「その言葉は哀しい優しさ」

 

       Divine     Arf                          
 神聖闘機 seed 

 

 

 

第十話    「Justice」

 

 

 

 

マナブが語る。

 

「命ある武器、

命無き武器そして、

自らを武器とする人間に言う・・・・

 

今直ぐにその全てを捨てるんだ。

そして、貴方達の存在を消して欲しい。

 

兵士としてではなく、人間として生き・・・・

 

・・・・きっと生きていけます。

 

それこそが我々の願い、そして人間達の願い。

そうですよね?

 

 

でなければ・・・・・・

Justiceは全てを破壊します。

 

兵器を、兵器としている人間を!!」

 

それは、Justiceの意志。


 

「ジャスティス」

その言葉の真の意味を知る者達は、

決して少なくない。

それが「正義」と知る人間はだ。

 

 

「世界組織 Justice」

それは古(いにしえ)より続く、
人類を幾度もの滅亡の危機から救ってきた組織。

例え一つの文明でも滅びの鍵となる存在であれば、
破壊する。

 

戦いの本能を抑えられない人類

その最後の安全装置。

 

あらゆる罪を背負いながら、
すべてを愛し、すべてを哀しむ。

 

後に「正義」の語源となったモノ。

 

 

それが「Justice」

 


 

「ガリー!!待つんだぁあ!!」

レルネの叫びにも似た命令は、眼前に広がる純白の翼に遮られた。

 

バサァアアアアアアアアアアアア!!!!!

 

ガリーは見た、

自分が止めを誘うとしているモノの背に、微笑みながら存在する美しいモノを。

 

 

それはまるで古の名匠に造られた大理石の像のように美しい体をしていた。

そして、美しい女性だった。

 

一瞬、ガリーはそれを生きているのではないかとさえ思った。

何か邪悪な魔法で、石にされてしまった美女。

そんなイメージがガリーの脳裏に浮かんで消えた。

 

その髪は、上の方で二ヶ所で留められ、ハチマキだと思っていたモノは、
彼女の髪をまとめて、帯状にしたモノだった。

 

 

純白の体は、

下半身を壁に塗り込まれ、
上半身のみが塗り込まれまいと、もがき出ているような姿は、

 

 

罪を背負い、自らを生きた彫像にする女

 

もしくは、

愛するモノを守るための存在

 

ゆっくりとガリーの眼前にくる剣(ツルギ)

 

その折れそうなほど細い手。

両手にしっかりと握られた白刃の剣は、
神々しいまでに美しい彼女に不釣り合いみえたが、

 

とてもよく似合っていた。

 

 

そして、ガリーはそれをかわすことは出来なかった。

ガリーはその紅い瞳の美女に魅入られ動けなかった。

 

 

自分のコクピットに、白刃の剣が通過するその時まで・・・・・・・

自分の命がかき消えるその時まで・・・・・・・・

 

**********

 

「な、何だ・・・・・あのArfは・・・・・」

 

美女は、ゆっくりと剣を振るいArfを無造作に捨てる。

Wachstumの残骸は、ごろごろと転がった。

 

そして、美女は剣を持ち替え、後ろに回した・・・彼女にとって後ろに・・・・

 

彼女は剣の刃を持ち、きちんと柄の方から渡す。

まるで育ちの良い子供が、相手にハサミを渡すようにして・・・・

 

L−seedは、それをゆっくりと手に取と、落としていたデッド・オア・アライヴを後ろに回した。

 

美女は、きちんとそれを受け止め、胸に抱えた。

それはもう、しっかりと・・・・

 

主人の仕事道具を無くさないようにするのに必死な、メイドのように・・・・

 

 

それを回りのφは見続けることしかなかった。

実際、わずかな時間で行われた、
その一体の中での「受け渡し」は彼らのArfとしての理解の範疇を越えていた。

彼らの既存の知識にはあり得ない行為。

 

ようやく言葉を発することが出来るようになった兵士が、
絞り出すようにして自分の上司に尋ねた。

無意味な行為だと、うすうすは気付いていたが、
彼はそうしたかったのだ。

「ルインズ隊長・・・・あいつは一体、何なんですか?」

 

 

関節をやられているために、ぎこちなく、

出来損ないのピエロのように立ち上がるその姿は、

いつもの禍々しさとは違った、不気味さがある。

 

 

「・・・わからないのか?」

「隊長?」
モニターに映る自分の隊長の顔を見て兵士は、奇妙な発音で名を呼んでいた。

答えが返ってくるとは思わなかったのと・・・・

 

 

「あれが・・・・・・・・L−seedだ・・・・。」

レルネの表情は、微かだがはっきりと笑っていたのだ・・・・
何年も追い求めてきた獲物を目にした狩人のように。

 

**********

 

不意にマナブの横のモニターが開く。
そこには銀の前髪を持つ女性。

「マナブ様・・・」
サライは、表情を固くして名を呼んだ。

「サライ・・・帰還を・・」
マナブの顔は、痛みと恐れが入り交じった、幾分情けない顔だった。

「兵器が残っております。」
サライは、ただ言った。

彼女の感情を読みとることはマナブには出来なかった。

優しさも、厳しさも、何にも感じなかった、感じられなかった・・・・

 

「でも!」

「マナブ様!!私たちは、Justiceなのです・・・・・・L−seedは動きます。」

 

数瞬の静寂の後、コクピットで音が弾けた。

 

「・・・・・・・くぅ!!ああああ!!!」
ぶつけようのない不満と恐れを振り切るように、マナブは叫んだ。

L−seedは、しっかりとレヴァンティーンを握り、その身を大きく揺らした。

 

L−seedの足下の時計台は・・・

逢瀬の時間を指し続けて・・・・

 

 

光弾で破壊されていた・・・・・

**********

 

「隊長!!来ます!!」
悲鳴にも似た声でφの兵士が報告する。

シオンの力場の中でも、
あのL−seedはその関節にダメージを受けただけにしか見えないのだ。

彼が恐怖を感じるには、あまりに十分な状況である。

 

しかし、彼の隊長は冷静に、ビームサーベルを握りなおした。

 

「恐怖に心が喰われた者は、戦場で生き延びることは出来ない。」

レルネが、かつて士官学校で習った言葉

レルネは正しく、優秀な生徒であり、そして兵士となった。

 

レルネは、モニターではなく、Arfの目でL−seedを見る。
彼のLINK−Sはγに突入しかけていた。

その心は、燃えるような闘志に満ちていたが、
レルネの瞳は冷静に、L−seedを観察していた。

その類い希なる判断力と冷静さ、
それが彼を天才と言わしめる所以である。

その瞳は、やはりL−seedの関節部の異常を見逃すことはなかった。

 

「背後からの攻撃はおそらく無効だ!
前面側面からの各関節部に狙いを集中しろ!!!」

「「「「「「「「了解!!!!」」」」」」」」

自分たちの隊長の全く恐れを感じさせない声と、
迅速な命令にφの兵士達は自分を取り戻した。

レルネの強さは、その自らの操縦技術だけではない、
部下を奮い立たせる事が出来るという心の強さも持っている。

 

各Wachstumは、レルネの乗るPowersから一気に離れ、
L−seedを半円状に取り囲む。

そして、合図もなく、ほぼ同時に攻撃を開始した。

 

ガガガガガガガガガガガガ!!!!!!

 

光弾と実弾が飛び交い、
L−seedの関節部分にダメージを与える。

**********

「くあぁ!!」

L−seedの中で、マナブは痛みに悶えた。

彼が初めて体験する、「痛み」だった。

それは通常の外部刺激による「痛み」ではなく、
頭の中で発生した「痛み」が、体に現れるという逆の状態。

心が痛んで、体がそれに現れる。

時には幻痛とも言われるそれ。

 

前にサライが話していたのは、この事だったのかな?

マナブは、痛みの中で少し思った。

 

だが、L−seedにとっても、マナブにとっても、
これらのダメージが、軽傷であったことを語らなくてはならない。

初めてのLINK−Sからの痛みに、マナブは予想以上に驚き、動揺していたのだ。

 

今まで、痛みのない戦いをしてきた負債が、回ってきてしまっていた。

 

誰でも、些細な痛みでも、予想していないときに与えられると、
通常よりも痛く感じてしまうことがある。

まさに、今のマナブがそれだった。

 

しかも、一応、曲がりなりにも死と隣り合わせでの戦場での痛みは、
サライやヨハネが予想していたよりも、マナブに動揺を与えていたのだ。

 

「マナブ!!何をしているんじゃ!!
そんな痛みどうってことないわい!!
L−seedは十分に動く、早く戦うんじゃ!」

ヨハネの叱咤がマナブの耳に届く。

「ヨハネ・・・・・でも、痛いぞ。うううっ。」
マナブは、自分を抱きかかえながら言った。

**********

L−seedは、自分で体を抱きかかえながら、何の反応も示さなかった。
ただ、攻撃を受け続ける。

「隊長、相手は弱っているようですね!」
回線を開き、φの兵士が明るい声で言ってきた。

「無駄口は良い、今は攻撃に集中しろ!!」
レルネはそう言うと、直ぐに回線を切った。

彼は、いくら勝ち戦と言えど、戦場で油断するなどと言う愚行は犯さない。

もっとも、今回ばかりは、本当に油断できるような状況ではなかったのだが・・・・

 

あれだけの光弾、実弾を受けて、
それ以前にシオンの力場をもろに受けているにもかかわらず、
L−seedは倒れる様子もなかった。

実際の所、関節部が先ほどより損傷を受けているとはどうも思われないのだ。

 

レルネの中に、初めて焦りが生まれようとしていた。

ただ、その心の底では、好敵手の出現に歓喜していた事は、
彼自身も気付いてはいなかったが。

**********

 

「飛びなさい!マナブ!!」

 

**********

 

バサァアアアアアアアアアア!!

 

世にも綺麗なシオンの羽のぶつかり合う音がしたかと思うと、
翼は、L−seedを包み込み、

次の瞬間、

大空に翼を広げ舞う!

 

 

「大丈夫・・・大丈夫・・・・L−seedは、俺は、まだ終わっていない。」
マナブは、レバーをがっちり掴むと、
自分に言い聞かせる、

そして、自分を目覚めさせた声に礼を言った。

 

「ありがとう。」

その声に、

L−seedのモニターで、
銀の前髪がゆっくり横に揺れた。

マナブは、それを確認することもなく、息を吸い込んで止めた。

**********

 

「隊長!あいつ、全然ダメージをぉおお、うわああ!!!!」

φの兵士は、自分に真っ直ぐに近づく、
蒼と白のモノに気付くと、恐怖の叫びを上げた。

本能からの叫びだった。

死に対するモノへの恐怖。

 

一撃だった。

若干のスピードダウン、若干のパワーダウン。

それが何になろう。

L−seedにとって、それが何を意味しているのだろう??

 

真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに振り下ろされた剣は、
Wachstumを真っ二つに裂いた。

かろうじて、かわせた距離は、
Wachstumのコクピットを正しく1/2にするはずが、
正中線からほんの少し外れてしまった程度と言うもの。

無論、凄まじいスピードで剣が降りてきたのだ、
その風圧、この場合は剣圧だが、その中で人間が生きているはずもない。

 

 

返す剣で、横に凪いだその先には、もう一体の不幸なWachstum。

横一線に、一瞬で真っ二つに切り裂かれ、炎を出した。

 

ゆっくりと振り返るL−seedの顔は炎で照らされ、
より一層、兵士達に異質なモノと見せる。

 

「な、なんてArfなんだ・・・」

弱った獲物だと思っていたφの兵士達に動揺が広がる。
それは最早、レルネの叱咤を持ってしても抑えきれないほどに。

 

振り返り、一歩踏み出したL−seedは、
突然、膝を突く。

若干の関節部のダメージが、
不自然な形よりの歩行に耐えることが出来なかったのだ。

それを見た兵士は、その心に不用意な希望を持ってしまった。

 

「い、行くぞ!!」

「おう!!」

L−seedの丁度、背後に回っていた二体のArfが、
声を合わせ共にL−seedに向かう。

 

L−seedに向かって。

そう背中に向かって。

 

「おまえ達、止めるんだぁ!!」
レルネの強い口調の命令も、彼らの耳には届かない。

彼らは既に恐怖に喰われてしまっていた。

 

彼らの頭の中には、
「背中は無防備」そんな「決まり文句」が合ったのかも知れない。

 

彼らが間近に接近したとき。

L−seedの背中に真っ直ぐあった長い棒は、ゆっくりと横になる。

白いか細い手、
長い棒は彼女にしてはかなり重いように見えた。

 

「「うぉおおお!!」」
見事に揃って、二体のArfは跳躍した。

瞬間、彼らのArfの体は、がっしりと棒で受け止められていた。

 

そして、接した面から、鎌状の光の刃が現れる。

 

彼らの剣は、御多分に漏れず、
「天鳳の頂」と呼ばれている二本の鉢巻きでからめ取られて、その力を失っていた。

 

背中より、緑っぽい光が漏れている。
高熱のためか、その回りからは湯気が出ていた。

だらんと垂れ下がったWachstumの腕は、
中のパイロットの生死を正しく判断することが出来た。

 

右の一体は、まだかろうじて動けるのか、
左手で握っていたビームガンをのろのろとL−seedに向けた。

「う、ううう、くそ!」

額から流れる血が、彼の視界を遮る。

だが、モニターはほとんど動かなくとも、
彼の兵士としての勘が何とか照準を合わせることに成功した。

 

瞬間、抜かれたデッド・オア・アライヴ。

いや、抜かれたと言うより、
棒の部分がArfとの接地面を無くした瞬間、光の刃は消えた。

 

L−seedが、一気に振り向く。

その拳は、既に腰に置かれ力を蓄えている。

 

兵士は、L−seedの顔を確認することも出来ず、
振り向きざまに、放たれた正拳突きに、コクピットを打ち抜かれた。

腰のひねりと、拳の回転が、ものの見事に破壊力を倍増させる。

弱すぎるモノを倒すには十分なほど・・・・

 

 

 

「一旦、間合いを取れ!あれには飛び道具がない!」
確かに、今回の作戦にL−seedはレーザーガンを装備して来ていなかった。

マナブが、射撃能力の無さを嫌ったこともあるのだが、
そんな物に頼る必要がないと言うのが、本当のところなのだろう・・・

 

レルネは、L−seedの装備に遠距離型の兵器が無いと見ると、
部下に直ぐにブースターを使い、L−seedから間合いを切らせた。

 

 

だがその時、既にレルネの隊の半数以上が破壊されていた。

若干、ギクシャクさせて戦うその姿は、壊れたマリオネットのように不気味で恐ろしい。

 

**********

「はぁ・・はぁ・・・はぁ・・・ふぅーーー」

マナブは、回りから敵が幾分離れたことを認識すると、
荒い息を付き始める。

 

心臓が久しぶりの酸素に、鼓動を早める。

 

「痛い・・・」
マナブは肘を押さえた。

シクシクと痛みがぶり返して来る。

 

モニターが明るくなる。

「マナブ様、敵の中に新型Arf「Powers」が存在しています。
そのArfを中心に、部隊が展開しています。」

サライは、ビジョンに映るマナブの苦痛の顔を見ても、
表情を少しも変えずに報告をする。

 

「それで?サライ。」
マナブは、ただ、敵の動きを見るモニターを凝視し続け尋ねた。

「お倒し下さい。」
サライは簡潔に述べると言葉を切った。

 

「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」

 

「・・・・わかってる・・・・・」

マナブは返事をすると、レバーを握りなおした。

「お気をつけて。」
サライは、冗談とも嫌みとも取れない気遣う言葉をかけると、モニターを切った。

 

**********

 

「来るな・・・・・」

レルネは、ゆっくりと自分の方を向くL−seedを見て、言った。
その口元には、何故かほんの微かな笑みが漏れていた。

 

大きく一歩を踏み出したL−seedは、
膝の力を失い、カクンと倒れかける。

それは、中のマナブの疲れがもたらした物であった。

「チッ!」

マナブは軽く舌打ちをした、
彼の膝は既に笑い始めている。

 

実際、これほど長い時間、L−seedに乗り戦ったのが、マナブにとっては初めてのことだったのだ。

そして、ダメージを受けた戦闘もこれが初めて、
マナブは、L−seedを支えるためにレヴァンティーンを地面に向けた。

 

 

マナブとレルネ

二人には圧倒的な経験の差がある。

 

 

「!!!!」
レルネが、その好機を逃すはずもなかった。

 

ブースターを最大にして走りながら、ビームサーベルを抜き払う。

銃器は、既に左手に持ち替えられている。

 

 

レルネが狙うのはただ一点、
L−seedの頸部だった。

 

これほどの戦闘をこなせるパイロットならば、
間違いなく高いLINK率を持っている。

それはL−seedのダメージが軽微なのに対して、
動きが鈍くなっていることからも伺い知れる。

それらの情報から、レルネが得た結論は、
敵Arfの頸部切断によるパイロットのショック死と言う方法だった。

 

地面に突き刺さった剣に、両手で縋るような形で膝をつくL−seed。

 

「L−seed!!」
レルネは、久方ぶりの血がたぎる相手の名を呼んだ。

それは敬意の表れだったのか?
それとも、
来るであろう未来の追悼の意がもたらしたものなのか?

 

レルネの左手にある銃は、前触れもなくトリガーを引かれ、
レヴァンティーンが刺さっている地面に光弾を当てる。

大きな土煙を上げて、レヴァンティーンがその土台を失い倒れる。

そして、L−seedもそれに伴い、地面に倒れ伏して行く。

ゆっくりと、それはゆっくりと・・・・・・

 

レルネのサーベルは、それを完全に予測し、
その頸部に目がけて走る。

 

「う!」
L−seedの瞳から、光の刃が迫るのが間近に見える。

 

マナブは、死が間近に迫るのを感じた。

それは先ほどの「痛み」の恐怖とは、全く別次元の物だ。

 

レルネは、初めて勝利を思った。

そのサーベルのスピードとL−seedが落ちてくるスピードを考えたとき、
いかなL−seedと言えども、その首は宙に舞うであろうことを。

 

彼の心が少しだけ、ほんの少しだけゆるんだ。

そして彼もまた、真にL−seedを理解してはいなかった。

 

 

L−seedとPowers

二つには圧倒的な力の差がある。

 

 

「くううう・・・」
レルネの喉から、口惜しげな息が漏れる。

 

 

レルネのPowersのサーベルは、
L−seedの頸部前部に、寸前滑り込んだ左拳に受け止められていたのだ。

 

それも他愛もないことのようにあっさりと・・・

痩せこけて、いや、皮膚が壊死して骨だけが剥き出しになったような蒼い手。
その隙間からは、肉とも思われるような赤い色が覗いていた。

 

一見すれば、死人の手のように見える・・・・

・・・・が、その強度はL−seedのボディ同様に異常な強さだ。

その左手は返され、高熱であるはずのレーザーサーベルを握りしめた。

 

その甲からは、相変わらず淡い光が漏れている、
L−seedの右手が土を掻きながら、ゆっくりと握られていく。

 

だが、ここで終わるようなレルネでは無い。
だからこそ、ルシターンはレルネをL−seedに向かわせたのだから・・・

 

「まだ!!」
L−seedの右手が、力を込めるのを見るや、レルネは小さい声で力強く呟いた。

レルネのPowersの左手に握られたままのレーザーガンは、
銃口をぴったりとL−seedの右肘に当てた。

それはまるで、そうあることが普通なようにぴったりと張り付いた。

 

L−seedの右手が動き出す寸前、
レルネはそのトリガーを正確に引いた。

 

光の弾丸は、
銃身を抜けその力を解放しようとするが、それは叶わない。

ぴったりとL−seedの右肘に張り付いているからだ。

 

光のエネルギーは、その行き場を銃身に選び、そして爆発した。

 

**********

 

「0距離射撃!!」
メルが驚きの声と共に、その事実を告げる。

モニターには、左腕が吹っ飛んだPowersと、
右腕をだらんと地に着くL−seedの姿があった。

自らのダメージも厭わないレルネの攻撃は、
彼が最も部下にさせるのを嫌う、

自己犠牲による攻撃だった。

 

**********

 

「うわあああああああ!!」

マナブの叫びがコクピットにこだまする。

それはシオンの力場と、数多くの弾丸、光弾によって、
さすがのL−seedも若干の装甲の劣化を引き起こしていたところに、

銃と左腕を失う覚悟で放たれた、レルネの一撃がもたらした叫び。

 

右肘を抑えるマナブ。

L−seedは、正確にその行動を模倣し、
掴んでいたレーザーサーベルを離してしまう。

 

レルネも同様だった。

γに突入しかけているほどの高いリンクパーセンテージでの、
左腕の切断、いや爆破は、レルネの体に確実に実害をもたらしていた。

軍服の左腕の部分が、次第に黒いシミに覆われていく。

 

だが、レルネは叫びを上げ無い。

その唇を強く噛み、動く右腕でL−seedに渾身の一撃を与えようとしていた。

 

腕を抱え込み、丸まっているL−seed。

その姿はあまりに無防備だ。

 

「L−seed!!」
レルネは再び名を呼んだ。

振り下ろされるサーベル。

 

Powersの瞳は、

レルネの瞳は迫る死期を見た。

 

それはマナブへでも、L−seedへでもない、自分への・・・・

 

L−seedの背中の上で仰向けになった女は、顔を逆さにしたまま、
その紅い瞳でまっすぐレルネを見つめていた。

 

グワアン!!!

 

空気を裂く音が、マナブの上空でした。

 

 

「く!!!!」
レルネは、迷わずにスイッチを押した。

それはあまりに早く、そして正確であったが故に、彼は救われた。

 

それは手動脱出用スイッチ、別名KILL・スイッチ

死から逃れるために、Arfを殺す物。

 

それがWachstumでは無く、Powersであったことも、彼の命を救った。

 

レルネの脱出に重なる形で、
横殴りにされたPowersは、その頸部を切断され、その体を転がせる。

 

一瞬の間の後に、それは紅蓮の炎に包まれた。

 

横からの一陣の風に似た攻撃。

それはL−seedの護りの女神がもたらしたもの。

 

それは彼女が大切に抱きしめていた・・・・・デッド・オア・アライヴ。

「生死を問わず」

それがその意味。

 

**********

「見事ね・・」
サライは、その表情を変えずに言った。

故にその言葉が、誰に向けられたモノであったかを知る者はいない。

 

「L−seedの右肘損傷しました!!
軽微ではありますが、禍印への影響は不明です!!」

焦り気味のヨウの報告を聞いても、その表情は変わらない。

 

ただ、サライは、ヨハネに目をやる。

ヨハネは、渋い顔をしながらも頷く。

 

 

モニターにその美しい顔を向けると、

「マナブ様、退却です・・・・」

サライは、そう言った。

 

そして、待ち望んだその指示を、
痛みの底でマナブは理解した。


 

「そうか・・・・・」
ルシターンは、「5」の付いた玉をポケットに落とした後、呟いた。

 

背後には、彼の秘書が立っていた。
ルシターンは彼女から、レルネの戦果を報告されていた。

戦果と言うには相応しくない内容の物だったが、
ルシターンは何らの気にしたそぶりもなく、
レルネの処分を口にすることはなかった。

 

彼は一人でビリヤードを続ける。

 

「狂信的なテロリスト・・・・」

「6」がポケットに落ちる。

 

「究極の理想・・・・」

「7」がポケットに落ちていく

 

 

「それとも・・・・」

ルシターンは、白をキューで弾くと、後ろに立つ秘書の方を振り向いた。

 

カコン・・

その背後で、ぶつかる音がした。

キューを秘書に渡すと、ルシターンは部屋を出た。

 

「神の裁断か・・・・」

 

「8」に白い玉が当たると、それはそのまま「9」をはじき、

二つはそのままポケットに落ちていった・・・・

 


 

死人が眠っているような部屋

 

静寂が日常を喰らい、

張りつめた雰囲気が何者も受け付けない、

その部屋の中からは、何の音もない。

 

その中にいる人間の鼓動すらも、聞こえそうな静寂なのに・・・

 

その前にじっと立つ少女がいた。

中にいるであろう部屋の主の身に起きたことを、知っているのか?

それとも、その生来のある一人にしか働かない感性で、何かを感じたのか?

 

その活動的な服装に反して、静かにたたずむその姿は、

可愛いではなく、むしろ美しいと言えた。

 

 

おもむろに、扉に近づき、その手を伸ばす。

 

白い美しい手、

こんなにもこの少女の手は細かったのだろうか?

そして白く美しかったのか・・・

 

それだからこそ、

透き通るようでありながら、健康的な輝きを保つ白い肌に、

肘の裏に浮かぶ青黒い跡が、いっそう痛々しかった・・・

 

 

「・・・・・・・」

無言のままに、取っ手に掛けた手が回ることはなかった。

 

ただ、そのままに少女は、部屋の前に居続けた。

それが今の自分に出来る最高の癒しと信じて・・・・

 

少女の瞳は微かな瞬きを、何度も何度も繰り返す。


数時間前

「はあ、はあ、はあ!」
街を全速力で走り抜ける人影。

 

逢瀬の時間は、五時間も前に過ぎ、

絶望にも近い念を持ちながらマナブは約束の場所に向かっていた。

 

エメラルドの生死も分からない今、

そこにいるかどうかも確約できないのに、
マナブはただ一心不乱に走った。

 

例え生きて待っていたとしても、もう帰っているだろう時間でありながら・・・・

 

マナブは結果を欲しかったのだろうか?

別れというきちんとした結果を・・・

 

自分を納得させる事実が欲しかったのかもしれない。

エメラルドが、自分にはもういないと言う。

 

 

だが、それ反面、彼は癒して欲しかった。

 

彼女の笑顔で、この未だに震える右手を。

彼女の言葉で、この未だに震える心を。

彼女の存在で、この未だに震える魂を。

 

初めての戦場の痛み。

マナブは自らの愛する者に救いを求めていた。

でも、それは普通のこと・・・

**********

 

公園に立つ者が一人。

 

その姿は、シルエットで女性と分かる。

夕刻になって点いた街灯で、
彼女の髪は、煌めいていた。

 

優しい感じの緑色に・・・・

 

だが、その表情は決して暖かいモノではない。

エメラルド=キッスの表情は・・・・・瞬き始めた星よりも暗かった。

 

「エ、エメラルドさん?!」
マナブの喉から、驚きと疑いの声音が漏れる。

辺りは既に、暗くなり始めている、
公園に一人立つエメラルドの姿は、
その容姿の美しさも相まって、一種異様な存在を感じさせた。



「カスガさん・・・」

振り返ったエメラルドは、マナブの顔をじっと見つめた。

その瞳には、怒りではない、別な何かがあった。

 

「ご、ごめん・・・・俺・・・」

 

まずは遅刻を謝ろうと、

マナブが頭を下げかけた時、

不意にその唇に、

 

暖かさが訪れる・・・・



 

ゆっくりと離れる二人。

一人は名残惜しそうに、相手の腕を掴んだままで。

 

「エメラルドさん・・・・無事で良かった・・・・」

言ってからマナブは、

(もう少しロマンティックな言葉は無いのか?!)

と自分を責めた。

 

その声を聞いても、マナブの前に立つエメラルドは、
まるで彫刻のように微動だにしない。

何故だろう?

 

街灯があるのに、マナブにはエメラルドの表情が見えないでいた。

 

「カスガさん、サヨナラです。」

 

緑色の髪が見える。

マナブの視界に広がる、緑がかった美しい髪。

 

 

深々と下げた姿勢から、エメラルドは別れを告げた。

 

その表情を決してみせずに、エメラルドは後ろに振り返った。

 

 

「エ、エメラルドさん?」

マナブの声が、エメラルドの背中に当たり、そして弾かれる。

 

 

「・・・・エメラルド=ダルクは・・・

・・マナブさん、

あなたに逢えたことを嬉しく想ってました・・・」

 

 

そう背中で言うと、彼女はマナブから歩み去る。

そして、それが止まることはなかった。

ダルクの想いが変わらないことを、

マナブにちゃんと伝えたから・・・・もう振り向く必要はなかった。

 

「どうして!?

何が・・・・なにを・・・・」

その意味を知ろうと口を開いたマナブが、
それ以上言うことは無かった。

 

歩み去るエメラルドの後ろ姿を見続けるしか、今のマナブには出来ないでいた。

 

何故なら、彼は、エメラルドに答えを返していなかった・・・・

エメラルドに自分の全てを受け入れることを強いる事が出来ないでいた。

 

だから・・・・・エメラルドの知るマナブは、エメラルドにとって恋人ではない。

 

 

エメラルドの片思いは、エメラルドの意志で終わりを見て、

マナブの想いは、エメラルドに届けられなかった。

 

互いに、互いを想う気持ちを本能で知りながら・・・・・

 

マナブの中に、渦巻く癒しを望む体の声、心の声は、
今のエメラルドには知り得なかった。

ましてマナブを癒す言葉が、エメラルドの口から出ることはなかった。

 

 

エメラルドの表情を見た者は、誰一人としていなかった。

 

故に、エメラルドも、自分が一体どんな顔をしているのか分かることはなかった。

 

ただ、心から溢れ、

体中を血液と同じくらい隅々まで行き渡っている哀しみだけが、

今の彼女にとっての全てと言えた。

 

 

彼女は部屋に帰って泣くのだろう。

だが、それを決して誰にも見せない、

エメラルドは、

エメラルド=キッスは。

いや、

 

ルイータ=カルは、

もう弱い姿を見せることは出来ないのだ・・・

 

 

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次回予告

涙の代わりに、

淡い緑が舞い落ちる。


後書き

第十話、如何でしたか?
徐々にJusticeの存在意義が見えてきたのではないでしょうか?

前回今回と戦闘シーンが続きました。
書いていて、楽しいと感じましたが、それ以上に大変ですね。

読んだ方は、どうか感想を下さい!

こいつは誰だ!この組織なんだ?と言う質問がある方は、
「神聖闘機L−seed」設定資料集にどうぞ。

ご意見、ご感想は掲示板か、こちらまで。l-seed@mti.biglobe.ne.jp

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