十和田地区ではどうだろうかとみてみると。おでしこ(大師講)として、12月4
日、14日、24日おでしさん(やせた神)のすった絵紙を売りにきた。カヤの箸でお
でしこさんに供えた。おでしさんは、12人の子を持っていて、長い箸を使って子ど
もたちに食べさせた。だから、おでしさんは貧乏した。おでしさんの子どもが大き
くなって、4日小豆がゆ食べる、14日小豆ご飯になって、また大きくなって餅を食べ
る。しめでしこに団子みたいにして、オハギを作った(毛馬内、内藤琴)。
小豆がゆを作り、それを曲わっぱに入れて、長いカヤの箸をそえた。この頃吹雪 が吹くと「でしこ吹雪」といった(大欠、村木チギエ) 4日、14日小豆がゆをカヤの箸で食べた。24日には金持になったからといって、オ ハギを俵のように積みあげた。24日毛馬内では白いご飯を上げたという(土深井)。 4日のおでしこさんには、お膳に頭つきの魚などをそなえ、小豆がゆに長いカヤ 箸をつけた。中でしこは餅、末でしこは白い飯を出した(芦名沢、成田ハル)。 小豆がゆをカヤの箸で食べた(大湯)。 続いて「12月の神様の年越」という項がある。 シトギをつくり神様に上げて拝んだ(宮の平・土深井・堀内)。 おはぎを上げる(毛馬内)。 シトギ餅を上げる(土深井)。 さて、芦名沢の成田ハルさんという人が、今も年中行事として続けている(平成 2年の頃)として、次のように12月の行事を書いている。 神様の年とり (御太子様) 御膳に頭付きの魚やおかずを備える。 頭付きの魚(鰰)、生酢、御神酒、鱈の吸物などを供える。 御神酒、頭つき魚(鰰)、タラの吸物を供える。 御飯もおつゆも新しく作ったのを出す。 以上の通りであるが、八幡平地区は省略しましたが、どこの地区でも大同小異で、 同じようなことをやっていたと思うが、さて、わが下タ沢ではどうであったろうか。 皆さん思い出してみて下さい。 |
十二月の行事 |