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沼田まほかる
(1)
MAHOKARU NUMATA
沼田まほかる
「九月が永遠に続けば」
形態
単行本
種別
ノヴェル
部門
長編
出版
新潮社
値段
¥1600
初版
2005-01-25
総合
−
ストーリィ
−
技術
−
2004年度の <第五回ホラーサスペンス大賞> 受賞作。57歳(1948年大阪生まれ)の大型女性新人が誕生したということで、それなりに話題になったようである。確かに新たな才能や若い可能性の発掘を追及する新人系文学賞が、60近い人間を選出するのは異例だろう。同賞選考委員を務める
桐野夏生
、
綾辻行人
、
唯川恵
の三者が、特に文章力を絶賛しての受賞となった。
そのようなわけで文章力、筆力に注目して表紙を開いたのだが――結論としてそんなに上手いとは思わなかった。プロになるなら上手くて当たり前だし、「複雑な人間関係を破綻無く書ける力には脱帽」などと論者に囁かれたところで、物語を破綻させないことが書き手としての単なる基礎的な条件である事実は変わらない。
少なくとも新人のそれとしては、相対的に技術水準が高いことは認められる。各所で囁かれているように上手さを感じないわけではない。しかし、大騒ぎを必要とするほどのものでもなかったように思う。同じ1600円を出して買うなら、新人が書いた本だろうと歴史に名を残した作家の本だろうと関係ない。
そういう意味では、まあ出版業界の大げさな喧伝といったところで落ち着くだろう、というのが個人的な考え。芥川賞の最年少受賞者が若い娘の中から二人出たときと変わらないのではないか。過剰に煽らないと本が売れない時代なのである。
さて肝心の内容であるが、近年のホラー作品としては珍しく超常現象が全く存在しない硬派なものになっている。 <魔性> ともいえる大変妖しげな女とその怖さを描いた作品とも言えるが、その女の存在がファンタジィめいていて、ある意味では超常現象的な因子であると考えらなくも無いが。
本作には二種類の怖さが存在し、それが並列的に物語の中に織り込まれている。
一つは、主人公である中年主婦の恐怖。ある夜、サンダルをつっかけ外にゴミを出しに行った息子が、そのまま忽然と姿を消す。彼女はその息子の行方を案じながら、非日常の世界に足を踏み入れていく。息子はどこへ行ったのか、なぜ消えたのか、無事なのか、どこにいるのか。あまりに都合よく発生した愛人の転落死との関わりは。失踪人の行方を追いながら、精神的に疲労し、悪い可能性に恐怖し、捜索の過程で明らかになっていく息子の裏の素顔に驚愕する。そしてこれまで培っていた何かが崩壊していく。そうした普通の主婦の恐怖をリアルに上手に、そして丁寧に描いているのは好印象。ウリの一つだろう。
これとは別に存在するのが、もう一人の主人公と言えなくもない <彼岸の女> の存在。筆舌し難い存在感で、望まずとも男を惹きつけて止まないこの女は、表の主人公である中年主婦の元夫の再婚相手。娘時代に二度にわたって性的な暴行を受けた経験を持ち、精神を病んだ時期があった。無意識のうちに人を虜にし、相手を破滅させながら自分もまた崩壊せざるを得ない何かを秘めた女。そうした存在の恐怖もまた、本書が売りとする演出のひとつだろうと思われる。
ただ、こうした怖さに支えられてはいるが、傾向的に「ホラー」という言葉から連想される種のそれではなく、どちらかと言えば本書では数多くの謎が生み出すサスペンスフルな部分の方が際立っている。
正直な話、著者の歳が歳、内容が内容なので、今後の展開に想像がつかず、また何かを期待する気になれないのも事実。文章が持ち上げられる反面、ストーリィ的にはいまいち盛り上がりに欠けると印象もある。構成力が高いので流れがよく一気に読めてしまうのだが、読了したとき心に残るものがない。スリリングではあるが、手に汗握るほどの緊張感があるわけでもない。力は認められるがファンになりにくい作品であったように思える。
2005/03/25
I N D E X