佐倉市立美術館 体感する美術2002  耳をひらいて Open your ears

風鈴プロジェクト(IFSによるワークショップ)  


風鈴屋台繁盛記その11

7月10日(水) 風鈴プロジェクト@商店街 

 なんということだろう、台風が関東地方を直撃した。
朝から多量の雨が降りつづく。晴れ女の永山さんもこればっかりはかなわないと、予定していた甚大寺の出店を断念。急遽会場を新町商店街のアートスタンプという事務所に移す。

 甚大寺では毎月10日にこんぴらさまが開かれており、今日も多数のオジイチャン、オバアチャンがみえるはずだった。それで僕が「ちょいと、そこのお嬢さんっ!」と口上をうつはずだったのだ。今日の甚大寺では「風鈴プロジェクト、アートスタンプに変更になりました」という看板だけがさびしく雨に濡れていた。
また、それとともに今日は商店街をまわってお店の方に風鈴屋台プログラムを体験していただく。これは以前からお知らせし、ご協力をお願いしていたので中止するわけにはいかない。

 わざわざ大雨の日に風鈴に絵を描きにくるひとなんていないよなぁ、とこぼしながら準備していると、小さなお子さんを連れた家族が「新聞を見てきました」と早くからみえる。ちらほらではあったが、この後もチラシをみていらした近所の方や学校帰りの子どもがやってきた。
そうだ、よく考えてみれば今日のアートスタンプ事務所はユーカリが丘のペデストリアンデッキや城址公園に較べ、正真正銘のまちなかでの出店という感じがする。事務所は新町商店街のちょうど真ん中に位置し、その前を多くのひとや車が行きかう。スーパーの買い物袋を抱えた婦人、連れだって歩くお年寄り。みな日常の風景だ。
また、事務所のつくりがいい。もとは駿河屋という店であったらしく、その木造のつくりが城下町であったころの遠い佐倉を偲ばせる。

 雨ではあったが平日の昼間ということもあって、行きかうひとの年齢もいくぶん高い。今日の収穫は高齢の方の参加があったことだ。というのも戦時中の佐倉の記憶をお聞かせいただいたからだ。70代の女性からうかがったのだが、こちらから無理やりにうかがったのではなく、音のエクセサイズをきっかけに自然と静かに語ってくださった。エクセサイズのなかに「今までで一番怖かった音は?」という質問があり、それに「焼夷弾が炸裂する音」と書いておられた。当時、女学校に通っていた彼女にとってそれは大きな恐怖であったという。現在でさえ耳に残って夜眠れないことがあるそうだ。

 こういった会話が堅苦しい場でおこなわれるのではなく、風鈴に絵付けをしながら、また、お茶を飲みながら気軽におこなわれたのがよかった。この日は大雨のせいでその場に居合わせたひとが少なく、その点は残念だったが、いちおう「風鈴プロジェクト」の目的のひとつが果たされたかと思う。こうした、世代や職業や関心を超えたコミュニケーションの場がまちのなかにもう少しあってもいいのではないかと思うのだがどうだろう。

 さて、アートスタンプ会場と並行して、つづいては栄町商店街と新町商店街の各店への出前「風鈴屋台プログラム」である。以前から本日7月10日午後にお伺いしますよと伝えておいた。僕たちが絵具セットを持って伺い、お店の方に風鈴の絵付けと音のエクセサイズをやってもらう。セットをお届けしてから3時間後くらいにもう一度伺い、セットとエクセサイズの回収に行く。その日のうちにはできないというお店にはセットをお貸しして後日回収にうかがう。そして出来上がった各店オリジナルの風鈴は店の軒先にさげていただく。

 昔ながらの商店街である。商店の種類が多岐にわたる。呉服店、電気店、人形店、せんべい屋、毛糸店、スポーツ用品店、武道具店、畳店等々、バラエティに富む。一方でまた、昔ながらであるがゆえに苦戦しているようだ。日曜にシャッターが下りている店もみえる。各店同士の横のつながりも希薄のようだ。杉並という比較的商店街に活気のある地域から来ている僕からみればここはどうも元気がない。いま全国で問題化している衰退した中心市街地のひとつにあげられるだろう。

 お話に伺ってわかったことだが、商店街のなかにも考え方の層が幾重にもあって、活性化を望む層もあれば、変化を望まない層もある。また、美術館の活動にはまったく関心がない層もあれば、何か頼まれれば「いっちょやってやるよ」という層もある。個人単位でみれば「アート?子供だましじゃあるめぇし」というひともいれば写真教室や絵画教室に通うひともいる。当然のことだがさまざまである。一筋縄ではいかないのは目に見えている。
とはいうものの僕たちの目的は集客や経済効果をあげることではない。そのあたりが商店の方と容れないところなのだが、「日常に新しい視点をもたらす」ものとしてのアートとまちやひととの関わりを考えるのが「風鈴プロジェクト」あるいは「体感する美術」である。その先にはもちろん地域活性化という題目があるのだろうが。  

 理屈っぽくなってしまった。肝心の出前風鈴屋台はどうだったのか。
風鈴絵付けセットをお渡ししてから3時間後、絵付けセットの回収にあがり、風鈴を見せてもらうと決まって次のような言葉が返ってきた。みなさん、じしんで絵付けした風鈴をまんざらでもないといった顔で見ながら、
「ワタシねぇ、ダメなのよ、絵心がないのよ。ほら、見て。」
となんとも嬉しそうにおっしゃる。次の店。
「間違っておもてから描いちゃったわよ。見てよ、おかしいでしょ。」
とまた嬉しそうにおっしゃる。その次の店。
「オレね、写真やってたのよ。だからわかんだけどね、オレには芸術的センスがないの。職人なのよ、いわれたとおりには撮れるんだけどね。感性がないのよ。絵もおんなじなんだよ。ほれ。」
とこれまた嬉しそうである。僕は
「いやぁ、オクサン、よろしいですよ。よう考えて描いてはりますわぁ。ウツクシイッ!」「素晴らしいじゃないですか。ご主人のお人柄が滲み出てますわぁ。これはイイッ!」
と返して、さっそく店の軒先に下げていただく。じっさい、お世辞ではなくいい感じの風鈴ばかりだった。毛糸屋さんなら毛糸屋さんの、畳屋さんなら畳屋さんの雰囲気が存分に出ていた。

 商店街を駆けずりまわったが、どちらの店も快く入れてくださった。「風鈴屋さん、まだ来ないよ。」と美術館に催促の電話までもらった。今日中に予定していた商店はすべてまわり、完成した風鈴は下げていただいた。

 一日降りつづいた雨は夕方にはやんで、塵が洗い流されたまちに風鈴の音が響いていた。

風鈴プロジェクト@商店街の様子はこちらでもご覧いただけます