作者別一覧
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シェルドン・シーゲル
(2)
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司馬遼太郎
(4)
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柴田よしき
(2)
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殊能将之
(1)
・
「少年A」の父母
(1)
・
城平京
(2)
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真保裕一
(2)
SHELDOM M. SIEGEL
シェルドン・シーゲル
「ドリームチーム弁護団」(原題:SPECIAL CIRCUMSTANCES)
形態
文庫
種別
ノヴェル
部門
長編
出版
講談社
値段
¥1257
初版
2001-02-15
総合
−
ストーリィ
☆
技術
−
SF(サンフランシスコ)の現役弁護士がその経験と知識をいかして書いた法廷推理小説。翻訳は古屋美登里。刑事裁判を主眼において描かれたミステリを「リーガルサスペンス」と呼ぶが、本書はその典型的な代表例となるだろう。ちなみにリーガルサスペンスとして世界的に最も有名なのは、やはりガードナーの『ペリィ・メイスン』シリーズだろうか。
本作は弁護士マイク・デイリィを主人公としたシリーズの1作目で、ドリームチーム弁護団が結成されるまでと、彼らが実際に殺人容疑で逮捕された元同僚のために死力を尽くして法廷で戦う様子が描かれている。この「ドリームチーム弁護団」というのは現実にもしばしば用いられることのある言葉で、スポーツ界有名選手やハリウッドスターなどが告訴された際に結成される超一流弁護士で固められた被告弁護団を指す。
本書では大手法律事務所を解雇され独立開業したばかりのマイク・デイリィ、その別れた妻であるロージイ、マイクの弟で私立探偵のピートの3人からなるチームをドリームチーム弁護団と呼んでいる。
同じリーガルサスペンスでも、最近は事件の社会的な側面を法廷外で描く手法が主流となっていたりして、ペリィ・メイスンシリーズに見られたような検察側と弁護団との手に汗握る法廷闘争が正面から扱われるケースは珍しくなりつつある。そういう意味で、本書はめっきり少なくなった正統派の1つと言えるかもしれない。
事件の発生から警察当局による捜査、そして司法手続きなどの段階を踏み、12人からなる陪審団の前で有罪無罪を争うに至るまでを、著者シーゲルは現役弁護士らしく細かに描いている。アメリカの裁判の雰囲気を掴むには絶好の書だ。
問題は肝心のストーリィが面白いかどうかだが、これはやはり執筆を専門としているプロの作家には一足及ばないかもしれない。作品紹介には「グリシャムを凌ぐと絶賛の法廷推理」という謳い文句が刻まれているが、一読すればこれが些か大袈裟な表現であるように思えてくるだろう。800ページを数える分厚い文庫本であることと、普通の文庫本が2冊買える1200円超という値段の2点もかなり引っかかる。
とは言ってもまったく見所がないわけではない。ただ傑作と言えるほどのものでないというだけで、読めるレヴェルにはある。リーガルサスペンスに興味がある方にはお勧めしていいかもしれない。
2003/11/25
ドリームチーム弁護団
「検事長ゲイツの犯罪」(原題:INCRIMINATING EVIDENCE)
形態
文庫
種別
ノヴェル
部門
長編
出版
講談社
値段
¥1038
初版
2002-05-15
総合
−
ストーリィ
☆
技術
−
原書の発行は2001年。前作「ドリームチーム弁護団」直系のシリーズ第2段で、「サンフランシスコ・クロニクル」紙のベストセラーリストで第2位を獲得、「NYタイムズ」では第29位にランクインしている。
翻訳は前作と同じく古屋美登里。どうもアメリカ法曹界の専門用語にどのような訳語をつけるかで苦戦している節があるが、それでも古屋女史は良くやっていると思う。日本であれば既に「検事」という表現は古く、最近では「検察官」と統一されるようになってきているのだが、正直なところ一般的な読者がそんな細かい部分にまで気を配って読むとは思えない。
さて本書の内容であるが、前作で主人公マイクを筆頭とするドリームチーム弁護団と法廷で激突した検事長スキッパー・ゲイツが、なんと今度は殺人容疑で逮捕された被告人として現れ、彼をマイクたちが弁護するという実に奇妙なものになっている。
果たしてゲイツは本当に殺人を犯したのか、それとも犯人は別にいるのか。昨日まで法廷で敵役を演じていた張本人を弁護人に据え、混乱しつつもドリームチーム弁護団は調査を進めていく。
基本プロットは、このようになかなか興味深い。前作を読んで、シーゲル作品もなかなか悪くない――と思えた読者にはお勧めする。余談となるが、アメリカ本国では早くもシリーズ第3段が完成し発刊されたらしい。翻訳が待たれる。
2003/11/25
RYOTARO SHIBA
司馬遼太郎
「梟の城」
形態
文庫
種別
ノヴェル
部門
長編
出版
新潮文庫
値段
¥705
初版
1965-03-30
総合
☆
ストーリィ
☆☆
技術
☆
直木賞受賞作。単行本は1959年09月、講談社より発刊。
司馬遼太郎は、1923年大阪生まれ。産経新聞文化部に務めていた1960年に本書「梟の城」で直木賞を受賞。以後、歴史小説を一新する話題作を続出させる。1966年に「竜馬がゆく」「国盗り物語」で菊池寛賞を受賞、1993年には文化勲章を受賞している。
「司馬史観」と呼ばれる独特かつ明晰な歴史の見方は評価と信頼を集め、後年のプロにも多大な影響を与えた。1971年に開始された「街道をゆく」などの連載を半ばにして急逝。1996年、72歳だった。
とにかく名立たるプロたちから参考にされるほど、司馬遼太郎は作家として頭抜けた存在だったという。そんな話を聞いてしまったからには、読まなければなるまい――ということで随分前に最初の1冊として手に取ったのが本書。
主人公は織田信長によって壊滅に追いやられた伊賀者、葛籠重蔵。彼の職人らしくストイックで不器用な生きざまを、様々なサブキャラクターを絡めつつ語っていく物語。
忍者という言葉が何だか安っぽく聞こえる昨今、これを「乱波」という聞き慣れない言葉で表現しているあたりも気に入った。舞台は織田信長やら伊賀者などの言葉からも分かるように何百年も前の戦国時代だが、これは考えようによっては立派なハードボイルド小説なのかもしれない。それほど主人公の重蔵は禁欲的で不器用で、そしてクールだ。それに彼を引きたてる脇役たちも魅力。
同じ伊賀者であるにも関わらず、伊賀を売り、重蔵を捕らえることで出世をもくろむ手練のライバル風間五平、乱波の業に精通したミステリアスな小萩なる女、伊賀のクノイチ木さる、重蔵の師である老獪な次郎左衛門、重蔵の右腕である下忍の黒阿弥等々、枚挙に暇無い。彼らは誰もが魅力的で個性的で、己なりの生き方を持っている。
そんなキャラクターたちが「秀吉暗殺」を狙う重蔵を中心に、複雑に絡み合って大きな物語を形成していく。重蔵による秀吉暗殺を阻み出世をもくろむ五平との激突は見物だし、裏に何かを隠しているらしき小萩と重蔵の遠慮がちで淡い恋の行方も見ていて面白い。
常に死と隣り合わせ、破滅の危機が間近に感じられる重蔵の生き方は、非常にスリリングで、見ていてハラハラする。どう考えても無謀で、ハッピーエンドなどあり得そうにない。どう転んだって重蔵に明るい未来などあり得るはずが無い……そう読者に確信させる設定と展開のなかで、彼はどのような生き方をしていくのか。エンディングも意外性と仕掛けに満ちていて魅力。……解説してるうちにまた読み返したくなってきた。お勧め。
2003/12/06
「燃えよ剣」上・下
形態
文庫
種別
ノヴェル
部門
長編
出版
新潮文庫
値段
¥667+629
初版
1964-05-30
総合
☆☆
ストーリィ
☆☆
技術
☆☆
大長編「竜馬がゆく」と並び幕末を描く司馬作品の双璧をなす傑作。
幕藩体勢の終焉が見え始めた動乱の時代、新撰組副長として天下に名を馳せた土方歳三。生来の喧嘩師であり戦術家であった彼は、まさに闘いの中でしか生きられない男だった。その土方が己の美学にこだわり、剣と供に生き剣と供に散っていくまでの壮絶な生涯を、『司馬史観』と称えられる著者独自の視点から見事に描ききった名作である。
そんなに時間が経っていないこともあり、新撰組に関連する資料は今も多く残っているだろうから、そういう意味では書きやすくはあっただろう。だが史実を今に伝える記録の中から土方歳三という男をピックアップし、ここまで男として人間としての彼を描ききった著者の手腕には改めて感服する。
本書に触れていると、土方歳三という男は本当にこのような人間だったのではないだろうか、このような物の考え方をし、本当にこのままに生きたのではないだろうか……また、そうであってほしい、と思わされてくるから不思議である。
とは言え、喧嘩師土方歳三を描いた作品であるから、彼の人間像に幾ばくかでも魅力を感じることができないと本書を読み切ることは辛くなるだろう。もちろん、この「燃えよ剣」で描かれる土方は不器用ながらも様々な魅力を兼ね備えた人物である。好感を持つことはできなくても、大抵の人間なら興味深くその生涯を追うことができるに違いない。
ただ多様性が売りの人間なだけあり、そこは様々な感性があって然りだろう。もしかすると、この土方にまったく面白みを感じることができない――という種の人間もいるかもしれない。
不幸にもそれに該当する人間でなければ、この本を大いに楽しむことが出来るはずだ。多くのプロは、たとえその予定がかねてからあったにしても、司馬遼太郎にこれを書かれてしまったせいで土方を主人公とした歴史小説を書け無くなってのではあるまいか。
それほどまでに、著者の腕はプロフェッショナルのなかでも群を抜いている。広くお勧めできるさくひんである。未読の方は、ぜひ一度触れてみて欲しいものだ。
2004/08/03
「歴史と小説」
形態
文庫
種別
エッセイ
部門
−
出版
集英社文庫
値段
¥490
初版
1979-06-25
総合
☆
ストーリィ
☆
技術
☆
歴史小説で名を馳せた司馬遼太郎のエッセイ集。タイトル通り、「歴史とそれを小説で描くこと」をテーマに、エッセイや萩原延寿氏との対談の内容などを収録している。
「新撰組」「土方歳三の家」「幕末のこと」「竜馬の死」など、特に幕末の動乱期にスポットを当てており、新撰組をテーマにした
「燃えよ剣」
や坂本竜馬を題材とした「竜馬がゆく」などと合わせて読むと面白いだろう。
俗に『司馬史観』と呼ばれる筆者独特の視点がどこから来ているのか、司馬遼太郎という作家はどのように歴史を見詰め、どんな思いで世に名高い傑作を生み出してきたのか。その辺りに光を当てる面白い本に仕上がっている。
司馬遼太郎を好んで読む読者なら、一読する価値は充分にあるだろう。
2004/08/05
YOSHIKI SHIBATA
柴田よしき
「ゆきの山荘の悲劇」猫探偵正太郎登場
形態
文庫
種別
ノヴェル
部門
長編
出版
角川文庫
値段
¥571
初版
2000-10-25
総合
−
ストーリィ
−
技術
☆
まず驚いたのは、著者が女性であったこと。柴田作品には本書で初めて触れることになるのだが、名前から勝手に男性だと思いこんでいた。二階堂黎人による本書解説で、ようやくその誤解を正すことが出来た次第。……まあ書き手の性別など、作品の評価には全く影響しないが。
ちなみに本書には解説が2つあり、二階堂黎人のほかに山口芳宏が担当している。もっとも、こっちは「読者代表より」と謳っているが。
解説の二階堂氏も指摘しているが、本格推理には「孤島もの」「雪の山荘もの」などと呼ばれる独特のジャンルが存在する。どちらも舞台が外界から切り放たれている点で共通する。つまり絶壁の孤島だったり、吹雪で周囲とのアクセス手段が失われた山荘などの閉鎖的な場所で殺人事件が次々と発生するというものだ。
本書もタイトルで既に暗示されているように、そういった「雪の山荘もの」に属する推理小説である。主人公はペルシャ猫の正太郎で、このオス猫の一人称で物語は進行する。彼は飼い主である女流推理作家・桜川ひとみに連れられ、山奥の「柚木野山荘」で開かれる結婚式に赴くのだが、そうそうに崖崩れで周囲から隔離されてしまう。そこで毒死、転落死と次々に死者が。果たしてこれは事故か殺人か。猫探偵正太郎が活躍するシリーズの第1弾。本格ミステリの範疇だとは思うが、これは人よって見解が割れるかもしれない。
巧い書き手だと思うが、ライトノヴェル風のポップな文体と作風で、本書では技巧的な要素をあまり感じさせない。つまり巧さが作品に溶け込んでいて、それと気付かせないのである。ある意味で理想的な形なのかもしれない。
2003/12/06
「消える密室の殺人」猫探偵正太郎上京
形態
文庫
種別
ノヴェル
部門
長編
出版
角川文庫
値段
¥533
初版
2001-02-25
総合
−
ストーリィ
−
技術
☆
猫好き作家による猫好き読者のための猫を主役とした本格ミステリ、「猫探偵正太郎」シリーズの第2段。主人公の正太郎は、外国の猫の血を少しだけ引くペルシャ猫。前回は雪に閉ざされた山荘に一服盛られて(眠らされて)連れていかれたものだが、今度は強引にバスケットに押しこまれて東京に連行されてしまう。この災難続きの雄猫正太郎と、その飼い主(正太郎は専ら「同居人」と呼ぶ)桜川ひとみとの凸凹コンビが、大手出版者の日本庭園で発生した人気カメラマンの密室殺人事件に挑む。
――いや、正確に言うと正太郎は人間のカメラマンの殺人には興味を持たない。一緒に毒殺体で発見された <デビッド> を殺した人間をつきとめるために捜査を開始するのだ。
それはそうと、本書はサブタイトルも面白い。「赤虎同盟」「長い尾は彼」「あくまで手毬歌」など有名ミステリのタイトルのパロディになっているのである。ちなみに例に挙げた3つは、それぞれシャーロック・ホームズで有名なドイルの「赤毛同盟」、チャンドラーのハードボイルド傑作「長いお別れ」、横溝正史の「悪魔の手毬歌」それぞれのパロディである。猫好きが猫の活躍を楽しむも良し、サブタイトルのパロディ元ネタを探すも良し、著者の確かな技術に裏打ちされた、だが読みやすいポップな文体に浸るも良し。人それぞれで違った楽しみ方があるであろう本。
著者あとがき、青木みやの「読者代表解説」、佳多山大地による巻末解説つき。
2004/02/20
SHUNO MASAYUKI
殊能将之
「ハサミ男」
形態
文庫
種別
ノヴェル
部門
長編
出版
講談社文庫
値段
¥733
初版
2002-08-15
総合
☆
ストーリィ
☆
技術
−
第13回メフィスト賞の受賞作で、1999年に新書(講談社ノベルス)として出版された同名長編小説の文庫版。 <このミステリーがすごい!> の年間ベスト9にランクされた事実もあるという。
若い娘を絞殺し、その首に研ぎ澄まされたハサミを突き刺していくという手口でマスコミに注目される連続殺人犯――通称 <ハサミ男> 。だが第三の獲物を求め、めぼしをつけた少女の周辺調査を開始した矢先、何者かの手によって先に彼女を殺されてしまう。しかもその首には、 <ハサミ男> 愛用のハサミが突き立てられていた。
自分の手口をそっくり真似、自分の獲物をより早く殺していった模倣犯がいる。事件に関心を抱いたオリジナル <ハサミ男> は、死体の第一発見者としての立場を利用し、関係者を相手に独自の調査を進めていくが……というのが大雑把な内容。
約500ページとデビュー長編としてはちょっと文量の多い本作。だが、恐らくハードボイルド系のそれを意識したと思わしき文体には過剰な装飾というものがなく、一人称形式ということもあって読みやすい。設定やキャラクターの立て方がライトノヴェルに近いせいことも幸いしてか、特に若い世代や、普段本を読みなれない層にも受け入れられやすいのではないだろうか。
ラストも意外性のあるそれにまとめられており、ほとんどの読者はある種の衝撃を得ることができると思われる。
反面、最近の流行を取り入れでもしたのか、本編中で繰り広げられる哲学遊びや各専門分野についてのウンチク披露などは底が浅く、新鮮味に欠け、多角的なものとは言いがたい。
たとえばプロファイリング(心理分析・犯罪化学捜査)についてのそれだが、本書では「犯人の外見的特長をつかむためのアプローチ」「犯人像を絞るために行われる似顔絵作成に近い作業」と断定してしまっている。
確かにそうした側面があるのは事実かもしれない。だが、実際にふるいにかける際は書類で行われることがほとんどで、年齢や職業、居住区、運転免許の生む、社交性などの条件は直接容姿に反映されないものも多い。
また、犯人の心理から行動パターンや次の犯行の日時、方法などを割り出し予防的な捜査を行う上でもプロファイリングは使われており、本書のいうプロファイリングの定義はこうした事実を完全に無視している。
構成的な問題も、もう少しどうにかならなかったか――と思わせる部分がある。
警察側とハサミ男側とで視線を頻繁に入替えながら進めるスタイルは、本作の性格上、恐らく絶対的に必要であったものなのだが、それをもっと上手く生かして、より緊迫感のある展開を演出することができなかったものか。
これは新人のデビュー作ということであまり深く追及すべき問題ではないのかもしれないが、700円出して買った他の作品と比較検証されてしまうのは、プロとして当然のこととも言える。
それから、警察サイドについて。これは良く調査がされているが、徹底されているとまでは言いにくく、「著者は元警官なのでは」といった疑いを持たせるほどのリアリティはない。下調べで得た情報の使い方がどうにも新人っぽいのが原因のひとつだろう。
また警官の造形が昔の小説風(非現実的)であるのに対し、資料集めで得た現実の警察社会のリアルな情報をそのまま使っている――というアンバランスさにも問題がありそう。
なお、本書の著者は覆面作家としての活躍をつづけている模様。そのあたりの事情は、小谷真理氏による巻末解説に詳しい。ただし、本編の重要なネタに触れる描写があるため注意されたい。
2006/08/02
SHONEN A NO FUBO
「少年A」の父母
「少年A」この子を生んで……
父と母 悔恨の手記
形態
文庫
種別
手記
部門
−
出版
文春文庫
値段
¥514
初版
2001-07-10
総合
☆☆
ストーリィ
☆☆
技術
☆
さあ ゲームの始まりです
愚鈍な警察諸君 ボクを止めてみたまえ ボクは殺しが愉快でたまらない
1997年、国内を震撼させる猟鬼殺人事件が発生した。いわゆる「神戸児童連続殺傷事件」である。
上記のような捜査当局に対する挑戦状とともに、殺された幼児の頭部が神戸市須磨区の友が丘中学校から発見されたのは同年5月。その後も犯人は、捜査の攪乱を狙ってか神戸新聞社に声明文をおくりつづけた。
事件そのものの異常性、猟奇性もさることながら、後日、当局によって確保された犯人もまた人々に大きな衝撃を与えたはずである。酒鬼薔薇聖斗(さかきばらせいと)を名乗っていたその被疑者は、14歳の少年であったのだ。
――本書は逮捕された「少年A(未成年のため実名報道なし)」の父母が、息子が殺人犯であったという衝撃、事実に気づくことのできなかった後悔、被害者家族への謝意などを込めて綴った手記である。
もっとも注目すべきなのは、これが加害者家族側の事情を語った書籍であるということだ。
現代社会において、犯罪の被害者になった人間とその家族の悲哀がクローズアップされるのは、ほとんど当然のことになりつつある。彼らの生活と人生とが狂わされていく過程はさまざまな媒体におき、さまざまな角度から取り扱われてきた。しかし、加害者家族についてのそれを描こうとした者は少ない。
本書はそれに先鞭をつけた。これは情報の少ない加害者側の実情をしる資料として、貴重な存在になり得ることを意味している。
実際、読んでいくとこれは極めて衝撃的な内容なのだ。殺人者を育てた両親に対する非難はある程度しかたがないとしても、幼い子供たちにまで隣人や環境は牙をむいている。兄が人を殺したことで、なんの責任もないはずの幼い弟たちまでもが非常な苦境のなかに追いやられている。彼らにかかる負担を少しでも軽減するため、少年A(殺人犯)の両親は離婚し、苗字を変えることで子供たちを守ろうとさえしているのだ。
事件に関わった者の離婚や転居といった話は、どこからか耳に入ることはある。しかしこうして実例を具体的に語られると、やはり認識の仕方が変わってくるものだ。
舞い込んで来る非難の手紙、電話。自宅をとりかこむマスコミ。両親の平身低頭ぶり。どれもが現実の話を淡々と綴ったものだけに、強烈な印象を残す。
またこれらの既述は、描写されていない他面にまで読者の想像力をかきたてていく。短い事実の紹介が、裏に深い人間の業の存在を暗示している。
ある殺人事件が加害者家族にあたえる影響を考察した書籍がほかにないではない。小説になるが、
乃南アサ
の
「風紋」
などがその好例だろう。しかし、本書の圧倒的リテリティと衝撃性の前では綿密な取材と書き込みがなされているにも関わらず、虚構の小説はどこか霞んでみえる。
事件は毎日のように発生している。被害者とその家族、加害者とその家族。それを取り囲む隣人や友人。親戚関係。日々、彼らは増加していっている。我々自身がいつその渦に巻き込まれるか知れたものではない、というのが現実なのだ。そういった意味において、本書は必読の1冊なのかもしれない。
この本に触れることで事件、事故といったものに働く想像力の範囲が違ってくることは充分に予測される。万人に是非お勧めしたい。――なお、本書の印税など収益金のすべては遺族へ送られる。
2005/12/27
KYO SHIRODAIRA
城平京
「名探偵に薔薇を」
形態
文庫
種別
ノヴェル
部門
長編
出版
創元推理文庫
値段
¥520
初版
1998-07-24
総合
☆
ストーリィ
☆☆
技術
−
第8回鮎川哲也賞最終候補作。同名の応募作を大幅に加筆修正して刊行した1冊である模様。ちなみにこの第8回鮎川哲也賞、データを洗ってみると激戦だったようだ。受賞作は谺健二の『未明の悪夢』なのだが、落選には本作の他に柄刀一の『3000年の密室』の姿も見られる。柄刀はこの作品をきっかけにデビューを飾り現在も活躍中であるし、城平京は『スパイラル』という漫画の原作者として一部に熱狂的なファンを生んだようだ。ちなみにこの時の選考委員は、島田荘司、綾辻行人、有栖川有栖の3人。「名探偵に薔薇を」の受賞に難色を示したのは綾辻、有栖川両氏で、その理由として複数の前例を持つアイディアが用いられていたことが挙げられたそうだ。
ただ、本作品の魅力は単なる謎解きだけにとどまらない。探偵役として登場する、ヒロイン瀬川みゆきそのものや、彼女の苦悩なども大きな見所のひとつだ。むしろ、この作品が高く評価されることがあるとするならば、「事件の謎を解く」「真実を求めることの意味」などについてまで問題を広げている点が大きく作用するはずなのだ。
そういう意味で、綾辻や有栖川のように人間を描写できない――単純に「推理なぞなぞ」を演出するだけの書き手が、本書の魅力を評価できなかったというのも頷ける。求めるものや向いている方向が違うのだ。
本書の著者は、綾辻や有栖川などの本格ミステリ作家と比較して、事件や推理、そこから明かされる真実などをより人間的にリアルな視点から見詰めている。ただの「なぞなぞゲーム」ではないと言っているのだ。その辺り、個人的にこの作品を高く評価したい。
――ストーリィは、書きすぎるとネタを明かしてしまうことになりかねないので、あまり深くは書けない。無難に、文庫版の紹介文を引用しておく。
始まりは、各種メディアに届いた『メルヘン小人地獄』だった。それは、途方もない毒薬を作った博士と毒薬の材料にされた小人たちのインがを綴る童話であり、ハンナ、ニコラス、フローラの3人が弔い合戦の仇となって、めでたしめでたし、と終わる。やがて童話をなぞるような惨事が出来し、世間の耳目を集めることに。
吊るされた死体、血文字、さらなる犠牲者。前代未聞の猟鬼殺人の真相解明のため招集に応じた名探偵瀬川みゆきの推理とは。斬新な2部構成による本格ミステリである。
――長らく絶版状態だったが、最近になって再版されたとかいう噂を小耳に挟んだ。真偽の程は定かではない。ちなみに自分の場合は、「これ見かけたらキープしておいてくれ」と頼んでおいたところ、妹が奇跡的に見つけてきたおかげで入手できたことを覚えている。状態も良くて、最初は新品かと思ったものだ。しかも彼女は何故か代金を受け取らなかった。大儲けである。そういう意味でも、なかなか思い出深い1冊。
2003/11/18
「スパイラル 〜推理の絆〜 ソードマスターの犯罪」
形態
新書
種別
ノヴェル
部門
作品集
出版
エニックス
値段
¥857
初版
2001-04-20
総合
☆
ストーリィ
☆
技術
−
推理(ミステリ)漫画「スパイラル 〜推理の絆〜」の外伝的オリジナルストーリィを3本収録した作品集。全4巻で完結するシリーズの記念すべき第1弾。またコミック版の原作者であり、
「名探偵に薔薇を」
の成功で一部に熱狂的な支持をうけている小説家、城平京が自身の手をもってノヴェライズ(小説化)に挑戦した1冊でもある。表紙のカヴァーイラストを手がけているのは、漫画版の作画担当である水野英多。
個人的には、元となっている漫画版「スパイラル」の詳細を把握していない。しかし、そうした全くのスパイラル初心者であっても問題なく楽しめるような造りの作品に仕上がっていることは、まず最初に述べておく必要があるだろう。この点については、まったく同様のことを著者自身が――あとがきにおいて――名言してもいる。
物語の主人公は、万事に優れた才覚をしめす兄に対し深刻な劣等感をいだく少年、鳴海歩(なるみ・あゆむ)。彼は、謎の失踪をとげたその兄の行方を追い、高校に通いながら独自の調査を進めていた。
ここまでが漫画版とも共通する「スパイラル」の骨格ともいうべき基本設定である。本書の物語は、その歩が迷宮入りしたとある剣術家の殺人事件に巻き込まれることから展開していく。
ある日の放課後、歩は通学先の高校で、女子生徒と若い男の果し合い現場に出くわしてしまう。結果として女子生徒は返り討ちにあうが、相手は自分の兄を殺した敵であり、報復を諦めるつもりはないと彼女は宣言し続けるのだった。
その女子生徒のいう兄こそ、かつて何者かに殺害された著名な剣道家、桜崎健吾だったのである。
そこへ、歩が不本意ながらも懇意にさせられている新聞部の女部長が介入。学校で発生した2件の殺人事件を解決した実績を持ち出し、歩に事件のすべてを丸投げしてしまう。
かくして新聞部部長の強制と兄を殺された少女の懇願とを受けた歩は、迷宮入りした剣道家殺人事件の洗い直しを余儀なくされたのだった――。
しょせん漫画のノヴェライズと侮るなかれ。もともと本格推理小説を得意とする作家の作品だけに、良く出来た作品になっている。文章技術に若干の問題点が見られないわけでもないが、本格派(パズラー)の伝統的な手法を踏襲し、ストーリィと犯罪トリック、そして登場人物の描写を絶妙のバランスで過不足なく書ききっている点は高く評価されていいだろう。
とくに表題作である「ソードマスターの犯罪」については、意外性のある結末や最後に明らかになるテーマなど、ライトノヴェル(少年少女向け小説)として埋もれさせるには少々もったいないと思わせる要素に富んでいる。
表題作のほかには、インターネット上で公開されたという <外伝 名探偵鳴沢清隆〜小日向くるみの挑戦〜> と題した小粒の物語が2本収録されている。こちらもきちんとした本格ミステリとして成立しているでなかなか侮れない。
2005/09/11
YUICHI SHINPO
真保裕一
「連鎖」
形態
文庫
種別
ノヴェル
部門
長編
出版
講談社
値段
¥667
初版
1994-07-15
総合
−
ストーリィ
☆
技術
−
今やベストセラー作家の一人として知られる真保裕一のデビュー作。第37代江戸川乱歩賞受賞作。単行本は同出版社より1991年09月に刊行されており、文庫版はそれに加筆修正を加えたもの。解説は“しんぽ”繋がりか、新保博久氏。
その解説によると、「主人公は検疫所に勤める食品衛生検査官――いわゆる食品Gメンである。彼が、農薬の残留する汚染食品の横流し事件を調べていくうちに、チェルノブイリの放射能に汚染された食品にまつわる事件にかかわっていく物語」ということになる。
巧いと評判の真保裕一だけに期待して手に取ったのだが(真保作品に触れるのは本作が初めて)、デビュー作であるせいか粗が目立った。選考委員会でも指摘されたようだがストーリィをいきなり複雑にしてしまう構成のまずさも目立ったし、文章力もイマイチだった。
その上に、満遍なく白い粉がまぶされていた。その帯が倉庫の奥まで七メートル近くに渡って続いている。その先に……
(P55より抜粋)
短い文章の中で「その」が連続して3度も使用されている上の例のように、同じ言葉を連続して使っている個所がおおかった。細かい点であるし、特別こだわらねばならないほどの問題でもない。しかし言葉のチョイスが上手いベテランは、こうした点にもキチンと気を使ってくる。
――受賞の理由に、社会問題を正面から扱うという目新しさのようなものが挙げられたそうだが、これはミステリとしては新しいかもしれないが創作としては決して珍しくない。社会問題を扱う作品を違うジャンルで数多く見てきたせいか、そこが武器になるようには思えなかった。また、著者の「興味本位で扱っているだけで読者に向けて問題提起するような気はない」という主旨の言葉通り、どことなく中途半端な感じが拭えなかった。
恐らく著者はこれ以降の作品で大化けして評価されるようになったのであろうが、本作ではその素質の片鱗(やはり物語に引き込ませるだけの魅力は感じられた)を覗かせるだけにとどまっているように思える。
2003/11/17
「密告」
形態
文庫
種別
ノヴェル
部門
長編
出版
講談社
値段
¥819
初版
2001-07-15
総合
−
ストーリィ
☆
技術
−
真保裕一の著作リストをかざる記念すべき10冊目の作品である本書は、「イン☆ポケット」という文芸小冊子の1996年4月号〜翌10月号に連載、完結された長編ミステリ。1冊の書籍としては1998年4月、ハードカヴァーとして刊行された。今回紹介するのは、同書の出版元である講談社がサイズを文庫に改めて世に出した、いわば最終版である。
内容は、「上司の汚職をマスコミに密告した」というあらぬ疑いをかけられたヒラの警官が、身の潔白と真の密告者を探し出すため、孤軍奮闘する物語――といったところ。
主人公は神奈川県川崎市の警察署に勤務する、生活安全課の警官。犯罪者の取り締まりを第一線で行う部署の人間ではなく、彼が主とする業務は様々な申請書の処理。すなわちデスクワークを生業とする地味な役職にある三〇代の男性である。
彼は警察内に組織された射撃チームの元関係者で、かつてはオリンピック候補として将来を嘱望されていた。しかし同代表候補として最有力とされていた男を規則違反で密告し、そこから生じたいざこざで射撃チームにいられなくなった過去を持つ。
そんな主人公の周辺で、ある密告騒動が発生する。課の責任者と地元有力者との癒着がマスコミにすっぱ抜かれたのだった。かつての密告の前歴から真っ先にネタ元として疑われた主人公は、組織内の秩序を乱す者として各所で嫌がらせをうけるようになる。やがてそれは、一社会人として警官としての未来を断とうとする極めて危険な工作へと発展していく。
真の密告者は誰なのか。濡れ衣をかけられた主人公は自らの身の潔白を証明し、自尊心をとりもどすため独自の調査を開始する。しかし、彼を待ち受けているのは姿なき者たちからの執拗な妨害工作だった――。
著者、真保裕一氏には2つの大きな特徴がある。1つは、綿密な取材で一般には馴染みのうすい職種を鮮やかに描き出すこと。また、それを通して知らざれる社会問題に光をあてること。彼が「社会派」の書き手といわれ、その著作が「小役人シリーズ」と称される由縁である。
もう1つは、
ディック・フランシス
に心酔しているということ。真保氏の作品には本書の「密告」しかり、
「連鎖」
、「取引」、「震源」、「盗聴」、「防壁」など漢字2文字によるタイトルが目立つ。これは自他共に認めるとおり、ディック・フランシスにならったものである。フランシスは40冊近い長編を刊行し、これは <競馬シリーズ> として世界的に高い評価を得ているが、その作品の日本語版は全て漢字二文字によるタイトルが刻まれている。
フランシスに似せてあるのは何もタイトルだけではなく、内容やキャラクターの造詣もそうである。本書の場合、香山二三郎氏が巻末解説でも指摘しているが、主人公の人格設定にシッド・ハレーの影響が強く見える。
シッド・ハレーといえば、フランシスの <競馬シリーズ> が生んだ最高の主人公のひとりだ。かつて競馬界のトップ騎手として頂点を極めたが、落馬で腕に障害がのこり騎手を引退。失意の日々を送る男としてシッド・ハレーは描かれる。しかし彼は、ある事件をきっかけに違う道で生きる活力をとりもどし、自己の復権をなし得えるのだ。暴力の前に一度は屈しても、「自分が永遠に対応できないもの、それは自己蔑視である」と語り再び立ち上がる男。それがシッド・ハレーである。
本書「密告」の主人公は、オリンピックという夢を断たれ漫然と警官としての日常を送り続ける男として登場する。それがある密告を発端とする騒動をきっかけとして――と、フランシスのヒーローと似た境遇の中に放り出される。そして自己の復権を謳いながら孤軍奮闘、独自の活動をすすめていくわけだが……
フランシスは既に筆を折っており、今後、新作が発表される望みはうすい。では、真保裕一がその後継者となりうるか、ポスト・フランシスとして君臨しえるかといえば、これはフランシスが再び筆をとる望みと同程度、見通しは厳しいのではあるまいか。
たとえば、本「密告」の主人公、萱野巡査部長である。解説でもシッドと比較されてはいるが、彼が「密告の疑惑を晴らし、自分が密告をするような男ではないことを証明するのだ」といきまくのは、かつて射止めそこなった女性の気を引きたいからである。そのために、自分に好意を寄せている若い娘を利用し、後輩を一方的に使い、共同戦線を申し出る新聞社のスタッフを都合よく扱う。その度に自分は卑怯者だ、卑劣だとつぶやきながら、同じことをくりかえす。
結局、そうした安っぽさや自己を律しきれずズルズルと引きずってしまう卑しさに、同類からの共感を得ることで人気をとる種のキャラクターなのである。同じような弱さでやはり共感を呼びつつ、それを克服して真の自尊心を堅持。「友人と呼ぶにふさわしい男(青木雨彦:夜間飛行)」といわしめるフランシスの男たちとは、この点で明確に異なる。
具体的にいえば、フランシスの処女作
「本命」
の主人公、アラン・ヨークである。彼は競馬界のある不正について独自の調査をすすめるうち、意外な黒幕をつきとめる。しかしその人物を告発することによって、思いをよせる素晴らしい女性を失いかける。彼は悩むが、結局は自尊心を選び、女性を失っても真実を追究する道を選ぶ。
この明確な違いがあるかぎり、真保の主人公をフランシスのそれと重ねてみることは――個人的に――とてもできそうにない。
自分の不用意な態度で失い、既に他人と結婚してしまった女性を追いすがる。8年間もつきまとい、決別を言い渡されても態度を変えず、逆に自分に思いを寄せる娘に対しては「彼女なら一人でも歩いていける」とバッサリ。意中の女性に嫌われないためだけに平然と他人を利用し、後で慰めにもならないようなフォローをいれて免罪符とする。「密告」の主人公はこうして整理するとフランシスのヒーローとはかなり性質を異にしているのがわかる。
著者の真保氏は、「ストーリィよりもキャラクターを重視する」と明言している。そのキャラクターの魅力、ひとの共感を呼ぶ人間性と動機付けの面でフランシスにまだまだ及ばない以上、比較の対象とされ同列に並べられるレヴェルにいたることはなさそうである。
2005/11/19
I N D E X