「錆びた歯車が回りはじめる」

 

       Divine     Arf                          
 神聖闘機 seed 

 

 

 

第七話    「14の棺を拾う者」

 

 

 

 

 

 

会場は熱気に包まれていた。

それは激しい感情の高揚による体温の上昇だけではない、
人々から発せられる心のエネルギーが、そこには満ち満ちていた。

 

 

 

舞台に、6人の女性が立つ。
6人とも、EPMの軍服に身を包み、その表情は非常に引き締まっていた。

しかし、それが彼女たち、それぞれの個性のある美しさを際だたせていた。

 

その中に、あのマナブ達に出会った少女、ホウショウ=アマツカもいた。

 

 

少し背は低いが、敬礼をして皆と一緒に並ぶその姿は、
あの時のような普通の女の子、いや泣き虫な女の子のイメージなど何処にもない。

 

リーダーらしき、一人の女性が列より一歩前に出る。

「私たち、EPM慰問部隊「月読(ツクヨミ)」の公演に来て下さいまして、誠にありがとうございます。」

凛と響くその声は、会場の熱気に負けず、空間の隅々まで届いた。
声と同様に、その女性の顔は、冷たさを感じさせるほどに涼やかだ。

会場のざわめきは消え、少しばかり緊張した空気が流れる。

 

「今日この公演で集まったお金は、
最近発生している悲しい事実・・・・・・テロリストによる被害者様の寄付に当てられます。

皆さんの暖かい想い、私たちは感謝しております・・・、

今日は、皆様に、私たちの歌で一時ではありますが、楽しさを提供することをお約束します。」

 

そう、静かだが、はっきりとした声で女性は語ると、
深々とお辞儀をした。

見ると、後ろの全員も一糸乱れぬ動きで、礼をしている。

 

 

 

 

礼にしては少し長い時間、彼女たちはその姿勢を崩さない。

観客が訝しげに思うか思わないかのギリギリのところで、
会場のスピーカーから、激しいリズムの音楽が鳴り響いた。

 

 

その瞬間、彼女たちの軍服は宙を舞い、観客はそれに視線をやってしまう。

そして視線を戻すと、そこには先ほどの軍人の彼女らはいなかった・・・・

きらびやかな衣装を身にまとい、心からと思わせる笑顔を振りまく、そんな女性達がいた。

 

 

 

歓声が、会場に波のように広がっていく。

 

**********

 

「「うわ・・・・・・」」

自転車を押してきたために、少し遅刻したマナブとエメラルドは、
会場に入った瞬間に、感嘆の声を上げた。

 

 

会場の熱気は、既に少しの陽炎を作り出している。

しかし、マナブ達に声を上げさせたのは、そんなことではない。
舞台で、舞い踊り歌う六人の乙女達の美しい姿だった。

 

 

舞台は、急造されたもので決して照明器具や装置が素晴らしいとは言い難い、
だが、歌う彼女たちには、そんなことは何の影響も与えないように見えた。

実に生き生きとして、歌う彼女たちは、とても軍人には見えない。
最も彼女たちが、戦争で戦うといった経験は無いだろうが・・・。

 

「凄いな・・・・・」

隣に座るエメラルドに言ったのか、それとも独り言なのかどうかも、
自分で分からないぐらいにマナブはそれに見入っていた。

エメラルドも同様に、舞台の彼女たちを見つめていた。

一流の役者の洗練された舞台とは言い難い、
だが、彼女たちは、本当に楽しそうに歌っていた。

それは観客を巻き込んで、とても大きな優しい波を作り出していたのだ。

 

同性でも感じる美しさ、
いや同性だからこそ感じるのかも知れない美しさが、
「月読」の中にはある。

そんな風に、エメラルドは思う。

 

エメラルドは、ふと舞台の六人の天使達の中の一人に目を留めた。

 

「カスガさん、あの子・・・」
ささやくようにして、マナブに言う。

「ああ、あの自転車の子だね。」
マナブも同じ事を考えていたのか、その返事は早かった。

「間に合ったようですね、良かった・・・・・」

 

ふと、横を向いたマナブは、
間近にエメラルドの顔があることに気付き、
心臓を跳ねさせた。

その瞬間、エメラルドも、視線を感じたのか、マナブの方を向く。

 

 

とても近くに、互いの存在を確認して、

 

二人の瞳は相手を写したまま動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

大歓声の中、

全ての音を消し去ってしまう。

 

 

 

 

 

 

何分の間そうしていたのだろうか?

 

互いの鼓動しか聞こえない世界から、

二人が戻ってきたのは、

一際、綺麗な歌声が響いてきたときだった。

 

 

 

二人は舞台に視線を移す、そこには・・・・・・・・・

 

 

 

 

白い羽、黒い羽、紫の羽、赤い羽、青い羽、黄色の羽・・・・・・あらゆる色の羽が舞台に溢れていた。

 

 

 

そして、歌う彼女たちの背には、それぞれの色を持った大きな翼が付いている。

 

まるで、本当の天使のようにとても軽やかに彼女たちは踊る。

まるで、本当の天使のようにとても凛として彼女たちは歌う。

まるで、本当の天使のようにとても優しく彼女たちは微笑む。

 

 

 

マナブはパンフレットを見て言う。

それに、

エメラルドは、

黙って頷いた。

 

 

 

「つばさなきものへ・・・・・・・・」

 

 

六人の歌姫の歌声は、会場に静かに、そして美しく響いた。

 

 

 

 

 

 

世界の何処かにいるんだよ ぼくを
ぼくだけを 必要とするひとが

 

だからさ 走り続けるしかないだろ
しるべ無き 灰色の空気の一番下を

 

いつかきみにたどり着いたとき
一度も見たことなんてない 愛って奴の存在を
証明できるかな

 

たどり着けない空に伸ばした腕を
いざなうものは 光か 闇か
取り返しのつかない 刹那を繰り返す
翼無き者達よ

 

いつになったらぼくらの間に 言葉がいらなくなるんだろう
傷つけあわなきゃ進めない 
そんな悲しい時代に

 

たどり着けない空に伸ばした腕を
いざなうものは 光か 闇か
取り返しのつかない 刹那を繰り返す
翼無き者達よ

 

 

 

 

歌声は、糸を引くようにして静かに会場に消えていく

まるでそこにいる人々一人一人の心におさまっていくように・・・・・・

 


 

 

「マナブに、恋人?」

「はい。フィーアがマナブ様のことで、嘘をつけるはずがありません。
本当でしょう・・・・・・・

悲しいことですが・・・・・」

 

大きな机と大きな絵が飾られている部屋だった。

机の後ろには、この部屋の半分以上を占める本棚がある。

そこには、本がそれはもうぎっしりと詰まっていた。

本棚に縦にはもう入らないのか、本の上に横にして置いてある本、
それでも、入りきらずに、机の回りには本がまるで、ちり紙交換を待っているように積まれている。

ただ、乱雑に積まれておりながら、

その部屋の雰囲気は、厳粛な緊張感を持っていた。

まるで古の哲学者の部屋のように、
知性の香りがその部屋には流れていた。

よく見れば、積まれている本達も、難解な言語のタイトルの物や、
ダンテの「神曲」、ミルトンの「失楽園」などの長編叙事詩ばかりである。

 

 

「そうだな・・・・フィーアはそうだろう・・・・・」
男は、大きなイスに深く腰をかけて、ゆっくりと、まるで自分に言い聞かせるように頷いた。

そして机の前に立つ、サライを見やる。
前髪の隙間からのぞく、黒い瞳には感情を見つけることが出来ない。

いや、感情が見えないと言う瞳は、
それだけで何かを現しているのではないだろうか?

 

「どうしますか?御当主様。」
サライは、

「Justice当主ヴァス」

のその瞳を見つめて言った。

サライの声は、尋ねるのではなく、まるで諭すようだった。

 

 

二人の間に流れているのは、緊張感でも危機感でもなかった。

何か与えられた台本を読んで、それを演じている、

何か作り物の雰囲気に感じるのは、気のせいなのか?

 

 

「哀しみは、究極の愛情・・・・・・

L−seedには、哀しみが与えられなければならない。」

ヴァスは、まるで最初から用意されていたような言葉を口にした。

言葉は詩を朗読したときのように、静かに部屋に広がって、消えていく。

 

ヴァスの目は、再び前髪に隠れ見えなくなった。
それを見てサライは、少し微笑む。

その笑みは、何故だか・・・・・・とても・・・・・

 

「わかりました・・・マナブ様の相手を調べ、然るべき処置を施します。」
顔を引き締め、サライは返事を返した。

「・・・・・・・・・」

 

 

サライの言葉に、何の反応も示さないヴァス。

 

「御当主様?」

「・・・・分かった、任せる。」

サライの二度目の問いに、ようやくヴァスは返事をすると、
イスを回し、サライに背を向けた。

本棚より、一冊の本を取り出し、まるで何事もなかったように、本を開いた。

タイトルは「ファウスト」。

 

 

ヴァスの背中を、しばらく見つめていたサライは、

「失礼します。」

そう言うと、きびすを返し、部屋から出ていった。

 

 

バタン

 

 

その音が妙に部屋に響く。

 

 

静寂が支配した部屋の中で、

ヴァスの本の次のページがまくられることは、

 

 

 

 

 

 

無かった。


 

「あ!そこの人、ここから先は、関係者以外立入禁止だよ。」

軍服を着た一人の青年が注意を促した。

彼の前には、二人の人間が明らかに、この場所には始めてきましたと言うような、
キョロキョロ辺りを見回す仕草で歩いていた。

 

 

「月読」の公演の警備員、

彼には、このようなことは珍しいことではなかった。

 

「月読」は、あくまでEPMの一部隊に過ぎないと言っても、
そこら辺のアイドルグループに負けない人気を持っているのだ。

 

彼女たち「月読」は、EPM所属と言うこともあり、
報道機関の取材もかなり制限されていた。

それが逆に、彼女たちの神秘性を倍増させて、
かなりコアなファンを生み出しているのである。

 

決して多くない公演のせいもあってか、
希にしか会えない彼女たちの狂信的なファンが、
楽屋に忍び込もうとしようとすることは決して多くはなかったが、
確実に存在した。

 

 

彼は、二人に近寄り、改めて注意を促そうとした。

大抵、この段階でファンは逃げ出すのだが、この二人は動かない。

むしろ警備員である彼が近づくのを待っているようだ。

 

 

訝しげに思いながらも、二人の前に立った彼が、

まず最初に二人を見て思ったのが、

 

(女性?珍しいな・・・)

 

であった。

 

女性の方は、いつも「月読」の美女に囲まれている彼にしても、
彼女たちに勝るとも劣らないほどの美人。

光の加減で緑色に光る髪の毛が、その美しさの特徴だった。

 

男性の方は、取り立てて格好いいというわけではないが、
それなりに中の上ぐらいの顔立ち。

もっとも隣にいる彼女のせいか、若干の見劣りを感じずには入られなかったが・・・・・

体つきは、幾分しっかりしており、それなりに鍛えていることがわかるが、
軍人である彼から見れば、十分に民間人レベルの力しかなさそうだ。

 

 

兎にも角にも、これから先は、「月読」の女性達の楽屋である。
部外者である彼らを入れるわけには行かない。

今一度、注意の言葉を発しようと口を開けたとき、
目の前の女性が話し始めた。

 

「あの?私たち、アマツカさんの自転車を運んできたんですけれども・・・・」

「はい?」

彼には、その意味を瞬時には分からなかった。

しかし、今日、公演開始ギリギリになって飛び込んできたホウショウのことを思い出す、
それと同時に、カイに怒られて泣いているホウショウの顔も浮かんだ。

彼はその時、訳を聞くメンバーに自転車で人を轢いたと言っていたことを思い出した。

 

「あ、ああ!君がホウショウが轢いた?!」
ちょっと高めの声で、男性を指さす。

「轢いたって・・・ぶつかっただけだぞ・・・」
マナブは、そう笑いながら言って、腹をさすった。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってて下さい!今、ホウショウを連れてきますから。」

「そうですか?すみませんがお願いします。」
深々とお辞儀をするエメラルドに彼は、育ちの良さを感じた。

 

**********

 

「あ!お姉ちゃん!!お兄ちゃん!!」

奥の部屋から、舞台衣装そのままのホウショウが元気に走ってきた。
あれだけのダンスと歌を歌っていても、まだ元気は余っているようだ。

 

「アマツカさん。素晴らしかったですよ、舞台。
私、とても感動しました。」

にっこりと微笑みながら言うエメラルドの言葉には、一片のお世辞も感じられない。
心の中からの言葉だ。

「本当に!!凄かったよ!俺も驚いた。」

マナブも、後に続くようにして褒めた。
黒い瞳が真っ直ぐにホウショウを見る、それは憧れにも近い熱の入った目だった。

もちろん彼の言葉も、心の底からの言葉だとホウショウは感じた。

 

「ありがとう!!」
屈託のない笑みで、ホウショウは二人の賛辞に答えた。

そして、一変してマナブの方を見て、神妙な顔をして謝った。

「・・・・お兄ちゃん、ごめんね・・・・・お腹大丈夫?」

 

「あ?!ああ、大丈夫だって言っただろ!」

「良かった・・・・」
ホウショウは胸をなで下ろす。

しかし、マナブの腹にはこのとき、しっかりと青胆が出来ていたことをここに述べておく。

 

「それより、自転車、外に持ってきているから。」
マナブはここに来た目的を話した。

「本当?!ありがとう!!!」
素直な答えを返すホウショウに、エメラルドとマナブも笑みを浮かべてしまう。

 

 

 

 

 

 

「お二人が、うちのホウショウを助けて下さったのですか?」

 

 

 

 

 

 

 

ふいにホウショウの背後から声が聞こえる、
そこには軍服を着たあの最初の挨拶をした女性が立っていた。

短い髪のせいもあり、間近で見ると本当に軍人という感じがする。

「カイ!そうだよ!!この人たちがホウショウを助けてくれんだ。」

「そう・・・」

カイと呼ばれた女性は、静かに返事を返すとマナブ達に向き直った。

マナブ達は、これが例のカイなのかと思う、
そして、確かに厳しそうだそんな風に感じた。

 

 

 

女性の軍人と言うと、こんな感じなのか?そう漠然と思い描いていたマナブの想像、
厳しくそして美しい、それそのままの女性の存在に、一種マナブは感動を覚えた。

 

ただ、その後すぐに、
言いようのない感情、
怒りとも哀しみとも言えない感情が、

一瞬、

マナブの心に吹き抜けた。

 

 

何故なら、彼女は間違いなく、彼の敵なのだ。

 

 

カイは深々と頭を垂れると、

「本日は、うちのホウショウを助けていただきありがとうございます。

私はこの「月読」の公演のリーダーをしております、
カイ=アンクレットと申します。

何でも自転車でぶつかったとか?お体の方は大丈夫ですか?」

カイは、舞台の上と同じように、良く響く声で言った。

 

マナブは隣で、エメラルドがお辞儀をしているのを見て、慌てて礼をする。

 

 

あまり感情が見られないカイの表情に、少しとまどいながらも、

「そ、そんな、大丈夫ですよ!」
マナブは今日、何度目になるだろう?「大丈夫」を言う。

「そうですか・・・・それは良かった。」
心が込めている?込めていないのか?それとも込める気など無いのか?
全く分からない感じで、カイは言う。

 

「ホウショウ、お礼は言ったの?」
カイは、再びホウショウに尋ねる。

「うん!!お姉ちゃん達、ホウショウの自転車を持ってきてくれたんだよ!!」

「そう・・・」

カイは、懐から財布を出し、紙幣を取り出すと、
マナブ達に差し出した。

 

「これは、タクシー代と病院代です、受け取って下さい。」

紙幣の厚みは、結構な物である。
少なくとも相当な重傷でなければ、それだけのお金はかからないだろう。

 

「そんな私たち受け取れません。」
エメラルドは、困った顔をして言う。

マナブの方をちらっと見ると、マナブも頷いていた。

「いいえ。それでは私たちが困ります。」
カイは、紙幣を下げる気はない。

 

「別に病院にも行かないし、良い舞台を見せて貰ったから、それで十分です。」
マナブも、そんなカイに柔らかい言い方で断る。

 

「それでは「月読」が礼儀知らずだと思われてしまいます。どうぞ受け取って下さい。」
それでもカイは表情を変えず、頑として引こうとはしない。

 

どうしたものか?二人は困ってしまう。

ホウショウは、原因である自分が、何か言うのもはばかられ、
気遣わしげに二人と一人を交互に見ている。

 

 

 

 

「カイ・・・・困っているぞ、その人達。」

突然の声に、初めて表所を崩したカイは、後ろを振り向く。

そして、すこし眉をひそめた。

 

 

「アシュクさん、これは大切なことですよ。
我々「月読」が礼儀知らずと世間の皆様に言われても構わないのですか?」

そこには、もう一人の「月読」のメンバーがいた。

カイと同じようにして、短い髪、染めているのか?金色の髪に黒い瞳。
意志の強そうなキリッとした眉を持つ女性だ。

カイとは、反対の印象を受けるが、活動的な美人に見えた。

 

 

「その人達だって、そんなお礼をされるために、ここに来たんじゃないだろう?」

うんうんと頷く、マナブとエメラルド・・・とホウショウ。

 

「あっと、あたしはこの「月読」の一人、プリン、プリン=アシュクよろしくな!、
今日はホウショウの事、サンキュ。」

明るく、マナブ達にお礼を言うプリンの横で、
カイはその表情を心なし、さっきより冷たくして言う。

「それは私も分かっています、それをふまえた上で、私はお礼として、受け取って貰いたいのです。」
若干、感情を露わにして、カイはアシュクに言った。

「にしたって、額が多すぎるだろ?もうちょい、金額を考えなよ。」
プリンも下がる気配はない。

どうやらこの二人、歳は同じそうに見えるが、かなり仲が悪いようだ。

 

 

場に静寂が訪れる。

 

 

「あ、あの・・」
場の静寂に耐えられなくなったマナブが、何かを言おうとするが、
その声は、今度はマナブの後ろからの声に阻まれた。

 

 

 

 

 

「カイ、プリン・・・・・・・あなた達、また喧嘩しているの?」

 

 

 

 

マナブ達が振り返ると、

そこにはまたも「月読」のメンバーと思われる女性が立っていた。

カイと同じように、落ち着いた雰囲気を持ちながらも、
カイのような冷たさではなく、その表情は暖かさを感じさせる。

 

 

「フクウ・・」
ホウショウが、助けを求めるようにして彼女の名を呼んだ。

 

「こんにちは、私は「月読」のフクウ=ドミニオン。」
にっこりと微笑み、マナブ達に手を差し出した。
黒い瞳にある感情は偽の好意では決してなかった。

「あ、ああ、こんにちは、俺はマナブ=カスガです。」

マナブはフクウと握手をすると、エメラルドの方を紹介しようとする。

 

「こちらが・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

「エメラルド=ダルクです。」

 

 

 

 

 

 

 

フクウに勝るとも劣らない綺麗な微笑みで、エメラルドは自己紹介をした。

「そうですか、あなた達がホウショウを助けて下さったんですね?」

「ええ、まあ。」
言葉を濁しながら、照れるマナブ。

「ありがとうございます。」
腰まであるような長い黒髪が、緩やかに流れ、フクウは礼をした。

 

 

 

 

 

 

この時、マナブとエメラルドは気付かなかった。

 

 

 

 

エメラルドが自分の名前を出したとき、
彼らの後ろにいた三人の表情が一気に強ばったことを。

あの幼い感じのホウショウでさえ、驚いて目を見開いている。

 

それ以上に驚くべきは、カイの表情。

あの先ほどの無表情からは考えられないほど、動揺している。

 

そして、フクウでさえ、

その左手は心の動揺を現すように、服を凄い力で掴んでいた。

 

そんなことをマナブは、もちろんエメラルドも気付くことはなかった。

 


研究室「Dr.サライ」

「月読・・・・・随分、不吉な名前ね。」
サライの手には、あのマナブが持っていた「月読」のチラシが握られていた。

 

「Dr.サライ、何で不吉なんですか?」
研究室の少し奥の方で、なにやら紅い色の液体が入ったフラスコを振っている男が聞いた。

 

研究室には、妙に鉄臭い匂いが立ちこめていた。

それは血の匂いに間違いなかった。

 

「古事記を読んだことがないのかしら?ヨウ君。」

「う〜ん、古典には興味ないです・・・・・」

「そう・・・・古事記に神様が三人いてね。
長女が天照大御神(アマテラスオオミカミ)、
長男が月読命(ツクヨミノミコト)、
そして次男が建速須佐之男命(タケハヤスサノヲノミコト)。」

 

「なんか聞いたことがありますよ、それ!あの岩に隠れた神様ですよね?」
男の横で、スポイトを使い何かを吸い出していた女が得意げに言う。

「そうね、それがアマテラスオオミカミよ。」
サライはその女の得意げな顔に、少し笑みを浮かべながら、話を続けた。

 

「そしてツクヨミノミコトって言う神様はね。
その名の通り、月を司る物なの。」

「それがどうして、不吉なんですか?」

「その神様はね、『死』を司るとも言われているわ。
おそらくは太陽が『生』で、それと対比されたんだと思うけれどもね。」
我ながら説明的な言葉ねと思いながら、サライは言う。

「なるほど、それで不吉な名前ですか・・・・」
うんうんと頷き、納得しているヨウ。
隣では同様にして頷いている女。

 

 

「メルさん、ヨウ君・・・・手が止まっているわ。」

「「あ!」」
慌てて作業に戻る二人。

その様子にサライは、また少し笑みを浮かべた。

その時、

 

 

「サライーーーーーーーー!!終わったよーーーーー!」

部屋の中に女の声が響く。

少しサライは、頭が痛そうな顔をすると、奥の方に声をかける。

 

「わかったわ、わかったから、あんまり大きな声を出さないで、フィーア。」

どんな心の整理を付けたのかは分からないが、
フィーアの声は元通り元気いっぱいだ。

 

「ちょっと動かないでね。」
サライはベッドで寝ているフィーアに近づいた。

フィーアはベッドで横になり、早く早くと体をそわそわさせている。

 

「早くしてね!そろそろマナブが帰って来るんだよ!食事の用意をしなきゃいけないんだから。」
明るく、マナブの食事の心配をするフィーアに、
サライは一抹の切なさを感じたが、それを表情に出すことはなかった。

「分かっているわ、だから、もう少し待ってて・・・・・・ほら、良いわよ。」
サライはフィーアの腕から、注射針を抜くと、脱脂綿を付けた。

 

「ありがと!それじゃ、フィーア行くね!」
跳ね起きるようにして、ベッドから起きあがるフィーアに、サライは慌てて言う。

「フィーア!!ゆっくり起きなさい!!」
お構いなしに立ち上がるフィーア。

 

「!!」

立ち上がった瞬間、クラッとよろけて床に膝を付きそうになる。

 

「フィーアちゃん!!」
近くにいたメルが、慌てて手を出すが、フィーアは踏ん張り倒れない。

 

「大丈夫!大丈夫!!これぐらいいつものことだもん。」

 

「フィーア・・・・心配させないで。
もうしばらく横になっていなさい。」

サライがフィーアに近づき、ベッドに寝かせようとするが、
それを素早く察知した、フィーアは横をすり抜け、
サライの机の上にあった翠色の石を手に取ると、ドアに走る。

 

「食事の用意が出来ないでしょ!大丈夫だから!ホント、サライも心配性ね!」
ニコッと笑いフィーアはドアを開ける。

その額には、翠色の宝石のような物が光っていた。

「でも・・・ありがとね!」
そう言い残し、廊下に出ていってしまった。

 

残された三人は、顔を見合わせる。
その表情は何とも言えない物だった。

 

 

「お礼を言われ事なんて、してないのに・・・・」
メルがそう呟き、ある物に目をやった。

 

 

偶然、他の二人も同じ物に目をやっていた。

 

 

 

深紅の液体が入った容器。

 

800ccはありそうな量で、なみなみと入っている。

 

それは鮮やかな深紅だ。

 

 

それは血液ように。

 

 

 

それはまさしく、フィーアの血液。

 


 

「それじゃあ!また見に来るから!!」

「うん、マナブお兄ちゃんも、エメラルドお姉ちゃんも必ず来てね!!」

「また、歌を聴かせてね。それでは。」

 

**********

 

二人を見送った後、四人は楽屋に戻っていた。

お礼の方は、タクシー代を返し、
次の公演のチケットを渡すと言うことでいかが?と、フクウが提案し、
それならばと、マナブ達は了承して、帰っていった。

 

そして、表情を若干固くして、「月読」のメンバーは楽屋に戻ってきていた。

 

「どう思います?カイ?」

「分からないわ。名前が同じの人は今までもいた。」

「そうだな・・・情報が少なすぎる。」

「もう少し調べてみる必要がありますね。」

 

 

フクウとカイ、それにプリンとホウショウは、
テーブルを囲み、お茶を飲みながら会議を開いている。

 

もっとも、発言をするのはホウショウ以外の三人で、
ホウショウは、湯飲みを両手で持って、さましながら飲んでいるだけ。

どうやら猫舌らしい。

 

 

テーブルから離れた所に、床でなにやら作業をしている女の子がいる。
歳は、ホウショウ以上、カイ以下と言ったところか?

 

「なあ、アミ、おまえどう思う?」
プリンが、イスに寄りかかり、背中を反らせながら床で作業をする女に尋ねる。

 

「どうもこうもないわ!あたしに会わせないで返しちゃうんだもん!!
知らないわよ!」

下がった眼鏡を上に上げながら、プリンにいきなりかみつくアミ。
その手にはプラスとマイナスドライバーがしっかりと握られている。

余程、二人を見られなかったことが悔しいのか?それとも単に虫の居所が悪かったのか?
とにかく、かなりの大声だった。

 

「お、おまえ、大きな声出す・・・うわっ」

 

その勢いに押され、プリンはイスから落ちそうになる。
最初からバランスの悪い体勢で聞いたのが悪かった。

完全にイスはプリンを振り落とそうとしていた。

 

 

落ちそうなプリンを慌てて、隣にいたフクウが押さえようとするが、
その前にすーっと手が伸びてプリンのイスを元に戻した。

 

 

「サンキュ!」

そう言いながら、体勢を戻したイスの上でプリンは振り返る。
そして、表情を強ばらせる。

 

「げ!ヴァイロー。」

「げ、とは何です?げ、とは?それが助けて貰った人に対するお礼ですか?」

舞台衣装とは違うが、かなり豪華な服装の女性が立っていた。

確かに美人ではあるが、その瞳や眉はキリッとして見る人にきつめの印象を与える感じの女性である。
もっとも、ご多分に漏れず彼女の性格は非常にきつかったが・・・・・

 

「デュナー〜お帰り〜〜〜」

ホウショウのノー天気な声が響くと、
デュナミス=ヴァイローは軽く手を振って、カイに近づいた。

 

「デュナミス・・・どうでした?」
デュナミスが立ち止まると同時に、カイは静かに尋ねた。

デュナミスはカイの方を向くと、
(ぜんぜん〜〜)そんな感じのジェスチャーを両手を使ってした。

 

「そう・・・・」

「まだ、地盤が固まっていませんわ。
EPMもφも何をするにせよもう少し時間がかかるんじゃありません?」

デュナミスは簡単に成果が無いと言う成果を報告すると、
ポットを取り、お茶を注いで飲み始めた。

 

 

 

「で?何を皆さんで話していたのかしら?」
一息付くと、ヴァイローは面々の顔を見渡して尋ねる。

 

 

 

 

 

 

「エメラルドの名前を持った女性が現れたわ。」

フクウは静かに言った。

 

 

その意味を知ると、デュナミスのカップを持つ手が止まった。

 

 

「エメラルド=キッス?」
デュナミスは、少しの緊張を持って尋ねる。

「まだ分からない。」
プリンがそれに答えた。

 

 

「隊長に報告したのかしら?」
デュナミスは再度尋ねた。

カイは、ゆっくりと首を振るが、

 

 

 

 

「今、聞いたよ。」

突然、声が部屋に響く、

一斉に女性たちは声の方に向いた。

ドアの前に一人の男が立つ。

 

 

 

軍服に身を包んだ彼は、非常に精悍な印象を受けた。

黒い髪は短く刈り上げられ、黒い瞳には強い意志が感じられる。

 

「レイアルン隊長・・・・」

カイがその男の名前を呼んだ。

 

 

 

 

 

その男はまさしく、マナブ達が最初に会った。

警備員をしていた男だった。

 


 

「また、この券で公演に行こうか?」

マナブは、いつも別れることになる公園で、
エメラルドを次のデートに誘った。

暗い公園でも良かったと、マナブは思った。
自分の顔がどんな風になっていても、エメラルドは気付かない。

 

「はい!喜んで。」
エメラルドは、一瞬の間も置かずに笑顔で答えた。

暗いはずの公園が、そこだけ明るくなったように感じる。

エメラルドの優しい笑顔。

 

マナブは、彼女に会えたことを感謝した。

 

 

だが、その感謝は誰にしたのだろう?

 

 

 

 

「それでは・・・・お休みなさい、カスガさん。」
約束の日時を決めると、
エメラルドは、くるりときびすを返すと歩き始めた。

 

 

 

マナブは彼女が、見えなくなるまで見送っているつもりだった。

 

 

だが、彼女の背中を見つめていたら、
どうしても答えを返したかった。

あの時のエメラルドの想いへの答えを。

 

 

何故だろう?

今、返さなければいけない気がしたのだ。

 

 

 

 

「エメラルドさん!!!」

エメラルドがゆっくり振り返る

 

 

 

 

 

「俺は!君を!!」

その時、マナブの脳裏に蘇る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分のしていることの記憶

 

 

 

 

 

 

「俺は・・・・・・」

マナブは言えない

 

 

 

 

 

 

エメラルドの心を知っているから・・・・・・

 

自分とは同じ道を歩く事が出来ない・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「俺は・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

「答えはいりません。」

マナブの顔が驚愕にゆがむ

 

 

 

「ただ・・・・・・

 

 

 

・・・・側にいて下さい。」

 

 

エメラルドは、

少し微笑むと、

優雅に礼をして、

マナブに背を向けた。

 

 

 

 

「エメラルド・・・・・君は、俺を知らな過ぎるんだよ・・・・」

エメラルドの背にかける言葉はそれしかなかった。

 

そして、エメラルドの歩みは、マナブの視界にある間、

止まることはなかった。

 


マナブの視界から消えると同時に、

エメラルドの前に一台の車が止まり、窓越しに女性の声が聞こえた。

「あなたね。」

「どなたですか?」
エメラルドは静かな声で聞いた。

 

ウィーーーーー

 

「イシスと言えば、分かるかしら?

 

 

エメラルド=キッス様。」

 

 

 

窓が開き、そこから現れた顔と声に、

エメラルドは驚きを隠せず、体を動かせない。

 

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次回予告

蒼と白の天使が、泣いている時、

紫の天使は、笑っていた。


後書き

作品中の「月読」の詩は、
「The BRAND-NEW ANTIQE」と言うバンドから、
いずれ音をつけてCD化される予定です。
その時は、購入して下さいね!

それと、一通でも良いですから、感想を下さい・・・・・お願いします。

こいつは誰だ!この組織なんだ?と言う質問がある方は、
「神聖闘機L−seed」設定資料集にどうぞ。

ご意見、ご感想は掲示板か、こちらまで。l-seed@mti.biglobe.ne.jp

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