屋久島の世界自然遺産と縄文杉登山

「樹齢7200年と推定される伝説の巨木・縄文杉を見に 屋久島に行きませんか?」 と福井に住む
友人M君から誘われました。 屋久島は「月に35日 雨が降る」と言われるほど 雨の多い所です。
縄文杉を見るには 雨の中 往復10時間のかなりキツイ登山を覚悟しなければならないので迷いまし
たが 折角の誘いなので行くことにしました。 

このページでは 屋久島について色々と考えてみます。

宮之浦岳 (写真右側が頂上)
屋久島は九州最南端の佐多岬から南に
約60kmにある。 住民1万4千人 島の外周
道路130km  島面積は淡路島より少し小さく
90%以上が山林。 宮之浦岳(標高1935m)
は九州最高峰。 宮之浦岳に登るには
標高1300mの場所にある縄文杉を見た後
更に4時間ほどの登山となり日帰りは困難。

1. 世界自然遺産「屋久島」

深い原生林に覆われた屋久島の森は 平成5年12月に 青森県と秋田県にまたがる白神山地と共に
日本初の「世界自然遺産」として登録されました。

すぐれた自然や文化財を人類共通の財産として守り 後世に残そうという 世界遺産条約(1972年の
ユネスコ総会で採択)の世界遺産リストに登録されている自然や文化財が 「世界遺産」と呼ばれる
ものです。 平成12年末時点で 自然遺産として138件 文化遺産として529件 自然と文化の複合
遺産として23件 合わせて690件がリストに登録されています。 日本の世界遺産は 現在 
自然遺産が屋久島・白神山地 文化遺産が法隆寺地域の仏教建造物・姫路城・原爆ドーム・
厳島神社・白川郷と五箇山の合掌造り集落・京都の文化財・奈良の文化財・日光の社寺・琉球王国の
グスク及び関連遺産群 合せて11件となっています。

世界自然遺産として登録されたのは 屋久島の約20%にあたる森林で 登録基準を満たす要件と
して 次の如く評価されています。
  (1) 日本固有のスギの森林は 日本の自然景観の重要な要素で 高齢樹もみられる屋久島は
      スギが生育する生態系として 最良の地域である
  (2) 各地で急激に減少している照葉樹林が 広範囲に原生状態で残されている
  (3) 亜熱帯地域から亜寒帯地域までの植物が 標高差のある屋久島に垂直分布している

屋久島の森は 伐採など人間の影響を強く受けながらも 切り株更新などで森林の生態系が受け
継がれている(人工林でなく自然林である)ことが評価され 自然遺産に登録された希有なケース
です。

屋久島は 直径30kmに満たない島ながら 南北2千kmに及ぶ日本列島の自然がつめ込まれてい
ます。 標高100m毎に0.6℃余り気温が下がるので 海岸から山頂へ 気温の変化にしたがって
(通常なら南から北からへと植生が移り変わるのに対し)植物の垂直分布を屋久島では見ることが
でき 植物分布の地理上の区界を超える植生として評価されています。

ウィルソン株 
1914(大正3)年 調査に訪れたアメリカの
植物学者ウィルソン博士が紹介した切り口
の周囲13.8mの屋久杉。 およそ300年前
に樹齢2000年程の屋久杉が伐採された
もので 株の根際には 切り株更新として
再生した樹齢300年の屋久杉(小杉)が
3本育っている。 切り株更新とは 伐採
された切り株や根際に新しい世代の
屋久杉が日照に恵まれ育つ現象。 倒木
の上に育つ現象を倒木更新と言う。

2. 屋久杉の大量伐採

屋久杉は屋久島に自生しているスギの地域名称で 屋久島では樹齢千年以上の杉を特に「屋久杉」
それ以下を「小杉」と呼びます。 杉の平均寿命は5百年余りといわれていますが 屋久杉では2千年
を超える巨木が見られます。 新鮮な水に恵まれながら 栄養が乏しい花崗岩の山地にゆっくり育つ
屋久杉は 材質が緻密で樹脂分が多く 腐りにくく 建築材に適しています。

屋久杉の利用が本格的になったのは 江戸時代からです。 それまで屋久杉は信仰の対象(神宿る
木)としてあがめられ 伐ったらたたりがあるという呪縛から 人々は逃れられませんでした。
江戸初期に入って 屋久島生まれの儒学者・泊如竹(とまり・じょちく 1570〜1655)が薩摩藩の財政
を安定させ 島民の暮らしを豊かにする為に 屋久杉利用を献策しました。 江戸時代 木目が緻密で
美しく 耐久性があり 真っ直ぐに割れ 加工しやすい屋久杉は 屋根を葺く「平木」として重宝され
ました。 鋸と斧で伐採されたや屋久杉は その場で 長さ50cm 幅10cmほどの薄い平木に加工
され 人が背負って平地に降ろし 年貢として薩摩藩に全て納められました。

以来 幕末までに5〜7割もの屋久杉が伐採されたと推定されています。 伐採跡の多くには切り株
更新等により 小杉と呼ばれる屋久杉が自生し 現在に受け継がれています。

屋久杉を含めた森林が大量伐採されたのは 第二次大戦後の経済復興から高度経済成長へ展開し
た昭和30〜40年代です。 森林軌道(1923年〜)とチェーンソー(1956年〜)の導入後は 大量に
伐採された原木が搬出されました。

屋久杉を運んだトロッコの森林軌道
かつて屋久島には4つの路線 全長数十km
におよぶ森林軌道があった。 人力による
ブレーキだけで山を下り 貯木場のある港に
運んでいた。 写真は日本唯一の森林軌道
として 小杉谷と安房間に残され 発電所の
補修や土埋木の輸送等に利用されている。

3. 屋久島の森を守る

昭和40年代に入ると 国民生活の安定と共に自然への関心も高まり 自然保護運動と相まって
乱伐に対する反省が始まります。

平成12年12月5日に放映されたNHK番組 「プロジェクトX:伝説の深き森を守れ〜世界遺産・
屋久杉の島」 は屋久杉の森と自然を守った人々の活動を紹介しました。 その概要は以下の
ようなものでした。

  " 昭和30〜40年代にかけて 豊かな屋久島の森は乱伐され破滅に瀕していた。 子供たちに
   豊かな森を残そうと 伐採中止を訴え始めたのは 当時 東京に住む屋久島出身の若者
   (兵頭昌明・芝鉄生)たちだった。 東京での活動に限界を感じた兵頭たちは 屋久島に戻り
   活動母体となる「屋久島の森を守る会」を昭和47年に結成したが 杉を切り倒すことで生計を
   立てている人々から激しい反対にあった。 昭和45年に伐採地で起きた土石流災害発生など
   により 自然保護の大切さについて住民の考えは徐々に変化していった。 島の南部に広がる
   瀬切川流域の森は 唯一手付かずのまま残された最も深い原始林であったが 昭和57年9月
   世論の動きに押され 農林水産省は伐採中止を決めた。 30年前 故郷を愛し屋久島に戻った
   若者たちの熱い思いが 島の人々を動かし 最後には国までも突き動かし かけがえのない森
   を守った"

屋久島の観光センターに寄った時に 兵頭昌明氏の夫人・兵頭千恵子さん(現在 竜門小学校校長)
が書かれた本 「屋久島の森を守る」 (鹿児島文庫 春苑出版 平成13年12月初版)を見つけ
読みましたが 興味深い内容です。 このご夫妻を含めた屋久島に住む人たちの努力により
屋久島の森は乱伐から守られ 後の世界自然遺産登録に繋がりました。

縄文杉 
樹高25.3m 根回り43.0m 胸高周囲
16.4m 確認されている太さ最大の
屋久杉。 背が低い ずんぐりした樹形
は 台風の常襲地帯に育つ屋久杉の
特徴をよく表している。 凹凸の激しい
幹は木材に不向きとされ 江戸時代に
利用できない巨木として切り残された。
樹齢7200年という説もあるが 中心部
が空洞になっており その内側から
採取した資料の科学的計測値は 
2170年以上となっている。

4. 伝説の巨木「縄文杉」

「屋久島に来たからには 縄文杉を見ずに帰れない」 とばかりに 最近の縄文杉人気は留まる
ところを知りません。 樹齢7200年とも言われる縄文杉は 写真より実物の方が見る人を圧倒する
神々しい存在です。 縄文杉を日帰りで見る為に 私は 朝4時に起床 5時に旅館を車で出発し
6時半に登山口(荒川口)に到着 休息を入れ登山に往復10時間かけ 旅館に戻ったのは午後6時
でした。 全体として2泊3日の旅程を必要とし 本格的な(雨天覚悟の)登山なので 足腰と体力に
自信がない人には薦められません。

江戸時代には 平木に加工するのに真っすぐな屋久杉を選んで切り 瘤だらけで凹凸が激しい縄文杉
の如き屋久杉は 使いものにならないので 切らずに残されました。 現在見ることができる巨木の
屋久杉は 従い 利用に不適として切り残された異形が多く 特に樹齢の高い長老級のものには 
敬意の念を込めて 個々に 縄文杉 紀元杉 大王杉 夫婦杉 三代杉 翁杉 弥生杉といった
固有名詞が付けられています。 縄文杉は 現在知られている屋久杉の中で 最古で最も太いもの
です。

縄文杉は 昭和41年5月 町役場の観光課長だった岩川貞次氏により発見されました。 岩川氏は
子供の頃から  13人で一抱えするような大きな屋久杉があると 古老から聞かされており その伝説
の杉を探し当てたものですが マスコミにより大々的に取り上げられ 屋久島観光ブームが起きる
きっかけとなりました。 この巨杉は 瘤だらけの岩のような形から「大岩杉」と当初 名付けられまし
たが 樹齢からマスコミ報道で「縄文杉」と呼ばれるようになったそうです。

縄文杉の発見は 屋久島観光ブームを起こしただけでなく 日本各地の自然保護団体が屋久島にも
目を向けるきっかけとなりました。

大王杉
推定樹齢3000年 胸高周囲11.1m
樹高24.7m。 縄文杉が発見される迄は
最大の屋久杉と言われていた。 縄文杉
に向かう途中の標高1190m地点にある。
幹には江戸時代に材質を調べる為に試し
切りされた跡が残る。 縄文杉や大王杉
などの巨木は 森の奥深くにあるので
近づき難いが 車道の近くにある 紀元杉
仏陀杉 弥生杉などは訪れやすい。

5.新聖地・屋久島の「縄文杉」巡礼の旅(まとめ)

日経新聞記事(平成14年5月18日)によると  「観光目的で行ってみたい日本の離島」 ランキング
3位に屋久島が入っています。 ちなみにランキングは1位から順に 石垣島 西表島 屋久島 
奄美大島 佐渡島 宮古島 小笠原諸島 与那国島 礼文島 利尻島 でした。 何を目的に屋久島
に行くのかの説明はありませんでしたが 縄文杉を目的とする観光客が多いのだと思います。

では 何故 縄文杉に多くの人が逢いたがるのでしょうか? 単なる好奇心でしょうか?
このことを考えるのに 山田洋次監督の映画 「15才 学校W」(出演:金井勇太・麻実れい・赤井英和
・前田吟など; 公開:平成12年11月)はヒントを与えてくれていると思います。

映画の中で 主人公の少年(不登校に悩む中学3年生)は 学校や家庭の管理から逃れ 大人の
価値観や押しつけをはね返し 七千年の歳月を生きてきた縄文杉に逢いたくて 無謀にも横浜から旅
に出ます。  ヒッチハイクのトラックを乗り継いで九州へ行き そして最後は 自分の足で険しい
屋久島の山道を登ります。 樹齢7千年という縄文杉をこの目で見て 直接触れれば 悩みから解消
され 生きることの意味を教えてもらえる・・・・。 そんな漠然とした期待感を持って旅に出た少年に
縄文杉はどう答えたのでしょうか。 未だの方は ビデオ店で映画を借り 是非ご覧になって下さい。

今 多くの人が 原始の森にひかれ あるいは癒しを求め あるいは胸に抱き続けた問いの答えを
得ようとして 縄文杉に逢いに行きます。 映画の少年もその一人です。 縄文杉を目指し登山する
大勢の人々を見て 私は 「聖地」に向かう巡礼者の列を連想しました。

聖地巡礼とは 信仰心から聖地・霊場を参拝してまわることであり イスラム教徒のメッカ キリスト
教徒のエレサレム(パレスチナ) 日本人の四国88箇所などの聖地があります。 宗教上の義務観念
から聖地を訪れる人も居ますが 多くの場合は 巡礼により心が癒され 変容し 自由になることを
求めています。 巡礼の旅は 心身を使い果たすほど過酷なものが多く 過酷であればあるほで
霊験あらかたと思われています。

日本人には昔から巨木信仰があり今も健在です。 そうした意味で 日本最大で最古の巨木
「縄文杉」は 信仰の対象として理想的です。 霊験あらかたなものとするには 過酷さが求めれれ
ますが 縄文杉を見る為の登山は過酷そのものです。 今や 屋久島は日本の新しい聖地となり
映画「15才 学校W」の少年だけでなく 多くの日本人が自分自身の「こころ」を見つめ 又 生きて
いくことの意味を考える為に 「縄文杉」を目指し巡礼の旅をしているのだ と私は思います。

このページのまとめとして 私の結論は 「屋久島は今や日本の新聖地であり 縄文杉を信仰の
シンボル的対象として 多くの人が巡礼の旅に出る」 です。

何か無理にまとめたので 私の結論には論理の飛躍があり 我ながら恥ずかしいです。 物見遊山で
屋久島に行ったにもかかわらず それでは情報発信にならないので 格好を付けて 無理にこじつけた
結論にしてしまいました(苦笑)。

千尋の滝
巨大な一枚岩の花崗岩が
作り出すV字型の谷にある
落差66mの滝。 他に日本
の滝100選に入る大川の滝
もある。

屋久島旅行は交通の便が
悪く グループを組んで車を
チャーターした方が安く
便利。 縄文杉を見る登山
は道標が完備しており 
ガイド無しで危険ない。

ご参考まで 私の旅程は次のようなものでした。

  
  初日  : 羽田発 屋久島到着 観光センター 白谷雲水峡 民宿やくすぎ荘泊
  2日目 : 小型バスで荒川口下車 縄文杉登山 屋久島いわさきホテル泊
  3日目 : 海中展望船 大川の滝 ボタニカルリサーチパーク 千尋の滝 土産物店など 屋久島発

もう一つの世界自然遺産である 「白神山地」については 別ページ
「白神山地と三内丸山遺跡からの発信」に載せましたので ご笑覧ください。

尚  このページにある写真は全て デジカメでなく使い捨てカメラで撮り 800円払ってCDRに変換して
貰ったものです。 デジカメなど持たずも 通常のネガフィルムをCDR化して貰い パソコンに取り込め
ます。

このページについて ご意見ご感想を下記アドレス迄いただければ幸いです。

Eメールアドレス*123hakuzouszk@kha.biglobe.ne.jp (注意*正しいアドレスは数字123を除く)
    
           参考資料:     兵頭千恵子著 「屋久島の森を守る」 春苑堂出版
                       屋久杉自然館 「屋久島 やくすぎ物語」 屋久杉自然館総合案内誌
                       NHKプロジェクトX制作班 「プロジェクトX 挑戦者たち 6」 NHK出版

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