「後ろを微笑みで満たすモノ」

 

       Divine     Arf                          
 神聖闘機 −seed 

 

 

 

第九話    「裸身の美女」

 

 

 

トゥルルルルルルルルルルルル!!

 

小さな画面には、「エメラルド=ダルク」の文字。

 

トゥルルルルルルルルルルルル!!

 

トゥルルルルルルル・・・・・・・・・・・・・・ピ!

 

「駄目か・・・・・・」
マナブは携帯を持ちながら呟いた。

意味もなく部屋を見回すマナブの瞳には、部屋の景色が写っていない。

 

あの事件から数日、
つまり「紫のArf」によるテロが起きてから、数日が経っていた。

 

破壊された街並みは、少しずつではあるがその景観を取り戻しつつあった。
ただ、マナブの心の中には、今だあのArfが残した傷跡が生々しく付いていた。

 

 

「紫のArf」

この謎めいたモノは、Justiceの情報収集能力を持ってしてもその正体を掴むことは出来なかった。
もっとも、現在のJusticeの情報収集能力は、

かつてとは違い、非常にレベルダウンを起こしているが。

 

 

マナブが「紫のArf」の襲撃を知り、危険も省みず、街に飛び出して見た物は、
真っ二つに切り裂かれ、火を吹く、エメラルドの屋敷だった。

(エメラルドさん!!!!!!!)

フィーア以外の人の名を、こんなにも大きく叫んだのは、初めてだった。

 

 

しかし、マナブは絶望していない。

屋敷からの死体に、エメラルドの姿は無かったのだ。

だから、マナブはかけ続ける、
エメラルドの元に、自分の音が届いていると信じて・・・・

 

マナブは、言わなければならなかった・・・・・・行けるかどうか分からない、と。

エメラルドの生存を信じているマナブは、その事を伝えなければならなかった。

 

二人の逢瀬の時間は、明日に迫っていた。


 

奇跡的に緑を残した公園にその女性はいた。

回りの緑のせいかと一瞬思える緑色の髪を持って・・・・・

 

彼女は、ただ見ていた。

一本の棒が刺さった地面を。

 

そして、思った。

その地面の下に眠るモノの意味を。

 



数ヶ月前

 

ある日、エメラルドは不思議な光景に遭遇した。
道行く人々が、沿道を不自然に避けながら歩いていたのだ。

 

 

そこには、紅い猫が眠っていた・・・・・

 

全てを憎むかのように瞳を強ばらせて・・・・・・

 

 

道行く人々は、それを見ると直ぐに目をそらして、そこを足早に通り過ぎた。

もっと酷い人は、それに一瞥を与えても、その歩みを変えることもなかった。

 

顔を少し悲しくさせた人も、その歩みを止めることは無かった。
そこは車通りが激しく、決してそう言う事が少なくなかった。

 

エメラルドも、その歩みを止めることは無かった。

 

だが、

エメラルドは、

通り過ぎた後、

振り返った。

 

それはエメラルドの優しさなのか?

それとも、

それは運命だったのか?

 

 

 

その瞬間、出会った。

 

 

誰も近づかなかった、その場所に立つ青年に・・・・

 

猫を抱え、ゆっくりと歩み去る男性に・・・・・・・・・・・

 

エメラルドは出会う。

 

 

その瞳には、エメラルドの知る限り、
もっとも哀しそうで、優しい色があったことを、

エメラルドは今でも、鮮明に覚えている。

 

 

次の日、知る。

マナブ=カスガ、

エメラルドは、その名を。

 

 

これはマナブも知らない事。

大切なエメラルドの想い出。



 

「エメラルド様、宜しいですか?」
エメラルドの背後に、一人の女性が立った。

紅いハイヒールが、地面に埋まる。

 

「はい・・・フレイヤさん。」
エメラルドはゆっくり振り返ると、小さな声で言った。

その声と似合い、その表情は精彩を欠いていた。

少し痩せたようにも見える。

 

もっとも、それは当然のことかも知れない。

誰が、あんな事のあった後、溌剌としていられるだろう?

 

 

「これは?」
フレイヤは地面に突き刺さる棒に目を向けた。

 

エメラルドも、ゆっくりとその棒に目をやる。

 

その瞳は、何色を写したのか?

 

「お墓です・・・・・私の。」

 

「?!」
珍しくフレイヤの蒼い瞳が驚きで見開かれる。

 

それをエメラルドはゆっくりと確認すると、こう・・・・つなげた。

 

「ダルク・・・

・・エメラルド=ダルクのお墓です。」

 

 

エメラルド=キッスは、そう言うと、再び棒に目をやった。

「そうですか・・・・」

エメラルドの背を見て、フレイヤはゆっくりと笑顔を浮かべる。

その笑顔は、とっても・・綺麗。

 


 

「マナブ・・・・・」
部屋から出たマナブに声をかける者がいた。

「フィーアか?」
マナブは、ゆっくりと振り向いた。

それも慎重に・・・・・

 

ガシッ

 

「あ!」
黒と緑の物は、マナブの口にたどり着く前に止められた。

それは間違いなく例の薬だ。

 

「おまえなぁ?同じ手を食うと思うか?」
マナブは少しあきれ顔で、フィーアの手と顔を交互に見た。

「う〜〜〜〜」
腕をぐりぐり動かし、何とかマナブの口の中に薬を入れようとするフィーア。

ほんの少し、いやかなりムキになっているようだ。

 

「お、おい!」
マナブは、予想外のフィーアの反応に、力を込めて対抗する。

しばらくして諦めたのか?フィーアの力がふっと抜けた。

 

「マナブ・・・・薬飲まないと駄目なんだよぉ。」
フィーアは若干、頬を膨らましてマナブに言う。

 

「分かっているって。だけど、無理矢理飲ませることはないだろう?」
マナブには珍しく、フィーアに諭すようにして話しかけた。

「でも・・・」
フィーアは、うつむき加減で言う。
その手の薬をしっかり握りしめて・・・・・

 

「L−Virus(エル・ウィルス)か?大丈夫だって、死ぬような目にあわない限り大丈夫なんだからさ!」

マナブはいつも見ないフィーアの様子に、
焦りながらも、無理矢理でも優しい声で、元気な声で言った。

 

だが、それでもフィーアは、顔を上げることはなかった。

 

「マナブ、戦いに行くんだよ!!?

いくら強いL−seedに乗っているからって・・・・・

 

・・・・フィーア・・・・心配だよぉ・・・・」

 

心からの不安を露わにしたフィーアに、マナブはゆっくりと近寄った。

肩に手をおくと、まるで励ますように、フィーアに言う。

 

「ヨハネが造ったモノだ、間違いないって!俺は大丈夫!!
L−seedはこの世で最強だよ。」

マナブは自分でも少し嘘臭いかなと思う台詞を言う。
実際は、そのヨハネが一番、信じられないのだ・・・・

 

「・・・・・・」
それでも顔を上げないフィーアに、
マナブは顔をのぞき込むようにして、何かを言うために口を開いた。

 

その瞬間。

 

「!!」

その口に、何かが放り込まれた。

そして耳に、フィーアのこれ以上ないと言うくらいに明るい声が聞こえた。

 

 

 

「薬完了ぉ!!」

満面の笑みを浮かべてフィーアは言い放った。

「・・・・・・・・・」
薬は、マナブの喉をすんなり通って、体の中に落ちていった。

 

笑顔のフィーアと何が起きたかまだ理解していないマナブ。

 

 

数秒の沈黙の後、マナブの口が、大音量で発した言葉はこれだった。

 

 

「・・・・・・・・フィーアぁああああああ!!!!!!!」

 

 

 

しかし、その時、既にフィーアの姿は、通路の角に消えていた。

「きゃはははは!!」
非常にフィーアらしい、笑い声と共に・・・・・

 

呆然とそれを見送るしかなかったマナブは、
暫く脱力していたが、時間が来ると、

 

「全く・・・何を考えて生きているんだ?あいつは?」

のどを押さえ、ぶつぶつ言いながら格納庫に向かった。

 

**********

 

通路の角にうずくまって、

「・・・・・・・絶対・・・・死んじゃ駄目だよ・・・・・」

フィーアは呟いた。

 

それはマナブへの想いを、まるで呪文のように繰り返しながら。

 

**********

 

「マナブ様。宜しいですね?」

「わかっているよ、サライ。」

「分かりました・・・・・・」

 

モニター越しに会話する二人の表情は、
あまり感情を感じられない物ではあったが、
その口調はあくまでも、優しかった。

マナブにせよ、サライにせよ。

 

いつもの発進準備は、非常に迅速に行われ、数分後、

「L−seed、三現魔方陣発生!!」

男性オペレーター、ヨウがそのL−seedの発進準備が整ったことをサライに報告した。

L−seedの左甲から現れた蒼い膜は、L−seedのボディを溶け込むように包んでいく。

 

そして、サライはいつものように、上を見上げる。

そこにはいつものように、一人の男が立っている。

 

「宜しいですね?御当主様。」
そして、いつものようにサライは尋ねた。

 

ヴァスは、静かに頷くと、その発進を待たずに、奥の方に消えていった。

たった一度だけ、マナブの映っているビジョンを見た後に・・・・

 

その様子を何故か?

メルは何かに追い立てられているように感じた。
それは気のせいだったのか??ヴァスの瞳が見えてもいないのに。

 

「これ!ヨウ!
L−seedの発進口が開いていないじゃろ!早くしないと突き破ってしまうぞ!!」

その思考は、ヨハネの言葉に中断され、それ以後思い出すこともなかった。

 

だから、サライが少し暗い表情で、
ヴァスを見送ったことは誰も気付かない。


EPM軍放送局

それはEPMの宣伝に主に使われている放送局。

その豊富なスポンサーのおかげで、
この放送局から発信される番組の多くは、高い視聴率を獲得していた。

 

やはりEPMの付属と言うことで、その防衛には数体のArfが配置されていた。

もっともそれは現在の主流の量産型Arf「Wachstum」だが。

 

そして、そこに

「蒼と白の堕天使」

そう呼ばれたモノが舞い降りた。

 

「今日は、早く帰りたいんだ。」

マナブは、モニターに現れた敵を示す光点を見ながら呟いた。

 

**********

 

「うわああああああ!!!!」

迫り来る巨大な剣に、自分が真っ二つにされる恐怖がその声を絞り出した。

断末魔の叫びが、あちらこちらに聞こえる。

 

凄まじい早さで振り下ろされる剣に、
主に新兵が配属されるその警備部隊が敵うわけがなかった。

 

「何故!!逃げない!!!」

マナブは、いつも以上に熱く声を出す。

 

まさに人型というL−seedにふさわしく、
腰をひねりその力を蓄えた右の拳は、正しくEPMのArfを貫いた。

 

「このぉ!悪魔めぇ!!!」
EPM兵の一人がブースターをふかし、一気に空中を飛びL−seedの頭を狙った。

その時L−seedは、
左の手に握られた剣で、敵のArfを無惨な姿にさらし、
同様にして、その右拳はArfを貫いたままになっていた。

両手がふさがった状態だったのだ。

 

千載一遇のチャンス、そう兵士は思った。

 

彼の持つビームサーベルが、間違いなく蒼と白の堕天使の頭を割らんと振り下ろされた。

 

 

火花が散り、その顔に正視できないような傷が付く・・・・・

そんなイメージをしたのだろうか?

兵士は、会心の笑みを浮かべたまま、固まった。

 

**********

 

「天鳳(てんほう)の頂(いただき)正常に作動しました。」

 

「今日は、どうも調子がおかしいのぉ・・・・・」
その報告を聞いたのか?聞いていないのか?ヨハネは首を少し傾げ、呟く。

 

「?」
天鳳の頂は正常に作動した。

自分がそれを間違えたのかと思ったメルは、すぐにモニターを確認した。

だが、異常は見られない。

「何故でしょうか?」その言葉を出そうとした時、
彼女の疑問は解けた。

 

「そうですね、このぐらいの敵に天鳳の頂を使うことになるのですから・・・・」

サライである。

**********

 

 

兵士のサーベルは、

ハチマキの様に後ろに垂れ下がっていた布のような物に絡み取られていた。

そして、それは解かれることなく、確実に彼の武器を無効化にした。

 

それは遠くから見たときには分からなかったが、
どうやらL−seedの背から伸びているようだった。

だが、そんなことはどうでも良いこと。

 

そう、その兵士は、目の前に立つ蒼と白のモノが、
自分の何倍もの存在に見えた。

それは彼に懺悔の祈りをさせるに十分なほど・・・・畏敬を感じさせる。

 

次の瞬間、Arfが突き刺さったままの剣を投げると、

L−seedは後ろの棒を掴んだ、

そして、一気にそのまま振り下ろしたのだ。

 

 

間違いなく、Wachstumの頭にぶつかった、
それはグッシャリと頭部を潰す。

しかし、それでは終わらない。

その瞬間、緑がかった高熱の光がそのWachstumの顔面から飛び出したのだ。

 

まるで顔の中から飛び出したそれは・・・・・・・・・

・・・・・・・・棒から鎌状に現れた光の刃だった。

 

L−seedは、ゆっくりとその棒を頭部から抜き取った。

いや棒状のモノが、
Wachstumから少し離れた瞬間、現れたと同じように緑色の光の刃は、ふっと消えた。

 

マナブは、剣を後ろに付けると、
デッド・オア・アライヴとその右拳で破壊を再開した。

 

その姿は、まさしく悪魔であった。

 

「忙しいんだ、今日だけは!」

 

**********

 

「ようやくですね。」
サライが呟いた。

「ほほぅ、初めて使いおったな・・・・・」
それを受けたわけではないだろうが、ヨハネもまた感嘆に近い声で言う。

「デッド・オア・アライヴ、正常に作動しました。」
メルは、若干不安があったこの武器の作動に、安堵の感情を露わにしながら報告した。

横を見ると、ヨウと目があった。

その目は、安堵を感じさせた、おそらく今の自分と同じように。

 

**********

L−seedによって、
ほとんどのArfが、完全に破壊された時、
今日の目的は、ほぼ完成されたと言って良かった。

 

目的は、普段の「兵器の全破壊」とは別に、
この放送局からJusticeの意志を世界中に伝えることだった。

それは「アル・イン・ハント」にとって、重要な事。

 

そして、それはほぼ達成されていた。

このEPMの放送職員も、他のテレビ局の職員同様、スクープには目がなかったのだ。

それが例え自らの命を危険に晒すことになろうとも、
人の秘密を暴くこと、

人の生活を浸食することに、

そして事実を伝えると言うことに

喜びを感じる彼らの心が、「逃亡」という二文字を押さえ込んでいたのだ。

 

L−seedの外部マイクから発生された言葉は、全世界に伝えられる。

 

 

「命ある武器、

命無き武器そして、

自らを武器とする人間に言う・・・・

 

今直ぐにその全てを捨てるんだ。

そして、貴方達の存在を消して欲しい。

 

兵士としてではなく、人間として生き・・・・

 

・・・・きっと生きていけます。

 

それこそが我々の願い、そして人間達の願い。

そうですよね?

 

 

でなければ・・・・・・

Justiceは全てを破壊します。

 

兵器を、兵器としている人間を!!」

 

 

テレビクルーは、破壊し尽くされたArfを背景にし、
語る「蒼と白の堕天使」の言葉を世界に伝えた。

ただ、それによって何も変わることなど無いことを知っていながら・・・・

 

その言葉が、例え真実であったとしても・・・・

誰が、一人のテロリストの言葉をまともに受け取るだろうか?

それはある意味滑稽なもようし物に見えた。

 

テレビの前にいる安全な人々には・・・・・・・

 

だから、L−seedが、そしてマナブが語ったこの言葉が、
この先、人類全体を飲み込み否応なしに、
その選択を受け入れなければならないことを示唆していることなど、

多くの人間が察することはなかった。

 

だが、賢明な幾人かの人間は、

その夢物語の様な演説の中に、

とてつもない真実味が隠されている事に気付き、恐怖に戦(おのの)いた。

それも事実。

 

「正義」ではなく「Justice」と言った意味。

そしてその言葉の意味を知る者は。

 

**********

 

演説を終えたマナブの視界に何か入った。

それは放送局の外にある大きな時計台。

それが示した時間は、ちょうど彼の想い人との逢瀬の時であった。

 

マナブの今回の任務は終了している、
そしてL−seedを全速で飛ばせば、何とかなる時間だった。

 

「よし!サライ。L−seed、帰還する。」

その日のマナブは、いつもと違い戦闘の緊張感が失われていた。

 

今日でもう三回目、
絶対的なL−seedの強さと相まって、
マナブの中の戦闘に対する恐怖は薄らいでいた。

 

兵士ではない彼には、
「慣れ」と言うものがどれだけ危険な存在なのか?

まだ分からなかった。

 

 

だから、なのかも知れない。

モニターに映る新たな光点の存在に気付くのが遅れたのは。

 

 

**********

 

「ようやく会えたな・・

・・蒼と白の堕天使・・・

・・・L−seed・・・・・」

 

レルネは紅く光る光点を見つめながら呟いた。

何故だろう?彼の口元には笑みが零れる。

それは優しさではなく期待に溢れた微笑だった。

 

 

 

 

「ルインズ隊長!これ以上は持ちません!!切り離します!!!」
無線のマイクから悲痛な声が辺りに響く。

「もう少し!あと少しだ!!完全に奴の頭上に持って行くんだ!!」

Powersに乗ったレルネは、
上空にいる飛行機の位置と地上の紅い光点の距離が縮んでいく様子を見ていた。

その瞳は鋭く、どんな隙も見逃すことがなかった。

 

**********

 

「Dr.サライ、L−seedの上空に機影です!!」

「L−seedを中心にして、新たな機影確認!!99%、「φ」のArfです!!」

二人のオペレーターの声が、楽観的から危機的状況への移行を伝える。

 

「マナブ様!上空に敵です。気を付けて下さい!!」

サライが嫌な予感に包まれ、マナブに指示を出す。

 

**********

 

「またか?!上だって?」
マナブが真上を見上げたとき、間違いなくそこには飛行機の影が存在した。

しかし、マナブの目引きつけたのは、それが吊している物。

 

「な、なんだ?あれ・・・」

それは四角い箱のような、いや間違いなく四角い箱だった。

 

そして、それに対するマナブの反応は、非道く遅かった。

一度、抜けた集中力は、再び取り戻すために時間がいるのだ。

 

他に気を取られる事情があるときは、特に。

 

**********

 

「ルインズ隊長!!!!」
限界を伝える部下の声。

レルネのモニターで重なる飛行機と光点。
その瞬間をレルネは決して見逃さない。

 

「グレイプニル投下だ!!!」

レルネの瞳は、戦士の瞳に間違いなかった。

 

**********

 

「敵戦闘機から、正四面の物体が投下されました!!」

「L−seed、まだ動いていません!!」

 

「マナブ!かわすんじゃあ!!」

いつものヨハネなら、笑いながら「壊せ!!」そう言っただろう、
だが、今回は違った、

ヨハネは気付いていたのだ。

 

オペレーターが気付くよりも早く、
その正四面の物体が、とてつもないフィールドを形成していることに。

 

それは意志を造反させたシオン

 

それが持つのは、
あらゆる機器に影響を及ぼすフィールド

 

 

 

**********

 

「なに??!」
マナブは、いつもと違う基地の二人の態度に驚くと、慌てて動き出した。

 

それはあの神々しく、禍々しいL−seedには似つかわしくなく、不格好であった。

 

伸ばした右手。

蒼く光が漏れるシオンの板。

 

何かを掴むように広げられた手は、次の瞬間、消えた。

 

マナブは感じる、
その伸ばした右手にもの凄い勢いで物がぶつかるのを。

 

初めてマナブは痛みを感じた。

 

「うわぁ!!!」

思わずコクピットの中で、右手を抑える。

それは体には些細な衝撃であったが、
痛みの無い戦いをしてきたマナブの心には大きかった。

それは怯えにも近い。

 

 

初めての戦闘の痛み。

己も命を失うかも知れないと言う戦場の実感。

マナブはついにそれに出会う。

 

**********

 

「Arf L−seedの捕獲を完了しました!」
兵士の一人が、レルネのモニターに現れ、報告する。

それはあのガリーと呼ばれたレルネの部下だった。

 

彼の映る、その隣のモニターには、

右手を檻の縁に挟まれ、

片膝を付くあの蒼と白の機体があった。

 

レルネは、敵が動けないことを確認すると、直ぐに命令を下す、
彼の判断は迅速で、正確を兼ね備えていた。

 

「敵が片腕が使えないのは幸運だな・・・・攻撃を開始する!!」

「「「「「「「「「「了解!!!!」」」」」」」」」」

 

「グレイプニルが作り出しているフィールドに入らないように、距離を保ち攻撃をせよ!!」

「「「「「「「「「「了解!!!!」」」」」」」」」」

 

そして、攻撃は開始された。

 


 

まるで、無力なサーカスのライオンのように・・・・

L−seedは檻にいた。

 

無様に片手を檻の縁に潰されて、

膝を突いて、

戦意の欠片も見せずに。

 

「くぅうううう!」

マナブは膝と肘を押さえ、痛みを堪えている。
何かに蝕まれれ、自分の体が軋んでいる感じがした。

シオンのフィールドは、
L−seedのLINK機器自体にはさほどの影響を与えてはいなかったが、
その関節機構に重大なダメージを与えていた。

 

それは人間の体をよくする磁石の働きの逆のようだと言えば分かりやすい。

L−seedの体の節々が、見えないフィールドの力で圧迫されているのだ。

 

 

それは人型を取らせてもらえなかったシオンの悲痛な「叫び」なのかも知れない

 

 

「行けるぞ!!」

そう叫んだ一人の兵士は、思わず一歩、檻に近づいた。

 

そして、もう一歩近づいた。
彼の友人を殺した犯人を彼はようやく見つけたのだ。

 

「下がれ!!フィールドに進入している!!」
レルネは、一体のArfが自分の言った安全範囲を大幅に逸脱して、入り込んでいるのに気付いた。

 

「隊長、やらせて下さい!!こいつは俺の友人を殺した奴なんです!!」

 

「いいから、下がるのだ!!おまえは分からないのか!!!

このフィールドはあのL−seedを捕らえるほどなのだぞ!!」

 

レルネは正しく、優秀な軍人である。

故にこの初めて会うL−seedの能力を、
名前を知るのと同じくらいに容易に判断していた。

だから、これほど無茶な作戦にでたのだ。

 

このシオンのフィールドを使うという味方も危険に晒してしまう作戦を。

 

彼は誰かの犠牲による勝利というのが嫌いだった。

常に自分の部下の安全を考え、
その作戦立案時も、もっとも戦果を得れ、
なおかつ危険度が少ない理想的な作戦を作り出していた。

実際、その作戦は優秀であった。

 

 

もっとも、レルネ自身が犠牲になる戦いは好んでしていたが・・・・・

 

このL−seedを倒す作戦に、
正面からぶつかるというのが愚策であることは、
レルネにも容易に分かった。

L−seedを高く評価したが故の作戦。

それがシオン綱製檻「グレイプニル」による捕獲。

 

 

 

「大丈夫!だいじょう・・・ぶ・・・うわぁ!!!!」

コクピットで浮かべていた笑顔は、一瞬のうちに狼狽と恐怖に包まれる。

Wachstumから、いきなり煙が吹き出す。
それはコクピットの中にも進入してきていた。

「ひぃ!」

関節から吹き出した煙は、
瞬く間に彼のArf全体に広がり、
あちこちで火花が散る。

 

「うわぁ!!うわぁあああああああ!脱出!脱出します!!!」

慌てて押す手動脱出用スイッチ。

 

「あれ!?あれ!!??」
何度も押すが、彼の体が空中に投げ出されることはなかった。

 

シオンのフィールドは、既に彼のArfの内部を浸食し、機器に甚大な損害を与えていたのだ。

 

「ぎゃぁあああああああ!!!」

レルネのモニターに映し出された兵士は炎に包まれ、通信が消えた。

 

 

「今、助けるぞ!!」
一体のArfが、一歩前に出ようとしたとき。

「行くな!!」
そこにいる兵士全員に声が響いた。

 

「ルインズ隊長!!」
その兵士、ガリーの悲痛な叫びがマイクを通して聞こえる。

レルネは唇を噛むと、表情を崩さずに言う。
「これ以上、犠牲を出すな!!それが我々「φ」だ!!」

 

全員が沈黙し、

全員が攻撃目標を檻の中にいるモノに集中した。

 

**********

 

「・・・ふむぅ・・・・・オッズが上がったか・・・・・・」
ヨハネは、一人呟く。

巨大なモニターでは、檻の中で膝を突くL−seedが、銃撃を受けている。

 

「シオンのフィールドか・・・・L−seedの機器には問題ないはずじゃ・・・・」

「しかし、L−seedの関節部に異常が発生しています!」
ヨハネのゆっくりとした口調に対して、メルの言葉は焦りに満ちていた。

「分かっておる、
L−seedの関節機構は改良の余地があると言うことか・・・・
・・もっとも・・・些細な事じゃがな。」

ヨハネはそう言うと、もう何も言わなかった。

まるでこの状況が、別段危機的な物ではないように・・・・・

 

「どうしますか?Dr.サライ。」
ヨウがサライに尋ねる。

しかし、サライは何も答えずに、ただモニターを見続けていた。

メルは、そんな二人の様子を不安げに交互に見る。

 

 

「L−seedは最強なのよ。」

ようやくサライの口から出た言葉は、命令ではなかった。

 

実際、命令など必要ないから・・・・・・・・・

 

**********

 

「く、何で・・・動かないんだ!!」
マナブは、痛みを堪えながらも、レバーを引いた。

しかし、L−seedは動かない。

 

関節以外のダメージは全くなかった。

ただ動かないのだ。

 

装甲に問題はない。

ただ動かないのだ。

 

外からの砲撃は、光線は止まることを知らなかった。

時々当たる、関節部のダメージは予想以上にマナブに苦痛を与えた。

 

「くぅ!立つぞ!!」

マナブは、その心と体を使って、死の恐怖より逃れようとしていた。

ただ、あれほど彼と共に戦ってきたL−seedが動くことはなかった。

ぎこちなく震えることはあっても・・・・・・・

 

 

(どくん!)

マナブの心臓がふいに少し跳ねる。

思わずマナブは胸を押さえる。

 


 

「・・・・マナブさん・・・・・」

既に過ぎた時間を気にせずひたすら待つ女。

 


 

「・・・・マナブ・・・・・・・・」

その部屋の主の名を呼びながら祈る女。

 


 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

何処かで眠る裸身の女。

 


 

一時間の砲撃の後、

レルネは、ようやく攻撃の手を止めた。

 

フィールドの発生によって、
若干映りの悪いレンズでグレイプニルの中の機体を確認する。

 

L−seedの表面からは煙が吹き出ている。

そして、ピクリとも動かないずにただ、膝を突いていた。

 

「よし、グレイプニルに砲撃を開始しろ!」

「グレイプニルにですか?」
一人の兵士が尋ねる。

「そうだ、このフィールドを無くすためには、あれを破壊するしかない。
あの機体を回収するにせよ、破壊するにせよな。」

「了解しました。」

 

そして、レーザーガンは確実に、グレイプニルを破壊した。

 

 

グレイプニルが無くなっても、
蒼と白の機体はレルネ達の前に、その姿を変えずにいた。

 

レルネは、少し物足りなかった。

彼は無意識に、このL−seedに期待していた。

自分のライバルとして、
立ちふさがる実力を持つパイロットが乗っていることを。

 

だが、それは叶えられそうにもない・・・・・・そうレルネは思った。

 

だが、その思考は、
戦場において彼には珍しい隙を作ることになってしまう。

 

もっとも彼は、きちんと距離を取り、
敵からの反撃に備えるべく、レバーを握る手には力が入っていた。

 

けれども、彼は部下の事を失念していたのだ、
血気盛んで、仲間想いの一人の部下のことを。

 

「ルインズ隊長、私が止めを刺します!!」

一人の兵士が、フィールドが無くなった空間を走る。

 

「ガリー!!」

レルネは、その友人思い兵士の名を呼んだ

 

「よくも!!みんなをぉおおおお!!くらえぇ!!!」

ガリーは、背を向ける蒼と白の機体に近づく、
走りながら、レーザーソードは光の刃を発生させ、
その熱がガリーには感じられた。

 

彼のLINK−Sは、最良とも言える値を弾きだしていた。

 

「早まるな!!ガリー!!!」
彼の尊敬するレルネの声も、今の彼にはただの雑音でしかなかった。

 

 

「うおおおおおお!!!」

雄叫びを上げて、地面を蹴り、

翼に包まれたL−seedの背に、

渾身の力を込めてレーザーソードを振り下ろした。

 

その時、

レルネの心、いや感覚にとてつもない嫌な感じが広がった。

それは戦士の勘と言うべきモノであったのか?

彼の心は体全体に警鐘を鳴らしたのだ。

 

 

そんな中、レルネは見る。

L−seedの腰に付けられた大きな翼。

(違うこれは武器じゃない・・・・・)

 

L−seedの肩の少し下当たりから伸びるハチマキ状のモノ。

(今は力を失って垂れ下がっている・・・・・)

 

L−seedの翼の下から出ている剣先。

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

(何故、剣先がある??)

 

(どうやってくっついているんだ??)

 

(おかしい・・・・・・・・)

 

(何か!おかしい!!!!)

 

「何かおかしい!!!!」

レルネの言いしれぬ恐怖に似た不安は、言葉となって現れた。

 

「ガリー!!待つんだぁあ!!」

そう言った瞬間、レルネは見た。

 

 

翼の隙間から見える・・・

 

・・・瞳を・・・・・・

 

・・・それは・・・・・

 

とても綺麗な色だった・・・・・・

 

 

血のように紅い

 

 

(女?)

レルネは直感で、瞳の持ち主の事を思った。

 

バサァアアアアアアアアアアアア!!!!!

翼はガリーのArfをレルネの視界から隠してしまった。

そして、シオン同士が当たり響きわたる綺麗な音。

 


 

「・・・・・・!!・・・・・・・」

 

部屋で一人、

たたずむ女は、

突然顔を上げた。

 

「・・・マナブ・・・・」

その口元には、微かな笑みを浮かべて・・・・・・・

 


 

かろうじて見えるのが・・・・・

ガリーのArfの背。

 

 

そして、

そこから飛び出ている剣先。

 

 

 

翼の下から覗くArfの脚、

それは地面に着くことなく、

ぷらぷらと揺れていた。

 

 

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次回予告

体を癒してくれるのは誰なのだろう?

心を癒してくれるのは誰なのだろう?


後書き

タイトルの意味は色々な意味に取れると思います。

今回遂に、L−seedの背面の秘密が見えてきました。
結構面白い設定だと思うのですが、如何でしょうか?

L−seed anotherにおいて、その全容が確認することが来ます、
小説の内容共々、感想を頂けるととても嬉しいです。

こいつは誰だ!この組織なんだ?と言う質問がある方は、
「神聖闘機L−seed」設定資料集にどうぞ。

ご意見、ご感想は掲示板か、こちらまで。l-seed@mti.biglobe.ne.jp

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