、茶色い屋根と白い壁の家が所々に点在している。そんなのどかな風景が見える丘の上で、じょたたちはいつも 探険ごっこをして遊んでいるのだった。駆け出してきた二人は呼吸を整えると、ヒトネコのマルコニャンコが城壁の調査に向かったまま2,3日戻らないのだと言った。ファニ ーワールドには雑多な生物が共存している。その中で知性を持っているのは人間だけではない。過去の大戦で、魔道の力によって召喚された亜人種や、精霊力の集合体たる妖精 などが自分たちの国を持ち、またはひっそりと森の奥などで暮らしていた。ヒトネコとは、その名が示すとおり柔らかな毛皮に包まれたネコの姿をした亜人種で、ヤマトの国で はよく見かけられる。彼らは自分たちの国を持たず、自由気ままに世界を旅しては、気に入った土地に住み着くのだ。彼らの知性は、人間に勝るとも劣らずといったレベルで、 魔道に対する知覚力に関しては、人間は彼らに遠く及ばない。彼らの目は、精霊力(=魔道力場)を直接捉えることができるのだ。また、彼らの知的探究心は強く、さまざまな 事象に興味を示し、その超絶的な知覚力でもって調査を行い、著書を著すことも珍しくは無い。であるから、そんな彼らがある日突然にいなくなったとしても、ことさら不思議 なことではない。どこぞへ旅の空という事も考えられたし、調査へ行くと言っていたならば、何らかの成果を得るまでは戻らないことも充分考えられるだろう。
 城壁の調査かぁ。じょたは背の高い少年から話を聞くと、眉を曇らせた。城壁というのは、先の大戦時に作られた城壁のことである。それは、オマチ城を中心として幾つかの 輪を描く層構造となっていた。まず、城とその城下町を守る一番内側のアルファリング、次に耕作地帯を大きく取り巻くように作られたベータリング、そしてその外側を守るガ ンマリングである。ガンマリングは、所々途切れていて完全な円周をなしてはいないが、オマチ高原の魔道システムの効果範囲は、大体このガンマリングあたりまでと考えてよ い。高原全体を包みこむこの長大な防御壁には、外敵の侵入を防ぐためにさまざまな罠が仕掛けられている。また、秘密の地下道や隠し部屋などが幾つも存在すると噂され、多 くの新米冒険者が探索に向かってそのまま戻らなかった。アルファリング、ベータリングについては、殆ど探索し尽くされているため、マルコニャンコが向かったのはこのガン マリングだと思われた。
 「たぶん、西の尖塔のあるガンマリングだと思ぅぜ。まえから、そんなこと言ってたからなー。」背の高い少年はそう言うと、左手を腰に当てて前髪を掻きあげるしぐさをし た。彼はじょたと同い年で友人のシュウ12歳、もうひとりの小さい子供はその弟のトム君8歳。二人は、小さな頃からじょたとヒトネコのマルコニャンコと一緒に遊ぶ仲間で あった。彼らの話によると、2,3日前の夕方マルコが二人の元に訪れて、これから城壁の探索へ向かうのだが、一緒に来ないかと誘われたという。場所が場所だけに躊躇して いると、細い目をますます細めて「なむぅー」と鳴くと、リュックを担いで夕焼けの町中へ歩いていったらしい。恐らく町の冒険者会館へ向かったものと思われる。そこで冒険 者の斡旋を受けるつもりなのであろう。
 城下町の中心街からちょっと外れた場所にある、冒険者会館の扉の前に3人が集合したのは、あたりが暗くなりかけた黄昏時であった。石畳の小路の突き当たりにあるこの建 物は2階建てで、所々外壁が痛んで崩れかけていた。窓からは黄色い暖かな光がもれていて、時折男たちの下卑な笑い声が聞こえてきた。じょたは、勇気を出して扉を開けた。 扉の向こうにはまっすぐな通路があり、通路の右側はカウンターになっていて、年老いたおじいさんが椅子に腰掛けてこちらを見ていた。その隣には黒い金属製のよろいを着込 んだ男が立っていて、何事かそのじいさんに話し掛けている様子だった。これはまたかわいらしい冒険者たちじゃな、じいさんはそう言うと目を細めてじょたたちを見た。よろ いを着た男は、これ以上何を言っても無駄だと思ったのか、両手の平をくるりと上に向けて首をすくめ、やれやれという顔をした。じょたは、背伸びをしてカウンターから顔を のぞかせると、じいさんに2,3日前マルコニャンコというヒトネコがここに来なかったか尋ねた。じいさんが、料金は前払いでお願いいたしますというので、仕方なく1ゲル ド支払った。話によると、2,3日前確かにマルコニャンコと名乗るヒトネコがここを訪れて、二人の冒険者を雇ったという。期間は1週間。行き先は、西の尖塔のあるガンマ リング。料金は、1日ひとりあたり100ゲルドで、二人分が1週間だから1400ゲルド。冒険者会館の取り分はそのうちの10パーセントとのこと。ひとりあたりの値段は 、冒険者レベルによっても異なるが、最低でも1日100ゲルドはかかるらしい。なお、料金の半分は前払いなので、冒険に出かけたまま戻らなければ、その分丸儲けとなるシ ステムであるところがちょっと怖い。3人の所持金は、合計しても100ゲルドに満たないから冒険者を雇うことは出来ないし、1週間の予定ならばまだそれほど慌てることも 無いと思って、話を聞くとそのまま自宅に戻ることにした。
 翌日、3人のいたずら小僧どもは、マルコニャンコの向かった西のガンマリングに向かって歩き出していた。小さなリュックにはお菓子と傷薬と緊急回避のテレポートアイテ ム、それから泥で作った特製だんごも数発入れておいた。じょたの装備は、柔らかい革の服、右手には木のメリケンサック、左手はいつもフリーにしておけとマルコの友人ニャ ンコラキッドに言われたとおりにしている。まぁ、キッドは盗賊だから、お仕事するために片手は空けておくらしいのだが。忍び足で歩いたり、足にとげが刺さったりしないよ うに、革の靴も忘れなかった。シュウは、自宅の倉庫からこっそりと持ってきたショートソードを、誇らしげに右手にかかげ油断なく周囲を見張りながら歩いているが、こんな 城下町の街道に、しかも真昼間から怪物など現れないのだ。それよりも悪どい人間にたぶらかされるほうが怖い。従ってちょっとこっけいに見える。トム君は、誕生日に買って もらったスリングショットと鉛の玉数十発を持っていた。このパーティで一番頼りになりそうである。
 さて、ガンマリングに到達するためには2箇所の関所を通過しなければならない。言わずとしれた、アルファリングとベータリングの関所である。南の大陸ヤマトは、一つの 統一国家であるため、北の両大陸ほど関所の警備は厳しくない。ここでファニーワールドの大陸の配置を簡単に説明すると、まず中央に大いなる海があり、その海の中央部には 火山島がある。そして、その海の周りをぐるりと囲むように大陸が存在する。大陸は大きく分けると、北の大陸と南の大陸に分けられ、北の大陸はさらに東半球側と西半球側の 二つに分けられる。この2つの大陸は、大いなる海の北側でつながっているため本来1つの大陸なのだが、昔から2つに分けて数えられている。
 ツタに覆われた緑のアルファリングの門が見えてきた。ここを越えると城下町を抜け出し、さっきよりはやや危険な「外」の世界になる。インナーとかアウターとかいう者も いるが、城下町の人間がインナーで、外の人間はアウターというさげすみの意味もある。関所を通過しようとすると、警備の兵士がにこにこしながら近づいてきた。やっぱりシ ュウが目立ちすぎたらしい。ガンマリングまで出かけるのだと言ったら驚いていた。そして、子供はそんなところに行ってはいけないとか、学校はどうしたのだとか詰問してき た。じょたがまあるい目玉をくりくりさせて、頬を赤らめて返答に窮すると、シュウがすばやく機転を利かせ、「ハイ、学校の自由研究でオマチ城のリング構成について調べな ければいけないのであります、隊長殿。」と言った。柄にも無くまじめ腐った顔をして説明している。すばらしい!君は頼りになるよ。ようやく警備兵に開放されると、外の世 界に出た。緑の耕作地帯に挟まれた街道は、3キロメートルほど先のベータリングまでまっすぐに続いていた。
 石積みの城壁が、山の尾根筋に沿って続いている。地震の影響なのか、戦闘によって破壊されたのかは分からないが、あちこち石積みが崩されていて乱積みの状態になってい る。その城壁の上を、雨も降っていないのに柳の絵が描かれた傘を差して、朱色の地に金と銀の糸で竜の紋様が刺繍されたマントを羽織い、紫に黄色い花柄の入った着物を着て 、橙色の帯を締めた男と、それにつき従うように黒の燕尾服を着た、蝶ネクタイのせむしの小男が道具袋を背負って、後ろに続いて歩いていた。背の高いマントの男は、あごを なでながら辺りを見回し、目つきをとろんとさせ、つややかな口を少し開け、腰を振りながらしなしなと歩いていた。せむしの男は、ただでさえ背が低いのに腰をかがめ、さす さすと揉み手をしながら、目の前のマントの男を見上げて、卑屈な笑みを浮かべていた。「せばぁすてぃあん」マントの男は立ち止まると、後ろを振り向きもせずにそう呼んだ 。「はい、御館様、セバスチャンはこちらに、何か御用でございますか。」せむしの男は、ばったのように背を上げ下げしながら、揉み手をいっそう早めた。「御館様ではない !伯爵様とおぉ呼び。御館様では、大工の頭領か、すもーうレスラーのティーチャーのように聞こえるではないか。あぁ、裸の大男がぶつかり合う様など気色の悪い・・・あぁ 、貧血が・・・」そう言うと、マントの男は手を額に当てて目を閉じた。血色は良好そうである。「はい、おやか・・・伯爵様、いかがなさいました?」伯爵様の前は女王様だ ったか、この次は何になるのだろう。そう思いながら、せむしは答えた。「きぃー!いかがではないっ!本当にこの近くにネコを虐殺する極悪集団のアジトがあるのかえ?」こ の男、怒り出すとヒステリックで、少々オカマっぽくなるようだ。「おやか・・・伯爵様、あれに見えます尖塔が、ネコを殺すというにっくき新興宗教団体、キル・キャット団 のアジトでありまする。」「おおぉ、あれかえ・・・」額に手をかざし、遠くを見つめるマントの男。乱積みの石の城壁の先に小さくとんがった尖塔が見えた。あと、2つほど 山を越えなければならないらしい。「馬車にすればよかったかのぉ・・・」この二人、どこから歩いてきたのか分からないが、よくここまで化け物にも遭遇せずに城壁を渡って きたものである。化け物も人を見るのかもしれない。「ふぅー、参りましょう。柔らかく、しなやかで、美しい、わたくしリキュール・マリ様のようなネコちゃん達を救うため 、誰かが立ち上がらなければならないのですわ。」男は、すね毛のぼうぼうと生えた右足を、着物のすそからちらりと出すと、しなしなと歩き始めた。せむしの男もその後に続 く。彼らの歩みでは、今日中に目的地に到達するということはまず考えられないし、ひょっとすると一生たどり着かないのではないかとも思われるのである。
 砂利が敷かれた街道に、鉄馬車のわだちがついている。徒歩の旅人は、砂利道の端に寄って、この煙たい鉄の塊が通り過ぎるのを待っていた。主要な町の間を結ぶ駅馬車は、 殆どが蒸気機関の馬によって牽引されており、生きた馬の馬車が通るのはローカルな土地へと向かうものだけであった。魔道によって動くクリーンな機関の馬車もあるが、王族 専用で一般人の乗り物ではない。道路の端でほこりにまみれながら、白と黒の柔らかい毛に覆われた尻尾を、ふらふらと動かしているヒトネコがいた。頭には耳が飛び出る革の 帽子を被り、ポケットのたくさんついた服を着て、背中には釣り竿らしきものが飛び出たリュックを背負っていた。左手には宝石が幾つかはめ込まれた腕輪をしていて、傾きか けた日の光を反射して、赤や緑などの鈍い輝きを発していた。「なむぅー、夜までにはガンマリングに到着できそうな予感」白黒のヒトネコは、そう言うと同行の人間に細い目 をさらに細くして見せた。同行の二人は冒険者会館の人間で、ひとりは色の浅黒い男で、鎖帷子をクロースの上に着込んで、マントを羽織った戦士らしい。左腕に盾をくくりつ け、腰には長さ50センチ程度の幅広の剣をぶら下げている。もうひとりは色白の(化粧かもしれないが)女性で、頭から足先まで隠れる布のまといを被り、右手には樫の木製 の杖を持っている。典型的な魔法使いのようである。ヒトネコはマルコニャンコであった。
 「なむぅー、ガンマリングに到着したら、とりあえず安全そうな場所を探して、探索は明日にするとよさそうな予感」街道に長い影を落としながら、戦士を先頭にして3人パ ーティは歩いていった。この時間になると、もう旅人とすれ違うことも殆ど無い。北の大陸ほどではないとはいえ、夜になれば怪物どもと遭遇する確率も高い。夜は彼らの領域 だから。餌を求めて徘徊する彼らに出会ったら、戦闘は避けられまい。「なむぅー、オマチ高原は、ファニーワールドの南のはずれにあるのに、なぜこんなに暖かい気候なのか 不思議な予感」どうもマルコは、なむぅーと語尾に予感をつけるのがくせのようである。「なむぅー、それは、きっと3つのリングに関係すると思っているのはボクだけじゃな いという予感」「3つといえば、オマチの秘宝も3つだったな。炎の宝珠、月のしずく、太陽の王冠、建国の式典の時にダミーを見たことがあるが、皆かなり大きな宝石だった な。ガンマリングにもそれに匹敵するくらいのお宝があるといいけどな。」戦士ヴァンは、そう言ってマルコの方を振り向いた。「なむぅー・・・ありそうな、予感。」顔を引 きつらせながら、一瞬間を置いて返事をするマルコ。「ダミーじゃなくてイミテーションでしょ。ガンマリングは、幽霊が出るからあまり人が近づかないのよ。幽霊には物理攻 撃は効果が無いし、魔道の素質を持って生まれてくる人間の数はたかがしれている。何かあってもおかしくないわね。」と魔法使いミレーネの意見。「なむぅー、きっとある・ ・・と思うの予感」マルコは宝捜しに行くわけではないが、冒険者会館出身の二人にとって今回の冒険は100%宝探しが目的である。城下町全体が古代遺跡といっても過言で はないこの地方では、本気になって探せば古代魔道文明の遺産が見つかることも珍しくない。魔道のアイテムを作るのには特別な能力が必要であったし、ミレーネの言うとおり そのような能力を持って生まれてくる人間はそうたくさんいるわけではなかった。オマチ高原でそのような人物の噂を聞いたことは無かったし、恐らく南の大陸中を捜してもい ないのだろう。従ってマジックアイテムを発見すれば、かなりの値がつくことは想像に難くないが、使途不明のアイテムもあり、鑑定料に見合ったペイがあるかどうかは運次第 ということもあった。開いているのかどうか分からない目で鼻息荒い二人を眺めながら、マルコは探索の目的を話すタイミングを失った事を理解し、一番星がオレンジ色の空に 現れた頃にはガンマリングの姿を確認できるほどの距離までに近づいていた。明日のことは明日考えるとよさそうな予感、そう、なんとかなるものなのだ。
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