「雷神の写し身」

 

       Divine     Arf                          
 神聖闘機 seed 

 

 

 

第十二話    「大皇帝」

 

 

 

 

「せ・い・び・かんりょーっと!」

 

グレーのツナギを着た女が、スパナを持ちながら明るく言う。

ところどころに油が染みついて、
そのツナギが彼女の労働の跡を鮮やかに示していた。

セミロングの髪を、なお上でアップした髪型は、女性整備工と言うに相応しい装い。

金色の髪が暗い部屋を、光のように照らす。
その光は彼女の持つ雰囲気でもあるのだろうか?明るく眩しい。

 

そんなユノの隣から、ひょこっと若い男が顔を覗かせる。
二人の歳は同じくらいに見える。

「おう、ユノ!そっちは終わったのか?!はえぇなぁ〜〜」

これまたグレーのツナギを着た、こちらは男がドライバーを持って言う。
肌色がかった白い帽子から覗く額には汗が浮かび、所々に油が飛び散って顔を黒くしている。

帽子からはみ出した髪は、くせっ毛なのか天を突くようにして所々立っている。

精悍な顔つきは、若い獅子を思わせる、けっこうな良い男。

 

「あったりまえでしょ!明日は特別な日なんだからね!!やることいっぱいあるの!
あんたも早く終わらしなさいよ。」
そう元気に言いながら、ユノと呼ばれた女は右腕で額を拭った。

ツナギが彼女にしては小さいのか?・・・いやに胸が強調されている。
しかし、ツナギはユノが足や手をまくっても、なおゆとりがある。

なかなかと言うか、何と言うのか・・・労働によって鍛えられた健康的な肉体を持っているユノ。

 

「おい!腕に付いてるぞ!」
慌てて男がユノの方を指さして叫ぶ、
しかし時既に遅し・・・ユノは額の汗を念入りに拭った後だった。

「・・・あ!?」
一瞬、キョトンとして男を見るユノ、そして我に返り、慌てて右腕を見つめる。

 

そこには額についても、まだベットリと残っている黒いシミが・・・

二人の視線が交差し、倉庫らしき部屋は静かになる。

 

そしてその静寂を破ったものは・・・・・・男の大きな笑い声。

 

「ワッハハハハハハハ!!」
男は、今度は別な意味で指を指したまま、大笑いを始める。
そう・・・・・ユノの白い額にはしっかりと黒い線が付いていた。

まるで元からそこにあったかのように、しっかりと。

 

「う・・な、何さ!!あんただって、パンダみたいな顔して!」
顔を真っ赤にして、ユノが男に食ってかかった。

「良いじゃんか、とっても・・ハハ・・・似合ってる・・プっ・・ぞ!ハハハハ!!ユノ!」
男は心底腹を抱えて笑う。
全くユノの事などお構いなしに、笑い続ける。

実際の所、ツナギ、油、そしてユノ・・・この取り合わせは非常に自然な雰囲気を持っている。
油こそが彼女の化粧品だと言わんばかりに・・・・

 

しかし、そんなことを男が思っているはずもない、
彼にとって感情が求めるものが全てなのだ・・・
後先などは考えていないし・・・多分・・・考えられないだろう・・・・

だんだんとユノの顔が、羞恥の赤から、別な赤に変化していく。
そのこめかみには、彼女に・・これまた・・・とても似合っている青筋が立つ。

 

「このばかやろーーーーーーー!!!」
ユノの振り下ろすスパナは、確実に男の頭を捕らえ、

 

がごん!

とても人間を叩いて出せる音ではない音が倉庫内に響く。

 

 

床にゆっくりと倒れる男・・

・・・まあ、当然の事なのだが・・・気絶した・・・・・

 

その騒ぎを聞きつけて、中年の男達がぞろぞろと現れた。
皆、二人と同様にグレーのツナギを着た整備工である。

そして、床に倒れている男を一瞥すると、ユノに向かい呆れ顔で言う。

 

「おめーら!またやってんのか?!」

 

床に倒れている男を見ても、驚きもしない。
幾人かが、慣れた手つきで足を持つ、場所も初めから決まっているようだ。
帽子もきちんと拾われ、ずるずると引きずられていく、

おそらく医務室に行くのだろう。

 

「だってさぁ・・・・」
まだ怒りが収まらないのか?ユノはスパナを持った手を振り回して言い募る。

 

「明日がどんな日かって言うのは、おめえが一番、分かっているだろうが?」

「そうだぜ、明日の発進が伸びたらどうすんだよ。」

「ユノは手加減を知らねえからなぁ・・・・」

口々にため息混じりの言葉をかける。

 

「わかってる!でも、あいつならすぐに目を覚ますでしょ!!」
ユノは、また別な原因で顔を赤くして言う。

「ま、まあなぁ・・・」
突きつけられたスパナに怯えたのか、それともユノの言葉に動揺したのか?
少し引き気味に男は相づちを打つ。

 

「でも・・・・・・・・・・・この日が来たんだなぁ・・・・」
その言葉にみんな、一斉に上を見上げた。
ユノさえも、それにつられて上を向く。

 

見上げた先には、一体の巨大な塊が置かれていた。

 

それは一体のArf。

たった一体だが、重要な意味を持つArf。

 

そのArfだけは気付いていたのかも知れない。

 

若い男が自分の頭にスパナがぶつかる寸前・・・・・

・・・・・身を流してダメージを完全に殺していたことを・・・

 

彼らを見下ろして、
そして、その二人に念入りに、
たくさんの愛情を込めて整備された一体のArf。

 

「・・・いよいよ、明日だね。」
ユノは深紅のArfを見上げて、愛おしそうに言った。
その言葉にはまるで子供を送り出す母親のような優しさが込められている。

 


 

「やべえぇ!!遅刻だぁあああああああ!!」
ボロボロの床を転がるようにして、全速力で走る男。

それは昨日、ユノにスパナで気絶された男に間違いはない。

肌色の帽子はそのままに、
昨日とは違い真っ赤なジャケットと青いジーパン。

その体はスポーツマンと言うよりも、
もっと体全体をまんべんなく鍛え上げている格闘家の印象を受ける。

所々にある水たまりも気にせずに走っている為に、
もうズボンの裾はびしょぬれになっている。

 

 

「ユノの野郎ぉーーー!寝過ごしちまったじゃねぇか!!」
昨日の事を思い出して、頭をさする男。

とんでもない音が響いた割には、後遺症は無い。
もっともダメージを最小限に抑えたからこそ、衝撃が逃がされて激しい音になったのだが。

 

目の前には倉庫の扉が見えてくる。
それを目指して男は足を早める。

 

バターーーン!!

 

勢い良く開いた扉。

暗い廊下を走ってきた男の目をくらませるには十分な程の光が満ちている。

目を片手で押さえつつも、とにかく自分の到着を知らせるために、
あらん限りに大声で叫んだ。

 

「プラス=アキアース、出撃準備整いました!!」

 

 

その声にいらえは無い。

訝しげに想いながらも、プラス=アキアースはもう一度先ほどよりも心持ち大きく言う。

 

「プラス、到着しました!!」

 

それでも、返答は無い。

徐々に目が光りに慣れてくる。

 

 

彼の目の前には、その自らも整備に携わった愛機がライトアップされている。

 

深紅のArfは、まさに燃えるような闘志を現しているのか?

プラスの体の中から、呼応するように沸き上がるものがある。

そして、Arfはそんなプラスを最大の敬意で歓迎していた・・・・そんな雰囲気。

 

通常のArf、つまりWachstum、Powersに比べても、
頭一つ分大きいそのArfは、重機動型Arfと言うに相応しい様相だった。

オーダーメイドでしか造られない装甲の繋ぎ目の無さ、
それに加えた装甲自身の厚さは、相当の攻撃に耐えることが出来るように見える。

その光沢からも感じられるシオン鋼含有率の高さは、
決してそのArfが一過性の物で造られたのではないと言うことを理解させた。

 

威風堂々とした重厚なArfは、まさにArfの中の王者の風格を持っている。

 

それを見続けるプラスの目頭は、何故か熱くなる。

これからの長い戦いを想像してか?プラスの目は闘志に燃えながらも、
溢れんばかりの涙をためていた。

 

しかし、それがこぼれ落ちることはない。

 

 

「Kaizerion(カイゼリオン)・・・・」

 

代わりにプラスの口から、名が漏れた。

王者の名が、こぼれ出た。

 

 

自分の相棒として、自分の命を賭けるArfに、プラスも最大の敬意を表す。

 

ふと、プラスが視線を下にずらす。

カイゼリオンの球体コクピットまでの道が出来ている。
両脇をグレーのツナギを着た整備工達が固めている。

皆、Kaizerionとプラス。

一人と一体に最敬礼をしていた。

その口元に笑みが浮かんでいる。

皆、この時を心待ちにしていたのだ。

 

 

「みんな・・・」

 

もっともプラスに近いところに女性が立つ。

「あんたはこんな時まで遅刻して・・・」
ため息混じりにユノが言う。

そして、その顔を幾分引き締めプラスを促した。

 

「・・乗りなよ・・・・あんたのKaizerionが待っているよ・・・」

プラスの背中を押して、ユノは目の前の深紅のArfを目で示す。

 

その言葉にプラスはニコっと笑う。

そして、整備工のみんなを見渡して言った。

 

 

「違うぜ!」

その言葉にその場の全員がキョトンとする。

それは
プラスの言葉とは思えなかったから・・・

 

ただ、次にプラスから出された言葉は、

 

 

 

「みんなの!

Kaizerionだろ!!」

 

 

間違いなくプラスらしい言葉。

 

 

**********

 

「良いかい?今更、あんたに説明をする必要もないと思うけど・・・・・」
ユノは黒板の前に立って口火を切った。

プラスは、からになったオイル缶を逆さにして座っている。

 

「ああ、わかってるからもう良いだろ。」
そう言って立ち上がるプラス。

瞬間、慌てて頭を下げる。
その空間を髪の毛を数本触りながら、スパナが通過していく。

「あ、あぶねぇ!!」

 

 

「大人しく聞きなさい、良いね?」
ユノの顔は笑っていたが、決して目はそうではない。

「・・・・・・ああ。」

 

 

 

 

「Kaizerionの右腕に付いている「ガイア・グスタフ」は、
通常は3発しか打てない、良いね?」

ユノがKaizerionの右腕を指して言う。

Kaizerionの特徴でもある、その左右非対称な腕、
左腕は通常のArfの1.5倍程度の太さにも関わらず、右腕はその左腕の2倍は優にある。

しかも左腕が手の部分が存在しているのに、
右腕にはそれがない、まるで巨大な長身の大砲を腕にはめているよう。

それが「ガイア・グスタフ」。

 

「3発ぅ〜〜?!マジにそれしかないのか?」
プラスが信じたくもない事実に不満を口にする。

「あんた、一緒に造ったときに聞いていないの?
3発よ、3発、通常のArfなら7体は楽に貫通するから良いでしょ?」
ユノはその声を呆れたように顔をして聞く。

 

そして、

「無駄遣いするんじゃないよ、プラス!!」

念を押すことも忘れない。

 

**********

 

「全く、良いコンビだな、あいつら。」

「ホントよ、ずっと変わらないんだろうなぁ、あいつらだけは。」

整備工達は、二人の漫才を眺めて、口々に感想を述べている。
もうKaizerionは「発進」の一言を待つだけ、彼らにはようやくの安堵が広がっていた。

 

遠くからユノの怒りの声とプラスの叫び声が聞こえてくる。

「こんな世の中だ、あんな奴らがいても良いんじゃないか?」

一人の言葉に、みんなが頷いた。

 

**********

 

「・・まったく・・・あんたねぇ・・・自分で造るの手伝っていたのに・・・何で忘れてるのよ・・・」

「最初から覚えてないからじゃないか?」

プラスの明るいが冷静に判断した声に、一瞬こめかみを引きつらせたが、

次の瞬間、ふっと息を抜く、
心底疲れたという表情で、ユノは最後の説明をし始めた。

もうスパナで叩く相手はコクピットの中に入り、いないから。

 

「ユノ、発進の時間だぞ。」
整備工の一人が促す。

一瞬、ユノは寂しそうな表情をしたが、
プラスに振り返ったとき、その顔からは元気があふれ出ていた。

 

「そう・・聞いたね?プラス!いよいよだよ!!」

「おおう!!!!」

プラスのLINK−Sが稼働を始める。

 

「LINK−S正常に起動!」

「CHANCE・LINK突破!αのままで維持。」

その声を聞き、ユノは少し呆れた顔をする。

 

「相っ変わらず、マニュアル重視ねぇ、あんたは。」

「うるせぇよ!男ならマニュアルだろ!!」

 

「ま、あんたらしいか!」
ユノは微笑みを浮かべて、Kaizerionの中にいるプラスを見た。

プラスは、Kaizerionの外部カメラでは、その微笑みを捕らえることは出来なかった。

 

 

Kaizerionの紅い体は、まるで命を吹き込まれた炎のように、
凄まじい壮麗さを持っている。

ふいにユノの瞳に涙が溢れる。

 

誰にも悟られぬようにして拭いたつもりが、
結果、ますます涙を出すことになる。

プラス以外の整備工達はそれに気付いたが、敢えて言う言葉が見つからない。

 

 

「おう!ユノ!!そろそろ行こうぜ!!」
何も知らないプラスの明るい声が、ユノを励ます。

ふっと安心したユノは、慌てて涙をふき取る。

そして、言った。

 

 

「言い忘れてた事があった、プラス!」

「何だ。」

 

もう発進時間は間近。

 

 

「絶対死ぬんじゃないよ!

じゃないと、あたしが死ぬまで殺すからね!!」

 

「何だそりゃあ?!!・・・・」
プラスの疑問の声は、次のユノの声にかき消された。

 

「T−Kaizerion(テラズカイゼリオン)発進!!」

 

ユノの明るい声が倉庫中に響いた。

これを言う日のために彼女は、カイゼリオンを造ったのだ。

 

(プラス、頑張んだよ!)

 

 

プラスと一緒に・・・・・・


 

「は!ユノの奴・・・・泣いていなきゃいいがな。なあ、Kaizerion。」

プラスはコクピットを見渡していった。

 

・・・・右手のレバーの上辺りで・・・ふと目が止まる・・・・

 

 

「・・・絶対・・・・押すな・・・か・・・・」

赤いボタンの上に一枚の短冊のような物が貼られている、

そこにあまり綺麗とは言えない文字、

プラスが見慣れたユノの文字が、

 

「押すな!!」

 

そう踊っていた。

 

 

「・・・ユノの奴・・・」

無言でそれを見つめるプラスの瞳は、
ユノが発進を促されたときに浮かべたモノと非常によく似ている。

 

ピーーーピーーー!!

 

ふいにコクピットの中に音が響く。

プラスにとって、この音が次の行動指針を決めるものを予告する。

 

少々緊張した面もちで、モニターを開く。

そこには単調な文章が並び、彼を戦場に誘うはずだ。

 

しかし、そこに浮かび上がるのは、一人の女性。

髪の青い一人の女性。

 

 

「僕はルイータ=カル・・・・・」

その声はプラスを戦場に誘うにしては、

あまりに綺麗で優しい。

 

しかし、

 

その言葉は、正しく、

プラスを戦場に導く。

 

プラス自身、一体誰の命令で動いているのかを知らない。

それは他の整備工、そしてユノも同様だった。

彼らは、「ルナ」と呼ばれる自分たちの誇りを手に入れたかったのだ。

 

「俺は、俺の方法で空のみんなを助ける・・・・

ルイータ、あんたはあんたの方法で空のみんなを助けてくれ・・・」

 

 

プラスは、誰もいないコクピットでそう呟く。

そして、それを聞くモノは、

たった一体のArfを除いては存在しない。

 

空、ソラ・・・・それはArf乗りが「宇宙」指す言葉。


 

「う、うわああああああ!!」
断末魔の叫びと共に一体のWachstumが爆発する。

バサアアアアアア!!

涼やかな音を立てて、そのWachstumから離れる一体。

その姿は正しく、

「蒼と白の堕天使」

 

 

「あ、あれが・・・・L−seed・・・なの・・か?」
呻くようにして、一人の兵士が呟いた。

それが飛来して、まだ60分も経ってはいまい・・・・
しかし、彼らの所属する部隊の1/3は既に、シオン鋼の塊となっていた。

 

EPM第25Arf部隊は、その20体以上を既に失っていた・・・・たった一つの機体によって。

 

「か、囲め!囲むんだ!!こちらの方が圧倒的に数が多いんだぞ!!

負けるわけがない、
負けるわけがない、
負けるわけがないんだぁ!!」

最後の台詞は、隊長にしては冷静さを欠いたものだったが、
自分を鼓舞するという点に置いては成功していた。

但し、それを言う暇があったのならば、
部隊を退却する事こそが賢明な判断だったのだが・・・

 

40体以上のArfが、大きな円陣を組む。
その中心では、2体のArfが炎を巻き散らかしながら、命を散らしている。

 

「撃て!撃て!撃て!撃て!撃て!・・・・」

際限のない隊長の言葉がコクピットに響く、
まるで脅迫するようにして、叫ばれる言葉に兵士達は、
ただ、ただ恐怖を誤魔化して撃ち始める。

絶対、勝てないことに気付いていながら・・・・・

 

L−seedはかわさない。

 

光弾、実弾が飛び交う中、L−seedは動かない。

 

動く必要がないから、動かない、ただ、それだけ。

 

(シャワーと似ているな・・・・)

コクピットの中で青年が、そんな感想を持ちながら、
呼吸を整えているとは兵士の誰一人として、知りたくはなかった事だろう。

 

幸運だった・・・それを知る者はいなかった・・・・

いや、不運か?

 

**********

 

紅い星が空に流れた。

夕暮れも間近の水平線に、誰もそれの正体を気付く者はいない。

 

ガコン!

そんな音がして、海面すれすれに派手な水しぶきを上げて何かが落とされる。

インスタントで出来た巨大な滝の横より、
紅い腕が突き破って現れる。

何かを握りしめるように・・・・

地球の空気だろうか?

・・ゆっくりと指が一本一本握られていく。

 

最後の5本目が握られたとき、

滝は海に消え、

 

T−Kaizerionは、

そこに、

地球に出現する。

 

「あっち・・・・だったな!!」
プラスはモニターを見て呟く。

モニターには多くの光点が点滅を繰り返している。
それは巨大な戦闘を意味し、なおかつ、そこに彼の敵がいることを示す。

指示は来ていた・・・・「そこにいる敵を全て破壊しろ」と。

 

背面に取り付けられた、ブースターが青く光るとKaizerionは飛び出した。

Arf表面に付いた水が、凄まじい熱によって、キラキラ光りながらKaizerionの道筋を示していく。

 

それは正しく、
L−seedの邂逅の道。

俗にそれは運命と呼ばれる。

 

**********

 

「敵、全く動きません!動作不良を起こしているのではないでしょうか?」
一人の兵士が、10分間、仲間が死ななかったときに言った。

「馬鹿者!まだ、手を休めるな!
こいつはあのルインズを倒したArfなんだぞ!」
隊長の心に、べっとりと染みつく恐怖。

彼はレルネを知っていたし。
その才覚と腕も知っていた。

だからこそ、だからこそ、だからこそ、
こんな攻撃でL−seedを倒せる筈がない・・・・・・そんな恐怖が貼り付いて離れない。

 

そして、それは非常に正しい。

凄まじい弾幕の中から、白い翼が見えて消えた。

 

「来るぞぉ!!生きてる!奴は生きてる!!」
誰かが言った。

 

それは目の前の恐怖のことを言ったのか?

それともモニターに映る背後を示したのか?

 

 

それは来る。

 

ガアアアアアアアン!!
ドゴオオオオオオオ!!

 

Wachstumは貫かれる。

巨大な二本の剣に。

 

ツルギはコクピットから。

剣は背面から。

 

「な、何だ・・・」
隊長の呟きが、全兵士のコクピットに届く。
そして、それは兵士達の心を代弁していた。

 

バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!

 

瞬きは一度も出来なかった。

Wachstumが爆発を起こして、一切の視界を奪う。
当然、レーダーは効かない。

兵士はただ見守るのみ、その爆炎が収まり、自らの瞳にその全てを映すまで。

 

そこにはWachstumはもういない。

 

 

蒼と白

そして

深紅

 

蒼と白はコクピットを。

深紅は胸を。

 

互いの体に届く寸前に、

ゴングが鳴ったように、

剣先は止められ、

 

二つの機体は、
相対する。

 

「死」と「戦争」の邂逅は、
正しく為された、

最も相応しい御姿で。


 

EUEPM φドイツ基地

 

「おおお!そこにいるのはあの有名なルインズ一佐ではないか?!!」

からかうような声が静かだった廊下に響く。

その声音に十分な嘲笑と嫌みを感じ取りながらも、
レルネはその顔を決して変えずに振り返った。

 

「私は一佐ではありませんよ・・・・ケルベ一佐。」
静かにレルネは目の前の男を諭した。

それは決して悪意のある言葉ではなかったが、
安っぽい茶色の髪を揺らして、男の顔は醜く歪んでいく。

 

「へぇ!初めての敗北を経験した割には、全然動じていないんだなぁ?」
先ほどの声に悪意が混じった声でバロンは言う。

その胸には栄えある「EPM」の紋章が飾られていた。

金色の紋章もその男が付けていれば、
ただの悪趣味に見えてしまうから不思議なモノだ。

 

バロン=ケルベ一佐

EPM、そしてφの中でも、
その悪運と愚劣な手段でのし上がってきた男として有名である。

 

「戦場での勝利と敗北は常。
それに一喜一憂し過ぎることは決して得策ではあり・・・」

「は!」

レルネの全ての言葉を飲み込むようにして、バロンは鼻で笑う。

 

「すまないけれども、その澄まし顔を止めてくれなかな?」
バロンはその顔を整えて、レルネに丁寧に言う。

 

そして、次の瞬間、

まるで悪魔がその正体を現したようにして、
その表情を下劣なモノに変えて吐き捨てるように叫ぶ。

「まるでルシターンと話しているみたいで・・・・・凄く気持ち悪いんだよ!」

 

レルネの表情が初めて動く。

「シャト総帥を汚すことは、いかなあなたでも許されるモノでは無い。
口を慎んだ方が無難かと思います。」

そう言って、レルネはきびすを返した。

 

その背中をにらみ付けるバロンの黒い瞳、

それからも想像することが出来ない事実に、

レルネは訳も分からず情けなく思う。

 

「ルシターンの犬が!」

レルネの背中に、そう怒号がぶつかって、床に落ちた。

その言葉で、レルネの顔が変わることは・・・・無かった。

 

レルネは思い出す。

あの時の戦闘を。

自分の血が沸騰するのではないかと思うほどに、興奮したあの戦闘を。

 

レルネは望んでいた。

再び、運命が邂逅を許してくれることを、
彼の最高の獲物に出会える運命を用意してくれていることを・・・・・

それは祈りにも近い。

ゆっくりとレルネは自分の左腕を抑えた。


 

プラスは慎重に持っていたビームサーベルを腰に戻す。

下にはL−seedとKaizerionに、
挟まれ崩れ去ったWachstumが火を吹いている。

 

「あんたがL−seedだな?」
プラスは、音声とモニター回線をオンにして、L−seedに語りかける。

 

地球では恐れられている蒼と白のカラーも、
テレビでその活躍を見ていたプラスには、
まるで旧友にあったような気にさえさせる。

 

「どうやら敵は同じみたいだ!助けに来たぜ!!」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

L−seedからの返答無しを、プラスは「承諾」と受け取った。

 

 

「早いところ、この世界を平和にしちまおうか!!」
背中に付けられたバックパックの中から、武器を取った。

それは一見してハンマー、そしてそれ以外に言いようがない武器。
ただ、若干柄が短いのか、掴んだ手の下からはほんの少ししか見えない。

 

「行くぜ!Kaizerion!!!!!」
プラスは、大きなかけ声をかける。

それは決して自分だけのモノではない、
隣に佇むL−seedにもかけられた言葉であろう。

 

**********

 

プラスのコクピットは騒音に包まれていた。

入念にチェックされた計器類の故障では・・・・もちろん、無い。

 

「喰らいなぁ!!!行けぇ、ミョルニル!」
Kaizerionの黒い左手から、ハンマーが放たれる。

一瞬のうちに、Wachstumのボディに巨大な穴が開く。

 

 

ガシイッ!!

金属と金属の強くぶつかる音がして、Kaizerionの手にハンマーは戻る。
その構造自体はただのリモコン操作であろうが・・・・・・
・・・・・鈍く光る金属部分はその破壊力を十分に匂わせた。

 

「よっし!!もう一回行くぜぇええええええええ!!!!!ミョルニルぅ!」
声に反応して、コクピットの一部分が紅く明滅する。

通常、LINK%の低い兵士のArfには、
音声入力モードと言う物がオプションとして付けられている。

マニュアルで追いつかない分を、声に出してフォローする。

それはLINK%が高ければ、思うことで為されることを口に出してするわけである。

 

訓練生用のArfにしか無いはずのシステムが・・・

・・Kaizerionには付いているらしい・・・・

 

 

L−seedの戦闘の仕方を「静」とするならば、
Kaizerionの戦闘は、正しく「動」であろう。

そして、コクピットも同様にして「動」である。

 

プラスはコクピットで、凄まじい動きでレバー、
そしてボタンを操作し、なおかつ叫ぶことも忘れてはいない。

そこには、先ほどユノからレクチャーを何度も受けていたプラスの姿はない。
まるでワープロの熟練者が文字を打っていくように淀みなく操作されていく。

 

その外では、Kaizerionもそれに呼応して、圧倒的な戦闘を見せていた。

 

「な、何だこいつは!」
兵士は呟いた突然現れた深紅のArfは、
正に重戦車のように突進してきたかと思うと、

一瞬のうちに横に移動し、いとも容易く彼らの攻撃を受け流す。

 

まるで大海に浮かぶ、
小さな葉を飛行機から狙い撃っているように、
EPMの攻撃は当たらない。

撃っても撃っても、当たらない。

撃とうが、打とうが、当たらない。

 

L−seedに対するには、別の恐怖が兵士を包み始めていた。

 

「甘いな、甘い!!この俺にはそんな攻撃当たらないぜ!!」
運動量で言えば、
時間的に見ても圧倒的にマナブを超えるものであるにも関わらず・・・

プラスの体には汗一つ無い、息も全く切らしてはいなかった。

 

Kaizerionの動きは、人間の限界を極めた武道家のように精緻で、強力。

それは・・・・マニュアル重視故に、プラスの実力の証でもある。

音声入力モードが付いてはいたが・・・・・・

 

「当たれ!ガイア・グスタフ!!!!」

 

**********

 

「はああ!!」

ガスっ!

Kaizerionの右腕がWachstumの体に突き刺さる。

 

「サービスするぜ!!ガイア!!!」

瞬間、砲身型の右腕が光り輝くと、銃口から光が溢れ出た。

 

一瞬の内に燃え尽きるWachstum。
そのシオンでさえも燃やし尽くしているのではないかと思うほどに・・・・

溢れ出た光は、Wachstum一体では物足りなさそうに、
地平線の彼方に走り去り、数秒後に赤い空を紅くした。

 

プラスの背後では、L−seedの拳がWachstumを葬り去っていく。

最強の二人。

そして、

最悪の二人。

 

 

「退却!退却だぁあああ!!」
隊長の悲痛な叫びに、
生き残った奇跡のArf3体が飛び去った。

 

KaizerionもL−seedも、退却するArfには一切手を出すことはなかった。

L−seedは、常にそうであったし、
プラスも逃げる敵を撃ち放つのは好きではない。

 

「はあ?!大したこと無いな〜〜汗もかかねぇよ。」
そう腕を頭の上で組みながら言った。

 

既に日は暮れて、良い月が出ていた。

地面にはKaizerionの体を映した巨大な影がくっきりと現れている・・・・

 

「もう夜かあ・・・あんたはもう帰るのかぁ??」
そう言いながらプラスは振り返る・・
・・その間に、自分の背後にあった気配が消えるのが感じられた。

そして・・・Kaizerionの影がもっと大きな影に包まれる。

 

「何!?!」

外部カメラから、モニターに映し出されたのは、翼を広げる「死」の騎士。

 

一瞬の内に振り下ろされた白刃は、月の光を反射することも出来ないほどに早かった。

 


 

「・・・・・おい!・・・・おい!!・・・聞いたか?ユノ。」

「何よ。」
男の三度目の呼び声に、まるで気の抜けた返事をするユノ。
顔も同様にして、精気が無い。

髪も下ろして、ツナギも着ていない彼女は、普通の女性と変わりがなかった。
それも、なかなかの美女であった。

「ここじゃねぇが、他にもどうやら造られていたみたいだぜ。」

「何がさ?」

 

「高シオン型Arfがだ。」
男は慎重に囁くようにして言う。
このようなことを誰にでも知られて良いわけがない。

 

「Kaizerion以外に?!」
ユノは、我に返り聞き返す。

そんなユノに、改めてゆっくりと男は言う。

 

「ああ・・・白と黒のArfらしい。」

 


 

「L−seed????!!!!くう!」

プラスは、およそ常人には出来ない速度でレバーを操作する、

それを受けてKaizerionは、
振り返ると同時に横に転がってかわしていく。

 

白の刃が突き刺さり、

プラスの代わりに、

地面が悲鳴をあげている。

 

「おいおい・・L−seedだろう?あんたは。」

「・・・・・・・・・・・・」

 

「空のみんなのために、戦っているんじゃないのか?!
俺もそうなんだぜ!このKaizerionと一緒に、あんたを助けに来たんだ。」

「・・・・・・・・・・・・・・」

 

何故だろう、L−seedの顔はいつも以上に、哀しみに包まれている・・・・

そして、振り下ろされるレヴァンティーン。

 

「うわ!!止めろって言っているだろうが!!!俺は敵じゃねぇ!!!」

幾度も振り下ろされるレヴァンティーンを、寸前のところでかわし続けるKaizerion。

 

コクピットの中で、元来が短気なプラスの顔は怒りに包まれる・・・・・

「いい加減に止めろぉ!!死にたいか!!」

だから、
L−seedの剣に一瞬の躊躇いが常にあることを気付くことはない。

 

そして、
その最も破壊力のあるはずの右拳を使っていないことも・・・・

 

 

ピーーーーーーーー

モニターから注意を促す音がする。

 

ふと、プラスが目をやると、そこには・・・・・先ほどの命令が点滅していた。

 

 

そこにいる敵を全て破壊しろ

そこにいる敵を全て破壊しろ

そこにいる敵を全て破壊しろ

そこにいる敵を全て破壊しろ

そこにいる敵を全て破壊しろ

そこにいる敵を全て破壊しろ

 

**********

 

「・・本当にこれで・・・」

「全ての兵器は破壊しなければなりません。」

 

**********

 

「・・・・へへ・・・・・そう言うことか・・・・・」
プラスはがっくりとうなだれた。

モニターには、文字が絶対の意志を示すようにして、消えずに点滅していた。

 

そして、

数秒後、プラスは顔を上げて叫ぶのだった。

 

 

 

 

 

「行くぜ!!Kaizerion!!」

 

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次回予告

まだ明け切らない白夜の空を・・・・


後書き

十一話並に苦しい話でした。

ようやく出てきたプラスです。
L−seedらしからぬキャラクターなので、
好き嫌いが分かれるかも知れません。
これから彼のこともどうか気にかけて上げて下さいね。

気力が尽きる前に、感想を頂けると嬉しいです。

こいつは誰だ!この組織なんだ?と言う質問がある方は、
「神聖闘機L−seed」設定資料集にどうぞ。

ご意見、ご感想は掲示板か、こちらまで。l-seed@mti.biglobe.ne.jp

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