(承前)実はこれから見る所こそ劇場に欠かせない所です。日本では(新国立劇場を除けば)オペラは普通コンサートホールで行われています。オペラができる様に造られている所もありますが、スタッフがいない点は同じです。劇場も楽器ですからうまく演奏してくれる人が無ければ宝の持ち腐れです。演奏会と違ってセッティングして終わりではないですから、ドイツはもちろん他の国でも、劇場を慣れない外部の人間が借りて使う事はまずありません。管弦楽や歌手は場所が変わっても何とか対応出来ますが、裏方はそうは行きませんからね。ウルムの場合、一つのオペラが年に二十回前後催されます。年間プログラムでは大体オペラ五、オペレッタ、ミュージカル各一、バレエ一、演劇五が大ホールであります。この他に小ホール(ポディウム)、ホワイエでも数多くの出し物があり子供達の為の公演もあり、更に年末年始の特別演奏会、引越公演もあるのです。練習も当然ある訳で、プリミエ(新演出)の場合長ければ十五日程の稽古期間が必要とされますから、相当忙しいと言えます。休暇はありますが年間を通して何かしらやっているのです。自前の企画公演がこれだけあれば、貸し小屋にする暇など無いのです。
公演の回数はチケットのシステムとリンクして、出し物がうまくちりばめられ大抵の要望に応えられます。例えば、土曜日が休みで全部の出し物を見たい人は、土曜定期会員になれば全演目見られます。この件は次回に詳しく。
話を戻しましょう。裏方のスタッフは総勢で九十人程います。忙しければアルバイトも入るでしょう。劇場は本当にお金が掛かるのです。この中で一番人が要るのはやっぱり舞台で、三十人もの人々が働いています。これとは別に照明、録音や音響の技師もいます。舞台は前後に二重構造になっていてセットごと入れ替えが出来ます。オペラの舞台は間口に比べて奥行きが深いのが特徴ですが、これは準備や登場の為にスペースが必要だから他なりません。(日本の様に)コンサートホールでオペラをするのがどんなに大変か分かりますか?。出演者は通路に置いてあるセットとスタッフを避けながら舞台に出るのです。それに倉庫が無いのでセットは使い回しが利かず、ちゃちな物にならざるを得ません。とは言うものの、それでもオペラをするのは楽しいんです。
今度は地下に行きましょう。木工の職人さんが働いている所は小学校の講堂位の広さで、横には金工部門があります。ここで造られたセットは大きなエレベーターで舞台に上げられます。隣には美術の工房があり、床に広げられた布に絵を書く所でした。上の階に上がりましょう。ここは指揮者の控室ですが案外小さいし、ピアノも小さい物が一つだけです。もっとも日本の様に立派なピアノが何処にでもある方が珍しい様で、以前バイロイトで七十五鍵の同じ位のピアノに「これで練習をした」とD.バレンボイムのサインが入っていたのを見ています。
従業員の休憩室に入って一服しますか。ドイツは喫煙者が余り差別されませんから、舞台の関係者と一緒にしばし…。それでは女の人ばかりの職場に行きましょう。ここは衣装で、写っているのは窓際のお針子さんたちです。室内楽ホール位の部屋に十人程の人達が働いています。多くの衣装が掛けてあり、ブティックの中に迷いこんだ様です。日本では、使い回しが利かないのでこんな贅沢は出来ません。最後はマスクで、かつら等が主体の様ですけれど、舞踏会とか亡霊の場面もありますから、勿論仮面もありますよ。これは女性用の部屋で、隣に男性用があります。日本から見れば恵まれていますが国や州の文化行政に予算削減の動きもあり、何時でも充分に金がかけられる訳ではありません。しかし、そんな時こそ裏方の腕の見せ所なのです。
ここでモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」を見た時のセットには感心させられました。壁の一部を動かすと実に巧妙に街並みが変わります。照明やマスク、火薬などを上手に使い亡霊の復讐が見事に表現されていました。その前日のJ.シュトラウスのオペレッタ「ウィーン気質」では、いかも世紀末のウィーンと言ったきらびやかで魅力的なな衣装に歌手達は身を包んでいました。しかし私が魅せられたのは、道具を使いこなす職人気質の方でした。
劇 場 と の 関 係 と 仕 事
さて、劇場で働く人達の事を書いてきましたが、この人達と劇場との関係はどうなのでしょう。劇場のトップはインテンダント(支配人・市職員)とシェフ(音楽監督・契約)でしょうか。しかし管弦楽団は、楽員も市職員ですからインテンダントの支配下には無く、人事権等は市にあります。以前、オーケストラは「ウルム劇場管弦楽団」の名称でしたが、元々劇場からは独立した組織なので、数年前に「ウルムフィルハーモニー管弦楽団」と変更しています。劇場と管弦楽団の関係を理解するのは事情が少しずつ違うので、中々難しいのです。
例えばケルンの「ギュルツニヒ(かつて劇場のあった地名)管弦楽団」は市立劇場に属する管弦楽団ですが、指揮者のローゼンストックの回想録で「コンサートでは熱心なのにオペラでは酷い手抜きをする」なんてこき下ろされていますし、最近も組織の変更をめぐりインテンダントとの関係悪化で新聞紙上を賑わしていました(注・97年当時)。
ウルムに話を戻しましょう。スタッフは管弦楽団以外もほとんどは市職員です。インテンダントは経営と、プログラムの決定やオペラ、バレエのソリスト達との契約等に権限があります。ソリスト達は契約に基いて働いているのです。だから実力のある人ならフリーのソリストとして活躍できる訳です。シェフの仕事は、無論音楽に関して全ての責任があるという事です。それではオペラに関係して舞台に立つ人達はどのように働いているのでしょう。
指揮者から見てみましょうか。ウルムには指揮者が六人います。一番上にはシェフがいて、プリミエに必ず立ち会って全責任を取ります。以下はカペルマイスターと呼ばれる人達になり、まずシェフの代理も出来る人がいて、次に練習指揮者兼任の人、さらに(ピアノを弾きながら)歌手とコーラスの面倒を見る人が二人いて、客演の指揮者も一人います。稽古のピアノ(コレペティトゥア)は大事ですが、杉本さんに言わせると「最近は、ピアニスト崩れで指揮者にでもと言う人が多い」のだそうで「指揮の才能より、ピアノの能力で入ってしまう事もある」との事です。「おかげでオペラやオケをよく知らない為、無茶なテンポで酷い目に会う」のもしばしばだとも。確かにウルムのみならず、何処でもテンポが速過ぎる傾向があると感じます。とまれ日本で指揮者がこんなに使われる事はありません。
舞台監督もアシスタントも含めると十人もいます(演劇には別にいる)。贅沢なとも思いますが、この位は必要なのですね。
楽員はと言うと、稽古が無ければ、ゲネプロはプリミエ以外無いので、夕方から劇場に出かけ三十分後には本番と言う訳です。理想的な職住接近です。しかし、プリミエが近いと大変です。この為に、まず管弦楽団、コーラス、歌手は別々に稽古します。これは普通午前中です(この間も夜は本番があります)。四日程やってからオケ合わせがまた四日ばかり、最後の舞台稽古も同様にありその日を迎えます。衣装やかつら合わせもあり、裏方も大童です。しかし、これこそが劇場の喜びでもあるのです。
こんなにしてお客さんは来てくれるのでしょうか?チケットのシステムが細かく良くできていると言いました。次回はそれをお話しましょう。きっと吃驚しますよ。(年間プログラムの表紙・120ページあります)