「悲劇は愛から・・」
Divine Arf
- 神聖闘機 L-seed -
第六話 「想い」
公園の入り口に、淡い緑色の髪の女性が立つ。
中を見回し、目がある一点に止まる。
「カスガさん!!」
何事かと、周りの人々が振り返るが、彼女は一向に気にしていない様子。
彼女の見ている方向で、一人の男が手を挙げる。
「遅れました?」
男に駆け寄ると、エメラルドは少し不安げに尋ねた。
「いいや、全然。
時間通りどころか、十五分前だよ。」
公園の真ん中にある時計を指して、マナブは笑いながら言う。
マナブ自身も、それ程早くに来ているのだから大した者である。
気さくに笑いかけるマナブ。
その笑顔は、とても優しい目をしていた。
エメラルドは、その目を見て、安心していく自分を嬉しく思う。
「良かった。」
そう言うと、にっこりと微笑んだ。
その微笑みに、不覚にも当てられたマナブは、少し顔を紅くした。
それ程、綺麗な微笑みだった。
先ほどのマナブに勝るとも劣らない。
「?どうしました?」
様子がおかしくなった、マナブにエメラルドはのぞき込むようにして尋ねる。
「い、いいや!そろそろ、行こうか?!」
若干の動揺を露わにしながらも言う。
「そうですね。時間もありますし、少し散歩しながら行きましょう。」
エメラルドは、快晴の空を見上げながら、そう言った。
**********
「カスガさん、休日って何しているんですか?」
二人並んで歩きながら、エメラルドはマナブに控えめに尋ねる。
まだ、並んで歩くことも恥ずかしいのか、顔はうつむきがち。
「休日か?そうだな・・・・君といるかな?」
おどけたようにして言う。
「そうですけど・・・そう言うことでは・・」
マナブの冗談を、疑いもせずに考え込んでしまう。
「・・・あ、ごめん・・・分かんなかった?」
自分の冗談が全く通じていないことに気づくと、
マナブはらしくないほど慌てる。
惚れた弱味という奴なのか?
「はい?」
きょとんとした顔で、マナブの顔を見る。
「やっぱり・・・えっと、映画を観ているかな。」
ちょっと考え込むと、そう言った。
「そうなんですか、一人で行くんですか?それとも友人と一緒にですか?」
マナブのことを少しでも多く知りたいのか、エメラルドは質問を続ける。
しかし、それは本当に尋ねると言った感じで、マナブに圧迫を与える感じではなかった。
にこやかに、笑いながらエメラルドはマナブの答えを待った。
もし、一人で行くというなら、「今度は私と一緒に行きましょうか?」
なんて答えを頭の中に巡らしながら・・・
だが、マナブの口にした答えは、エメラルドの予想を裏切るモノだった。
「ああ、フィーアと一緒が多いかな。」
「!!!!」
(また、あの名前)
エメラルドの中に、黒い不安が現れる。
不安に押しつぶされそうになる心を奮い立たせて、
エメラルドはその名の者の正体を聞こうとした。
顔を上げ、真剣な顔で口を開く。
「あの・・・」
だが、答えはあっけなく、マナブの口から出る。
「ああ、エメラルドさんには言っていなかった?フィーアって、俺の妹なんだ。」
そして、あっけない内容。
「え!いもうとさん?」
思わず聞き返す、深く悩みかけていた自分が何だったのか?
「ああ、二つ下のね。」
そんなエメラルドの変化にも気づかずに、マナブは言葉を続ける。
おそらく彼には、彼女の前で他の女の名を出すのは、
およそタブーであると言うことも知らないのであろう。
その口調は、普段と何ら変わらなかった。
その表情からもからかっているとは思えない。
「ああ、ああ!そうなんですか!
そうですよね、妹さんですよね!」
エメラルドもまた、自分の誤解を悟られないように、慌てて返事を返す。
もっともそんなことをしなくても、マナブには気づかれることはなかっただろうが・・・・
何故なら、エメラルドの焦っているような顔を見て、
(可愛い・・・)
なんて思っていたのだから。
**********
「エメラルドさんの家って、何処にあるの?」
「え?あの待ち合わせの公園の南の方ですよ。」
そう言い、すこし高くなっている丘の方を指さす。
ちょっとその黒い瞳を大きくして、マナブは尋ねる。
「へぇ、あそこって、すごい家ばかりない?」
「そんなこと無いですよ。
私の家は普通の家ですよ。」
コロコロと、そんな音がぴったりな笑い方をして、エメラルドは言う。
「とか言って、すごいお嬢様だったりして。」
「フフフ、そうだと良いですね。」
歩きながら、たわいもない会話を交わす二人。
しかし、マナブもエメラルドもその顔は、つねにほころび嬉しそう。
マナブのちょっと意地悪な物言いも、エメラルドにとっては不快な物では決してない。
マナブにとっても、意地の悪い考えを持っての言葉ではない、
(好きな子だからからかう)
と言うよりも、ちょっかいをかけたいのだ。
始めての恋人に対して・・・・・マナブにしても、エメラルドにしても、子供のように純粋で、無邪気であった。
ワァアアアアアアアア
そんな二人の上で、歓声がわき起こる。
何事かと上を向く二人の目には、
巨大な街角のオーロラビジョンの中に、
飛行機のタラップから手を振る一人の美しい女性が映し出されていた。
にこやかな微笑みを浮かべる女性は、
美しく、そしてとてもセクシーだった。
彼女は、厳つい黒い服の男達に囲まれて降りていた。
不思議なことに・・・・・・
手を振る美女から数メートル後ろ、その華やいではいるが、緊張した周囲の雰囲気に似合わない、
まだ十歳にも満たないであろう少女がいる。
ビジョンの字幕には、
「エターナル0 イシス フレイヤ」
とあった。
**********
エターナル0(ZERO)
それは月、衛星都市に存在する無数の企業の中でも、最大の企業。
その存在は、月、衛星都市に存在する企業の元をたどれば、
全てエターナル0につながると言われているほどに古く、そして大きい。
実際、イシス(エターナル0の代表者を指す)の意志は、
未だに月、衛星都市圏には大きな影響力を持っている。
全衛星都市の中でも最大手のArf製造会社「サウザンドキングダム」もエターナル0の子会社である。
現在、大手と言われているArf製造会社は、「サウザンドキングダム」と、
アメリカの「Super Force」
日本の「国創」(くにつくり)
ドイツの「ローレライ」
中国の「剣力」
そして、大手ではないが、シオン鉱石の所有量の最も多い、月の「シーチャーチ」である。
**********
「私は・・・好きになれません、この方。」
「フレイヤのこと?」
いつにない、きつい瞳をしたエメラルドにたじろぎながらも、
マナブは理由を尋ねた。
「はい・・・・あんな戦争の機械を造る事で、お金を儲けているなんて、私は許せません。
Arfなんかがあるから、人は争ってしまうんです。」
「でも・・・話し合いだけで全てが解決するとは考えられないんじゃないかな?」
「そうでしょうか?私は、信じます。人がそんなに愚かじゃないことを・・・・」
「・・・・・・・・」
「きっと、Arfや武器が最初からこの世界に無ければ、人はずっと平和でいられたと思うんです。」
マナブは、エメラルドの純真さを知り、そして思った。
その考えが理想であり、エメラルドの平和への願いであると。
そして、自分はそれを成そうとしている。
だが、
既に産まれた多くの兵器を無くすには、
彼女が望むはずのない多くの血が流れることを、
マナブは言えなかったし、エメラルドは分からない。
エメラルドは、話し合いで兵器を無くそうと考えているのだろう・・・・
だが、それが出来るだろうか??
いや、出来るはずが無い、
人間はそこまでの理性は無い、
生きるために、他者を排除しなければならないという本能がある限り、
人間は、誰かを傷つけなければ生きていけない。
そして、地球上に存在する全ての生命体にそれが当てはまる。
ならばどうすればいいのか?
全ての兵器の排除・・・・・・・・・
エメラルドの持っているのは「究極の理想」
マナブがしているのは「究極の方法」
歓声の続く、ビジョンの下を二人は、それ以上は何も言わずに通り過ぎた。
ただ、エメラルドの強い平和を愛する心をマナブは理解した気がした。
エメラルドの優しさは広い。
だがその中に自分が入っていることに対して、
マナブは安らぎを覚えることは出来ない。
何故なら、マナブは両手を血で汚し、エメラルドの想いとはかけ離れた所にいるのだ。
エメラルドの優しさは、そんなマナブさえ包み込めるほど広いのだろうか?
それはこれからの二人の生き方に関わってくるのだろう。
ただ今は、
二人並び、寄り添って歩んでいける時間を持っている。
それを大切にしたい。
マナブは本当に、そう思った。
そして、マナブの心中を知らないエメラルドもまた、
この二人で居れる時を大切にしたいと思っていた。
だから、ビジョンから離れてしばらくして、こう言った。
「カスガさん、
私・・・・あなたのこと、
好きですよ。」
二人の周りから、雑踏が消えていく、全ての音が遠くなる。
エメラルドの笑顔と、マナブの驚いた顔。
互いに互いの顔しか見えない。
マナブとエメラルドは、どこでもないそこにいた。
**********
「フィーア、マナブ様はどうしたのかしら?
今日は、L-seedの訓練をする予定なのだけども・・・」
廊下で、フィーアの後ろ姿を認めると、サライは呼び止めた。
「・・・・・・」
「どうしたの?」
いつもいらないほどに元気な彼女から、
何の返事も無い事は、サライにとって驚くよりも、胸騒ぎのする出来事だった。
立ち止まったままのフィーアの前に、
回り込むとサライは、うつむき加減のフィーアの様子を見やった。
「・・・マナブはいないよ。」
フィーアは、いつもよりもずっと小さな声で言った。
「いない?マナブ様が??どうして?それは本当なのフィーア。」
何故だろう、いつも冷静なはずのサライが、若干取り乱している。
フィーアは、サライの声の調子から、それを悟ると顔を上げた。
彼女でさえ、サライが動揺する姿なんか見たことがなかったのだ。
「フィーア・・・あなた・・」
サライは、顔を上げたフィーアの目を見つめると、全てを悟ったように呟いた。
その呟きにハッとなった、
フィーアはサライを突き飛ばして走り去った。
ドカッ
「きゃ!」
タッタッタッタ・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・」
壁にぶつかったサライは、フィーアが走り去る姿を見送りながら、
ずるずるとそのまましゃがみ込んだ。
自分の体を抱きしめながら、サライはフィーアの紅い瞳を思い出していた。
サライは、フィーアの紅くなっていた目から、別なことを連想したのだ。
彼女のいる組織「Justice」の中でも、特別な意味を持つ紅い瞳を。
10分ぐらいそうしていただろうか?
サライは、深呼吸をして立ち上がると、
フィーアがもたらしたこの事態を当主に報告するべく歩き出した。
サライには、もうそのほとんどが理解できていた。
しかし、何故?
いくらL-seedのパイロットであるマナブと言っても、
周りが恋人ぐらいで動揺しなければならなかったのだろう?
あのサライさえも・・・・・・
**********
「エ、エメラルドさん?」
マナブは、つっかかりながらも、声を絞り出した。
のどはカラカラに渇いている。
何が自分に起きたのだろう?
ただ、エメラルドの言葉を聞いただけなのに、
こんなにも体が熱い、そして、それ以上に心が熱い。
我知らず、マナブは自分の胸を掴み押さえた。
「カスガさん、私、答えは望んでいません。
ただ、知っておいて欲しかったんです。
優しいあなたに・・・・・私の気持ちを。」
にこりと微笑むエメラルド、その顔に嘘は一片も見えない。
彼女は、周りを囲むギャラリーの存在にも一向にかまわない。
自分の心に素直に従っていた。
自分の想いを伝えることに一生懸命だった。
純粋と言う存在、それが彼女だ。
まぶしいような彼女を見て、マナブは思った。
自分は、素晴らしい女性と一緒にいると。
そんなエメラルドに優しいと言われた、自分がとても恥ずかしかった。
「俺なんか・・」
優しくない、そう続けようとした言葉は、
「ちょーーーーと!!!どいてーーーーーーー!!!!そこのかたがたーーーーーー!!!」
と言う悲鳴に近い叫びに遮られた。
マナブとエメラルドを囲んでいたギャラリー達も、その声に思わず顔を向ける。
皆の視線の集まった先には、猛スピードでこちらに向かってくる自転車とそれに乗る女の子。
ワァアア
キャアアア
叫びを上げて、道のはじに寄る人々。
ただ、その人々がよけた後に、それを認識した二人は、
逃げることが出来なかった。
それ程に早い自転車もさることながら、
マナブが二人の世界から帰ってくるのが遅かった。
「うわぁあ!」
「危ないっっってーーー!!」
1メートル前にそんなことを言うな・・・・・
そう思いながら、マナブは腹部に凄い痛みを感じて、吹っ飛ばされた。
ドッカーーーーーン
そんな音が出そうなぐらい、激しくぶつかった二人。
エメラルドは間一髪、と言うより、
自転車に乗る少女が寸前でハンドルを回したのが功を奏し、無傷だった。
その代わり、予想もしない角度に、マナブは自転車に突っ込まれた。
目に星が出る。
昔から、漫画で描かれているシーン。
(あれは本当のことなんだ・・・・・・)
そんな風に思いながら、マナブは地面に倒れた。
薄れる意識の中、自転車に乗った女の子が綺麗に着地するのが見えた・・・・
**********
「本当にごめんなさい!!」
頭をこれ以上ないと言うぐらい下げて、少女は謝った。
頭を下げると、ポニーテールの茶色がかった髪が垂れ下がり地面につきそうだ。
まだ十代も半ばのように見えた。
マナブは、腹部を片手で押さえながら、
引きつった笑みで、
「あ・・ああ、大丈夫、大丈夫。
これぐらい何ともないよ。」
そう言った。
ただ、その顔はかなり青い。
かなり何ともありそうな感じ。
エメラルドがいなければ、
泣くかも知れない。
男として、自分よりも年下の女の子を怒るわけにもいかず、
まあ、実際彼に怒る気もないのだが、
ただ痛みのぶつけどころが何も無いというのも、なかなか辛い。
「本当に大丈夫ですか?カスガさん・・・・」
心底心配な顔をして、実際心から心配しているのだろうエメラルドが聞いてくる。
「ああ、大丈夫。」
笑みを浮かべるが、エメラルドの気持ちは優れない。
何せ、本当に痛そうな顔なのだ。
「今日は、公演に行かないで、どこかに休みましょうか?」
「・・・いや、折角の公演だから行こうよ。エメラルドさん。」
先ほどのエメラルドの告白を思い出したのか、
マナブは少し顔を紅くして、「月読」のチラシを示した。
ただし、腹は押さえたままだ。
かなり痛いらしい。
「でも・・・」
エメラルドが、なおマナブの体を気遣う言葉を発しようとしたとき。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
二人の背後から、叫び声が聞こえた。
エメラルドが振り向くと、そこには時計と自転車を見て叫んでいるあの少女がいた。
「もう間に合わないよ~~~~~」
そう言うと、いきなり泣き出した。
「また、カイに怒られる~~~~」
余程、そのカイという人間が怖いらしく、
嘘泣きではなく、本当に泣いていた。
歳は少なくとも中学生にはなっているぐらいだ、
そんな女の子が、しゃがみ込んで両手を目に当てて泣いている姿は、
ちょっと、いやかなり恥ずかしい。
その様子を見た二人は、カイという人物が余程怖い人なのだと理解した。
「あら?」
ふと、エメラルドは、マナブの持っている「月読」のチラシを見る。
「?!」
何かを見つけたようだ、
マナブから離れ、エメラルドは泣いている少女に近寄る。
マナブはその様子を痛みを堪えつつ見る。
エメラルドは、しゃがみ込み、目線を合わせて少女に尋ねた。
目線を同じにして聞く、その姿は保母さんのように優しい。
「もしかして、あなた、「月読」の方ではありませんか?」
優しい声で尋ねられた少女は、少し泣きやむ。
安心する声が、落ち着かせたらしい。
「うん、そうだよ。」
少女は涙を拭って小さく頷き、そう答えた。
「そうですか・・・カスガさん、この方・・」
エメラルドは
「ああ、そうだね。
えっと、ホウショウ=アマツカさんだよ。」
マナブは持っていたチラシを確認する。
そこには顔写真入りで、少女の名前がはっきりと書かれていた。
その横を見ると、カイ=アンクレットという女性が載っている。
茶褐色の短い髪で、確かに厳しそうな感じがする女性に見える。
ただ、これは「月読」全体に言えることだが、なかなかの美人だ。
「公演まで、後何分かしら?」
「えっと、あと二十分くらいかな。
でも、ここからだと・・・走っても三十分はかかるよ。」
マナブは、黒い瞳を少し険しくして言った。
「うわぁああああああんん」
マナブの言葉に、再び泣き声を大きくするホウショウ、
とても十五才には見えない。
慌ててあやすエメラルド。
3才しか離れていない二人なのに・・・・まるで母子同士。
だが、それがとても似合っているのが、また可笑しい・・・・・
「カスガさん、車なら、間に合うのではありませんか?」
「う~ん、そうだな。
タクシーでギリギリかな?」
「では、急ぎましょう!」
「ああ、君・・えっとアマツカさん?タクシーを捕まえて上げるからそれに乗りなよ。」
「え・・・でも、ホウシュウお金持ってない・・・・」
「私が貸して上げますから、早く!」
エメラルドは何の躊躇もなくそう言った。
「ほ、ほんとに?!ありがとうお姉ちゃん!!」
泣きやみ、満面の笑みを浮かべるホウショウ。
「タクシーが止まった!!早く!」
マナブは手を挙げて、タクシーがハザードをたいて近寄ってくるのを見て言う。
「うん!!ありがとう!!お姉ちゃん、お兄ちゃん!!!」
エメラルドに押されるようにして、タクシーに乗せられる、
ホウショウの手には、エメラルドから渡された紙幣が握られている。
「運転手さん、急いで下さい!!」
エメラルドは、運転手にそう言うと、ホウショウに向き直り言った。
「自転車は、私たちが持っていってあげるから、心配しないでね。」
そう言うと、タクシーの扉を閉めた。
車が動き出す、中で慌ててホウショウが窓を開け、顔を出した。
「ありがとう!!ホウショウの歌、絶対聞きに来てね!!二人のために歌うから!!」
手を振って離れていくホウショウに、
エメラルドは微笑んで、小さく手を振っていた。
後ろでは、マナブも笑いながら、
腹を押さえていた。
「間に合うと良いですね。」
エメラルドは、ホウショウの行った方を見るのを止めずに、後ろのマナブに言う。
「間に合うよ。」
マナブもホウショウの行った方を見ながら、そう返事をした。
マナブは視線をエメラルドに移す、
そして、
「君は本当に優しい。
俺なんかよりずっと・・・・な。」
その呟きは、エメラルドには聞こえない。
部屋は非常に整っていた。
押入からは、男物の服が見える。
男の部屋にしてはかなりの清潔な雰囲気である。
女性が一人、部屋の真ん中に立っていた。
「マナブ・・・・・」
女は主のいない部屋で主の名を呼ぶ。
マナブの部屋に自由に出入りできる唯一の人間、それがフィーアである。
何故ならば、この部屋の掃除はフィーアが自主的にしているからだ。
小さい頃からの習慣なのか?
マナブはフィーアが掃除をするために部屋にはいることを、止めたことはない。
それだけマナブには、フィーアに対し異性としての認識を持っていないのかも知れない。
もっとも妹に異性を感じられても困るが・・・・・
だが、例え肉親でも部屋という物は、なかなかオープンにしない物である。
逆に言えば、マナブはフィーアに通常の肉親以上に親しみを感じているのだろう。
それが何なのか?
それは分からない、敢えて突き詰めれば、同族意識となると考えられる。
ただ、フィーアは、決してそうであることを望んではいない、
いくら親しみが強くとも、肉親としての感情ならば・・・・・・。
それだけは確か。
本棚には整然と大学の教科書とノートが並び、
カーペットの上には小さな机が置かれていた。
机の上には、ライトスタンドとノートとペンが散乱している、
ここだけ持ち主の性格をかいま見ることが出来る。
部屋は太陽の光がゆっくりと射し込み、明るかったが、
その感じる雰囲気は、影が射していた。
パソコンが置かれたもう一つの大きい机のイスにゆっくりと腰掛け、
フィーアは枕を抱きしめる。
布団は、朝起きたときからのまま、乱れて敷かれている。
マナブが慌てて、出かけていった様子を、フィーアは目をつぶらずとも思い出せる。
焦りながらも嬉しそうな兄の顔を。
フィーアは、ふと本棚に目をやり、一冊の本に目を留める。
「俳優志望者へ」
そう書かれた本が、一冊だけ・・・
他の本とは全く毛色の違うこの本があった。
「舞台だけでも・・・・生きたい。」
フィーアは、何かを思いだして、そう一言呟いた。
誰もいない部屋に、妙にその声が響く、部屋にある音楽機器もただの置物のように、
それが音を発する物だとは信じられないような、
そんな静寂が訪れた。
フィーアは、
この部屋の主の匂いがいっぱいついた枕に、
ゆっくりと顔を埋めると、
静かに震えた。
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