「東北の駅百選」の我が家の歩み

・・・岩手県をGoalに、finalステージ2015年編・・・
1stランド(福島編)

2015.06.14(日)、15(月)
東北の駅百選「Final
ステージ1stランド(福島編)」を
完遂しました。東日本大震災と原発事故の為に
立ち入りのできなかった3駅(勿来、夜ノ森、相馬)を
訪ねました。福島県内百選の全駅訪問を終えました。

福島県を目指す前に、栃木県の真岡鉄道を訪ねました。
真岡駅で回送するSLを見た後、久下田駅でSLを待ちました。

SL到着の前にディゼルカーによる列車交換が有りました。

SL(C1266)が久下田駅へやってきました。

10:50、連続する登り勾配に向けて、力強く発車していきました。

列車を見守る透くんの前をSLが通過していきました。
この後、北関東自動車道を一気に大洗(茨城県)へ向かいました。

鹿島臨海鉄道大洗駅で以前にも行ったことの有る
「黒崎屋(お寿司屋さん)」の場所を確認しました。


細長い「まな板」の様な上に、握り寿司が15貫並ぶ
ランチサービスメニューを今回も注文しました。(12:00)
お寿司に満足して、一路、約20Km先の福島県の「勿来(なこそ)駅」を目指しました。


「東北の駅百選」87番目の訪問駅「勿来駅」



やってきた普通電車(いわきー水戸間)は、3列車共にE501系でした。
元々上野-土浦間の通勤電車として走っていた10編成そのままでした。

品川行きの特急「ひたち」がやってきました。
駅前の関所や源義家の像を見て、「勿来の関」を見に行く事にしました。

「勿来の関」は小高い峠の頂上に碑が有るだけでした。
奥州三大古関のひとつで、源義家の和歌でも有名です。
そばにある歴史館へは行かずに、今晩の宿泊地いわきを目指しました。


今晩の宿泊先は「かんぽの宿いわき」です。大きくてびっくりしました。
到着早々、露天風呂へ入りました。透くんとの温泉は3ヶ月振りでした。


夕食後に庭を散歩して、寝る前にもう一度風呂に入って早々に寝てしまいました。

翌朝(6/15)、4時過ぎに朝日が太平洋から昇ってきました。


朝風呂にも入って、「かんぽの宿いわき」を後にしました。

いわき〜富岡へ移動する途中、福島原発の煙突が見えました。
全ての悲劇の原点がここにありました。高速道路上の表示が、
「0.2μシーベルト→2.3μシーベルト(富岡)」と、
極めて高い数値を示していました。

富岡ICを降りて、常磐線「夜ノ森駅」へ向かう途中は、
沢山の大型トラックと、おびただしい数の除染土の黒い袋でした。

「東北の駅百選」の88番目の訪問駅「夜ノ森駅」は、
帰宅困難地域の中で通行規制中の為に立ち入る事が出来ませんでした。
この駅は両側に6,000株のつつじが咲く「花の駅」として有名でした。
常磐線は今も「「竜田-夜ノ森-原ノ町」間が運転見合わせ中のままです。


道路封鎖が続くバリケードの前で訪問の写真を撮って早々に立ち去りました。

夜ノ森駅から更に約30Km北上して、相馬駅へ到着しました。
途中、2.3μシーベルト(富岡)→
7.5→1.5→0.7→0.1μシーベルトを記録しました。
「双葉町浪江」付近は未だ
7.5μシーベルトのままと言う事でした。(怒)
(4年経っても人が住めません。まだ原発続けますか?近所に無ければ良いですか?)

「東北の駅百選」89番目の訪問駅「相馬駅」


相馬駅で発着する電車は「原ノ町ー相馬」間のみの折り返し運転でした。
前後の「竜田-原ノ町」間と、「相馬-浜吉田」間が運転見合わせ区間(バス代行運転)の為、
東日本大震災・原発事故の時にこの区間に取り残された?「2両編成の701系3本」
による(2本が運用、1本が予備)折り返し運用でした。
今回のFinalステージ1stランドで、100駅中89駅の訪問が達成できました。


2ndランド(宮城編)と、Finalランド(岩手編)

2015.08.26(水)〜30(日)
2008年「東北の駅百選」を始めて8年目、8.29(土)にJR八戸線「久慈駅」
(三陸鉄道北リアス線との接続駅)で、
100駅を達成しました。
Final
ステージ2ndランド(宮城県3駅)、Finalランド(岩手県8駅)の11駅を巡りました。
(1stランドは今年の6/14,/15に福島県の3駅を訪ねました)

8/26(水):初日、Finalステージ2ndランド(宮城県石巻駅、女川駅)

東京から高速道路をひた走って5時間!
石巻駅前へ到着しました。

「東北の駅百選」90番目の訪問駅仙石線「石巻駅」
石巻線・仙石線、そして仙台東北ラインが乗り入れる駅です。

震災で不通となった仙石線の開通に合わせて、東北本線経由で仙台駅まで乗り入れるのが
「仙台東北ライン」です。仙石線(直流区間)と東北本線(交流区間)の直通運転は2015.5.30から
HYBRID車両(HB-E210気動車)を使って、何と!全区間ディーゼル動力で運転されています。


石巻駅周辺まで津波の被害が有りました。
今でもツメ跡が多く残っていました。

石巻湾沿いに女川まで、震災津波の跡が残る線路沿いを向かいました。


「東北の駅百選」91番目の訪問駅石巻線「女川駅」
女川駅周辺は震災の津波で壊滅的被害を受けていて、
区画整理によって、全く新しい駅舎となっていました。


↑の画像は「旧女川駅舎」です。「がんばっぺ女川!」です。

新駅舎には「Yupo’po(女川温泉ゆぽっぽ)」が併設されていて、
地元産のお弁当を買って昼食にしました。


2階にある、大変清楚なデザインの
立寄り温泉「女川温泉ゆっぽぽ」へ入りました。

女川駅折り返しの石巻線「石巻行きディ−ゼル列車(キハ110)」が
到着して、ソコソコの乗客を乗せて出発していきました。

半島・山越えをして南三陸町志津川付近の今日の宿泊先へ向かいました。

東京から約480Km、今晩の宿泊地「南三陸ホテル観洋」へ着きました。
震災被災者の救護所にもなったホテルは高台の崖の中腹にあって、
多く被災者を受け入れたそうです。


すっかり改修なった、志津川湾を望む見晴らしの良い温泉に入りました。


窓の外にはウミネコが飛んでいて、夕食は広いホールで頂きました。
寝る前に、もう一度温泉(別の風呂)へ入って早々に寝ました。

8/27(木):2日目前半、Finalステージ2ndランド(宮城県気仙沼駅)


翌日は朝から雨模様でした。夕食と同じホールでバイキング形式の朝食を取りました。
気仙沼駅へ向かいましたが、南三陸の震災被害地をたくさん見ました。(涙)

「東北の駅百選」92番目の訪問駅気仙沼線・大船渡線「気仙沼駅」
JR気仙沼線は全線BRT(Bus Rapid Transit)方式での運転しています。
更に、JR大船渡線も気仙沼駅〜盛駅間もBRT方式の運転でした。
(画像はJRのポスターを撮影)

「気仙沼駅舎」は無事でしたが、鉄道とBRTの併設駅となっていました。
(右:鉄道の大船渡線(一関-気仙沼間)ホーム)

(左・左中:大船渡線BRT(気仙沼-盛間)ホーム、右:気仙沼線BRT(全線)ホーム)

8/27(木):2日目後半、FinalステージFinalランド(岩手県大船渡駅、綾里駅、JR宮古駅)


津波被害が続く中、陸前高田付近に「奇跡の一本松」BRT停留所が有りました。


「東北の駅百選」93番目の訪問駅大船渡線「大船渡駅」
津波被害の為、復旧工事中の方に駅舎跡を教えて貰って訪ねました。
(左上↑)大船渡駅を後方に撮影、(右上↑)大船渡駅前付近
(左下↓)BRT「大船渡停留所」、(右下↓)在りし日の大船渡駅舎



津波被害の復旧は4年を過ぎても、まだまだ程遠い状況に有りました。
「ここから、過去の津波浸水区間」の道路表示板を何回も見ました。


「東北の駅百選」94番目の訪問駅三陸鉄道南リアス線「綾里駅」

三陸鉄道は多くが山間部に敷設されているため、綾里駅は無事でした。
到着数分前に列車が出発してしまったので、列車とは会えませんでした。


昨年(2014.7.12)に訪問した「釜石」を通過しました。
(左)オーバークロスする三陸鉄道南リアス線(前方の高架線)
(右)昨年宿泊したホテル(白い建物)



釜石-宮古間のJR山田線(現在、運転見合わせ・代行バス)に沿って、
宮古駅へ向かう途中、すっかり荒れたJR山田線「岩手船越駅」を訪ねました。


「陸中山田駅」の跡も探しましたが、「跡形もない!」との事で諦めました。

「東北の駅百選」95番目の訪問駅山田線「宮古駅」

宮古駅は、「盛岡-宮古間」のみ運転されているJR山田線と、
三陸鉄道北リアス線への接続駅です。
(釜石方面のJR山田線は運転見合わせ中)


JR宮古駅の右隣りに「三陸鉄道の宮古駅」があります。
クエートからの支援で新製された「キハ36-700番台」が発車していきました。

二日目の宿泊先「休暇村 陸中宮古」へ到着しました。

到着してすぐに、温泉に入ってゆっくりとしました。
 
夕食はバイキングで夕闇を眺めながら頂きました。
館内には、NHK朝ドラ「あまちゃん」のポスターが掲示されていました。

8/28(金):3日目、FinalステージFinalランド(岩手県旧岩泉駅、島越駅、田野畑駅)

早朝5時半から、休暇村の裏庭(国立公園内)を岬巡りウォーキングを
して、2ヶ所の展望台を30分掛けて廻りました。


5時起きで、ちょっと眠たそうな透くんでしたが・・・

朝風呂に入って、バイキング朝食を取って、
予定通りに休暇村を出発しました。

「東北の駅百選」対象駅では有りませんが、
お父さんが入社1年目の年に大学同級生5人と訪れたことの有る「田老」を
約45年振りに訪問しました。
(当時は旧JR宮古線(宮古-田老間のみ開通)で訪問!)


海沿いに大津波へ備えた「大防波堤」を持つ田老地区も
甚大な被害を受けました。宿泊した民宿のご家族のご無事をお祈りしました。

小本地区から内陸部へ入って、岩泉地区へ向かいました。


「東北の駅百選」96番目の訪問駅旧岩泉線「旧岩泉駅」


終着駅「岩泉駅舎」は、町のコミュニティセンターとして保存されていました。
行き止まりの鉄路も、ホームも残っていました。
(右:パネル展示にあった、キハ52)

駅前からクルマで10分「龍泉洞」を見物しました。




鍾乳洞内の見物(洞内の気温11℃)などに1時間余りを掛けました。
再び、海沿いの島越地区へ向かいました。


「東北の駅百選」97番目の訪問駅三陸鉄道北リアス線「島越駅」


この駅はあの津波で流されてしまいました。↑在りし日の旧島越駅舎です。
新しく昔の雰囲気(ドーム)を残しながら再建されていました。



再建された「島越駅」を発車する久慈行き三陸鉄道北リアス線です。
クルマで直ぐ隣(10分)の「田野畑駅」へ向かいました。


「東北の駅百選」98番目の訪問駅三陸鉄道北リアス線「田野畑駅」


少し高台にある駅ですが、駅の直前まで津波が来たそうです。
北三陸観光の入り口となる駅で、一帯が「田野畑村!」と呼ばれていました。

「北山崎の絶景」を見ました。


北山崎のレストハウスで昼食を取って、
三陸鉄道の絶景ポイント「大沢橋梁」へ移動しました。

国道45号線大沢橋と、レストハウス「うしお」が撮影ポイントです。

実はこの列車、橋の中央で停車しています。
車内のお客様にも三陸の絶景をゆっくり見て頂くサービスです。

三陸鉄道には1両が良く似合う!でしょう。
此の撮影を最後に、今晩のホテルへ向かいました。

今晩の宿泊地は、津波で1年半休業(3Fまで浸水とか)していた
三陸海岸の絶景ホテル「ホテル羅賀荘」へ到着しました。(宿泊は10Fの部屋でした)


絶景の温泉風呂と、海の幸満載の夕食を頂きました。
いよいよ、明日、東北の駅百選の全駅訪問を達成します。

8/29(土):4日目、FinalステージFinalランド(岩手県陸中野田駅、JR久慈駅)


早朝(4:58)「一瞬の日の出!?」は有りましたが、小雨模様の朝となりました。


北三陸海岸沿いに北上しました。
途中、三陸鉄道最大の橋梁「安家川橋梁」も眺めました。
陸中野田駅が近づくと、復旧された線路が見えてきました。



「東北の駅百選」99番目の訪問駅三陸鉄道北リアス線「陸中野田駅」


この駅から先(南側)は津波で道床も流されました。(下図↓参照)
震災後3日後に「震災復興支援列車」として運転を再開したのは「久慈-陸中野田間」
までの区間でした。(野田は昔”塩の道”の出発地でも有ります)

いよいよ、東北の駅百選の最後の駅へ向かいます。


「東北の駅百選」100番目の訪問駅JR八戸線「久慈駅」
へ到着しました。「東北の駅百選」全駅訪問達成です。


「東北の駅百選」の金看板は、JR「久慈駅」の駅員さんが駅舎内を探して
持って来てくれました。100駅達成への最高のお祝いです。感謝・感激です!!



久慈駅はJR線八戸線と三陸鉄道北リアス線の接続駅です。

JR八戸線「久慈駅」前に「杉並 3」、トウチャコ!です。

JR「久慈駅」の隣にある、三陸鉄道北リアス線「久慈駅」は、
NHK朝ドラ「あまちゃん」の舞台でもありました。





三陸鉄道の有名になった色々な車両がいっぱいいました。
そして、この駅で100駅を達成してホッとした、親子3人でした。
今日は一気に東京へは戻らずに、途中の宿泊地として
「仙台・松島」へ向かいました。


久慈から、平庭高原・葛巻・いわて沼宮内・滝沢IC・大和IC経由で
向かいました。平庭高原では「白樺が見事」でした。



松島の大きな旅館でした。東北の大江戸温泉物語グループで
最北の温泉旅館「ホテル壮観」へ宿泊しました。

8/30(日):最終日(5日目)、東京へ帰ります。


今回の旅は、結局雨降りが続きましたが、小雨で順調に旅が出来ました。
東京へ帰る途中で「塩釜水産物仲卸市場」に立ち寄って
マグロなど海の幸をたくさん買って帰京しました。



今回、FinalステージFinalランドが終了出来ました。
「東北の駅百選」の100駅訪問が8年間(2008〜2015)掛けて達成できました。
既に、「関東の駅百選」も3年間(2003〜2005)掛けて100駅訪問を達成しています。
(尚、「関東の駅百選」を巡りながら、同時に「関東の駅スタンプラリー」や「関東の鉄道お宝発見」
にも親子3人で参加して、2003〜2012年の10年間に渡って、約200駅近くの関東の駅を巡ってきました)

これで「関東・東北の駅百選」を含め合計200〜300駅を親子3人で巡ったことになります。
3人全員が全てを訪問できたことが、何より「一番!」です。


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