「それは人が操れないモノ」

 

       Divine     Arf                          
 神聖闘機 seed 

 

 

 

第八話    「パープル・ナイトメア」

 

 

 


「No name・・・・・戦闘テスト開始ね。」


 

「ルインズ三佐ーーー!乗り心地は如何ですかーーーー!」
一体のArfを見上げ、その中にいるであろう自分の上司の名を呼び、
返事を待つ兵士、いや整備員と言った方が良いだろうか?

 

「悪くない。」
コクピットの中で、レルネは呟いた。
呟きはマイクを通して、下にいる整備員に届く。

「そうですかーーー?Wachstumとの基本スペックはあまり変わっていませんが、
そのパワーズは、LINK−Sの方に若干重点を置いていますーーーー!!」

 

レルネの乗るArfの右肩の部分に「Powers(パワーズ)」と言う文字、
その反対には「φ」の文字が刻まれている。

一見すると、現在、最も量産がされているArf「Wachstum」のように見えるが、
装甲の重厚さと、若干のモデルチェンジが為されている。

新作のArf「Powers」である。

 

ただし、Arfの基本装備である、
シールド、レーザーソード、レーザーガンが傍らに置かれている所を見ると、
Arf「Wachstum」ではないにせよ、その性能は見た目だけでは、
あまり変化は見られない。

 

 

「ああ、悪くない機体だ、すくなくともWachstumよりは敏速に動ける感じがある。」
Arfから降りながら、レルネは下の整備員に言う。

「そうですか!ルインズ三佐にそう言ってもらえると、嬉しいですね。」
整備員は、心底嬉しそうな顔をして、それに笑いながら返事をした。


レルネ=ルインズ。

φの、いやEPMの中でも、異論が出ないほど優秀なArf乗り。

若干24歳にして、Arf操作技術は右に並ぶ者がいないと言われるほどであり、
なおかつφの総帥ルシターンの信頼も厚い。

三佐という階級でありながら、その実力や戦果は階級を無視した全兵士の憧れと羨望を一心に受けていた。

 

Arfの特徴として、
特にシオン含有率の高い物ほど、乗っている者の癖を身につけてしまうと言うモノがある。

ただし、その癖と言うモノも年単位での話であるが・・・・

 

これもシオン鉱石の特殊性に起因しているのだが、
長い間、兵士が一体のArfに乗り続けると、その兵士に限りそのArfのCHANCELINK%の低下や、
容易にLINK−Sの段階を上げることが出来るのである。

その反面、その兵士以外の兵士がそのArfに乗ろうとすると、
逆にCHANCELINK突破が難しくなったり、
α以上のLINKをする事が出来なくなったり、

最悪の場合、そのArfを動かせる者がその兵士以外に存在しなくなってしまうのである。

 

故に兵士達は、自分のArfを非常に大事にし、まさに一心同体と言わんばかりの相棒として、
戦場で戦うのである。

 

先のも述べたように、ArfにはMT−S(マニュアルシステム)とLINK−S(リンクシステム)の両方があり、
その兵士ごとに、割合が違う。

αであったり、βであるわけである。

 

MT−Sでは、多くのレバーとボタン、スイッチを兵士は、戦場という極限の場所で操り戦う。

LINK−Sでは、その兵士の意志がArfにそのまま動きにつながり、戦う。

 

両者の一つの作業に要する時間は一目瞭然で、
LINK−Sの方が早い。

そして、その早さが戦場では、生死を分ける。

 

もちろん、レルネの段階はあの数少ない、γ−LINK−Sへ到達することの出来る兵士である。
しかし、レルネの本当の尊敬される理由は、そこではない。

 

A・C・C 84年 オーストリアにおいて、陸軍Arf部隊のクーデターが発生

当時21歳のレルネ=ルインズは、
逃げまどう防衛軍の中、たった一人でそこにあったArfに乗り込み、
反乱軍の街への進入を食い止めようとしたのだ。

その街は、彼が産まれ育った街。

彼はまだArfパイロット養成学校を卒業したてで、Arf操作を知っていたものの実戦経験は皆無であった。

 

しかし!

 

彼は、その類い希なる能力で、Wachstum、それも他人が乗っていたArfで、MT−Sを主に使い戦った。

 

そして数時間後、クーデター鎮圧を目的とした、
当時、その勢力はまだ小さい「φ」が、街に到着したとき、
レルネの乗ったWachstumは、火を噴き倒れ、そこに転がっていた。

しかし、それは彼が最後の反乱軍Arfを倒した瞬間でもあった。

 

 

 

「・・・・・・・・・・・Arfは天才と凡人を・・・・容易に振り分ける・・・・・・」

 

 

 

φの隊長ルシターン=シャトは、回りに広がるArfの残骸を見つめて、

こう呟いたと言う。


 

「これか?」

「はい、ルインズ三佐の言われたとおり、シオン綱のみで作成しました。」

「すまなかったな・・・・さすがに手作りは大変だったろう?」

レルネは、目の前の物を見て、傍らにいる兵士に言う。

兵士は、その言葉に逆に恐縮し、慌てて否定の言葉を口にする。

 

「いいえ!!ルインズ三佐のご命令、それもシャト総帥の勅令とあれば、
何も苦ではありません!!!」

「そうか・・・ありがとう。
そんなにかしこまらなくても良いぞ。」

レルネは隣で、直立不動の体勢で報告し続ける兵士に笑いかける。

レルネ、そしてシャト総帥ことルシターンを尊敬し、忠誠を誓う者はφもEPMでも多い。
その類い希な戦闘能力、そしてそれ以上に彼らの人柄に惚れ込んでいる兵士は少なくない。

 

 

 

「しかし、ルインズ三佐?このような物をどう使うのですか?」
兵士は、二人の目の前にある物体を指さして尋ねた。

 

「・・・・・・・・狼を狩るのに使うんだ。」

「狼ですか??」
兵士はクエスチョンマークを飛ばしながら、鸚鵡返しに聞く。

その言葉を受けても、レルネの表情は変わらず、厳しかった。

 

「そうだ・・・・巨大な狼を捕まえるためには、グレイプニルが必要だからな。」
レルネは、兵士の質問には答えず言う。

 

 

「グレイプニル・・・・」
兵士は目の前の物を見て、レルネの考えを知ろうと努力したが、神話文献に疎い彼には分からなかった。

 

 

二人の目の前にあるのは、巨大な檻。

あの猛獣がサーカスで入っているような感じのアレである。

全長はどれくらいだろうか?
おそらく約20メートルのArfが、そのまますっぽり入ってしまうぐらい。

 

今はその中に、何もいない。

 

 

だが、レルネはその中に何かあるように、見つめ続ける。
その青い瞳は、迫る激戦を予感してか?とても厳しいものだった。

 

そう、彼の瞳には、

あの蒼と白のArfの姿が・・・・・

彼の人生、最大の敵とも言うことになるあのArfが・・・

その瞳にはっきりと映し出されていた。

 


 

「その日じゃ、いけないなんてことないんでしょう!?」

「出来ないのだ・・・・・決まったことだ、変更は出来ない。」

そこは、サライがL−seedに乗るマナブに指示を出していた場所の上部にあるスペース。

つまりヴァスが現れた場所である。

 

今、そこで二人の男が話をしている。

いや、話し合いと言うには少し声の音量は大きいが・・・・

 

 

 

 

「どうして!?」
マナブは、怒りにも似た焦りの表情で自分の目の前の男に喰いかかる。

そして、それをあっさり受け止め、跳ね返す男。
「既に日時も決定され、その為にJustice自身が動き始めているからだ。」

Justice当主、ヴァス。

彼は、相変わらず瞳を見せず、ただ冷静に議論を続けている。

 

「でも!!」

「マナブ・・・おまえはもう、Justiceの一人なのだぞ。
おまえの都合だけで、皆のスケジュールを崩すことはできない。」

 

「そうだけど・・・何で勝手に日時を決めるんだよ!!その日は・・・・」
マナブの脳裏にエメラルドと約束した時の様子が浮かぶ。
エメラルドは、はにかみながらも快く答えてくれた。

 

マナブが、自分の一見不純とも言える動機に、言葉を小さくする。

ヴァスは、その隙を逃すことはなかった。

 

「この計画をおまえに言ったとき、おまえが自分で考え、自分で答えを出したのではないのか?」

「・・・・・・」

「その時から、マナブ・・おまえはJusticeの次期当主であると同時に、
この「アル・イン・ハント」の中核を為すL−seedのパイロットとなったのだ。」

 

Justice次期当主、それはヴァスとマナブの関係を一瞬で理解させる。

次期当主マナブの父親。

それが現当主ヴァス=カスガである。

 

 

「・・・それは・・・分かっている・・・・」
マナブは唇を噛むと、不承不承頷いた。

「おまえはパイロットとして指揮を執る者に従わねばならない。」
それに追い打ちをかけるようにヴァスは、淡々とした口調で言い放つ。

マナブはただ、ヴァスの言葉を聞くしかなかった。
何故なら、自分の父、ヴァスの言葉に嘘偽りを見ることが出来なかったからである。

 

ただ、マナブは、

実は大きな虚構の中に自分がいたことを、

このとき知ることはなかったが・・・・

 

「・・・・・・・・・」

「・・・・指揮を執る・・・・・・・私に従わなければならないのだ、マナブ!」
それまでの静かだが冷淡な口調から一変して、ヴァスが大きな声を出した。

それは十分に効果を発し、マナブを萎縮させ、反論の糸口を摘んでしまう。

髪の隙間から瞬間見えた瞳は、自分と同じ色のはずなのに、
紅く輝いているように見えた。

 

 

「以上だ。」
マナブに反論の余地が無いことを、十分にマナブ自身に理解させる時間をおき、
ヴァスはこの議論を打ち切った。

 

プシューーー

 

出ていくヴァスの背をマナブは見ることも無かった、
そしてヴァスがマナブを振り返ることも無かった。

 

マナブはヴァスが出ていったあと、すぐにきびすを返しその場から離れた。

その場から一刻も早く離れたかった。

自分の血を最も強く感じさせる存在は、
マナブにとっては、父と言うよりも上司に過ぎないことを改めて実感したから。

 

 

(分かっていたはずだろう?・・・・・

・・これが始まったときから・・・・・・・・

・・・・俺に・・・・なんて・・・・・・・)

 

マナブは、歩き去る自分に言い聞かせる。
全ての始まりは自分の意志からなのだと・・・・・・・・

 

しかし、それこそが虚実であることを、マナブは知らない・・・・・・・

 

**********

 

「マナブ?」

廊下を静かに歩くマナブの背に、声がかかった。
振り向きながら、マナブは名を呼んだ。

 

「フィーアか・・・・・・うぐ!!」
振り返った瞬間、口に何かを入れられたマナブは、
目を白黒させながら、それを飲み込んだ。

「ごほ・・なんだぁ?」
唐突に訪れたそれにマナブが、せき込みながら前を見る。

「薬完了!!」
ビシッと、敬礼をしながらにこやかに、笑みを浮かべるフィーアがそこにいた。

 

「お、おまえなぁ・・・!!」
あきれた声を上げるマナブには、
先ほど浮かべていた、悲しいような寂しいような厳しい表情は何処にもない。

表情には心を許せる人間と向かい合っているという、安心感が出ていた。

「だって、マナブ。私が薬を上げないと飲まないでしょう?」
フィーアは片手に持っていた、黒と緑のカプセルを見せながら言う。

「だってなぁ、その色・・・・絶対毒っぽいぞ。」

「そうかなぁ?綺麗な緑と黒だよ??」
フィーアは不思議そうに、カプセルを見つめる。
光が反射して、薬の緑の部分が映える。

 

「絶対、おまえの感性がおかしいと思うがな・・・俺は。」
疑わしそうな顔をして、マナブはフィーアに言った。

「じゃあ、マナブの好きな蒼に変えて貰う?」
フィーアはマナブに尋ねた。
マナブの好きな色くらい、彼女の頭の中にはインプット済みだ。

「あ、蒼い薬か?それも、何かなぁ・・・・」

「大丈夫!!サライに言っておくから!!任せて!!」
にこやかに笑いながら、フィーアは胸を張る。

マナブには苦笑を浮かべながら、ふとフィーアの腕を見る。

そこにはまるで何かに殴られたときに出来るような、
青黒い内出血の痣が出来ていた。

マナブはそれを認めると、表情をきつくして、フィーアに言う。

 

「フィーア。おまえ、また・・・・・・・・」

「え?あ!・・・・うん・・でも!気にしなく良いよ!」
フィーアは慌てて、腕の痣を隠す。

「でもな・・・サライに言っておかなきゃな。

あんまり検査の度に血を抜くな!ってな。」

フィーアの体を気遣い、つい声を大きくしてしまう。

 

「ううん!良いよぉ!!」
そんなマナブの様子とは対照的に、
フィーアは、首をぶんぶん振りながら、元気に笑う。

 

「フィーアは大丈夫だよ、献血みたいな物だもん、だからマナブが心配するようなことは無いの!」

「そうなのか?フィーア・・・検査の度に・・・」

フィーアの元気さに、不安を少し無くしたのか?マナブは声を普通に戻して、
ずっと聞きたかったことを尋ねようとした。

 

マナブの問いをかき消すようにして、フィーアは大きな声で言う。

「大丈夫だよぉ!!」

フィーアは、両手を前で振ると、マナブに笑いかけた。

例え、ここで貧血が襲いかかってこようと、
フィーアは倒れなかっただろう。

フィーアは、マナブに言ったことは無い。

 

自分の血液が、通常あり得ない量抜き取られていること・・・・

 

ただの一度も言ってはいなかった。

そして、マナブに言うことを誰にも許さなかった。

 

フィーアにとって、マナブの重荷になることは決して、してはいけないことなのだ。

それが例え、彼女自身の命を縮める行為であったとしても・・・・

 

フィーアは思う。

それらが、

気持ちを伝えることを許されない、

自分の唯一の愛情表現だと。

 


 

大きな屋敷の中、

数人の老人と、黒づくめの男達、

そして、二人の美女。

 

二人は、その屋敷の中の一見して、高価だと分かる華やいだ調度品たちをくすませるほどに美しい。

リビングと言えるのだろうか?
大きなソファーが置かれている広い部屋に、彼らはいた。

 

客と思われる妙齢の美女は高価なティーカップに口をつけ、ゆっくりと飲んだ。

深紅のルージュが、白いカップに隠れていく姿を、
対面に座る老人と壮年の男はただぼうっと見ていた。

出された紅茶を優雅に飲む姿は、ただそれだけなのに、
男達にあらぬ思いを抱かせるほど、妖艶な雰囲気を醸し出していた。

 

彼女の先ほど名乗った名を漠然と思い、二人の男は美女の魅了されていた。

 

エターナル0(ZERO) イシス フレイヤ

 

「よ、よろしいですかな?イシス殿。」
雰囲気に押され、上手く口が回らないながらも老人は話を始めようとする。

「フレイヤと呼んで頂いてよろしいですよ?」
微笑みを浮かべながら美女、フレイヤは言った。

話のきっかけをつまずかされた老人は、一瞬言葉を失う。

「キッス家の元老であったあなたが、私如きに敬語を使う必要などありませんもの。」

続けてフレイヤが放った言葉は、隣に座る男の言葉も失わせ、
なおかつ、回りで立つこの屋敷に住まう人間の言葉も奪った。

完全に場をフレイヤは支配してしまった。

 

「最初に言っておきます、私は決してEPMの刺客だと思わないで頂きたいのです。」

現在、キッス家のゆかりのある者達は、
そのほとんどがA・C・C78年のEPMの襲撃により死亡しており、
王族にいたってはその全てが爆死したとされている。

ただ、王族の幼い王女だけは、その死体が発見されなかった。

現在でも、EPMは唯一の衛星都市「カナン」消失の重要参考人として行方を追っているのである。

 

その王女の名こそ、エメラルド=キッス。

 

フレイヤは、全ての視線が自分に集まっていることを感じると、言葉を続けた。

「我々は月の者です。
アルファリアがカナンを消失させるなんて事をするはずが無いことは、十分に分かっています。」

「では何故?ここへ?」

「私は、貴方達の、いえ正確にはエメラルド王女の意志をお借りしたいのです。」

「どういうことですか?」
訝しげに老人が尋ねる、「意志」とは一体何を意味しているのか?

 

「「モーント」の総帥になっていただきたいのです。」
フレイヤはにこやかな笑みを浮かべたまま、さらりと言ってのけた。

老人そして、男達の目が見開かれる。

 

そして、彼らの頭がその言葉を理解し、激昂するまで約3秒かかった。

「あなたは分かっているのですか!!

現在、どんな形にせよエメラルド様がその名を明かすことは、エメラルド様自身の命取りになるのですぞ!!

なおかつ、そんな月の組織「モーント」に入れば、
それだけでEPMの空の民蹂躙の格好の口実になってしまうではありませんか!」

 

「わかっております・・・・そう大声出さずに。」
優雅にお茶に口を付けるフレイヤ。

そして、ゆっくりと老人の逆隣に座る美女を見つめていった。

「ですから、エメラルド様の名前ではなく、その月と衛星都市、地球を愛する心をお借りしたいのです。」

 

 

真っ正面からフレイヤの瞳を受け止めるのは、あのエメラルド=ダルクであった。

「フレイヤさん、それは本当にあなたの意志ですか?」
エメラルドはその瞳の色をきつくし、普段考えられないほど敵意を持った言い方をした。

それを感じているのか?感じていないのか?
フレイヤはにこりと微笑むと頷いた。

「ええ、もちろん。これが最良の策だと思います。
あなたの身の安全と、それ以上に月と衛星都市の平和・・いえ、地球も含めた人類の平和を思うならば。」

 

「貴方達は!!兵器を売っているではありませんか!!」
エメラルドは、ついに怒りを露わにして言う。

「エメラルド様、私たちは兵器など売っていませんよ。
ただ平和を望む皆様に、力を与えているだけです。」

 

「平和をですって?!」
眉を寄せて、エメラルドは怒りと疑問の表情を浮かべる。

 

「そう・・・・・・平和です。
あなた様もそして、私も、ここにいるみんなも、それぞれ平和を望んでいます。

ただし、それは自分の中の定義による平和ですが・・・・」

「詭弁だわ!!」

 

「詭弁ではありません、事実です。
みんな・・・・戦う人間、みんな。

自らの望む平和を手に入れようと戦っているのです!!」

初めてフレイヤは声を大きくした。
それに場全体は、緊張感を強くする。

 

しかし、次の瞬間、

 

 

「エメラルド様・・・・・・あなたの父上の意志を示して下さい。」

 

 

素晴らしく、そう素晴らしく優しい声をフレイヤは使った。

 

場は、一瞬のうちに弛緩し、
エメラルドは自分の心臓が動いているかどうかも、よく分からなくなってしまった。

フレイヤは、この議論を完全に支配していた。
その凄まじい、人間観察の力で。

 

エメラルド様、

 

ルイータ=カルとして、

 

空(ソラ・・・宇宙の事)に来ていただきたい。」

 

場に動揺が走る。

それは、あのカナンの指導者カル家の娘の名であった。

 

**********

A・C・C77年当時、カル家には二人の子供がいた。

長男のパッシュ=カル、そしてその妹ルイータ=カルである。

二人とも、カナン消滅の際に死亡したと公式には伝えられているが、

ルナの中には、今だ根強く、彼らが脱出を果たしていて、
再び我々ルナを率いてくれると信じている者が多い。

 

カル家の特徴である蒼い髪にあやかって、
自らの髪を蒼く染めた若者が衛星都市の中を闊歩する姿は、
衛星都市の代表的な日常風景である。

 

カル家の兄妹の復活。

それは、宇宙の救世主伝説にも等しかった。

**********

 

「私が?ルイータ=カルに??」

「そうです、そして、「モーント」を率いて下さい。」

 

「嫌です!!」

 

 

「どうしてですか?あなたの父上の意志とあなたの望む平和の為ですよ。」

「無差別に人を殺すテロリストたちの総帥など、父が望む事ではありません!!」
立ち上がり、キッとフレイヤを見つめるその瞳は、
誰にも向けたことがないほどに怒りに満ち満ちていた。

それは先ほどマナブといた時に浮かべた怒りの表情の数倍だった。

 

「「モーント」の事を分かっていらっしゃらないみたいですね?エメラルド様。」
フレイヤは、肉感的な魅力の脚を組み替えると言う。

 

「「モーント」は、あの衛星都市に於いて唯一、武力を持たない組織なのですよ?
それは衛星都市も月も、公式に認めているではありませんか。」

「では、何故、あなたが!Arfと言う兵器を造っているあなたが私を呼びに来るのですか?!」

 

「私は、依頼されたのですよ・・・・「モーント」のリヴァイ=ベヘモットにね。

エターナル0は、兵器だけを造るのではありません。
生活や、娯楽いろいろなものを手がけています。

「モーント」の皆様もお客様の一人なのですよ。

 

そして、現実問題、リヴァイ本人以外なら、私くらいなものでしょう?

貴方様方がこんな話を信じられるに足る人物は。

 

彼は地球には、そう簡単に来ることは出来ません・・・・・おわかり頂けますか?

私たちだって、平和を望んでいるのです・・・・・ルナとして。」

フレイヤは、真っ直ぐにエメラルドの瞳を見つめる。
エメラルドは、何も言えずにただ、黙って立ちつくしている。

「このままでは、空の他のテロリスト達が、
人類をどうしようもない戦乱に巻き込んでしまいます。」
その声は悲しさに満ち満ちていた。

「・・・・・・・」
エメラルドはゆっくり座ると、顔を俯かせた。

 

「EPMの人間達は、もうそろそろテロリスト討伐を口実として、再び空にやってくるでしょう。」

「・・・・・・」

 

「あなた様だけなのです・・・・・エメラルド様。

「モーント」に来て下さい・・・・・そして、我々を平和に導いて下さい。」

 

「エメラルド様・・・・・」
老人達もエメラルドの顔を伺う。

エメラルドは感じていた。

キッス家の再興を願い、
父王の意志を常日頃から、
エメラルドに語っていた老人達が何を思っているのか。

 

このような機会がもう巡ってこない、これは最後のチャンスだと・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

エメラルドは苦悩する。

一人の青年の事を想って・・・・・

世界の平和を祈って・・・・・・・・

 

 

エメラルドの沈黙が、辺りに静寂をもたらした時。

トゥルルルルルルルルルルルル!!

突然の電話音に、その場の全員が体を震わす。

「失礼します。・・・・・・私よ・・・・・・・・・・・そう・・・・わかったわ・・・」
電話を受けたフレイヤは、簡潔に答えると切った。

 

 

ゆっくりとエメラルド、そして老人と男に向くと言った。

 

「テレビを付けて頂けますか・・・・

・・・テロリストが街を破壊しているそうです。」

その声と表情は、あくまでも簡潔で、一片の動揺も無い。

 


 

紫色だった。

メタリックな紫ではない、濃い目のまるで、

染め物のような感じの美しい紫色だった。

一見して、それはArfでは無いように見えた。
だが、全長約20メートル、そして人型のロボット。

そんな物は、Arfという名前でしか表現することが出来ない・・・・・
だから、それを見た人々は「紫のArf」としか呼ぶことが出来ない。

 

「蒼と白の堕天使」と言われたL−seedに対して、

後に、

「紫の悪夢」と囁かれた機体が初めて姿を現した瞬間である。

 

 

その機体の特徴はただ三つ。

 

シオン綱で造られたとは思えない程に美しい光沢。

ガラスでコーティングしたような透明な鎧に包まれたボディ。

両肩に突き立てられた二振りの剣。

 

それはまるで重罪を犯した罪人のように、
突き抜かれ、左胸の膨らみの下から、斜めにその剣先が長く飛び出ている。

左胸の下からしか伸びていないことから考えれば、
右に突き刺さった剣は、おそらくは短剣であろう。

 

もし、人間がこのような姿でいれば、思わず目をそらしたくなるほどに残酷な形だろう。

だが、このシオンに覆われたモノの形は、人々に嫌悪ではなく、畏敬を感じさせる。

 

顔は、まるで何もなかった。

全体が紫であるのに、その顔だけ真っ白い。

かろうじて、通常、目がある部分に横一本の線があるだけ・・・

普通のArfとは全く異なる翼をゆっくりと畳み込んだ。

いや、畳んだとは言い難い・・・

それは瞬間、数千いや、数万もの細長い糸に分裂し、その頭から垂れ下がったのだ。

 

 

 

紫のモノは、街に突然現れた。

音も無い・・・それは言い過ぎかも知れないが、
人々は町中に着陸するその時まで、その存在に気付く者は少なかった。

それほど、優雅に物静かに、紫のモノは現れた。

 

 

「なんだ?」

「紫のArfだな・・変わってる。」

「φのセレモニーか何かじゃない?」
あちらこちらで囁きながら遠巻きにして、その紫の機体を囲む人々。

静かだった。

街の中心とも言えるそこに、見たこともない兵器が現れたのに・・・
・・・・・・・警察やその国の軍隊も何の反応も示していなかったから・・・

 

それは誰かが言ったことに理由を見いだせる。

EPMかφのセレモニーなのか?

 

そう・・・・警官たちも、人々も思っていた。

呑気に、気楽に・・・戦場なんて知らない人間達。

彼らは、恐れよりも、むしろ好奇心を剥き出しにその紫色のモノを見つめていた。

 

その容姿から感じられたであろう・・・・・・自分の生存の危機を感じ取れずに。

 

天国か地獄かわからない・・・・死の果てに、

それが大きなで間違いであったことを彼らは知る。

 

 

EPMもφも、そして軍隊もこの紫の者を・・・・・確認できなかったのだ・・・・・

レーダーなんて、時代遅れな物に頼っていたから。

 

**********

「あ!動くわ!!」
一人の女性が思わず、声を上げて言う。

それは間違いようもない、エメラルドの友人イノリであった。

自分の言った声の大きさに気づき、イノリは頬を染めたが、
回りの人々もその言葉に、自分らがセレモニーと思う、それに目を凝らす。

ゆっくりと紫のモノは、巨大な口径の銃を持ち上げた。

その口径に反して、銃身は妙に短い。

 

それをゆっくりと、自らの胸の膨らみに押しつける。

それはまるで自殺をする様に酷似している。

 

ズギューーーーーーン

 

低い音と共に、大口径のそれから光の弾丸が放たれた。

 

「うわぁ!!」

その光に、目をやられてうずくまる人々。

一瞬のうちに、辺りに光の雨が降る。

 

イノリが再び目を開いたとき、
耳にとても涼やかな音色が聞こえた。

 

金属と金属をぶつけたときに出るような、高い音であったが、
その音色はまるで偉大な作曲家に創られた一つの曲であるかのように、
辺りに美しい音楽を奏でていた。

 

イノリが、その音に目を向けると、

そこには不思議な光景が広がっていた。

いや、美しい光景と言っても良い。

 

おそらく銃から発射されたであろう光の弾が、

コーティングされたガラスの中を、表面と紫のボディの間を反射し続けている。

美しい光の乱反射だった。

 

 

紫と光のイリュージョン。

 

そんな風に、視力の回復した人々は純粋に綺麗だと思う。

 

そして、次の瞬間見た。

 

その光が放たれ、
灼熱の地獄が訪れる様を。

 

**********

 

イノリが再び目を開けたとき、
そこには倒れ伏した人々と、
逃げまどう人々のどちらかしかいなかった。

先ほどまでの街の風景は何処にもない。

 

「うぅうううぅう・・・・・」

うめき声と叫び声で、ごちゃごちゃになった騒音がイノリの脳に警鐘を鳴らす。

 

ズギューーーーン

 

再びあの音がしたとき、イノリは見た。

 

涼やかな音をさせて、紫のArfらしきモノの中を光が反射しているのを。

それは、まるで光の蛇がからみついたように見えた。

 

 

そして放たれる光の蛇は、まるで何者も飲み込むようにして街に襲いかかる。

貪欲な蛇は、まるで食い足りないのか?

 

幾つも幾つも現れては、何かを喰らい、消えた。

 

イノリは、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)に生け贄にされた櫛名田比売(クシナダヒメ)の気持ちが・・・・

ほんの少しだけ分かった気がした。

 

 

但し、彼女は助けてもらえたが・・・・

 


 

「酷い・・・・・・」
エメラルドは、そう呟くしかなかった。

 

テレビは、軍と警察の抵抗の様子をつぶさに伝えていた。

 

いや、間違えた、

軍と警察が虐殺される様子を伝えていた。

 

紫のArfらしきモノは、その体の中から光を放出し、

時にはビルを、

時には軍の戦車を、

そして、時には人を、

まるで反射を完全に把握しているように狙い撃った。

 

「現在、交戦中の紫色のArfは全く、怯む様子を見せません!!」
テレビレポーターが、ヒステリックとも言える語気で、そのArfの様子を伝える。

だが、言われるまでもない、見れば分かる。

いくら戦車の大砲を受けても、それの動きは一瞬も止まらない。

 

「現在、この紫のArfは先日中国で起きたArfテロとは、
同一のArfであるかどうかは確認されておりません。」

 

 

「Arf・・・

・・・無能ね、このレポーター。」

フレイヤがテレビを見ながら言う。

一瞬、皆がフレイヤを見るが、すぐにテレビに視線を移した。

 

だから、そう言った後、

フレイヤの口元にふと浮かんだ微笑、
それを見た者は老人ただ一人だった。

 

 

「現在、このArfは・・・・」

そこで映し出されたのは、街の地図、そして紫色に光る点が中心、
そして、その横には矢印がつき、その紫の移動方向を指し示していた。

 

 

「エメラルド様!」
その地図を見るやいなや、思わず男が声を上げる。

その矢印の延長は、間違いなく彼らのいる屋敷を示している。

 

「みんな、逃げましょう。」
エメラルドが、その場にいる者達に避難を呼びかけた。

 

皆が、慌てて逃げる準備に入ったとき、

エメラルドの横にフレイヤが立った。

 

「エメラルド様、私たちの車に乗って下さい。」
フレイヤはエメラルドに真剣な顔で言う。

 

「イシス・フレイヤ・・・・・しかし・・・・」
エメラルドは躊躇した、自分たちにも車はある。

敢えて、フレイヤの車に乗る必要はないと思ったのだ。

 

そして、それ以上にフレイヤの言葉に信頼を持てなかった。

 

「幸い私たちの乗ってきた車は二台あります。装甲も厚くスピードも出ます。」
フレイヤは、エメラルドの言わんとしていることを悟り言う。

 

エメラルドは、フレイヤの顔をじっと見つめる。

そして、そこに何の闇も感じられなかった。

 

「・・・・お願いできますか?」
「喜んで。」

フレイヤは、ニコリと微笑んだ。
それは非常に綺麗な微笑みだった。

綺麗すぎるほどに・・・・・・・

 

 

**********

 

「急いで!!車に乗って下さい!!」
フレイヤのSPはみんなを促す。

既に紫色のArfらしきモノは、肉眼でも確認できた。

そして、その光の蛇も・・・・・・

 

あちこちで炎が巻き起こっている。

 

「エメラルド様、こちらです。」
フレイヤ、自らがエメラルドの手を取り車に向かう。

 

人数の都合上、エメラルドは他の者達を離れ、フレイヤの車に乗った。

それはフレイヤの車が最も頑丈でスピードが出ることを考慮してのことでもあった。

 

そして、二台の車が発進する。

先頭にエメラルドとフレイヤ。

 

発射して数秒後、

「何?!」

エメラルドは、運転手が驚愕した声を上げるのを聞いた。

 

エメラルドは、顔に影が射すのを感じる。

巨大な鳥の影に入った様に・・・

そして、窓からそれを見た。

 

紫のモノが、左手で巨大な剣を持ち、飛翔してくる姿を・・・・・・・

 

 

そして、それは自分の乗る車を越えて、後ろに着地する。

例えようの無い・・・黒い恐怖にも似た不安がエメラルドの心に浮かぶ・・・・

 

ゆっくりと振り返る・・・・・

エメラルド、その目に映るのは紅い色・・・・・

それは紅い炎。

 

紫色の何かに、後ろの車は踏み潰され、

自分の住んでいた筈の場所は巨大な剣が

 

・・・まるでバースデーケーキを切ったように・・・

 

分けられている。

 

それはエメラルドには、

理解できない光景・・・・

考えられない日常・・・・

そして、

信じたくない現実。

 

 

数秒後、

「・・・じいや・・?・・・・」

まるでうわ言の様に、エメラルドは呟いた。

 

 

そして・・・・・・・

 

「恐慌」は、

直ぐに・・・・・

 

・・・・・微笑みかけて来た。

 

 

 

「みんなぁああああ!!!!!」

 


「良いみたい。」


 

NEXT STORY


次回予告

エメラルドは想いのきっかけを振り返る。

そして、新たな道を選び取る。


後書き

第八話です。

現在、文量が少ないのに対して、登場人物が多すぎると言う意見に基づいて、
人物相関図を作ろうと考えています。今暫く、お待ち下さい。

読んだ方、感想下さいね!!

こいつは誰だ!この組織なんだ?と言う質問がある方は、
「神聖闘機L−seed」設定資料集にどうぞ。

ご意見、ご感想は掲示板か、こちらまで。l-seed@mti.biglobe.ne.jp

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