ウルム市立劇場

アンゲラ・デノケ Angela Denoke

本日付け(1999年10月11日)産経新聞に嬉しいニュースが載っていました。

それはアンゲラ・デノケと言うソプラノ歌手がドイツの権威あるオペラ雑誌「Opern Welt オペラの世界」の批評家50人のアンケートでダントツの1位で「今年のソプラノ歌手」に選ばれたと言うものです。

実はこの人は、現在はシュツットガルトの州立劇場で歌っている人ですが、数年前までウルムの市立劇場で歌っていたのです。

J.シュトラウス2世のオペレッタ「ウイーン気質」で初めて見、そして聞きました。素晴らしかったですねえ。杉本さんと奥様に興奮して話したのを覚えています。

その後「ドン・ジョヴァンニ」「コシ・ファン・トゥッテ」も見ました。どれも良かった。声量があり、音楽的で、自然な発声なのに際立つんです。市立劇場ホワイエでのシューベルト・エントロス(エンドレスでシューベルトだけを演奏)でも見ました。妻と二人すっかりファンになりました。戻ってきて大手の音楽事務所に居る高校の先輩に日本に呼べないものかと言ったほどです。

ウルムからシュツットガルトに移ったときは、残念でした。もう有名になって、自分だけが知っているぞ、と言う楽しみが無くなるだろうと思ったからです。そして事実そうなりました。

でも、贔屓にした歌手が選ばれた事で、図らずもウルムが現在も登竜門である事、それに自分の耳の確かさにも自信が持てました(自慢する訳では無いですが)。

追記/2002年小沢の指揮でヤナ−チェックの「イェヌーファ」がウィーン歌劇場で上演されました。そして、タイトルロールを歌ったのがデノケさんでした。遂に独墺圏で頂点を極めましたね。梶本の人にギャラの安い内に呼ぶと良いと言ったのになあ。

ウルム劇場とその内部ウルムの劇場を見る前に「州立」と「市立」の違いに就いて話しておきたいと思います。ドイツ語でStaatsとStadtisches(市立)ですが、前者はもともと王様が宮殿の中に建てたもの「ホフ・テアター」が後にLandes(州立)と成り、更にシュターツと成ったのです。Staatsには国立、州立の両方の意味が有るのですが、連邦制を取っているドイツでは「州立」が妥当でしょう。ミュンヘン市発行の観光案内の日本語版でもそうなっています。オーストリアでは事情が違いますのでウィーンは国立だと思います。ランデスと言う名称も残っています。(例えばザルツブルク、ドイツではフレンスブルクなど)。後者は貴族、市民階級の台頭により設立が進んだものです。非ヨーロッパですがロンドンではヘンデルのいた宮廷劇場と貴族、市民階級の劇場が熾烈な争いを演じたと言う事です。市立の劇場があるのは小都市だと思っている人が多い様ですがそれは間違いです。ケルンやフランクフルトの劇場も市立ですし、州立でも小さい処があります。

 話を戻しましょう。ウルムの劇場は市立で最古なのですが(1647年設立)現在の建物は1968年に建て直され、当時最新鋭の設備を施した劇場(写真1)です。モダンな外 観が私にはロボットの頭の部分に見えて仕方がありません。正面から入ってみましょう。杉本さん(ファゴット奏者)と御案内しましょう。入るとすぐにチケット売り場(写真2)が あります。チケットのシステムは驚くほど細かく出来ています。それに関しては改めて述べるつもりです。

 次に内側の扉を開けるとクローク(写真3)があります。随分コートが預けられていますね。今日は昼間に子供達の為の演劇があるんです。そう言えばバスが何台も停まっていました。日本でも音楽鑑賞教室はありますが、こうしたマナーを勉強する事は無い様です。子供の時にやっておけば大人になってドギマギしなくても良くなるのですけれど。この日に上演されたのは日本の昔話を基にしたものだそうです。鳴り物にドラムセットが入っていました。

 大ホール(写真4)の客席は二階建て800席程です。一階は御 覧の様に縦の通路がありません。ドイツでは(全部見た訳では無いですが)一般的な作りです。二階のホワイエ(写真5)に行ってみましょう。劇場はどこでも演奏空間なのですね。 ここも、よく使われます。以前ここを訪れた時「シューベルト・エントロス」と題して17時頃から翌日の未明まで室内楽、歌曲、オペラ(シューベルトの作品!楽員も初めてでした)をここでやりました。眠くなって途中で帰りましたけど。また、楽員に依る室内楽の演奏会も年に八回行われます。

 今回は何と着いた夜にカミロ・エールベルガー氏の朗読会( 写真6)がありました。氏はもともと文学の勉強をされたとの事で、この時は「ウィーンフィルこぼれ話」と言う自著を携えて来られていました。75歳とは思えぬ声量で自著の朗読とそれに関係深い音楽を流しながら二時間以上に渡る講演でした。とても聞き取り易いドイツ語なのですが、私のドイツ語の能力では如何ともし難く邦訳の出版を待望するばかり。氏は金婚式を迎えた夫人を伴われていて、その後食事と教会見物にも同行出来たのはラッキーでした。

 ホワイエの横には救急室(写真7)も用意されています。話がそれますが、ホワイエもクロークも日本ならチケットが無いと入れないのが普通ですね。しかし、ドイツは駅に改札口が無いのと同様にドアの近くまでならいつでも行けます(行けないところも勿論ある)。もちろんホワイエが会場の時は別です。そして、チケットは半券を切り取るのではなく、ドアの処で係員がびりっと少し切ります。これはコンサートホールでもほぼ同じです。

 さて、この劇場にはポディウム[Podium]と呼ばれる小ホール(写真8)があります。ここは写真でもお分かりの様に(杉本さんと比べてください)小さいのですが、油圧装置で舞台をスペースの何処にでも作れます。椅子が固定でないのはその為です。演劇が主ですが、出演者の少ない、例えばプーランクの「人の声」、メノッティの「電話」の様なオペラには最適です。多分に実験劇場の趣があります。客席を取り囲む様にした時は面白かったそうです。

 ここの狭いホワイエにも更に小さい舞台(写真9)がしつらえてあるのに は吃驚しました。骨組みだけなので何に使うのかは不明でした。勿論、休憩時間の飲み物など(写真10)の用意は両ホール共にあります。

 劇場が果たす役割が、芸術活動にとって如何に大事かお分かりになるでしょう。実際にここまで利用する所は珍しいと思いますが。そうそう大事な事を忘れていました。ウルムのオーケストラは、正式な名称が5年程前から「ウルムフィルハーモニー管弦楽団」となったのですが、当然管弦楽団による定期演奏会もあります。これは年に五回の公演ですが、以前はこの劇場の舞台でやっていました。しかし、劇場の舞台は日本とは別な意味で多目的ホールなのでコンサートホールの様な良い響きは期待できませんでした。ワグナーがバイロイトに、響きの良い専用の歌劇場を欲しがった理由が分かります。

 本筋からまた離れてしまうのですが、ウルムにはノイウルムと言う所があります。ドナウ川を挟んだ向こう側です。同じウルムでもここはバイエルン州になります。ドナウの岸辺にコンサートホールが十年ほど前に建ったのですが劇場のオーケストラはバーデン・ヴィルテンベルク州のものだからと、貸してくれなかったそうです。しかし、他から呼ぶのも大変で余り使われなくなったそうです。今は五年程前に立派なコングレスセンターが出来て、アインシュタインザールと言うコンサートホールもあり、良い響きで聴けます。

 表から行けるのはここまでです。いよいよ普段見られない内部に入ってみましょう。楽

屋口(写真11別項目参照)です。入ると左手にコンシェルジュと呼ばれる(ホテルみたいですね)受付があります。同じフロアには楽員のロッカールーム(写真12)があります。楽員のライクルさんがいました。建物は地上五階、地下三階と言った所ですが天井の高さがまちまちなので、一寸はっきりしません。次はオーケストラの練習場(写真13)です。写っているのはシュテックマイヤーさんです。これ以外に個人で使える練習室が10以上あるそうです。東京にある多くのオーケストラは練習場の確保すら大変なのに、うらやましい限りですね。 最上階には事務方がまとまっています。地上には舞台に実際に乗る人達の施設と、自然光の必要なスタッフの部屋が多い様です。合唱の練習場(写真14)は階段教室の様になっていました。バレエの練習室(写真15)は明るい色調の体育館と言った所でした。ここのバレエのディレクターは中国人で、昨年は北京を初めとする五都市での中国公演を行っています。ドイツ国内でも、オペラとバレエはインゴルシュタット、ハイルブロン等での引っ越し公演を行っています。

 本当は演劇の人達の施設も沢山あるんですが、これは無視します。歩いて疲れたでしょう。裏方と設備を見る前に少し休みましょう。そこがカンティーネ(KANTINE)

( 写真16)です。本来は軍隊の酒保の事ですが、まあ、社員食堂ですね。大ホールで芝居をし ていた人達も昼ご飯を食べています。ドイツはコーヒーが旨いですからね、ゆっくり飲んで下さい。この項続く

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