「大空を覇する存在」

 

       Divine     Arf                          
 神聖闘機 seed 

 

 

 

第十三話    「龍騎士」

 

 

 

水の音、ただ響く。

 

剥き出しのコンクリートの床と壁が、部屋の温度を何倍も急速に冷たくさせる。
それ以上に、ベッドと机しか無いその場所は、人に極寒を感じさせることだろう。

そこに人が寝たことがあるのか疑いたくなるほど完璧に整えられたベッド、
そして机の上には、無造作に置かれた一冊の本。

 

本は何遍も、いや何十編、何百編も読み返されたことが分かるボロボロの表紙、
黒い革の表紙が使い込まれ柔らかくなっている。

既に表題が何であったのか?それすらも判読不能なほどに。

 

部屋の持ち主の心を示すモノと言えば、それらしか無かった。

 

水音がスーッと消える、まるで壁に吸い込まれたように。

 

キィ

 

バスルームの扉が開き、男が現れた。

 

部屋の様子から考えたとき、
存在する事の方が不思議に感じられる、
白いバスタオルが彼の首から垂れ下がっていた。

胸にかかる白いロザリオ・・・・

そこに彫られたキリストの足から、
一滴、また一滴と落ちる水は、まるで・・・・・

 

人の罪のために流されている・・・血のように見えた。

ただの水の筈なのに、落ちては跳ねもせずに床に貼り付いていく。

 

 

多くの戦闘、修羅の世界を経験してきた証、
その体は多くの痕で彩られている。

その体に付いていた水も急速に冷えて、
気化しゆらゆらと部屋に現れては消えていく。

まるで彼の生命のように・・・・・

バスタオルで無造作に拭く赤毛の髪は、もう乾燥を始めている。

 

何をするでもなく男は、
自分の体温が部屋と同じになっていくのをただ待っていた。

その瞳は、鋭くはあったが、不思議と冷たさを感じさせない。
むしろ高い知性を感じさせ、見る者を惹きつけることだろう。

 

だが、

『・・・・至急来て下さい。』

部屋の上から聞こえてきた静かな声に、
男の瞳は急激に温度を下げた。

 

素早くサングラスをつけると、黒い服を羽織る。

その服は、まるで教会の神父が礼拝の時に着る服に酷似していた・・・・
いや、それそのものと言えた・・・・

 

彼は、決して神など信じてはいないのに・・・・

 

**********

 

「明日出撃命令が出たわ。」
一人の女性がクリップボードを片手に言う。

「・・・・・・・・」

 

「あなたのArfの整備は万全よ。」
目の前に誰が居るのか?また、彼女の言葉にどのような反応をしているのか?
そんなことを何の意にも介していないように彼女は続けた。

『いつものこと』それが理由。

「・・・・・・・・」

 

「我々がルナと呼ばれ始めてからの汚名を・・・必ずバインに返上して下さい。」
吐き出されるようにして出された声音を持った言葉、
その内容もまた彼女の心の底からの叫び。

「・・・・・・・・」

 

ただ、それを受け止めているモノはあまりにも無反応だ。

決して他人ごとなどではない、
自らの生死を賭けた戦いの意義を彼女が言ったにも関わらず・・・・何の感情の動きも見せない。

 

彼はようやく・・・・彼女が諦め半分に名前を呼んだとき・・・・・反応を示す。

 

 

 

「セイン・・・・」

 

「分かった。」

ようやく、ゆっくりと男は頷く。
果たして何が分かっているのか?

 

いや、彼には分かる必要がない。

それを彼は分かっているだけ。

 

セインにとって、「自分の存在」は、自分にとってただの道具に過ぎない。

 

戦うための道具に過ぎない。

彼は純粋な兵士では決してない。

純粋な兵器だった。

 

黒いサングラス、黒い神父の服、そして赤い髪。

そこには秀麗な死の神が佇んでいた。

 

胸にその唯一の「人間」としての証か?
白いロザリオが優しく光る。

 

その部屋で、彼の言葉はもう無かった。

戦闘を準備するために便利だから、言葉がある。

 

もう・・・・・セイン、彼には言葉はいらない。

戦士に言葉は不必要・・・・いや、狂闘士かもしれないか?

 


同時刻

「ホウショウ?ホウショウいる〜〜?」
扉の前で、一人の女性がノックを繰り返している。

赤い髪が、廊下の遠くからでもその人物を見分けられる。

月読のアミ=トロウン。

 

「いるよ〜、アミちゃん、どうぞ〜。」
中から相変わらずの脳天気な声がする。

 

「それでは・・遠慮なく、お邪魔しま〜す。」
アミは右手でノブを回して入る。

「ホウショウ、そろそろ、練・・・・・・・」
中を見ると、ホウショウが窓を見てボーっとしている。

ホウショウがするには珍しい光景だ。
カイやフクウであれば、「美女の物憂げな雰囲気」そのままにかなり決まっているのだが、

如何せん、ホウショウには少し早かった。

月読には、非常に珍しい異様な光景。

 

思わず用件を言うのを忘れ、アミは聞かずにはいられなかった。

 

「ど、どうしたぁ?ホウショウ。
そんなに静かにして、熱でもあるのかい?」

 

「う〜ん、別に・・・・何でもないよぉ。」
アミの方を向こうともせずに、ただ窓の外を見ている。

かといって、窓の外の景色に彼女の心を掴んで離さない物があるのか?と言うわけでもない。

 

「なんだ、なんだ?
ホウショウが、そんなに元気ないなんて、あたい初めて見たよ。なんした?」
ホウショウにゆっくりと近づき、その目を見てみる。

アミは、「心ここにあらず」の典型を初めて見た気がした。

眼鏡を直して、もう一度見ても同じ顔。

 

「うん・・・・ちょっと・・・思い出していたの。」
ホウショウは、ようやくアミに視線をやって、静かに言う。

その瞬間から、部屋の雰囲気が変わっていることにアミは気付く。

ホウショウの瞳は決して楽しい思い出を思い出していたのではないことが、十分に理解できる。

 

ホウショウの言葉と瞳は、

知らず知らずにアミに自分の右手で左手を握る動作をさせていた・・・
堅い感触が、右手に伝わって来た時・・・

アミは初めて自分がそれをしていることに気付いた。

 

もう随分前に、直したはずの癖。

自分の劣等感の全てを押さえ込むための動作を・・・・知らずにアミはしていた。

 

それほどにホウショウの雰囲気は、物悲しかった。

 

「・・何を?」
アミはようやく、右手を左手から引き剥がして、ホウショウに尋ねた。

 

「昔の・・・・事。」
ホウショウは、少し笑いながら言った。

それは自嘲としか取れない微笑。

 

その時、ホウショウの姿は、

15の少女ではなく・・・・・まるでフクウ以上に、世の事を知っている女性。

 



数日前

 

ホウショウは、一人の女性の事を調べるためにある場所に来ていた。

「ええっとぉ・・・エメラルド=ダルク・・・・ダルク・・・・D・・・・う〜ん・・・」

 

そこは大学・・・・そう、エメラルド=ダルクについて、調べに来ていたのだ。
そして、現在、資料と格闘中である。

 

「彼女一人では心配」という、月読メンバーの全会一致の意向により、
彼女のとペアを組んでいるフクウは、いつの間にかはぐれてしまっていた。

 

もっとも、大学の資料室に行くという、目的があったから、
ホウショウは敢えて、フクウを探そうとせずに、一足先に資料と格闘をし始めていた。

ホウショウにしては、賢明な判断と言える。

もっとも、先にエメラルドの情報を手に入れて、
月読のみんなを驚かせたいと言う、下心込みの行動であったが・・

 

もちろん現実にはそう上手くいく物ではなく、
膨大な数の学生の資料と格闘して、

数分後、既に後悔を始めているホウショウの姿があった。

 

そろそろ、フクウを探しに行こうと考え始めていた時、

そんな時だった。

 

「う〜ん、マナブ・・・・経済学原理って、取ってたのかなあ?」

そんな声が、ホウショウに聞こえる。

 

別段、何も反応を示さないホウショウであったが・・・・

 

(マナブ?????????)

 

それは、エメラルドに関する情報の中でも、最も有力な手がかりの名前。

あの時、エメラルドの側に寄り添っていた男。

 

(確か・・・マナブ=カスガ・・・)

ホウショウは、慌てて声のする方を向く。

 

そこには、一人の女性が休講掲示板を見て、考え込んでいた。

 

一度見たら忘れないだろう・・・・羽のような髪、そして美しい顔、

ただ服装が露出が若干多いラフな物であるためか?活発で可愛いそんな印象の方が強い。

そして・・・額に光る翡翠色の逆三角形の物。

そのような姿をした女性は・・・・・希にもいない・・・

もちろん・・・フィーアである。

 

「カスガ・・・カスガ・・・っと、うん!呼び出されていない、よしよし。」
一人、声に出しながら確認する彼女の姿は、滑稽とも可笑しいとも取れそうだが、
不思議と似合っていて、回りの学生の視線を釘付けにしていた。

きちんと休講を指さし確認で確認をすると、うんうんと頷く。

 

これが不思議と似合って、なおかつ可愛いから得な娘である。

 

十分に確認をしたのか、きびすを返す。

 

そのフィーアの背に声をかける者がいた。

「あの?カスガさん!」
それは疑問形にしては、強い口調であった。

 

「はい?」
フィーアは、慌てて振り向いた、
自分の知り合いなどここにはいないはず。

そこには、フィーアよりも若いと思われる、一人の女の子が立っていた。

 

フィーアとホウショウの出会い。

 

**********

 

「ああ、ホウショウちゃんは、「月読」の人なんだぁ。」
フィーアは、何の警戒もない笑顔でホウショウに笑いかけた。

マナブが「行きたい」と言っていた、月読の人と分かったこともあるが、
基本的にフィーアは人見知りをすることは無い。

但し、マナブが好感を持っている者にだけだが・・・・・

 

掲示板のロビーに座る二人は、とてもじゃないが学生には見えない、
しかし、それとは別な意味で、正しく籍を置く学生達の視線を釘付けにしていた。

 

フィーアはもちろんのことだが、
ホウショウも、月読に入っているだけあって、なかなかの可愛さを持っている。

 

しっぽと羽が、ピョコピョコ、ふりふり揺れている。

 

話しかけたホウショウが呆気にとられるほど、簡単に、

「うん!マナブのこと知っているよ。」

その羽の女性、フィーアから情報を手に入れることが出来ていた。

 

ならばと、ホウショウは彼女の正体も聞いてみた。

 

フクウなら、「何て思慮が浅いの?!」と言いそうなものだ・・・・

ホウショウのしていることは、「貴方達のこと調べてますよ」と言っているも同じだろう。

だが、結果はあっさり、

「フィーア・・・・マナブの・・妹なんだ。」

 

「妹」そう言ったときに、少し暗い顔をした事にホウショウは気づきはしたが、
それが何を意味しているのか?までは分からない。

ただ、ホウショウは、何となくこのフィーアに自分と同じ物を感じていた。

 

それはフィーアに対する好感とは、全く別にして非常にイヤな物を感じさせる。



LINKフリーシステム計画 通称「エメス」

それは如何なるArfをも操ることが出来るパイロットの育成・・・いや作成が目的。
人に造られた者たちの哀しみと泣き声が染みついている・・・・・・その全てに・・・

 

ホウショウの忌まわしき過去。

全てを消し去りたい過去。

でも、過去に飛びそれを消し去ったとしたら・・・・・
・・自分の存在が無くなる程に根強くつながっている哀しさ。

 

何故だろう?

 

ホウショウには、フィーアにそこにいた人間にしか分からない何かを感じた・・・・・

ただ、惜しむらくは・・・・ついにはその原因を知ることは無かったのだが・・・・

人に造られた、儚げな命の輝き。



三十分も話していただろうか?

フィーアは、ホウショウとすっかり仲良くなっていた。

ホウショウも、その任務のほとんどを忘却の彼方に送り、
フィーアに好意を持って接していた。

決して、演技ではない本物の好意を。

 

「ああ!!時間だぁ!!」
突然、フィーアが立ち上がる。

既に掲示板に来てから、40分近くになる。
マナブとの待ち合わせの時間が、数分後に迫っていた。

 

「フィーアお姉ちゃん?マナブお兄ちゃんって、大学に来ているの??」

「うん、もうキャンパスで待っている筈。」

 

「ええ??ホント?」
こんなにも早く、目的の人物と接触できる。
ホウショウは、思わず自分の幸運を感謝した。

「フィーア行くから!!」
直ぐに駆け出しそうな、いや実際駆け出し始めているフィーアの後を、

ホウショウは慌てて追いかけ始めた。

「ま、待ってよ〜〜ホウショウも行くよぉ!!」

 

走りながら、ホウショウは横の女性を見た。

 

全速に近い走りをしていながらも、その顔が崩れることはない、
いや崩れていたとしても、それは彼女の美しさを壊すことにはならない。

 

(綺麗な人だな・・・)
ホウショウは純粋にそう思った。

 

断って置くが、ホウショウは同性愛者では無い。

確かに、「月読」が美女6名、男1名の特殊な環境ではあるが、
そのようなことは決してない。

 

ただ、一種の慣れのような物かも知れないが、
フクウ、カイ、デュナミス、プリン、アミと言う、美女揃いの部隊にいるために、
ホウショウの美的感覚は、普通の人間よりもずっと高い位置にある。

さぞかし彼女の恋人になろうとしている男達は大変であろう。

 

そのホウショウが、フィーアに対し純粋にそう思ったのである。

全く、マナブは果報者と言えよう。

 

 

ふと、ホウショウはフィーアの額に付く物に目を留めた。

先ほどから気にはなっていたのだが、
何かハンディキャップの物であったときに、
気を悪くしてはいけないと、ホウショウなりに考えて聞いてはいなかったのだが、

フィーアの話し方、そしてこの走り・・・・どう考えてもハンディキャップの持ち主とは思えない。

 

敢えて、ホウショウは聞いてみようと思った。

 

それは優れた絵画が、
どのような環境で出来上がったのかを知りたがる画家見習いの心に似ていた。

 

単純に聞いてみたかっただけ。

しかも、それは翡翠色に、
とても綺麗に輝いていたのだ・・・・・決してフィーアの美しさを汚す物とは思えない。

 

「ねえ、フィーアお姉ちゃん?」

「はっはっはっは・・何?・・はっはっは・・・ホウショウちゃん・・・・」
息を切らせながらフィーアは聞き返す。

ホウショウが全く息を切らせていないのは、日頃の歌の訓練によるものもあるが、
それに対してもフィーアの息の切らせ方は異常であった・・・・・

いくら空気を吸っても、それを運ぶためのモノが足りなければ・・・・どうしようもない・・・

 

気を失うほど苦しい。

 

でも、フィーアはその歩みを少しでも、早くしようと努力する。

既に他人には、それが走るという行為には見えないほど遅くとも・・・・・

 

 

一秒でも、マナブを待たせるのはイヤ。

そして、

それ以上に、

一秒でもマナブと会う時間が減るのがイヤ。

 

本当に、

そう本当に思う、

 

それがフィーア。

 

 

 

「フィーアお姉ちゃん、その宝石何なの?」
ホウショウはフィーアの横をゆっくりと歩きながらその額を指さした。

「・・これ?」
息を整えるために少し、
深呼吸をするとホウショウの方を向いて尋ね返した。

「うん。」
ホウショウはこくんと頷いた。
不思議そうな表情で、フィーアの額を見続けている。

太陽の光を反射して、鮮やかな翡翠色がホウショウの目に飛び込んでくる。

 

ホウショウの問いに、フィーアは少しだけ考え込んだ。

その際も歩みは止まらない・・・マナブに向かうその歩みは止まらない。

 

数秒後、フィーアはホウショウの方を向く。

「これはね、想いなの。」

フィーアは、ゆっくりと言う。
まるで神聖なものについて語るように、静かに大切に。

額の宝石をフィーアは触る。

 

ホウショウには、まるで母親が子供を撫でるような仕草に見えた。
ホウショウ自身、そんなことをしたこともないのに、何故かそんな風に見えた。

 

「想い・・・?」

「そう、フィーアの想いなの。」
決してホウショウが望むような答えではないが、
フィーアのその瞳には真実の色しか見えない。

彼女は信じているのだろう・・・・その額のモノが自分の想いそのものであると。

 

 

「大切なもの?」
ホウショウは、少し時間をかけて問うた。

 

 

 

「ええ・・・・命よりもね。」
そう言うフィーアの顔は、とても魅力的で、優しげに見える。
ホウショウ自身もそれにつられて、笑顔を浮かべた。

二つの顔が、まるで陽のように辺りを明るくする・・・・・・

 

ただ、フィーアの言葉が、
決してただの例えではないことを・・・・ホウショウは心のどこかで理解していた。

 

でも、目の前に見えてきた自分の友人と、

横にいる新しい友人の声に、

 

「あ、マナブぅ!!」

 

その心は忘れ去られてしまう。



 

「セイン、用意は良い?」

「・・・・・ああ。」

 

「最も衛星、レーダーの監視が弱くなる位置と時間はコンピュターが割り出してあるわ、
それに従って出撃して下さい。」

女は、クリップボードから目を離さずに説明を続ける。

彼女にとっても、セインが聞いているか?聞いていないか?もう、問題ではないのだ。

 

彼女の仕事は、ある意味、既に終わっているのだから。

「あれをよろしく頼むわ。」
女は、セインの背後を示して、少しばかりの感傷をと共に言った。

整備工達に共通することなのだろう、
自分の創りだしたモノに自分の子供にも似た愛情を持つことは。

ただ、整備工ではないセインに、それが感じられるとは考えられない・・・・・

当然のように、セインはその願いに肯定も否定も返さなかった。

返す必要がないと、彼は判断したのだろう。

 

女は、それに気を悪くしたような雰囲気を持つことはない。
彼とはもう長い付き合いとなっている・・・・

彼女には、自分で願うしかなかった。

 

彼女の目の前にいる男、

セインの安全と、

 

その背後に座る、

白をベースにした黄色のArfの活躍を・・・・・

 

 

 

女は初めてクリップボードから目を離し、それを胸に抱きしめた。

そして、目の前の男、セインに告げる。

 

「時間よ、セイン。」

その言葉に、黒い死神はきびすを返す。

 

向かうは・・・・・薄い蒼がかかった球体のコクピット・・・・・

 

規則正しく、倉庫内に響いていた靴の音が、ふと止まる。

女の顔が、不思議そうに死神の背を見つめた。

 

振り返り同じ速度で、彼女の元に戻ったセインは、
何の戸惑いもなく手を差し出した。

 

「セ・・イン?」
何のことか分からない。

女はただ、その手に握られている本を見つめるばかりだった。
サングラスに覆われた瞳からは、何の心も読みとれない。

それは胸にかかるロザリオを抜かせば、
セインの唯一とも言える私物であるはず。

 

それを彼は、無造作に差し出したのだ。
彼女には、理解できないでいた。

 

何の反応も示せないでいる女にセインは、口を開く。

 

 

「Dragonknight(ドラゴンナイト)・・・・・・・・・感謝する。」

 

 

例え真正面にいたとしても、
漆黒のサングラスによって、
その瞳の色を彼女は見ることが出来なかったが、

 

彼女は初めて感じた・・・・彼の心を。

彼は死神ではない・・・・・きちんと、一人の人間。

 

女は、クリップボードを胸からすり落とす。

 

コトン

 

床に当たって、やけに音が響いた。
ゆっくりと両手で、女はセインの本を取る。

決して取れない程きつく掴んでいるように見えたそれは、
あっさりと彼の手から取れた。

彼女の手に、その本だけの重さではない、重みが感じられる。

 

「ありがとう・・・大切にするわ。」

クリップボードの代わりに、それを胸に抱きしめた女を確認することもなく、
セインは振り返り歩き始めた。

 

もう、その歩みが止まることはなかった。

 

 

 

「・・・それに縋る事は・・・もうない・・・・」

呟かれた言葉は、彼自身にも聞こえないほどに小さい。

 

**********

 

球体コクピット

L−seedで言えば、下腹部にある赤い球体である。
それは、如何なるArfに置いても、もっとも高い含有率のシオン鋼を使われている。

当然のことだろう、Arfの最もポピュラーな弱点なのだから。

 

セインは、球体の後ろに回る。

背に女の視線を感じながらも、それに答える事はついに無かった。

 

球体の後ろ、つまりはコクピットの背面部は左右に開けられ、
そして、その中にはArfの全てを司る、いわば脳であり、心臓が詰まっている。

 

シートが一つと、それを囲むようにして存在する各種の機器。

シートはこちらに向けられ、まるでセインの着席を静かに、だが確かに呼んでいるようだ。

 

その呼びかけに応えるようにして、セインはゆっくりと座った。
シートの下に伸びている幾つもの線が、光を発しながらセインの心を確認していく。

セインの目の前で、薄い蒼の壁が外を切り離していく。

 

締め切った後、コクピットのは闇に包まれた。

 

**********

 

グオオオオオーーーー

倉庫の上部から、巨大なクレーンが降りてくる。

 

その巨大な外見からは考えられないほど、繊細に卵形のコクピットを掴む。

 

そして、ゆっくりと確かに、Dragonknightの下腹部にぽっかりと空いた穴にはめ込んでいく。

設計通り、コクピットは数ミリ単位の誤差も無く収まるコクピットに、
女は満足げな頷きを繰り返した。

コクピットの背面のドアの継ぎ目が見える・・・・・
その向こうに女はセインを見た。

 

「LINK−S稼働・・・・・・Dragonknight発進可能状態に移行中。」
もう見えないセインを見つめるようにして、女は言った。

龍の翼をかたどったようにして造られた、巨大な肩のパッドがゆっくりと開いていく。

 

**********

 

コクピットの中のセインに若干の振動を感じさせた瞬間、
シートを反転させて、セインをコクピットの正位置に持っていく。

いや、正確にはコクピット自体が回転して、
セインの座るシートのみが固定されているのだが。

外側からは、背面の継ぎ目が見えなくなる。

セインの目の前のメインモニターが光を帯び、それに続くようにして各モニターに光が灯り、
その顔を照らし、外部の状況を知らせていく。

サングラスには、外でDragonknightを・・・・いやセインを見つめる女が映し出されていた。

 

モニターに光が灯ると同時に、セインの心とDragonknightの体の調整が進んでいく。

最も相性が良い瞬間を目指して、LINK−Sが上昇をし続ける。

 

**********

 

「β−LINK−Sで安定・・・・・セイン・・・いよいよね。」

背面のブースターが光を生み出す、
それと同時に、足の腿の部分が若干開き、
同じようにして青い光を生み出し始める。

 

ふと、自分の手に目をやる。
そこには先ほどセインから贈られた一冊の本。

 

外からでは、その内容を知ることは全く出来ない。

女はゆっくりとページが落ちないように慎重に開いた。

 

その時、Dragonknightの瞳に光は灯り、
その雄々しき翼が開ききるまで、もう少しの時間を要した。

右手の巨大なレーザーガンの銃身にも光が帯び始めていた。

きっと早くその身に余る力を、使いたくて使いたくてたまらないのだろう・・・・

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「見よ、わたしは地上に洪水をもたらし、

命の霊をもつ、

すべての肉なるものを天の下から滅ぼす。

地上のすべてのものは息絶える」

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

「セイン・・・・」
女は名を呼んだ。

彼の持っていた本が、何なのか一瞬で理解できた・・・・・

そして、彼の心がもっと分からなくなってしまったから・・・・

 

無造作に開いたページに載っていた言葉は、正に彼らの行く末を暗示している言葉・・・

それは神の言葉、聖句と呼ばれるモノの集合体。

 

彼の、セインの持っていた本は・・・・・・

「The Book」

 

 

「あなたが?どうして・・・」
その問いに答えるモノはもういない・・・・

多くの不可解を残して、セインは既に地球に降りていく道にいた。

 

 

 

Dragon

 

それはキリスト教の悪の象徴

 

そして

 

セインの乗るのは「Dragonknight」

 

 

**********

 

大気圏突入用のポッドの代わり取り付けられた使い捨ての翼が、
Dragonknightの熱を逃がしていく。

その音が、微かに聞こえるコクピット。

今、そこには綺麗な声が響いていた。

 

発進する寸前に入った命令とは思えない内容の映像を、
セインはぼうっと見つめていた。

白い十字架のキリストのみがその様子を静かに聞いているよう。

 

青みがかった髪の中性的な女性は、静かに凛として語りかけていた。

それを見る人全ての心に届くことを信じて。

 

しかし・・・・・

「・・・・・人は争い無しできっと生きていけます・・・・」

 

その言葉を聞いたとき、

 

 

「生きるためには、戦わなければならない・・・・・平和も同じだ。」

 

セインは強く言う。

 

その相手がいないにも関わらず、
彼の心の何かにルイータは触れたのだろう。

 

レバーを握るセインの手は血管が浮き出していた。

心持ち早くなるDragonknightの速度は、彼の心の動きを示していた。

 

戦うことを否定することを否定すること・・・・・・それがセインの生き方だった。

胸のロザリオが、揺れて裏返しになる・・・・そこには剣(ツルギ)がはっきりと彫られていた。

 

十字架の剣(ツルギ)が。


 

静かな夜だった。

空の月が、夜の海の中に揺れて浮かび上がる。

 

まるで人魚の群が舞踏会を行うに相応しい美しい夜。

 

 

その静かな時を引き裂く轟音がやってきたときも、
空の月は明るく輝いていた。

ただ・・・海の月は波間に消え去ってしまったが・・・

 

 

 

バシャアアアアア!!

 

空から重力の力を借りて、
落ちてきた空気が海に叩きつけられ、大きな波紋を造りだした。

 

巨大な波紋の中心にそれはいた。

海の果てまで続いているかと思われる巨大な波紋の真ん中に、
それは悠然と、荘厳と佇んでいた。

 

まるで、何千年の昔からそこにいたかのように、ほんの少しも動かずに。

 

 

背面から前面に向けて覆い被さる巨大な飛行翼。
それは、顔を挟み込むようにして、胸の前で羽先を少し交差している。

薄い鉄板を緩やかに曲げようとして失敗し、カクカクと折れ曲がってしまったそんな印象が強い、
しかも不必要なほどに巨大であった。

横から見れば、肩の部分に台形を造っているだろう・・・・

 

そして、黄色に輝く通常の3倍はあろうかと思われる、肩のパッド。
長さにしても太さにしても、それは稼働限度を越えていた。

 

左右脚部には、レーザーガンが付けられている。
先ほどの例に漏れずに、巨大な銃ではあったが、
不思議なことにその銃身は驚くほど短かった。

せいぜい、そのArfの膝に届くか届かないかである、
行動を制限しないための物であるのだろうが・・・・・・
・・それから推察することが出来ることは、その射程は恐ろしく短いのだろう。

 

波紋が収まったとき・・・・・そこにはまだ、それがいた。

微かに聞こえる音が、背面から出ている炎を知らせる。

 

 

「Dragonknight・・・・・・・目標地点に到達。」
セインは、レーダーに何も映っていないこと、
そしてその存在をその機関にも知られていないことを確認して、呟いた。

 

Dragonknightは、ゆっくりとその瞳の光を増す。

彼にとって初めての地球はどんな風に映っているのだろうか?

 

 

多分、こうだろう。

 

青い海と白い月。

 

その二つのカラーを持った天使の住む星。

 

夜に鮮やかな堕天使のいる世界。

 

そう映ったに違いない・・・

 

 

 

「!??」
モニターで、そしてDragonknightでそれを認めた瞬間、
セインは初めて動揺を見せた。

未だレーダーは、Dragonknightの周囲にエネルギー体が存在していないことを知らせている。
レーダーの不調かと考えたからである。

 

だが、そうではない。

 

確かにそこにいるのに、あらゆる科学の瞳には映らない存在。

それが彼。

 

生きている限り、命を持つ者の前にしか、その姿を現さない・・・・

それがL−seed。

 

堕天使と龍

月の光と、海のさざ波の中、二つは邂逅する。

 

 

**********

 

「これは・・・・?」

誰もいない倉庫で女は呟いた。

そこには、彼女が独自に調べていたDragonknightの作成者に関する情報が載っていた。

 

Dragonknightは既存のArfとは、全く別格の高純度のシオン鋼で造られた、
高シオン型Arfと言える。

並の国では一体もろくには造れないほど強力なArf。

資金面、技術面に置いて、全く他を引き離している。

 

彼女にしても、Arf製造業界ではそれなりに名が通っている人物なのだ。

 

しかしその依頼主が全くの謎。

だから彼女は、知りたかった・・・・・自分の子供同然のArf「Dragonknight」の真実を。

それは全て無駄に終わった・・・・

だが、ただ一つだけ、成果がある。

 

 

「もう一体?もう一体高シオン型のArfがあるというの??」

報告書には、黒と白のカラーリングが為されたArfらしきものが、
目の粗い写真に映し出されていた。

 

「セイン・・・・・『アーク』とは、何なの?
あなたはそれを・・・知っているの?」

 

『アーク』・・・・・それは女が、唯一与えられたDragonknightの存在意義を示すモノ。

 

その意味は未だに、微かな光も発しない・・・・

 

**********

 

コンソールを操作して、情報を引き出していくセイン。

目の前の機体に見覚えがないと言えば、嘘になる。

たった一機で、Arf小隊を壊滅に追い込む、「蒼と白の堕天使」の名はあまりにも有名。

 

地球のArf達を壊滅に追いやっていく姿は、一見すれば自分の味方とも出来たが、
それに対する自分の正式なスタンスをセインは確かめてはいなかった。

 

 

セインが操作し始めると、直ぐにモニターに様々な名前が羅列されていく。

 

その中にはEPMの軍事顧問ゴートの名や、φの総帥ルシターンの名もあった。

そして人物名だけではなく地名や機関の名前も並べられている。

 

そこに何か意味があるのか?
一見ランダムに見えるそのリストを見て、セインは呟いた。

 

 

「優先順位確認・・・・・・・該当コード無し・・・」
セインは、フッと息の抜きそう言った。
心なしか、安堵がコクピットの中に広がっていた。

それはセインの隠しきれない優しさの部分だったのだろう。

 

セインの目の前で、L−seedがゆっくりと揺れた。
L−seedは、その翼をぎこちなく広げると、

海中に没しまいと羽ばたいた。

 

セインは、そこで初めて認めた。

 

L−seedの体全体が、激しい衝撃によると思われる傷で覆われていることに・・・・

あのL−seedがである・・・・・

 

 

セインは、映像でしか見たことがなかったが、L−seedの戦いはまるで常軌を逸した闘い方。

防御という観念が、スパッと無くなっている攻撃一辺倒の闘い方である。

普通のArfなら物の数十分で、ただのシオン鋼の塊になってしまうであろう、
馬鹿げた無茶な闘い方。

 

だが、L−seedは、それで相手を壊滅させていた。

それ故にセインは、L−seedに畏敬を念すら覚えていたのである。

 

つまりは、彼は普通のArfではない・・・・・異常なArfなのだと・・・・・セインははっきりと認識している。

 

そのL−seedが、恐らくは機体自体のダメージはそれ程でもないのだろうが、
パイロットのダメージは深刻であると考えても良いだろう。

何故なら、唯一セインが重傷だと認めたL−seedの箇所が、
人間で言う顎の部分であったから。

 

無惨にもひしゃげた顎は、確実にパイロットにも衝撃を与えたことだろう。
横殴りにへこんだ顎を見る限り、パイロットは脳震盪を引き起こしていることに間違いない。

 

現にL−seedの動作はかなりふらつき、
あの凛とし強大なイメージを持った姿からは考えられない。

 

再びバランスを崩して、海中に落ちようとしたL−seed、
Dragonknightの右手が前に動く・・・・・・

 

 

ピーーーーーーーーーーーーーーー

 

セインが呼び出していた情報モニターから音が響く。

そして、そこに映し出されたのは・・・・・

 

 

「L−seed」

 

 

リストの最も下に追加されたその名前。

それを見つめるセイン。

その瞳の色は、サングラスの阻まれて見えることはなかった。

 

Dragonknightの右手は、そのまま・・・・・・

 

(セインは正しく戦士)

 

 

自分の右脚部の銃を手に取った。

 

 

そう・・・・セインは正しく戦士なのだ・・・

戦場での状況判断は超一流・・・・

だからDragonknightを駆っている・・・

だからL−seedにその刃を向ける。

 

 

「攻撃優先順位確認・・・・・・最下登録『L−seed』・・・・・・・・」

 

左手は、肩のパッドの下に入れられ、そこから長い棒を引き出した。

 

それは右手の銃に取り付けられて、長いレーザーガンとなった。

 

「・・・・・破壊開始。」
無意識にセインは、そっとロザリオを掴んだ。

懺悔なのか?

それとも、

戦闘の幸運を祈ったのか?

 

それは彼にも分からない。

揺れたロザリオが裏を見せる・・・・・

 

ただそれは・・・表なのかも・・・知れない。

 


 

月の白と、海の蒼・・・・・そして光り輝く二つの機影。

幾つもの接触と反射を繰り返す。

 

白と黄色が、最後とばかりに放ったレーザーが、海の蒼に一本の光の筋を映し出す。

 

しかし、その光の彼方にいる白と蒼はよろめきながらも、
かする程度にそれをかわすのだった。

 

その瞬間。

 

白と蒼の下から、水しぶきが上がる。

まるで水を纏った龍が天へかけ上るようにして・・・・

 

戦斧の刃のような物に鎖が付いた凶器が、白と蒼の体を貫いた。

 

一瞬空中で停止したそれは、

重力に逆らわずに落ち、蒼と白の体に引っかかる。

 

そして、同じように、

ゆっくりと蒼と白は・・・・・・そのしとねとなるであろう「海」に吸い込まれていった・・・・・

 


どくん


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次回予告

思い思いに歩き、羽ばたき、駆け出した・・・・


後書き

今回も新キャラクター登場です。

前回のプラスとは全く正反対の人物です。

L−seedが何故、こんなにボロボロなのか?
これからどうなってしまうのか??
そして、どうなったのか??

続きを楽しみにお待ち下さい。

こいつは誰だ!この組織なんだ?と言う質問がある方は、
「神聖闘機L−seed」設定資料集にどうぞ。

ご意見、ご感想は掲示板か、こちらまで。l-seed@mti.biglobe.ne.jp

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